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第三部 天界編
陸、月読尊―其の壱―
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昔から、愛する者が苦しむ姿を見るのがなによりも好きだった。
それは自分より年下の子供でも、大人でも変わらない。
怯えたような目をしてやがて絶命した瞬間に、頭が真っ白になっていつも射精する。
他人とは異なる異常な衝動を持っていることを、鬼蝶は幼いながら、しっかりと自覚していた。
だからこそ、それを両親に悟られないように神童として、賢くボロを出さないように過ごしていた。
しかし、それもやがて限界を越え、本性を垣間見た家族は、彼を恐れるようになる。
そして、鞍馬天狗の法眼に拐かされてから、彼の人生は劇的に変わる。
快楽主義も、心の中に潜む残虐非道な娯楽も、すべて解放しても構わないと教えられた。
鬼蝶は自分を認めてくれた法眼を男として敬愛し、彼の小姓として夜伽の相手をし、そして心の赴くまま残虐の限りを尽くして、人間を狩り続けていた。
とうとう愛人であり、恩師である法眼さえも裏切りの匂いを嗅ぎつけた瞬間、なんの躊躇もなく、彼を殺害した。
それには、何よりも若菜を独占したいという欲望が、はち切れんばかりに膨れ上がっていたせいもある。
鬼蝶にとって『初めての女』である若菜は『特別な存在』だった。
若菜が自分から離れる時間が長くなればなるほど、恋焦がれて狂い、自身が壊れていくのを自覚するほど、心を揺さぶられる存在だった。
彼女の愛する者を全て奪い、心を粉々に砕いて、鬼蝶という名前しか分からなくなるほど犯し尽くして、壊したい。
その仄暗い想いは、さらに彼を残虐にさせた。
「ふふっ、あははっ、大きな鳥籠が出来たよぉ、若菜ァ……。僕と同じように早く右目を傷付けてお揃いにしなくちゃねぇ………。って。ふーん、僕の特別な楽しい時間を邪魔するってことはぁ、若菜のことで、何か進展があったんだよねぇ?」
キョウの御所に出来た、完全な飼育の檻。
ここに、妻となる若菜を閉じ込めるのが鬼蝶の夢だった。
都から、幕府を手中に収めるためにあやかしや、烏天狗を送り込んだ鬼蝶は、やがてこの国のすべてを自分と、最愛の愛らしい蝶のために捧げるつもりだった。
何者にも邪魔されない、二人だけの理想郷。
血と欲に支配された場所。
残忍な笑みを浮かべる鬼蝶の足元には、絶命した陰間や、拐かされた遊女が転がっている。
まるで使い捨てのように、気に入った人間の霊気を取り入れては、幼子がおもちゃを壊すようにいとも簡単に命を奪う。
鬼蝶は、血で滴る刀を振ると全裸のまま、肩越しに部下を見た。
彼の右目には、美しい蝶の刺繍が施された眼帯をしているが、その奥からも鋭い眼光を感じられ、烏天狗は息を飲んだ。
血のように赤い唇、そして禿のような黒い綺麗な髪、美少女のような容姿の魔性の少年の目は、今しがた命を奪った興奮でギラギラと光っていた。
「き………帝。若菜様の式神たちを捕獲しました」
「なんだと? また偽物だったら、今度こそお前の首もぉ、あいつらと同じようにはね飛ばすけど?」
天魔界の門を開くべく、キョウ中の退魔師をかき集めて試したが、ピクリとも門は開かなかった。
今度はエドにいる退魔師や陰陽師を捕獲するうちに、欲に目が眩んだ人間たちが、どこからともなく聞きつけてきたのか若菜の偽物を用意したり、式神の情報があると言って、謝礼金欲しさに黒羽組に接触を試みてきた。
そのどれもがことごとく偽物で、その度に鬼蝶は彼らを気の済むまで拷問して、殺害した。
「は、はい。間違いありません。狐、狗神、蛇が二人……、三人は鞍馬山で見た顔です」
「へぇえ? 四人もいるんだぁ。そいつらが僕を、欺くために来たんだとしても、四人は血祭りにできるってわけだよねぇ? 二人殺したけど、ぜんっぜん、物足りなかったから楽しみだなぁ」
鬼蝶は返り血を浴びた白い寝間着をだらしなく羽織った。
鬼蝶は、まるで気が触れたようにくるくると踊りながら、烏天狗の顎の下に刀の柄を押し付けると、口の両端をニヤリと歪ませる。
「あぁ~~。ごめん。忘れてた。お前が五人目になるんだっけ? ほらぁ、案内しなよぉ……! なんだか今日は僕の愛らしい蝶の手掛かりが見つかるような気がするんだ! あはははっ」
「は、はい……」
鬼蝶の狂気を宿した瞳を見ると、烏天狗は失禁しそうになる。
だが、今回ばかりは信用できる筋から情報を入手し、新たな隠れ家を見つけ出して、あっさりと捕まえることができたのだ。
鬼蝶は、淫らに胸元を開けながら鼻歌交じりに御所の廊下を歩く。
清涼殿の御帳台まで来ると、膝を立てるようにして座り、ニィッと嗤った。
そこには後ろ手に縄をかけられ、まるでこれから、奉行所の裁きを受ける罪人のようにうなだれ、捕えられている。
顔をあげた四人は、紛れもなく今まで若菜を守ってきた、あの疎ましい『式神』たちで、鬼蝶は興奮した。
「あはっ、あはははっ! 久しぶりじゃないかぁ! なぁんだ、お前たち天魔界から出られたんだねぇ、あはははっ! ――――それじゃあ僕の若菜もようやく、娑婆世界に戻って来たってわけだ!」
由衛は、おぞましい狂った嗤い声をあげる魔少年の顔を睨みつけると、ニヤリと笑った。
✤✤✤
懐かしいような虫の声が聞こえ、小動物が外を走るような音がして、若菜はうっすらと目を開けた。
日本家屋の屋根は、陰陽寮の自室に似ている。
もしかして、今まで長い長い淫靡な夢を見ていたのだろうかと思い、ゆっくりと体を起こした。
「巫女服……、まだ夜なの? でもなんだか変な感じ……。私、夢でも見てるの? それとも今までが夢だったのかな」
確かにここは見慣れた和室だ。
陰陽寮で長年使っていた見覚えのあるような家具があるものの、まるで鏡の中にいるように、反転している。
酒場で羅漢に犯され、気を失う直前に見知らぬ誰かに出逢ったような気がするが、その人物に連れて来られたのだろうか。
布団から出ると、おそるおそる障子を開けた。
するとそこは、見慣れた庭では無くどこまでも続く黄金のススキが広がり、娑婆世界とは比べ物にならないくらい、大きな月が、地面から半分顔を出している。
あたりを照らす柔らかな光りに、ススキが揺れてあまりの美しさに、若菜は目を輝かせた。
「あっ……、ウサギ?」
ふと視線を落とすと、不思議そうに小さな白い兎が首を傾げていた。
どうやら何匹かいるらしく、若菜があまりの可愛さに庭に出て、兎の群れに触れようとすると、誰かの気配を感じたように、いっせいに立ち上がり鼻をヒクヒクさせた。
「――――それは俺の神使だ」
「えっ……!?」
全く人の気配を感じなかった若菜は、驚いたように振り返ると、二三歩後退する。
黒の狩衣に乳白色の肌にまつ毛まで白髪、まるで、月の神のようにぼんやりと光る男性に見覚えがあり、若菜は硬直した。
そして白兎たちはみるみるうちに、神話時代の絵巻物で見る、古代の人のような男女の姿になる。
角髪を結った神使たちは、主人を見るなり跪いた。
『申し訳ございません。月読尊様。天之此花若菜姫様を起こしてしまいました』
「ツクヨミ……ノミコト様?」
神使の言葉に、月読尊は目で合図をすると神使たちは頭を垂れて、屋敷の方へと戻っていく。
それを見送りながら、若菜は初めて木花之佐久夜毘売命以外の、八百万の神と遭遇し、緊張した様子で彼を見上げた。
「あの……。決して天界や高天原を裏切ってはいないのですが、私は天帝様に咎人の烙印を押されました。それなのに、助けて頂いてありがとうございます」
「ああ。めずらしく絶縁したはずの兄が、俺を頼ってきたので、願いを聞いた。高天原から追い出した須佐之男よりも俺のほうがまだマシと言うことだな。俺は、天魔も高天原も、天界にも興味もないただのご隠居様だ。お前が咎人だとしても、俺にとってはどうでもいい」
「そう……なのですか。本当にありがとうございます! あの、ここは……月読尊様の領地なのですか?」
月読尊の兄ということは、天照大御神だろうか。彼の素性と慣れ親しんだ八百万の神の名が出ると、若菜は安堵したように胸を撫で下ろした。
「ここは夜の国。天照大御神が手放した領域だ。俺は修羅界で、天鬼から逃げる時も、お前と一緒だったぞ」
「え……? どういうことですか……?」
若菜は不思議そうに首を傾げた。
羅漢と羅刹から逃げ出した時、思い当たるとすればあの天馬だけだ。
もしかして、彼は天馬に化けていたのだろうか?
「天馬に化けて動向を見ていた。ずっとな」
「あの天馬が月読尊様だったのですか? でも……」
いつから彼に変わったのか分からないが、酒場で羅漢に抱かれる時点では、少なくとも彼が天馬であったはず。
彼は、犯される若菜を助けることもなく、ただ見ていたのだろうか。
若菜の心の中で、ざわざわと警鐘が鳴り響く。
「若菜姫、しかるべき時が来るまでお前を保護するように言われている。お前を助け、保護しても構わないが、その代償は貰うぞ」
「代償……? 私ができることなら……助けて頂いたご恩は返します。あの、私は一体何をしたら良いのですか」
若菜は過去の経験から、おそるおそる背の高い月読尊を見上げながら問う。
無表情の彼からは、なんの感情も読み取れない。
「俺は女の脚を眺めるのが好きなんだ。特に太ももが好ましいが、お前は足の指先から足首、ふくらはぎまで理想的な形をしている。この褌を履いて、これに着替えるといい」
「ふ、褌ですか……? あの、えと……この短い袴の巫女服を着れば良いのですか」
洋装のスカートに近い短い緋袴で、屈めばお尻が見えてしまいそうだ。
可愛らしいが、豊かな胸の谷間も見えてしまいそうなほどギリギリな白衣も、気恥ずかしい。
それでも、羅漢や阿修羅王に着せられた全裸に近い下着よりましだが、若菜は月読尊の意図が理解できず、首を傾げた。
「そうだ。この西の天国から伝わる白いタイツを俺の前で履いて、ゆっくりと脱ぐといい。できるだけ、ゆっくりな……それから、若菜姫。お前の脚を舐めさせてくれ……」
「は、はい……。わかりました」
月読尊の要望は変態的で、理解に苦しむがこの程度なら、彼の欲求は飲める。
何より、現状では若菜には味方はおらず、羅漢と羅刹から追われる身で天界へと向かう方法も分からない。
月読尊は、冷静沈着に見えるが若菜を連れて部屋に戻り、着替えを渡した瞬間さきほどとはうって変わり、上機嫌で頬を染めた。
「どうやらお前には子孫繁栄と豊穣の霊験があるようだが、慈愛と性愛を司るとはめずらしい。女神に直に触れるのは久しぶりだ。さぁ、見せてくれ……綺麗な脚を」
月読尊は、まるでこれから白拍子の踊りを楽しみにしているようかのような口ぶりで、若菜は戸惑いつつも、こくんと頷いた。
それは自分より年下の子供でも、大人でも変わらない。
怯えたような目をしてやがて絶命した瞬間に、頭が真っ白になっていつも射精する。
他人とは異なる異常な衝動を持っていることを、鬼蝶は幼いながら、しっかりと自覚していた。
だからこそ、それを両親に悟られないように神童として、賢くボロを出さないように過ごしていた。
しかし、それもやがて限界を越え、本性を垣間見た家族は、彼を恐れるようになる。
そして、鞍馬天狗の法眼に拐かされてから、彼の人生は劇的に変わる。
快楽主義も、心の中に潜む残虐非道な娯楽も、すべて解放しても構わないと教えられた。
鬼蝶は自分を認めてくれた法眼を男として敬愛し、彼の小姓として夜伽の相手をし、そして心の赴くまま残虐の限りを尽くして、人間を狩り続けていた。
とうとう愛人であり、恩師である法眼さえも裏切りの匂いを嗅ぎつけた瞬間、なんの躊躇もなく、彼を殺害した。
それには、何よりも若菜を独占したいという欲望が、はち切れんばかりに膨れ上がっていたせいもある。
鬼蝶にとって『初めての女』である若菜は『特別な存在』だった。
若菜が自分から離れる時間が長くなればなるほど、恋焦がれて狂い、自身が壊れていくのを自覚するほど、心を揺さぶられる存在だった。
彼女の愛する者を全て奪い、心を粉々に砕いて、鬼蝶という名前しか分からなくなるほど犯し尽くして、壊したい。
その仄暗い想いは、さらに彼を残虐にさせた。
「ふふっ、あははっ、大きな鳥籠が出来たよぉ、若菜ァ……。僕と同じように早く右目を傷付けてお揃いにしなくちゃねぇ………。って。ふーん、僕の特別な楽しい時間を邪魔するってことはぁ、若菜のことで、何か進展があったんだよねぇ?」
キョウの御所に出来た、完全な飼育の檻。
ここに、妻となる若菜を閉じ込めるのが鬼蝶の夢だった。
都から、幕府を手中に収めるためにあやかしや、烏天狗を送り込んだ鬼蝶は、やがてこの国のすべてを自分と、最愛の愛らしい蝶のために捧げるつもりだった。
何者にも邪魔されない、二人だけの理想郷。
血と欲に支配された場所。
残忍な笑みを浮かべる鬼蝶の足元には、絶命した陰間や、拐かされた遊女が転がっている。
まるで使い捨てのように、気に入った人間の霊気を取り入れては、幼子がおもちゃを壊すようにいとも簡単に命を奪う。
鬼蝶は、血で滴る刀を振ると全裸のまま、肩越しに部下を見た。
彼の右目には、美しい蝶の刺繍が施された眼帯をしているが、その奥からも鋭い眼光を感じられ、烏天狗は息を飲んだ。
血のように赤い唇、そして禿のような黒い綺麗な髪、美少女のような容姿の魔性の少年の目は、今しがた命を奪った興奮でギラギラと光っていた。
「き………帝。若菜様の式神たちを捕獲しました」
「なんだと? また偽物だったら、今度こそお前の首もぉ、あいつらと同じようにはね飛ばすけど?」
天魔界の門を開くべく、キョウ中の退魔師をかき集めて試したが、ピクリとも門は開かなかった。
今度はエドにいる退魔師や陰陽師を捕獲するうちに、欲に目が眩んだ人間たちが、どこからともなく聞きつけてきたのか若菜の偽物を用意したり、式神の情報があると言って、謝礼金欲しさに黒羽組に接触を試みてきた。
そのどれもがことごとく偽物で、その度に鬼蝶は彼らを気の済むまで拷問して、殺害した。
「は、はい。間違いありません。狐、狗神、蛇が二人……、三人は鞍馬山で見た顔です」
「へぇえ? 四人もいるんだぁ。そいつらが僕を、欺くために来たんだとしても、四人は血祭りにできるってわけだよねぇ? 二人殺したけど、ぜんっぜん、物足りなかったから楽しみだなぁ」
鬼蝶は返り血を浴びた白い寝間着をだらしなく羽織った。
鬼蝶は、まるで気が触れたようにくるくると踊りながら、烏天狗の顎の下に刀の柄を押し付けると、口の両端をニヤリと歪ませる。
「あぁ~~。ごめん。忘れてた。お前が五人目になるんだっけ? ほらぁ、案内しなよぉ……! なんだか今日は僕の愛らしい蝶の手掛かりが見つかるような気がするんだ! あはははっ」
「は、はい……」
鬼蝶の狂気を宿した瞳を見ると、烏天狗は失禁しそうになる。
だが、今回ばかりは信用できる筋から情報を入手し、新たな隠れ家を見つけ出して、あっさりと捕まえることができたのだ。
鬼蝶は、淫らに胸元を開けながら鼻歌交じりに御所の廊下を歩く。
清涼殿の御帳台まで来ると、膝を立てるようにして座り、ニィッと嗤った。
そこには後ろ手に縄をかけられ、まるでこれから、奉行所の裁きを受ける罪人のようにうなだれ、捕えられている。
顔をあげた四人は、紛れもなく今まで若菜を守ってきた、あの疎ましい『式神』たちで、鬼蝶は興奮した。
「あはっ、あはははっ! 久しぶりじゃないかぁ! なぁんだ、お前たち天魔界から出られたんだねぇ、あはははっ! ――――それじゃあ僕の若菜もようやく、娑婆世界に戻って来たってわけだ!」
由衛は、おぞましい狂った嗤い声をあげる魔少年の顔を睨みつけると、ニヤリと笑った。
✤✤✤
懐かしいような虫の声が聞こえ、小動物が外を走るような音がして、若菜はうっすらと目を開けた。
日本家屋の屋根は、陰陽寮の自室に似ている。
もしかして、今まで長い長い淫靡な夢を見ていたのだろうかと思い、ゆっくりと体を起こした。
「巫女服……、まだ夜なの? でもなんだか変な感じ……。私、夢でも見てるの? それとも今までが夢だったのかな」
確かにここは見慣れた和室だ。
陰陽寮で長年使っていた見覚えのあるような家具があるものの、まるで鏡の中にいるように、反転している。
酒場で羅漢に犯され、気を失う直前に見知らぬ誰かに出逢ったような気がするが、その人物に連れて来られたのだろうか。
布団から出ると、おそるおそる障子を開けた。
するとそこは、見慣れた庭では無くどこまでも続く黄金のススキが広がり、娑婆世界とは比べ物にならないくらい、大きな月が、地面から半分顔を出している。
あたりを照らす柔らかな光りに、ススキが揺れてあまりの美しさに、若菜は目を輝かせた。
「あっ……、ウサギ?」
ふと視線を落とすと、不思議そうに小さな白い兎が首を傾げていた。
どうやら何匹かいるらしく、若菜があまりの可愛さに庭に出て、兎の群れに触れようとすると、誰かの気配を感じたように、いっせいに立ち上がり鼻をヒクヒクさせた。
「――――それは俺の神使だ」
「えっ……!?」
全く人の気配を感じなかった若菜は、驚いたように振り返ると、二三歩後退する。
黒の狩衣に乳白色の肌にまつ毛まで白髪、まるで、月の神のようにぼんやりと光る男性に見覚えがあり、若菜は硬直した。
そして白兎たちはみるみるうちに、神話時代の絵巻物で見る、古代の人のような男女の姿になる。
角髪を結った神使たちは、主人を見るなり跪いた。
『申し訳ございません。月読尊様。天之此花若菜姫様を起こしてしまいました』
「ツクヨミ……ノミコト様?」
神使の言葉に、月読尊は目で合図をすると神使たちは頭を垂れて、屋敷の方へと戻っていく。
それを見送りながら、若菜は初めて木花之佐久夜毘売命以外の、八百万の神と遭遇し、緊張した様子で彼を見上げた。
「あの……。決して天界や高天原を裏切ってはいないのですが、私は天帝様に咎人の烙印を押されました。それなのに、助けて頂いてありがとうございます」
「ああ。めずらしく絶縁したはずの兄が、俺を頼ってきたので、願いを聞いた。高天原から追い出した須佐之男よりも俺のほうがまだマシと言うことだな。俺は、天魔も高天原も、天界にも興味もないただのご隠居様だ。お前が咎人だとしても、俺にとってはどうでもいい」
「そう……なのですか。本当にありがとうございます! あの、ここは……月読尊様の領地なのですか?」
月読尊の兄ということは、天照大御神だろうか。彼の素性と慣れ親しんだ八百万の神の名が出ると、若菜は安堵したように胸を撫で下ろした。
「ここは夜の国。天照大御神が手放した領域だ。俺は修羅界で、天鬼から逃げる時も、お前と一緒だったぞ」
「え……? どういうことですか……?」
若菜は不思議そうに首を傾げた。
羅漢と羅刹から逃げ出した時、思い当たるとすればあの天馬だけだ。
もしかして、彼は天馬に化けていたのだろうか?
「天馬に化けて動向を見ていた。ずっとな」
「あの天馬が月読尊様だったのですか? でも……」
いつから彼に変わったのか分からないが、酒場で羅漢に抱かれる時点では、少なくとも彼が天馬であったはず。
彼は、犯される若菜を助けることもなく、ただ見ていたのだろうか。
若菜の心の中で、ざわざわと警鐘が鳴り響く。
「若菜姫、しかるべき時が来るまでお前を保護するように言われている。お前を助け、保護しても構わないが、その代償は貰うぞ」
「代償……? 私ができることなら……助けて頂いたご恩は返します。あの、私は一体何をしたら良いのですか」
若菜は過去の経験から、おそるおそる背の高い月読尊を見上げながら問う。
無表情の彼からは、なんの感情も読み取れない。
「俺は女の脚を眺めるのが好きなんだ。特に太ももが好ましいが、お前は足の指先から足首、ふくらはぎまで理想的な形をしている。この褌を履いて、これに着替えるといい」
「ふ、褌ですか……? あの、えと……この短い袴の巫女服を着れば良いのですか」
洋装のスカートに近い短い緋袴で、屈めばお尻が見えてしまいそうだ。
可愛らしいが、豊かな胸の谷間も見えてしまいそうなほどギリギリな白衣も、気恥ずかしい。
それでも、羅漢や阿修羅王に着せられた全裸に近い下着よりましだが、若菜は月読尊の意図が理解できず、首を傾げた。
「そうだ。この西の天国から伝わる白いタイツを俺の前で履いて、ゆっくりと脱ぐといい。できるだけ、ゆっくりな……それから、若菜姫。お前の脚を舐めさせてくれ……」
「は、はい……。わかりました」
月読尊の要望は変態的で、理解に苦しむがこの程度なら、彼の欲求は飲める。
何より、現状では若菜には味方はおらず、羅漢と羅刹から追われる身で天界へと向かう方法も分からない。
月読尊は、冷静沈着に見えるが若菜を連れて部屋に戻り、着替えを渡した瞬間さきほどとはうって変わり、上機嫌で頬を染めた。
「どうやらお前には子孫繁栄と豊穣の霊験があるようだが、慈愛と性愛を司るとはめずらしい。女神に直に触れるのは久しぶりだ。さぁ、見せてくれ……綺麗な脚を」
月読尊は、まるでこれから白拍子の踊りを楽しみにしているようかのような口ぶりで、若菜は戸惑いつつも、こくんと頷いた。
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