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【白虎編】
お前から目が離せない①
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鳴麗はあれから、龍月と水狼に酔っ払って気分が悪くなってしまったと嘘を付くと神殿を後にした。
あの時はだいぶ酔いが回っていたので、ところどころ記憶は抜け落ちているものの、白虎帝と口付けを交わし『月の印』の反応が出てしまった事は覚えている。
夕食を終えた鳴麗は自室に戻るとベッドに寝転んだ。
「ど、どうしよう~~、白虎帝さまと口付けしちゃうなんて……はぁ。うーーーーー!」
鳴麗は真っ赤になり、思い出しただけでも心臓発作を起こしそうなくらいドキドキして、布団を頭まで被った。
愛人にしてやろうとか、将来を誓うかとかとんでもない事を言われたような気がするが、今まで生きてきた中で、こんなにドキドキしたことは生まれて初めてだ。
とはいえ、白虎帝は西の國を治める聖獣で自分の上司でも無くそうそう会う機会もないのだから、と心を落ち着かせた。
聖獣の悪い冗談かも知れないと思うと、なぜか妙に寂しく感じてしまって鳴麗は自分の気持ちに戸惑いを隠せなかった。
✤✤✤
―――――麗……
―――――鳴麗。
「鳴麗、起きなさい。また遅刻する」
「ふぁっ……んへぇ? んんぅ……ちこくぅ!」
「熱はない……二日酔いも大丈夫そうだな」
過保護の龍月は額を重ね、体調に変化がないと知ると安堵したように微笑む。
そんな彼を押しのけるようにして慌てて服を着替え始める。
昨日は遅くまで武陵桃源の誓いで起こった白虎帝様との破廉恥な出来事を考え込んでいるうちに、就寝するのがいつもより遅くなってしまった。
義兄に呆れたように起こされ、鳴麗は自宅を飛び出すと朝食も取らずに、用意をしてバタバタと出発する。
珍しく義兄が自分よりゆっくりとしているのは、玄武様の命令で貧民街の調査に出ると言う話を昨晩していたのを思い出したが今はそれどころではない。
さすがに、何度も遅れそうになってしまっては女官の雷だけでは済まないだろう。
まだ時刻を告げる鸞が八回鳴いていない事を確認していた鳴麗は、少しでも早く到着して慌てて用意して飛び出して、乱れている髪を整えたいと考えていた。
龍月が比較的宮廷の近くに邸を建ててくれた事に今日ほど感謝した事は無かっただろう。
息を切らし走っていると空から天馬の嘶きが聞こえた。
他の國に移住して、香西で士官する官吏も多数居る事を思い出した鳴麗は、特に気にも止めていなかったが、突然天から声をかけられた。
「よぅ、鳴麗。また遅刻でもしそうになっているのか?」
「えっ、ふぁっ、び、び、白虎帝様!?」
天馬に乗った白虎帝から空中から声をかけたかと思うと低空飛行し始めた。先日、上司から聞いた申し送りの中では、白虎帝が今日香安を訪れる予定はなかったはずだ。
四聖獣の中でも多忙で、彼らの中心人物となる玄武を訪れる際は、必ず事前に約束をするのが暗黙の了解だと習った。
思わず立ち止まると、彼もまた天馬を地上に軽やかに降りる。
「なんだ、お前……魔物にでも会ったような顔をしているな。――――乗せてやろう」
「で、でも……あ、あの」
「いいから。その格好で玄武に会うつもりか?」
玄天上帝に一人で直接的に長時間接するほど、鳴麗の身分は高くなく、まだ女官見習いにしか過ぎない事を白虎帝は知らないのだろうか。
白虎帝と共に宮廷に現れたら、同僚や先輩、上司に何を言われるか分かったものでは無い。
しかし、そんな事はお構いなしに後ろに乗るようにと促された。
前に乗るように言われないだけ、マシだったかも知れないと鳴麗は耳をピクピク動かした。
「早くしろ、本格的に遅刻するぞ」
「は、はいっ」
「振り落とされないように捕まれよ。ほら……手を回せ」
「!!」
グイッと両手を回すように促されると、鳴麗は背中に体を預けるような形になり、赤面した。これならば前に乗る方がまだ良かったかも知れないと思ったが、後悔先に立たず。
天馬は勢いよく空を駆けてあっという間に宮廷に着いて降り立った。
それに驚いたのは鳴麗と同じく話を聞いていなかった黒龍族の門番達だ。
縮こまった鳴麗の背中を押すようにして悠々と宮廷に入ってきたので、女官は青褪め戸惑いながら深々と拱手する。
慌てた様子で高級官僚達はバタバタと走り寄ってくると跪き、拱手するとおずおずと口を開いた。
「び、白虎帝様……大変失礼をいたしました。直ぐにご用意を致します。今、玄天上帝様にもお知らせをいたしておりますゆえ……!」
「構わん。少し話をしてここを後にするつもりだ」
気難しい事で有名の黒龍の老官が、チラリと鳴麗を睨みつけ、飛び上がるようにして耳をしならせた彼女と白虎帝を交互に見るとさらに恐縮したように言う。
「白虎帝様、度重なる端女の無礼をお許し下さい。この者はもう二度とこの宮殿に足を踏み入れぬよう玄天上帝様に……」
「その必要はない。これから俺が玄武に話をつけるために来たからな。それからこいつを端女と呼ぶのはやめろ。この雌は今日から俺の愛人にする」
高官達も女官も、鳴麗さえもポカンと口を開けて白虎帝を見た。
女癖の悪さは四聖獣の中でも有名だが、たいていは、身分の高い裕福な鹿族の雌や、美女の多い命鳥族の雌、さらに西の國の狼族の女官が多かった。
玄武が召し使え、守護する黒龍族からは兄のように慕う玄武に遠慮をしているのか、あまり選ぶ事は無かった。
「えっ、ええええーーー!?」
「おい、声が大きいぞ鳴麗。早く髪を整え玄武の執務室へ迎え。これから忙しくなる」
沈黙を破るように思わず叫んでしまった鳴麗を片耳を塞いでたしなめると、髪を整えてくるように促した。
香安の宮廷に、尊敬する玄武様のお役に立ちたくて勉学に励み勤めたはずが、まさかこんなに早くこの場所を巣立つ日が来ることになるとは。
何よりあの、西の國の凶性、暴君の白虎帝様に愛人宣言されるなんて思いもしなかった。
まさか、あの時の言葉が本気だとは思わず混乱して目が周りそうだったが、とりあえず女官たちが休憩所に使っていた場所まで走ると鏡で髪を整える事にした。
「ううう、どうしよう……龍月兄さん、どうしたらいいの~~!!」
尻尾をジタバタさせても始まらない。
しばらく鳴麗は深呼吸して気持ちを整えると玄武の執務室へと向かうことにした。
あの時はだいぶ酔いが回っていたので、ところどころ記憶は抜け落ちているものの、白虎帝と口付けを交わし『月の印』の反応が出てしまった事は覚えている。
夕食を終えた鳴麗は自室に戻るとベッドに寝転んだ。
「ど、どうしよう~~、白虎帝さまと口付けしちゃうなんて……はぁ。うーーーーー!」
鳴麗は真っ赤になり、思い出しただけでも心臓発作を起こしそうなくらいドキドキして、布団を頭まで被った。
愛人にしてやろうとか、将来を誓うかとかとんでもない事を言われたような気がするが、今まで生きてきた中で、こんなにドキドキしたことは生まれて初めてだ。
とはいえ、白虎帝は西の國を治める聖獣で自分の上司でも無くそうそう会う機会もないのだから、と心を落ち着かせた。
聖獣の悪い冗談かも知れないと思うと、なぜか妙に寂しく感じてしまって鳴麗は自分の気持ちに戸惑いを隠せなかった。
✤✤✤
―――――麗……
―――――鳴麗。
「鳴麗、起きなさい。また遅刻する」
「ふぁっ……んへぇ? んんぅ……ちこくぅ!」
「熱はない……二日酔いも大丈夫そうだな」
過保護の龍月は額を重ね、体調に変化がないと知ると安堵したように微笑む。
そんな彼を押しのけるようにして慌てて服を着替え始める。
昨日は遅くまで武陵桃源の誓いで起こった白虎帝様との破廉恥な出来事を考え込んでいるうちに、就寝するのがいつもより遅くなってしまった。
義兄に呆れたように起こされ、鳴麗は自宅を飛び出すと朝食も取らずに、用意をしてバタバタと出発する。
珍しく義兄が自分よりゆっくりとしているのは、玄武様の命令で貧民街の調査に出ると言う話を昨晩していたのを思い出したが今はそれどころではない。
さすがに、何度も遅れそうになってしまっては女官の雷だけでは済まないだろう。
まだ時刻を告げる鸞が八回鳴いていない事を確認していた鳴麗は、少しでも早く到着して慌てて用意して飛び出して、乱れている髪を整えたいと考えていた。
龍月が比較的宮廷の近くに邸を建ててくれた事に今日ほど感謝した事は無かっただろう。
息を切らし走っていると空から天馬の嘶きが聞こえた。
他の國に移住して、香西で士官する官吏も多数居る事を思い出した鳴麗は、特に気にも止めていなかったが、突然天から声をかけられた。
「よぅ、鳴麗。また遅刻でもしそうになっているのか?」
「えっ、ふぁっ、び、び、白虎帝様!?」
天馬に乗った白虎帝から空中から声をかけたかと思うと低空飛行し始めた。先日、上司から聞いた申し送りの中では、白虎帝が今日香安を訪れる予定はなかったはずだ。
四聖獣の中でも多忙で、彼らの中心人物となる玄武を訪れる際は、必ず事前に約束をするのが暗黙の了解だと習った。
思わず立ち止まると、彼もまた天馬を地上に軽やかに降りる。
「なんだ、お前……魔物にでも会ったような顔をしているな。――――乗せてやろう」
「で、でも……あ、あの」
「いいから。その格好で玄武に会うつもりか?」
玄天上帝に一人で直接的に長時間接するほど、鳴麗の身分は高くなく、まだ女官見習いにしか過ぎない事を白虎帝は知らないのだろうか。
白虎帝と共に宮廷に現れたら、同僚や先輩、上司に何を言われるか分かったものでは無い。
しかし、そんな事はお構いなしに後ろに乗るようにと促された。
前に乗るように言われないだけ、マシだったかも知れないと鳴麗は耳をピクピク動かした。
「早くしろ、本格的に遅刻するぞ」
「は、はいっ」
「振り落とされないように捕まれよ。ほら……手を回せ」
「!!」
グイッと両手を回すように促されると、鳴麗は背中に体を預けるような形になり、赤面した。これならば前に乗る方がまだ良かったかも知れないと思ったが、後悔先に立たず。
天馬は勢いよく空を駆けてあっという間に宮廷に着いて降り立った。
それに驚いたのは鳴麗と同じく話を聞いていなかった黒龍族の門番達だ。
縮こまった鳴麗の背中を押すようにして悠々と宮廷に入ってきたので、女官は青褪め戸惑いながら深々と拱手する。
慌てた様子で高級官僚達はバタバタと走り寄ってくると跪き、拱手するとおずおずと口を開いた。
「び、白虎帝様……大変失礼をいたしました。直ぐにご用意を致します。今、玄天上帝様にもお知らせをいたしておりますゆえ……!」
「構わん。少し話をしてここを後にするつもりだ」
気難しい事で有名の黒龍の老官が、チラリと鳴麗を睨みつけ、飛び上がるようにして耳をしならせた彼女と白虎帝を交互に見るとさらに恐縮したように言う。
「白虎帝様、度重なる端女の無礼をお許し下さい。この者はもう二度とこの宮殿に足を踏み入れぬよう玄天上帝様に……」
「その必要はない。これから俺が玄武に話をつけるために来たからな。それからこいつを端女と呼ぶのはやめろ。この雌は今日から俺の愛人にする」
高官達も女官も、鳴麗さえもポカンと口を開けて白虎帝を見た。
女癖の悪さは四聖獣の中でも有名だが、たいていは、身分の高い裕福な鹿族の雌や、美女の多い命鳥族の雌、さらに西の國の狼族の女官が多かった。
玄武が召し使え、守護する黒龍族からは兄のように慕う玄武に遠慮をしているのか、あまり選ぶ事は無かった。
「えっ、ええええーーー!?」
「おい、声が大きいぞ鳴麗。早く髪を整え玄武の執務室へ迎え。これから忙しくなる」
沈黙を破るように思わず叫んでしまった鳴麗を片耳を塞いでたしなめると、髪を整えてくるように促した。
香安の宮廷に、尊敬する玄武様のお役に立ちたくて勉学に励み勤めたはずが、まさかこんなに早くこの場所を巣立つ日が来ることになるとは。
何よりあの、西の國の凶性、暴君の白虎帝様に愛人宣言されるなんて思いもしなかった。
まさか、あの時の言葉が本気だとは思わず混乱して目が周りそうだったが、とりあえず女官たちが休憩所に使っていた場所まで走ると鏡で髪を整える事にした。
「ううう、どうしよう……龍月兄さん、どうしたらいいの~~!!」
尻尾をジタバタさせても始まらない。
しばらく鳴麗は深呼吸して気持ちを整えると玄武の執務室へと向かうことにした。
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