【R18】月に叢雲、花に風。

蒼琉璃

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第二部 天魔界編

拾壱、開かれる扉―其の弐―

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 再びこの純白の故宮を訪れる時は、決断の時だと晴明は常々つねづね思っていた。
 天界を訪れたあの日のように、阿修羅王あしゅらおうと、赤い絨毯じゅうたんの上にそびえ立つ山のような王座に天帝は鎮座ちんざしていた。
 男なのか女なのか、その姿は認識できず目には見えているのに、記憶から失われてしまうような不可思議な感覚はあいかわらずだ。

「――――第六天魔王が、何度も扉を開いていると? そなたの言う神の繭むすめは器の義姉だ。安倍晴明よ、天魔界に連れ去られた事を私に告げぬとは感心せぬな。そなたは私を信用しておらぬのか?」
「――――ッッ!!」

 抑揚よくようのない声で問いかけられた瞬間、目に見えない重力なようなもので背中を押し付けられ晴明は床に叩きつけられた。
 阿修羅王は、天帝の前でも腕を組み尊大そんだいな態度で晴明を嘲笑あざわらうように自分をみらりと見る。
 この宇宙の万物を管理する天帝ならば、忠誠の誓えぬ異物をやすやすと消滅させることも可能だろう。

「天帝よ。この半神は愛ゆえに間違いを犯したのだ。どうやら、あの『神の繭』は他とは異なりずいぶんと質が良いらしい。妖魔どもに我先にと競って求められるほど、強力で純粋な霊力エネルギーを持つという」
八百万やおろずの管轄で起きた、鞍馬山の事か」
「そうだ。第六天魔王は一人でも十分に霊力を補える餌を手に入れた。羅漢と羅刹の話によれば、この娘は前回のように鎖で繋がれておらず、無理矢理魔王に従わされている様子はない。これは使えるぞ」

 阿修羅王が、挑発的にニヤリと笑うと天帝は黙ったまま、静かに彼を見つめているようだった。晴明は、地面に両手を付き体をぐっと起き上がるような素振りをして、天帝を見た。

「――――第六天魔王……の弱点と言いたいのですか。元の器と……魔王がもし……心を共にするならば、西園寺朔さいおんじさくはっ、若菜の為に命を犠牲にすることはあっても、彼女の望まぬような戦事はせぬはず……!」

 天帝の視線がこちらへ移り、なんの感情も意識も感じられない無の時間が経過する。阿修羅王の言葉に耳を傾けるのか、晴明の言葉に耳を傾けるのか、緊張が走った。

「天魔界を開く動きがある以上、見逃す訳にはゆかぬ。良く実った『神の繭』がいるならば尚更だ。もし、その娘が第六天魔王の影響の元で女神になれば厄介だ」
「――――っ、そうやすやすと天魔界の扉を開けぬのでは無かったのではないですか」

 晴明が唇を噛んで言うと、天帝の代わりに阿修羅王が項垂れた彼を覗き込むと笑った。

「有事の時は別だ。万物の均等が崩される動きがあれば扉を開ける。生ぬるい半神では理解出来ぬだろうが、人間の女一人に絆されるほど馬鹿なお人好しではないぞ。
 娑婆世界を支配し、人間を食料とする。第六天魔王はあだなす何百、何万という天界人や神、人間を殺すだろう……魔王と天魔を狩らねばなるまい!」
「今回ばかりは阿修羅王の言葉が理に叶っているぞ、晴明。天界人と神々を集め、門を開いて天魔兵を掃討そうとうする。第六天魔王を捕らえ再び封印するのだ。前回は阿修羅王を中心に神々に命じ、人間と共に宝玉に力を分散し封じさせたが……不十分であったな。
 今回はこの天界で、失敗せぬように私みずから封じ二度と天の理に反しないようにさせる」

 その言葉に、阿修羅王が煮えたぎる炎が燃え立つような髪を逆立て、目を爛々らんらんとさせ、狩りを楽しむ戦闘神としての神格が露わになっていた。
 しかし、晴明は天帝の思惑おもわくを読めずにいた。阿修羅王は確かに横暴で、鼻持ちならない男であるし、天帝も警戒をしている様子だったのに全面的に彼の言葉に同意をしている。
 天帝を自らの手で封じたい天帝と、魔王と戦い決着をつけ仕留めたい阿修羅王では、確かに目的は違うが何か引っかかった。

「――――離反りはんした『神の繭』は、理に照らし合わせれば、処分。覚醒していれば保護し千年は天界で禁固刑にしよう」
「若菜は……天を害し秩序を乱すこと好むような存在ではない!」
「――――ただし。どれも天界人が先に『神の繭』を捕獲した時とする。戦に乗り気でないそなたも愛する者のためならば、動かねばならぬはず」

 晴明の言葉を遮るように天帝は言う。
 つまり、晴明が先に若菜を見つければその罪に目をつぶると言うことなのだろうか。処分するという言葉に肝が冷えた。
 詩乃の魂を、何度も彼岸ひがんに旅立つのを見守っていたのに、彼女を失うことが今はとてつもなく恐ろしい。
 今まで晴明が体験してきたもので、最も命の危険がある戦かも知れないが、若菜のためならばどのような場所にでも向う覚悟はある。
 半神であっても、人の世界とは異なり天と地の戦では無敵とは思えず、天帝や阿修羅王を前にしては握りつぶされる命だろう。
 しかし、戦に出ねば彼女の身に危険がせまる。

「ハッハッハ、これは傑作けっさくな顔だな。その女は、俺が先に見つけても好きなようにして良いのだろう? 戦では当たり前のことだ。頑張れよ、半神……犬どもがちょうど新しい玩具を欲しがっている」
「…………くっ」
「――――阿修羅王。くれぐれも均等を崩すような行いをせぬように」

 晴明は殺意の籠もった目で阿修羅王を睨みつけた。
 戦闘神とはいえ、神とは思えぬ思考だ。
 阿修羅王の足取りは軽く、戦の準備に取り掛かるべく故宮を退出すると戦を告げる大きな音色が東西南北の天国に響き渡る。
 晴明は立ち尽くし、天帝を見るとゆっくりと立ち上がるような気配がした。

「――――そなたの話が本当ならば、サクにも救いはある。そなたの言葉ならば、聞き入れるかも知れぬからな、阿修羅王より先に私の元へあの子を……」

 どういう意味だ、と訪ねようとした瞬間、晴明は自分が八百万の高天原にある、屋敷まで強制的に飛ばされた事を理解した。
 桜の花びらが儚く舞い散る中、低く重苦しい鐘の音が鳴り響くのを聞きながら立ち尽くしていた。天界人たちが空を飛び回り八百万の神々の元へと向かっているのだろうか。
 いや、八百万に限らず東西南北の神の元へと向かっているのだろう。
 式神達が駆け寄り、陰陽師として半神としての戦の準備を始めた。

「若菜……必ず私が護ってみせる」 


✤✤✤

 赤紫の空を見つめ、若菜はなんだか胸騒ぎのような、嫌な感覚を覚えていた。それが何なのかはわからないが、数日前から六魔老たちの会議が頻繁ひんぱんに行われ、兵士たちが集まっているせいもある。
 何かしら問題が起きたのだろうか、それとも魔王に反応して、凶暴化する妖魔を抑えるための行動が波紋はもんを呼んだのか。
 人の世界を覗き見る事は若菜には出来ないが、朔の言葉を信じるならば一定の効果があったようだ。
 少なくとも、第六天魔王が復活した時よりも凶暴性は無くなり、普段通りあやかしの世界に戻る中級妖魔が増えてきたという。

『姫、浮かない顔をしていらっしゃる。何か不安なことでもあるのですか? 何なりとこの由衛に仰ってください』
『このまま上手く行ったら、妖魔も元のように境界線を保って共存できるだろうよ。朔にも会えた、紅雀も無事だった……ってぇと、心配なのは晴明の事か?』

 天界人の印象は、若菜にとって恐ろしいものだったので、安倍晴明の事も心配でならない。きっと朔のように、自分の命や身を削り犠牲になって助けに来るかも知れない。
 
「うん、晴明様の事はずっと心配してるよ。朔ちゃんの事も……もし、天界と戦になったら第六天魔王の朔ちゃんはどうなるのか……。なんだか嫌な予感がしてあまり良く眠れないの」

 朔も夜分遅くに部屋に戻り、あまり話も出来ないままだ。若菜と二人の式神たちは、少し気分転換に広い庭を歩いた。
 天魔界の華は独特だが美しく、夕焼けのような空によく映えている。
 人気も無く、ゆっくりできるのではと思った三人はそのまま、かなり庭の奥の方まで来ていた。

『しかし、だだっぴろいねぇ。王様となるとこんなにも広れぇ庭があるのか。どこまでが城なんか分かりゃしねぇや』
「本当に、どこまで行けるのかな。あそこのお花は天月花じゃないみたい。綺麗……何だかすごく甘い香りがするよ」

 白と赤の花の群生を超えると、青い花畑が一面に広がっている。甘い香りに誘われるように足を踏み入れると何だか眠気が襲う、ふと背後から由衛の声がした。

『……あまり、遠くに行ってはならんと魔王様に言われたのをお忘れかな、神の繭』

 振り返ると目眩めまいがして、由衛と吉良の姿がぶれ始めるのが見えた。配後から何者かに口を抑えられ、そのまま抵抗するまもなく若菜は意識を失った。
 若菜の目の前にいたはずの由衛は倒れ込み、そこにいたのは六魔老の一人である、藍雅の父が立っていた。若菜を抱きかかえたのは、彼の部下である天魔の精鋭部隊の一人だ。
 隊長らしき男と、彼の部下三人が藍雅の父に向かって敬礼する。

陸羽りくう様、この妖魔たちはどうしますか」
「そこいらに捨て置け。夜になれば夢見草に生息する低級天魔がそいつらを食らう。それより大事なのは神の繭よ。どれどれ……第六天魔王様が、可愛い我が娘を袖に振るほどのものなのか」

 陸羽は、抱きかかえられた若菜をこちらまで連れてくるように言うと、顔を覗き込み首筋の香りを嗅ぐ。
 鼻に広がるような甘く、清らかな霊力の香りと僅かに魔王の香りがする。昨晩もこの娘は魔王と交わったのか、と淫らな笑みを浮かべると満足そうに笑った。

「なるほど、上品な霊力の香りがする。前回の神の繭と比べるには勿体ないほど高貴な食材……天界に、変化が現れたようだ。私の精鋭部隊が活躍する絶好の機会では無いか。この『神の繭』を使って急いで力を強化させろ……。私も楽しむがな」
「………第六天魔王様にはどうご説明を?」
「訓練所の夢見草で行方不明になったとでも女官に吹き込んでおけ。この群生に足を踏み入れて生きて帰れるのは、魔王か精鋭部隊のみだ」

 陸羽は下品な笑いを浮かべた。
 天界との戦が始まり、六魔老の中で最も力をつければ安泰だ。可愛い末娘も魔王のもとに嫁ぎ幸せだろう。
 神の繭は若い人間の娘で、部下の栄養になり妻に先立たれた陸羽の楽しみの一つになる。
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