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舞踏会にて
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オフィーリア大陸の北東に位置するスラティナ地方の冬は長く、暇を持て余した貴族たちは社交界やサロンパーティーを楽しみます。
私も、ようやく令嬢としての振る舞いが満足に出来るようになったと言う事で、社交界デビューをいたしました。
私は人前に出ることは苦手なのです。
とくに、普段は黒のドレスばかりですから、肌を見せるような鮮やかなイブニングドレスは居心地が悪いのです。
社交界デビューの日は、お母様やお父様の期待に答え、パウロ陛下の前でなんとか恥をかかずにすみましたが、今日はリーデンブルク様の主催する舞踏会です。
私にとって、運命の場所。
多くの令嬢達が将来の伴侶を求めてやってくる事でしょう。
「オリーヴィア、ギルベルト様に気に入られるように振る舞え。ご子息は引く手数多だが、先日、リーデンブルク辺境伯にお前とギルベルト様の縁談を正式に進める事にした。だが、ギルベルト様はこの舞踏会の花形だからな……淑女達が放っておくまい」
「……はい、お父様」
「オリーヴィアと結婚すれば、ギルベルト様も落ち着くかしら。何かあれば、かならず私に相談するのですよ。くれぐれもシュタウフェンベルク家の恥にならないように」
「心配するな、ヴィクトリア。貴族の男たちはみな、妻にするならオリーヴィアのように、貞淑で大人しい女が良いのだ。そして、リーデンブルクの嫡男を産める健康な体だけだ」
もう、お父様とお母様はリーデンブルク家に嫁いだ時のお話をされています。
私は緊張して、手の平に汗を掻いている事に気がつきました。
お父様の期待通りに、ギルベルト様に気に入られるかどうか、不安でならなかったのです。
もちろん、私はリーデンブルク家に嫁ぐ気持ちの決心はつきませんし、本当のところは縁談をお断りしたいのです。
けれど、私にそのような権限などありません。
お父様は『プロメテウスの英雄』と呼ばれ獣人達の反乱を迎え打った名誉騎士でありますが、辺境伯の親族となってさらに高い地位につきたいのだと思います。
ただ、私は舞踏会が終わる時まで、二人の機嫌をそこなわないようにする事だけしか考えておりませんでした。
(――――アルノーが側にいないと不安だわ)
執事であるアルノーが、舞踏会に来ないのは当然です。
けれど、私にとってアルノーは兄であり、親友であり教師であり……それ以上に慕っている相手です。
アルノーがこの場に居てくれたら、どんなに良いでしょう。
隣にいて、私の手を握ってくれるだけでどんなに不安な時も、暗闇の中の温かな光のように安心するのです。
(どうせ踊るなら、アルノーと踊りたいのに)
「――――到着いたしました」
御者のしわがれた声が響き、私は我に返りました。
雪の結晶が空から落ちてくる様子を見ながら、私は美しい音楽が鳴り響くきらびやかなダンスホールへと向かいます。
✤✤✤
豊穣の女神エルザが住まう天界に向けて伸びるような、大きく高い天窓はシュタウフェンベルク城とは比べ物にならないくらいでした。
鮮やかや女神様のステンドグラス。
美しい黄金の装飾に、気品ある美しい音楽が流れ、美しい令嬢達の華やかな色とりどりのドレスが、まるで花が開くかのように舞っています。
どちらかと言うと、彼女たちよりも控えめな容姿の私でしたが運良く壁の花にならず、見知らぬ年上の男性に誘われ、ホールの中で踊っていました。
この方には申し訳無いけれど、壁の花にさえならなければ、お父様やお母様の監視の目が届く事も無いでしょう。
(――――早く終わらないかしら。帰りたいわ)
アルノー以外の男性には、苦手意識があるのです。
人族よりも獣人と一緒にいる方が安心するだなんて、人前でとても口にする事は出来ないのですが、動物や彼らと共にいる方が自分らしくいられる気がして……。
曲が終わり手が離れた瞬間に、誰かに手を取られたかと思うと、あっも言う間に腰に手を回されます。
驚いてそちらを見ると、その相手は気品の漂う白と青の正装姿に、プラチナブロンドの髪をなびかせたこの舞踏会の主役でした。
エルザの守護騎士の称号にはふさわしい風格と、端正なお顔立ち。
突然、腰に手を回された事も緊張して、私は彼の顔を見るとあっけにとられてしまいました。
「次は私と踊っていただけませんか? オリーヴィア」
「ぎ、ギルベルト様……」
「久しぶりだね、最後に君の姿を見たのは五年前だったかな。父上から話は聞いていたが、もしや……と思って声を掛けてみたんだ」
「私の事を、良く覚えていらっしゃいましたのね。今日はお招き頂いて、光栄ですわ」
「お硬い挨拶は無しにしよう、オリーヴィア。今はワルツを楽しもうじゃないか」
ギルベルト様と踊るだけで、令嬢達の視線がこちらに向くような気がして、私は生きた心地がしません。
曲が始まると、形式的な挨拶をしてギルベルト様に完璧なリードされながらワルツを踊ります。
一曲でも踊れば、お父様とお母様の期待には答えられるでしょうか。私は心の中で安堵してダンスホールで踊り続けました。
「オリーヴィア、休憩しよう。さぁ、こちらに」
二曲続けて踊った後、私とギルベルト様はダンスホールの片隅にあるソファーに座ると、スラティナ地方の厳しい寒さを吹き飛ばすように楽しく踊る、紳士淑女を眺めていました。
ギルベルト様にシャンパンを薦められましたが、私はお酒が苦手なので丁寧にお断りしました。
「懐かしいな、オリーヴィア。私は一度出会った女性のことは子供の頃から忘れない質でね。人見知りだったあの頃の面影は、残しているが、ずいぶんと美しい淑女になった」
「今でも……人見知りですの。ギルベルト様はあの頃よりも、素敵な紳士になられて立派な守護騎士様ですわ」
舞踏会での駆け引きを始めるギルベルト様に、私はどう答えて良いかわからず、彼を称える事にしました。私の答えを聞くと、ギルベルト様は機嫌良く、シャンバンを飲みながら微笑んだ。
私の受け答えをお気に召したのでしょうか。
「父上が君をリーデンブルク家に迎えたいと考えているようだが、私も賛成だよ。君さえ承諾してくれれば、直ぐにでも結婚しよう」
「で、ですが……まだ、私はギルベルト様のことを良く存じておりません。この場所に集った皆様は、身分も高く可憐で美しい方々ばかりですわ」
私は戸惑いました。
ギルベルト様のことはお母様から、噂を聞くばかりで、彼とまともにお話をしたのは十四才の時に一度だけです。
身分も、お家柄も能力も申し分ない方ですが私は彼の事を良く知りません。
お噂を聞く限り、恋多き方だと言うだけで。
「そのような事を、貴女が気にする必要は無いよ。舞踏会で華やいだ綺麗な蝶々達を妻にしても苦労するだけだ。……そう言えば、あのオノレはまだいるのかい? 獣人が執事なんて珍しくて……興味深いんだ。彼らはその、私達と違い臭いんだろ」
シャンパンを飲みながら、ギルベルト様は少し酔った様子で私の手を握りました。
アルノーの事を口にするギルベルト様の口調に、どこか嘲るようなものを感じて私は恐る恐る手を引っ込めました。
「アルノーは……そのような事はありません。とても博識で礼儀正しいですわ」
「ふぅん。父上はオノレ族の事をそのように言っていたが、戦の時の記憶と混同しているのかも知れないな。アルフレッド伯爵が、なぜ獣人を召し使えているか不思議がっていたが、彼は優秀なんだね」
私は思わず、ギルベルト様に反論してしまったことを反省しながらも、アルノーを屈辱されるのは耐え難い事だと感じました。
けれど私の態度に、彼は特に気にしておられない様子で、シャンパンを飲み干します。
彼は前方にいる美しい令嬢が、こちらを見ていることに気付くと、失礼と席を立って彼女のもとに向かいました。
親しい女性でしょうか、楽しそうな表情で会話を始めたようです。
私は胸を撫で下ろすとぼんやりと、オルゴールの中で踊る、可愛らしい人形のような人々を眺めていました。
どこかこの華やかな場所が、別の世界のことのように遠く切り離せれていくような感覚を覚えながら。
私も、ようやく令嬢としての振る舞いが満足に出来るようになったと言う事で、社交界デビューをいたしました。
私は人前に出ることは苦手なのです。
とくに、普段は黒のドレスばかりですから、肌を見せるような鮮やかなイブニングドレスは居心地が悪いのです。
社交界デビューの日は、お母様やお父様の期待に答え、パウロ陛下の前でなんとか恥をかかずにすみましたが、今日はリーデンブルク様の主催する舞踏会です。
私にとって、運命の場所。
多くの令嬢達が将来の伴侶を求めてやってくる事でしょう。
「オリーヴィア、ギルベルト様に気に入られるように振る舞え。ご子息は引く手数多だが、先日、リーデンブルク辺境伯にお前とギルベルト様の縁談を正式に進める事にした。だが、ギルベルト様はこの舞踏会の花形だからな……淑女達が放っておくまい」
「……はい、お父様」
「オリーヴィアと結婚すれば、ギルベルト様も落ち着くかしら。何かあれば、かならず私に相談するのですよ。くれぐれもシュタウフェンベルク家の恥にならないように」
「心配するな、ヴィクトリア。貴族の男たちはみな、妻にするならオリーヴィアのように、貞淑で大人しい女が良いのだ。そして、リーデンブルクの嫡男を産める健康な体だけだ」
もう、お父様とお母様はリーデンブルク家に嫁いだ時のお話をされています。
私は緊張して、手の平に汗を掻いている事に気がつきました。
お父様の期待通りに、ギルベルト様に気に入られるかどうか、不安でならなかったのです。
もちろん、私はリーデンブルク家に嫁ぐ気持ちの決心はつきませんし、本当のところは縁談をお断りしたいのです。
けれど、私にそのような権限などありません。
お父様は『プロメテウスの英雄』と呼ばれ獣人達の反乱を迎え打った名誉騎士でありますが、辺境伯の親族となってさらに高い地位につきたいのだと思います。
ただ、私は舞踏会が終わる時まで、二人の機嫌をそこなわないようにする事だけしか考えておりませんでした。
(――――アルノーが側にいないと不安だわ)
執事であるアルノーが、舞踏会に来ないのは当然です。
けれど、私にとってアルノーは兄であり、親友であり教師であり……それ以上に慕っている相手です。
アルノーがこの場に居てくれたら、どんなに良いでしょう。
隣にいて、私の手を握ってくれるだけでどんなに不安な時も、暗闇の中の温かな光のように安心するのです。
(どうせ踊るなら、アルノーと踊りたいのに)
「――――到着いたしました」
御者のしわがれた声が響き、私は我に返りました。
雪の結晶が空から落ちてくる様子を見ながら、私は美しい音楽が鳴り響くきらびやかなダンスホールへと向かいます。
✤✤✤
豊穣の女神エルザが住まう天界に向けて伸びるような、大きく高い天窓はシュタウフェンベルク城とは比べ物にならないくらいでした。
鮮やかや女神様のステンドグラス。
美しい黄金の装飾に、気品ある美しい音楽が流れ、美しい令嬢達の華やかな色とりどりのドレスが、まるで花が開くかのように舞っています。
どちらかと言うと、彼女たちよりも控えめな容姿の私でしたが運良く壁の花にならず、見知らぬ年上の男性に誘われ、ホールの中で踊っていました。
この方には申し訳無いけれど、壁の花にさえならなければ、お父様やお母様の監視の目が届く事も無いでしょう。
(――――早く終わらないかしら。帰りたいわ)
アルノー以外の男性には、苦手意識があるのです。
人族よりも獣人と一緒にいる方が安心するだなんて、人前でとても口にする事は出来ないのですが、動物や彼らと共にいる方が自分らしくいられる気がして……。
曲が終わり手が離れた瞬間に、誰かに手を取られたかと思うと、あっも言う間に腰に手を回されます。
驚いてそちらを見ると、その相手は気品の漂う白と青の正装姿に、プラチナブロンドの髪をなびかせたこの舞踏会の主役でした。
エルザの守護騎士の称号にはふさわしい風格と、端正なお顔立ち。
突然、腰に手を回された事も緊張して、私は彼の顔を見るとあっけにとられてしまいました。
「次は私と踊っていただけませんか? オリーヴィア」
「ぎ、ギルベルト様……」
「久しぶりだね、最後に君の姿を見たのは五年前だったかな。父上から話は聞いていたが、もしや……と思って声を掛けてみたんだ」
「私の事を、良く覚えていらっしゃいましたのね。今日はお招き頂いて、光栄ですわ」
「お硬い挨拶は無しにしよう、オリーヴィア。今はワルツを楽しもうじゃないか」
ギルベルト様と踊るだけで、令嬢達の視線がこちらに向くような気がして、私は生きた心地がしません。
曲が始まると、形式的な挨拶をしてギルベルト様に完璧なリードされながらワルツを踊ります。
一曲でも踊れば、お父様とお母様の期待には答えられるでしょうか。私は心の中で安堵してダンスホールで踊り続けました。
「オリーヴィア、休憩しよう。さぁ、こちらに」
二曲続けて踊った後、私とギルベルト様はダンスホールの片隅にあるソファーに座ると、スラティナ地方の厳しい寒さを吹き飛ばすように楽しく踊る、紳士淑女を眺めていました。
ギルベルト様にシャンパンを薦められましたが、私はお酒が苦手なので丁寧にお断りしました。
「懐かしいな、オリーヴィア。私は一度出会った女性のことは子供の頃から忘れない質でね。人見知りだったあの頃の面影は、残しているが、ずいぶんと美しい淑女になった」
「今でも……人見知りですの。ギルベルト様はあの頃よりも、素敵な紳士になられて立派な守護騎士様ですわ」
舞踏会での駆け引きを始めるギルベルト様に、私はどう答えて良いかわからず、彼を称える事にしました。私の答えを聞くと、ギルベルト様は機嫌良く、シャンバンを飲みながら微笑んだ。
私の受け答えをお気に召したのでしょうか。
「父上が君をリーデンブルク家に迎えたいと考えているようだが、私も賛成だよ。君さえ承諾してくれれば、直ぐにでも結婚しよう」
「で、ですが……まだ、私はギルベルト様のことを良く存じておりません。この場所に集った皆様は、身分も高く可憐で美しい方々ばかりですわ」
私は戸惑いました。
ギルベルト様のことはお母様から、噂を聞くばかりで、彼とまともにお話をしたのは十四才の時に一度だけです。
身分も、お家柄も能力も申し分ない方ですが私は彼の事を良く知りません。
お噂を聞く限り、恋多き方だと言うだけで。
「そのような事を、貴女が気にする必要は無いよ。舞踏会で華やいだ綺麗な蝶々達を妻にしても苦労するだけだ。……そう言えば、あのオノレはまだいるのかい? 獣人が執事なんて珍しくて……興味深いんだ。彼らはその、私達と違い臭いんだろ」
シャンパンを飲みながら、ギルベルト様は少し酔った様子で私の手を握りました。
アルノーの事を口にするギルベルト様の口調に、どこか嘲るようなものを感じて私は恐る恐る手を引っ込めました。
「アルノーは……そのような事はありません。とても博識で礼儀正しいですわ」
「ふぅん。父上はオノレ族の事をそのように言っていたが、戦の時の記憶と混同しているのかも知れないな。アルフレッド伯爵が、なぜ獣人を召し使えているか不思議がっていたが、彼は優秀なんだね」
私は思わず、ギルベルト様に反論してしまったことを反省しながらも、アルノーを屈辱されるのは耐え難い事だと感じました。
けれど私の態度に、彼は特に気にしておられない様子で、シャンパンを飲み干します。
彼は前方にいる美しい令嬢が、こちらを見ていることに気付くと、失礼と席を立って彼女のもとに向かいました。
親しい女性でしょうか、楽しそうな表情で会話を始めたようです。
私は胸を撫で下ろすとぼんやりと、オルゴールの中で踊る、可愛らしい人形のような人々を眺めていました。
どこかこの華やかな場所が、別の世界のことのように遠く切り離せれていくような感覚を覚えながら。
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