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第二部 天魔界編
拾弐、雌雄を決する―其の壱―
しおりを挟む 神々と天界兵は、先制攻撃を仕掛けた事で魔王軍と天魔界に大きな打撃を与えたと確信していた。
光の矢が空を覆い尽くし、第六天魔王の住処に広がる城下町では突然の奇襲に逃げ惑い、ただ為す術もなく焼かれていたからだ。阿修羅王はまるでそれを楽しむかのように残忍な笑みを浮かべている。
この残忍な闘神は、敵対する者の血や苦悶の表情を見るのを何よりも喜びとしていた。
「どうした、第六天魔王……お前の民が全員焼け死ぬぞ」
蟻の軍団のように急降下し、そのまま天魔達を虐殺していた天界兵が、一瞬動きを止めた。
数秒、時が止まったかと思った瞬間に陣形を取っていた天界兵の中心から、左右真っ二つにするように溶岩のような橙色の炎に飲み込まれて声もなく瞬殺される。
彼らと共に急降下した神々のうち、危機一髪で、その攻撃を回避した者もいれば若い神の中で犠牲になった者もいた。
「くっ……! いったん引け!! 第六天魔王だ!」
光の矢で放たれた炎をかき消すように、地獄の業火で浄化すると、天魔軍と漆黒の六枚羽を広げた第六天魔王が現れる。
深紅の瞳は、溶岩のように燃えてその手には剣が握られている。ニヤリ、と口元に笑みを浮かべた朔が言った。
「やってくれるじゃねぇか、阿修羅。雑魚ども総出で俺に殺されにきたのか?」
「ハハハッ、貴様と逢うのは何千年ぶりか! 貴様の苦しむ顔が恋しかったぞ、第六天魔王」
「変態かよ、オッサン」
阿修羅王は、宿敵を前にして目をらんらんと輝かせていた。第六天魔王を前にして神々は一瞬怯んだものの、それぞれの武器を手にして、朔に向かって攻撃を仕掛けた。
朔の目が鈍く輝き刀に梵字が刻まれ炎が纏わりつくと、大きく振り上げる。
「邪魔だ、どけぇ!!」
放たれた爆風を伴う炎に、神々は散り散りになり、第六天魔王の一撃で深手を負い地上に落ちていく
封印され、完全な力を取り戻した訳で無くとも、新たに若菜から注がれた力はこれまでもは異なるもので体に満ちていた。彼は天界から奇襲を受けた怒りと、コバエのように付き纏う神々を非常に疎ましく感じていた。
ともかく一刻も早く宿敵である阿修羅王を排除し、若菜の無事を確認したい。朔はこんな状況になっても、自分でも驚くほど若菜がいなくなったことに動揺していた。
魔王の一撃を合図に、中級天魔の化け物の上に乗った天魔兵達が、神々と天界兵に入り乱れて激しくぶつかり合っている。
「ひっ……、何なんだあやつのあの力は。まだ完全に復活しておらぬではなかったのか!」
「ち、近付けぬ……! どうするの、阿修羅」
東西問わず、何十という神々が束になって襲いかかってきても傷一つ負わせる事が出来ない。その様子を見ていた阿修羅王は、興奮したように目を輝かせた。どういった理屈か分からないが、体を無くし魂を長い間封印されていたにも関わらず強くなっている。
あの器は以前の第六天魔王の身体にそっくりではあるがただの人間のはずなのに、一体どんな力が隠されているのか。
「ええい、どけ。その小僧は俺の獲物よ! 貴様らでは相手にならん!」
阿修羅王の怒号が響き、黒毛の天馬がいななくと神々は気圧され、また第六天魔王の容赦のない攻撃に怯んでいた。
以前、魔王との戦に参加した古き神々も、あまりの強さに動揺を隠せなかったのだ。
もはや、阿修羅王だけが頼みの綱となった天界兵と神々は魔王軍の兵力を削ぎ落とす事に集中する。
こちらは、第六天魔王とは違い前回よりも戦力が落ちていた。数を減らせばそれだけ全体的な兵力は落ち、集中的に魔王を攻撃する事が出来ると考えていた。
宿敵に向かい、まるで彗星のように突撃する阿修羅王に、朔は剣を構え反射的に重い一撃を、受け止めた。
剣同士が交わると、彼らを中心として空に波動が広がる。そして互いに光を放ちながらせめぎ合った。
「よう、オッサン。元気だったか? 天馬から降りれねぇくらいに耄碌しちまったのかよ」
「黙れ小僧……! 変わらず減らず口を叩くな。今度こそは穢らわしい貴様の息の根を止めてやる」
「ハッ、八つ当たりもいい加減にしろよ! 今度こそてめぇの首を取ってやる!」
朔が目を光らせると、薙ぎ払うようにして阿修羅を押し退ける。バランスを崩した天馬から投げ出された阿修羅がようやく神通力で浮き上がると、それを追い掛けるようにして下降した魔王と激しい攻防戦が始まった。
天空では彼らがぶつかる度に、轟音と稲光のような光が走り、大きな風が巻き起こる。
そして地上では、由衛や吉良たちを含め式神や双方の兵士たちが激しくぶつかり合い入り乱れていた。
✤✤✤
有翼型の天魔兵を斬りつけながら、双子の天鬼は第六天魔王の弱点である『神の繭』を空から探していた。主に、犬と例えられるように羅漢と羅刹は神通力を使って探しものを見つけるのが得意だ。
沢山の神々と天魔がいるなかで、戦場から外れた東の方向にあの『神の繭』の気配を感じる。
「――――なぁ、天魔兵が弱いと思わないか、羅刹。前回は第六天魔王が『神の繭』が何人か捕らえていたようだが、やはり今回はあの人間だけだったようだ」
「ふふっ、気付いてるよ、羅漢兄さん。確実にあの時よりも敵が弱く感じるのは僕たちが強くなったせいもあると思うけどね!」
「だが油断は禁物だぜ、羅刹。あの魔王の力は前回よりも脅威。神々が束になっても傷一つ負わせる事ができていないのだからな」
「そうだね、羅漢兄さん……あの子を早く見つけなくちゃ」
城下町とは遠く離れた場所、戦の中心では無いもののそのあたりは天界兵の放った光の弓によって攻撃を受けたと思われる建物がいくつかある。
眺めていると、二人は同時に眉をしかめた。
木々は焼け焦げ、炎が燻る中で低空飛行する安倍晴明の姿を見たからだ。ここは戦場の中心より外れた場所で、東に向かうにつれて天魔兵の数は少なくなり、この辺りで掃討作戦を行っているのは神の中でも若輩ものばかりだ。
そして天界兵の中でも前線に立つには経験の浅い者である。
「――――安倍晴明か。半神とはいえこんな所で掃討作戦に参加するほど軟弱では無かったはずだが……分かりやすいな、羅刹」
「うん。答えは簡単だよね。この方向に僕らが探すお姫様がいるんだよ、羅漢兄さん」
二人は並行して飛びながら視線を合わると頷いた。このまま泳がせて、安倍晴明から『神の繭』を強奪する。自分たちに歯向かうようならば、晴明を裏切り者として報告すれば良い。
二人は目を光らせると、晴明に気付かれない位置まで高く飛翔した。
「神足通」
「神足通」
二人がそう呟くと、晴明の姿を透視するようにして尾行を開始した。
大きな二対の式神たちが天魔兵を駆逐し、陰陽術と薙刀で、残党を狩る姿は他の神々と劣らず手慣れている。
主に取って脅威になる存在は犬のように本能的に嗅ぎつける事が出来た。
安倍晴明は神性も高く、真面目で誠実な印象を持つが最愛の人間の事に関しては理性が効かないようだった。簡単に足を踏み外し、墜ちてしまうような危うさがある。
「羅漢兄さん……若菜ちゃんの気配が濃くなってきた。あの場所じゃないかな」
「ふむ……。だが、本当に生きてるか? あの建物は半分瓦礫になっているようだが」
晴明がまっすぐ目指す少し先に視線を向けると、そこには天界兵の放った攻撃で半分瓦礫と化した城が視えた。
✤✤✤
「……来る!!」
再び轟音がして、城が大きく揺れた。藍雅の悲鳴が上がった瞬間、若菜は「危ない!」と叫んだ。二回目の大きな衝撃があった時、建物が倒壊するような音がして、若菜は無意識に二人を庇うように動いた。
一瞬、まばゆい光が走って若菜は目をつむると誰かの悲鳴やうめき声が聞こえた。
しばらく経っても体に痛みは走らない。その事を感じる前に自分は死んでしまったのだろうかと思った。
霧雨や、藍雅はどうしたのだろう……。
そんな事を考えていると声をかけられた。
「大丈夫か、若菜。藍雅」
冷静な声が聞こえ、若菜はハッとして目を開けた。目の前にはこんな時でさえ全く感情を見せない霧雨が自分を見下ろし、片手には怯える藍雅を抱き寄せていた。
三人を取り囲むように淡い光の球体が瓦礫から守ってくれたようだ。
「き、霧雨さん。私たちを護ってくれたんですか?」
「違う。どうやら自覚が無いようだな。そなたの体も光っている。おそらく無意識に何かしらの力を使ったんだろう」
「い、一体なんですの……も、もしかして天界が攻めてきたの? お、お父様は」
若菜は思わず、霧雨の服を握っていた両手を見ると淡い光りを放っている事に気が付いた。陰陽師の力でもない、自分の意志ではない何か不思議な能力が、防御壁となり瓦礫を退けたようだ。
じっと若菜が見つめていると光の防御壁は薄まり消えていった。
地下室の天井は半分が辛うじて残っている程度で、城の外壁も内部も崩壊している。
藍雅が不安そうに視線を彷徨わせると、小さく悲鳴をあげた。その方向を見ると、彼の父は瓦礫の下敷きになっていたからだ。人間のものとは異なる色の血が大量に溢れて、ピクリとも動く様子は無い。
波旬の四人は擦り傷を受けているもののとっさに身をよけ、主を救出に向かったが、もうすでに息絶えてしまったことに肩を落としていた。
若菜は泣き始める藍雅の肩を抱いて、空を飛び交う天魔兵を見上げていた。
赤紫の天魔界の空は光の渦と混じり合い、まさにこの世の終わりのような光景だった。
「お父様、お父様……!!」
「現役の時ならば避けられただろう。不意をつかれたのだ。やはり、天界が攻めてきたか。六魔老の軍も迎え打っているだろう……。藍雅、そなたは末娘で、陸羽の跡は継げぬが……この者たちは父親の部下だ、指揮を取れ」
波旬の団長である、ソウを始めシン、リツ、カイは非礼を詫びるように深々と三人に頭を下げた。主人が亡き後、今この緊急事態に彼らを指揮できるのは藍雅しかいない。
戸惑い涙を拭きつつ、彼女はうなずいた。
「分かりましたわ。私が密かに結成した呪術師たちの軍と合流できれば良いのですけれど。若菜はどうしますの。私は頼んでおりませんけれど護っていただきましたし……人間では危険ではありませんこと?」
「我が安全な場所へ連れて行こう。それから魔王を援護する」
「ま、待って! 私も戦えるよ。それに朔ちゃんも晴明さまも……皆のことが心配なの」
何だか嫌な予感がする。
若菜は、戦場から離れる事を拒むように頭を振った。
光の矢が空を覆い尽くし、第六天魔王の住処に広がる城下町では突然の奇襲に逃げ惑い、ただ為す術もなく焼かれていたからだ。阿修羅王はまるでそれを楽しむかのように残忍な笑みを浮かべている。
この残忍な闘神は、敵対する者の血や苦悶の表情を見るのを何よりも喜びとしていた。
「どうした、第六天魔王……お前の民が全員焼け死ぬぞ」
蟻の軍団のように急降下し、そのまま天魔達を虐殺していた天界兵が、一瞬動きを止めた。
数秒、時が止まったかと思った瞬間に陣形を取っていた天界兵の中心から、左右真っ二つにするように溶岩のような橙色の炎に飲み込まれて声もなく瞬殺される。
彼らと共に急降下した神々のうち、危機一髪で、その攻撃を回避した者もいれば若い神の中で犠牲になった者もいた。
「くっ……! いったん引け!! 第六天魔王だ!」
光の矢で放たれた炎をかき消すように、地獄の業火で浄化すると、天魔軍と漆黒の六枚羽を広げた第六天魔王が現れる。
深紅の瞳は、溶岩のように燃えてその手には剣が握られている。ニヤリ、と口元に笑みを浮かべた朔が言った。
「やってくれるじゃねぇか、阿修羅。雑魚ども総出で俺に殺されにきたのか?」
「ハハハッ、貴様と逢うのは何千年ぶりか! 貴様の苦しむ顔が恋しかったぞ、第六天魔王」
「変態かよ、オッサン」
阿修羅王は、宿敵を前にして目をらんらんと輝かせていた。第六天魔王を前にして神々は一瞬怯んだものの、それぞれの武器を手にして、朔に向かって攻撃を仕掛けた。
朔の目が鈍く輝き刀に梵字が刻まれ炎が纏わりつくと、大きく振り上げる。
「邪魔だ、どけぇ!!」
放たれた爆風を伴う炎に、神々は散り散りになり、第六天魔王の一撃で深手を負い地上に落ちていく
封印され、完全な力を取り戻した訳で無くとも、新たに若菜から注がれた力はこれまでもは異なるもので体に満ちていた。彼は天界から奇襲を受けた怒りと、コバエのように付き纏う神々を非常に疎ましく感じていた。
ともかく一刻も早く宿敵である阿修羅王を排除し、若菜の無事を確認したい。朔はこんな状況になっても、自分でも驚くほど若菜がいなくなったことに動揺していた。
魔王の一撃を合図に、中級天魔の化け物の上に乗った天魔兵達が、神々と天界兵に入り乱れて激しくぶつかり合っている。
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東西問わず、何十という神々が束になって襲いかかってきても傷一つ負わせる事が出来ない。その様子を見ていた阿修羅王は、興奮したように目を輝かせた。どういった理屈か分からないが、体を無くし魂を長い間封印されていたにも関わらず強くなっている。
あの器は以前の第六天魔王の身体にそっくりではあるがただの人間のはずなのに、一体どんな力が隠されているのか。
「ええい、どけ。その小僧は俺の獲物よ! 貴様らでは相手にならん!」
阿修羅王の怒号が響き、黒毛の天馬がいななくと神々は気圧され、また第六天魔王の容赦のない攻撃に怯んでいた。
以前、魔王との戦に参加した古き神々も、あまりの強さに動揺を隠せなかったのだ。
もはや、阿修羅王だけが頼みの綱となった天界兵と神々は魔王軍の兵力を削ぎ落とす事に集中する。
こちらは、第六天魔王とは違い前回よりも戦力が落ちていた。数を減らせばそれだけ全体的な兵力は落ち、集中的に魔王を攻撃する事が出来ると考えていた。
宿敵に向かい、まるで彗星のように突撃する阿修羅王に、朔は剣を構え反射的に重い一撃を、受け止めた。
剣同士が交わると、彼らを中心として空に波動が広がる。そして互いに光を放ちながらせめぎ合った。
「よう、オッサン。元気だったか? 天馬から降りれねぇくらいに耄碌しちまったのかよ」
「黙れ小僧……! 変わらず減らず口を叩くな。今度こそは穢らわしい貴様の息の根を止めてやる」
「ハッ、八つ当たりもいい加減にしろよ! 今度こそてめぇの首を取ってやる!」
朔が目を光らせると、薙ぎ払うようにして阿修羅を押し退ける。バランスを崩した天馬から投げ出された阿修羅がようやく神通力で浮き上がると、それを追い掛けるようにして下降した魔王と激しい攻防戦が始まった。
天空では彼らがぶつかる度に、轟音と稲光のような光が走り、大きな風が巻き起こる。
そして地上では、由衛や吉良たちを含め式神や双方の兵士たちが激しくぶつかり合い入り乱れていた。
✤✤✤
有翼型の天魔兵を斬りつけながら、双子の天鬼は第六天魔王の弱点である『神の繭』を空から探していた。主に、犬と例えられるように羅漢と羅刹は神通力を使って探しものを見つけるのが得意だ。
沢山の神々と天魔がいるなかで、戦場から外れた東の方向にあの『神の繭』の気配を感じる。
「――――なぁ、天魔兵が弱いと思わないか、羅刹。前回は第六天魔王が『神の繭』が何人か捕らえていたようだが、やはり今回はあの人間だけだったようだ」
「ふふっ、気付いてるよ、羅漢兄さん。確実にあの時よりも敵が弱く感じるのは僕たちが強くなったせいもあると思うけどね!」
「だが油断は禁物だぜ、羅刹。あの魔王の力は前回よりも脅威。神々が束になっても傷一つ負わせる事ができていないのだからな」
「そうだね、羅漢兄さん……あの子を早く見つけなくちゃ」
城下町とは遠く離れた場所、戦の中心では無いもののそのあたりは天界兵の放った光の弓によって攻撃を受けたと思われる建物がいくつかある。
眺めていると、二人は同時に眉をしかめた。
木々は焼け焦げ、炎が燻る中で低空飛行する安倍晴明の姿を見たからだ。ここは戦場の中心より外れた場所で、東に向かうにつれて天魔兵の数は少なくなり、この辺りで掃討作戦を行っているのは神の中でも若輩ものばかりだ。
そして天界兵の中でも前線に立つには経験の浅い者である。
「――――安倍晴明か。半神とはいえこんな所で掃討作戦に参加するほど軟弱では無かったはずだが……分かりやすいな、羅刹」
「うん。答えは簡単だよね。この方向に僕らが探すお姫様がいるんだよ、羅漢兄さん」
二人は並行して飛びながら視線を合わると頷いた。このまま泳がせて、安倍晴明から『神の繭』を強奪する。自分たちに歯向かうようならば、晴明を裏切り者として報告すれば良い。
二人は目を光らせると、晴明に気付かれない位置まで高く飛翔した。
「神足通」
「神足通」
二人がそう呟くと、晴明の姿を透視するようにして尾行を開始した。
大きな二対の式神たちが天魔兵を駆逐し、陰陽術と薙刀で、残党を狩る姿は他の神々と劣らず手慣れている。
主に取って脅威になる存在は犬のように本能的に嗅ぎつける事が出来た。
安倍晴明は神性も高く、真面目で誠実な印象を持つが最愛の人間の事に関しては理性が効かないようだった。簡単に足を踏み外し、墜ちてしまうような危うさがある。
「羅漢兄さん……若菜ちゃんの気配が濃くなってきた。あの場所じゃないかな」
「ふむ……。だが、本当に生きてるか? あの建物は半分瓦礫になっているようだが」
晴明がまっすぐ目指す少し先に視線を向けると、そこには天界兵の放った攻撃で半分瓦礫と化した城が視えた。
✤✤✤
「……来る!!」
再び轟音がして、城が大きく揺れた。藍雅の悲鳴が上がった瞬間、若菜は「危ない!」と叫んだ。二回目の大きな衝撃があった時、建物が倒壊するような音がして、若菜は無意識に二人を庇うように動いた。
一瞬、まばゆい光が走って若菜は目をつむると誰かの悲鳴やうめき声が聞こえた。
しばらく経っても体に痛みは走らない。その事を感じる前に自分は死んでしまったのだろうかと思った。
霧雨や、藍雅はどうしたのだろう……。
そんな事を考えていると声をかけられた。
「大丈夫か、若菜。藍雅」
冷静な声が聞こえ、若菜はハッとして目を開けた。目の前にはこんな時でさえ全く感情を見せない霧雨が自分を見下ろし、片手には怯える藍雅を抱き寄せていた。
三人を取り囲むように淡い光の球体が瓦礫から守ってくれたようだ。
「き、霧雨さん。私たちを護ってくれたんですか?」
「違う。どうやら自覚が無いようだな。そなたの体も光っている。おそらく無意識に何かしらの力を使ったんだろう」
「い、一体なんですの……も、もしかして天界が攻めてきたの? お、お父様は」
若菜は思わず、霧雨の服を握っていた両手を見ると淡い光りを放っている事に気が付いた。陰陽師の力でもない、自分の意志ではない何か不思議な能力が、防御壁となり瓦礫を退けたようだ。
じっと若菜が見つめていると光の防御壁は薄まり消えていった。
地下室の天井は半分が辛うじて残っている程度で、城の外壁も内部も崩壊している。
藍雅が不安そうに視線を彷徨わせると、小さく悲鳴をあげた。その方向を見ると、彼の父は瓦礫の下敷きになっていたからだ。人間のものとは異なる色の血が大量に溢れて、ピクリとも動く様子は無い。
波旬の四人は擦り傷を受けているもののとっさに身をよけ、主を救出に向かったが、もうすでに息絶えてしまったことに肩を落としていた。
若菜は泣き始める藍雅の肩を抱いて、空を飛び交う天魔兵を見上げていた。
赤紫の天魔界の空は光の渦と混じり合い、まさにこの世の終わりのような光景だった。
「お父様、お父様……!!」
「現役の時ならば避けられただろう。不意をつかれたのだ。やはり、天界が攻めてきたか。六魔老の軍も迎え打っているだろう……。藍雅、そなたは末娘で、陸羽の跡は継げぬが……この者たちは父親の部下だ、指揮を取れ」
波旬の団長である、ソウを始めシン、リツ、カイは非礼を詫びるように深々と三人に頭を下げた。主人が亡き後、今この緊急事態に彼らを指揮できるのは藍雅しかいない。
戸惑い涙を拭きつつ、彼女はうなずいた。
「分かりましたわ。私が密かに結成した呪術師たちの軍と合流できれば良いのですけれど。若菜はどうしますの。私は頼んでおりませんけれど護っていただきましたし……人間では危険ではありませんこと?」
「我が安全な場所へ連れて行こう。それから魔王を援護する」
「ま、待って! 私も戦えるよ。それに朔ちゃんも晴明さまも……皆のことが心配なの」
何だか嫌な予感がする。
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