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第二部 天魔界編
弐、紅蓮の烏―其の壱―
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光の筋を描いて、刃のぶつかり合う音が響く。太陽の変わりに月が赤紫色の空を支配していた。長い髪を結った天魔の刀が一歩前に出て斬りかかると、けたけた笑いながら避けた朔がふわりと地面に着地する。
「俺が封じられてる間、腕が鈍ったんじゃねぇの、霧雨」
「何を仰る。貴方こそ、少々動きが遅くなったように思われるぞ。ほら、我を煽っている間に、我が放っておいた上級妖魔に取り囲まれてしまっているではないか」
第六天魔王の挑発も、ニヤリと笑みを浮かべて霧雨は受けて立つ。真剣に刃を互いに重ね合わせる瞬間は、幼き日に戻ったような気分になっていた。
口煩い重鎮達も側にいないので友人として軽い口調で話し掛ける霧雨に、口端を釣り上げて朔は笑い、やれやれと正気を失った上級妖魔達を見渡した。
「あーあ。面倒臭え。よくもまぁ、こんだけ集めたな。俺の城が穢れるだろうが。はいはい、始末すれば良いんだろ、始末すれば」
そう言うと、溶岩のような瞳を煌めかせた漆黒の髪がゆらりと舞い、刀が赤黒く燃え上がる。正気を失った上級妖魔達は、相手が第六天魔王だと言う事も判断が付かず、集団で襲いかかってきた。
ギリッと歯を食いしばると、朔は太刀を振り上げる。その瞬間紅蓮の炎と共に妖魔を薙ぎ払った。そして宙を舞うとつかさず、次々と襲い掛かってくる妖魔の剣をひらりと交わして、手から衝撃波を繰り出した。
朔の赤黒く燃えた煉獄の刀は、あっという間に妖魔の数を半分に減らし、もろともせず楽しげに笑いながら、舞踊を踊るかのように次々に狩った。
数百はいただろう上級妖魔達も、第六天魔王にとっては単なる準備運動にもならないような相手だった。
「きゃーー!! サク様、流石ですわぁ! 下等な妖魔が一瞬で灰になりましたわね」
トン、と朔が地面に降り立ち刀についた血を切ると、黄色い叫び声が響いた。お見事、と拍手をする霧雨の隣に天魔の侍女を従えた婚約者の藍雅が黒蜜のような瞳を輝かせて頬を染め手を叩いていた。
その声に溜息を付きながら、朔は自分の耳を指で塞ぐと、側近であり友人の霧雨と藍雅の元へと向かった。美しい刺繍の施された緋色の正装に身を包んだ彼女の手には、死人のような青白い光を放つ花と血のように赤い色の花が握られていた。
庭で手折ったものだろう。
どちらも、天魔界では親しまれている美しい花だ。
「なんだ、お前も来てたのか。ああ、お前の親父も今日の評議に出るんだっけ……? つーか、危ねぇからここで見学するなっつたろ」
朔は藍雅の額にデコピンすると、痛がる彼女の腕の中にあった青白い光を放つ可憐な花を一本取った。
その美しい花を見つめていると、懐かしい記憶が蘇ってくる。白くて儚い野花を柔らかな稲穂の髪に刺した。人とは違う髪の色を、あの女は気に病んでいたが白い花が似合う美しい髪だと朔は思った。
まるで濃い満月の光のような、秋の稲穂の絨毯のような柔らかな髪を、この国の人間共が化け物を見るような目で見ても愛しいと思っていた。耳元に花を指してやると、名前を呼びながらはにかんで笑うその姿が切なくて苦しい。
その優しく、愛らしい微笑みは朔の全てだった。
(――――この、天月花もきっとあの人間の女の髪に似合う)
「……ク、サク様? ねぇってば! 珍しいですわね、どうなさったの? お花なんかに興味なかったでしょう?」
「あ?」
藍雅の呼び掛けに現実に戻った朔は、バツの悪そうな顔をすると天月花を胸元に忍ばせた。不審そうにする婚約者を他所に、じっと彼の真意を探るように見つめていた仏頂面の霧雨に言った。
「変なもんでも食ったんじゃねぇかみたいな目でみるんじゃねぇーってお前ら。さて、軽く体も動かした事だし、評議会に出るか」
「畏まりました。既に六魔老も集まられております。藍雅様はどうされますか……評議会に出られても退屈でしょう?」
ちらりと藍雅を見下ろすと、霧雨は淡々と話した。彼女の父は上級天魔の貴族であり、第六天魔王の不在中に実権を握っていた六魔老の一人である。末娘である彼女の事を溺愛する、この父親は過激派の方に所属する。
三人とも身分は違うが幼馴染という立場であっても、政治が絡めばその関係も微妙な亀裂が走る。特に、朔の腹心である霧雨にしてみれば、藍雅の気持ちはどうあれ、政略結婚にしか過ぎず、彼女も信用する事が出来なかった。
「余計なお世話ですわ、霧雨。でも、御父様は評議会に女が口を挟むのが気に入りませんの。ですから、私は女らしく遊んでサク様を待ちますわ」
「――――ならば、茶菓子でも用意させましょう」
藍雅は、ツンと明々後日の方向を向くと霧雨を無視し、朔に満面の笑みを投げかけ侍女と共に城の庭へと消えていった。霧雨はその態度に対して特に気に留める様子も無く、ほんの少し吐息を漏らすと朔の後を追って歩いた。
「――――天月花に興味を持つなんて、よほど虚無世界が退屈だったと見える。それとも悟りを開いて、今更ながらに花の美しさに気付いたのか?」
「ハッ、言うねぇ。俺だって花を愛でる心はあるぞ失礼な奴め。――――あれは俺の寝室に置いておけ」
霧雨の方には一度も振り向かず、朔は口笛を吹きながら広間へと向かった。その背中を見守り、彼の僅かな変化に気付いた霧雨は口端に笑みを浮かべた。
✤✤✤
天守閣の外に見えるのは、人界の日本庭園のような見事な庭。朱色の濃い空は丁度、正午を示している。
評議会には、六魔老の上級貴族天魔を含め、武将や貴族達が集まっていた。朔を上座に円卓には大きな椅子に座った六魔老と、間には武将や貴族が座っている。
第六天魔王の隣には側近の霧雨が立っていた。
今回の議題は、虎の威を借る狐となって人界を我が物顔で蹂躙する上級妖魔と、監視目的で降り立つ天界人が、下級天魔を狩りつつ、情報を引き出しているという噂が貴族達に不穏な影を落としていると言う事だ。
「第六天魔王様、これ以上下等な妖魔に娑婆世界を好きなようにさせておくのは、我慢がなりませぬ。昨今では天魔の恐ろしさを知らぬ妖魔達が増え、上級妖魔でも我らに敬意を払わぬ無法者ばかり。
人が減れば、六欲界を満たす為の欲望も減るのです」
朔は足を組んだまま、顎を付くと興味のない様子で熱弁する男を見ていた。膝を指先で叩きながら、笑うと言った。
「妖魔どもを皆殺しにするのは簡単だが、大きな動きがあれば、天界人も監視を強める。まずは、あいつらが何を嗅ぎまわっているのか知る必要があるな。今の所、人間達も退魔師を使って妖魔達を駆除しているんなら、俺は手を出さねぇぞ」
穏健派の六魔老達は、少し安堵したように胸を撫で下ろした。妖魔を狩る事で無意味に天上界を刺激したくはない。それより魔王が再び王座に戻った事で、効率よく人間から欲望を得る方法を得たい。
既に戦が遠くなった彼等には、過去の栄光に過ぎなかった。だが、そうは行かないのが過激派の方だ。
「魔王様の仰られる通りだ。天界や妖魔との戦よりも、今は天魔族全体の力が満ちる事を優先したい。魔王様の復活で影響される欲深い人間共が増えたのだ」
穏健派の言葉を遮るように、山のように体の大きな武将が言った。
「ふん、今こそ六欲界の門を開き、人間共が弱っている隙に妖魔を駆逐し奴らを支配するのが宜しい! 天界も黙ってはいないでしょう。迎え撃つだけの力はある! 積年の恨みを晴らす時です」
「魔王様は、すっかり牙を抜かれたよう虎のように大人しくなってしまわれている。大地を血に染めましょう。人間の器を借りて蘇った腰抜けと言われる前に」
熱くなった武将に便乗するように貴族が言葉を荒げると、朔の指が止まる。溶岩のように紅く煮えた瞳がギラギラと細められると、それを察したようにその場にいた誰もが、息を飲んだ。張り詰めたような冷たい空気の中で朔は口端にゆっくりと笑みを浮かべる。
「今、なんと言った? 人の器を借りて蘇った腰抜けだと?」
男が青ざめた時にはもう遅かった。地獄の底から響き渡るような問い掛けと共に、弁明の言葉を与える暇も無く、男の体は断末魔と共に消し飛んだ。隣にいた武将が椅子から転げ落ちて喉から、ヒューヒューと、声にならない悲鳴をあげている。
朔とサクは瓜二つだが、幾分と若く見えるこの器でも、恐ろしさは変わりない。過激派の天魔達は全身に嫌な汗をかいて震えた。
「なぁ、俺のやり方が気に食わねぇなら今すぐ手を上げろよ」
両手を円卓に置くと、残忍な笑みと真紅の瞳を光らせている。その場は氷付き誰しもが押し黙った。無礼な態度ならば、同族でも容赦なく命を摘み取る冷酷無比な魔王に恐れおののくと共に、その残虐さに畏敬の念を抱いた。
朔は鼻を鳴らすと立ち上がった。
「まぁ、そう言う事なんで。天界人がコソコソ調べてる情報がほしい。んで、一匹でも良いからあいつ等を捕まえて吐かせろ」
そう言うと、六魔老を無視して朔は通り過ぎた。藍雅の父親は項垂れたまま体を震わせている。魔王の怒りを買えば、末娘との縁談は破談になり、お家は恩恵に与れなくなる。そうなれば紛れもなく一族の恥となるだろう。
蘇った不滅の魔王の姻族になれば、これほどまでに絶対的な地位と名誉を得られることは無い
✤✤✤
若菜と白露は正座したまま、上座に座る晴明を緊張した面持ちで見ていた。胡座をかいたまま、事の顛末を目を閉じて聞いていた晴明はゆっくりと目を開ける。
「なるほど、白霞が消えて白露がこの世に留まった理由は分かった。まさか、若菜の霊力にそこまでの力があるとはな。道満は間違いなく黄泉の世界へと向かったのであろう。
若菜よ、白露はお前の眷属となった」
「けんぞく、ですか……? 式神とは違うのですか?」
若菜は首を傾げた。
眷属と言えば、神道で言う所の狛犬や白狐、白蛇という使役される者達だ。神でもない自分に白蛇の少年が眷属になるとは、一体どう言う事なのだろう。
「神聖な霊力を与える事で、従者になったのだ。本来この白蛇は御使いだったが道満の呪術によって無理矢理式神にされていた。その呪術を断ち切って、本来の姿に戻ったのであろう」
『もう、僕達がお仕えしていた神社には、新たな白蛇がお仕えしております。ですから僕は家も無く仕える女神もいません。今後は、若菜様の主従として従います』
白露は、雲が晴れたような表情で微笑むと頷いた。式神のように絶対的な服従を強いる契約に縛られている訳ではなく、家来のような存在だと言う事だろうか。
ともかく、白露は晴明に受け入れられたと言う事になる。そして今後は式神では無く眷属として忠誠を尽くすという。白露は許しを得ると、ふと影のように姿を消した。
「びっくりしました……。偶然だとはいえ、そんな事が出来るなんて」
「全く。お主は驚くべき奇跡を起こすな。しかし……いけない子だ」
そう言うと、晴明は若菜の腕を手繰り寄せて抱き寄せ顎を掴んた。その穏やかな青色の瞳に嫉妬の色が見え隠れする。
「俺が封じられてる間、腕が鈍ったんじゃねぇの、霧雨」
「何を仰る。貴方こそ、少々動きが遅くなったように思われるぞ。ほら、我を煽っている間に、我が放っておいた上級妖魔に取り囲まれてしまっているではないか」
第六天魔王の挑発も、ニヤリと笑みを浮かべて霧雨は受けて立つ。真剣に刃を互いに重ね合わせる瞬間は、幼き日に戻ったような気分になっていた。
口煩い重鎮達も側にいないので友人として軽い口調で話し掛ける霧雨に、口端を釣り上げて朔は笑い、やれやれと正気を失った上級妖魔達を見渡した。
「あーあ。面倒臭え。よくもまぁ、こんだけ集めたな。俺の城が穢れるだろうが。はいはい、始末すれば良いんだろ、始末すれば」
そう言うと、溶岩のような瞳を煌めかせた漆黒の髪がゆらりと舞い、刀が赤黒く燃え上がる。正気を失った上級妖魔達は、相手が第六天魔王だと言う事も判断が付かず、集団で襲いかかってきた。
ギリッと歯を食いしばると、朔は太刀を振り上げる。その瞬間紅蓮の炎と共に妖魔を薙ぎ払った。そして宙を舞うとつかさず、次々と襲い掛かってくる妖魔の剣をひらりと交わして、手から衝撃波を繰り出した。
朔の赤黒く燃えた煉獄の刀は、あっという間に妖魔の数を半分に減らし、もろともせず楽しげに笑いながら、舞踊を踊るかのように次々に狩った。
数百はいただろう上級妖魔達も、第六天魔王にとっては単なる準備運動にもならないような相手だった。
「きゃーー!! サク様、流石ですわぁ! 下等な妖魔が一瞬で灰になりましたわね」
トン、と朔が地面に降り立ち刀についた血を切ると、黄色い叫び声が響いた。お見事、と拍手をする霧雨の隣に天魔の侍女を従えた婚約者の藍雅が黒蜜のような瞳を輝かせて頬を染め手を叩いていた。
その声に溜息を付きながら、朔は自分の耳を指で塞ぐと、側近であり友人の霧雨と藍雅の元へと向かった。美しい刺繍の施された緋色の正装に身を包んだ彼女の手には、死人のような青白い光を放つ花と血のように赤い色の花が握られていた。
庭で手折ったものだろう。
どちらも、天魔界では親しまれている美しい花だ。
「なんだ、お前も来てたのか。ああ、お前の親父も今日の評議に出るんだっけ……? つーか、危ねぇからここで見学するなっつたろ」
朔は藍雅の額にデコピンすると、痛がる彼女の腕の中にあった青白い光を放つ可憐な花を一本取った。
その美しい花を見つめていると、懐かしい記憶が蘇ってくる。白くて儚い野花を柔らかな稲穂の髪に刺した。人とは違う髪の色を、あの女は気に病んでいたが白い花が似合う美しい髪だと朔は思った。
まるで濃い満月の光のような、秋の稲穂の絨毯のような柔らかな髪を、この国の人間共が化け物を見るような目で見ても愛しいと思っていた。耳元に花を指してやると、名前を呼びながらはにかんで笑うその姿が切なくて苦しい。
その優しく、愛らしい微笑みは朔の全てだった。
(――――この、天月花もきっとあの人間の女の髪に似合う)
「……ク、サク様? ねぇってば! 珍しいですわね、どうなさったの? お花なんかに興味なかったでしょう?」
「あ?」
藍雅の呼び掛けに現実に戻った朔は、バツの悪そうな顔をすると天月花を胸元に忍ばせた。不審そうにする婚約者を他所に、じっと彼の真意を探るように見つめていた仏頂面の霧雨に言った。
「変なもんでも食ったんじゃねぇかみたいな目でみるんじゃねぇーってお前ら。さて、軽く体も動かした事だし、評議会に出るか」
「畏まりました。既に六魔老も集まられております。藍雅様はどうされますか……評議会に出られても退屈でしょう?」
ちらりと藍雅を見下ろすと、霧雨は淡々と話した。彼女の父は上級天魔の貴族であり、第六天魔王の不在中に実権を握っていた六魔老の一人である。末娘である彼女の事を溺愛する、この父親は過激派の方に所属する。
三人とも身分は違うが幼馴染という立場であっても、政治が絡めばその関係も微妙な亀裂が走る。特に、朔の腹心である霧雨にしてみれば、藍雅の気持ちはどうあれ、政略結婚にしか過ぎず、彼女も信用する事が出来なかった。
「余計なお世話ですわ、霧雨。でも、御父様は評議会に女が口を挟むのが気に入りませんの。ですから、私は女らしく遊んでサク様を待ちますわ」
「――――ならば、茶菓子でも用意させましょう」
藍雅は、ツンと明々後日の方向を向くと霧雨を無視し、朔に満面の笑みを投げかけ侍女と共に城の庭へと消えていった。霧雨はその態度に対して特に気に留める様子も無く、ほんの少し吐息を漏らすと朔の後を追って歩いた。
「――――天月花に興味を持つなんて、よほど虚無世界が退屈だったと見える。それとも悟りを開いて、今更ながらに花の美しさに気付いたのか?」
「ハッ、言うねぇ。俺だって花を愛でる心はあるぞ失礼な奴め。――――あれは俺の寝室に置いておけ」
霧雨の方には一度も振り向かず、朔は口笛を吹きながら広間へと向かった。その背中を見守り、彼の僅かな変化に気付いた霧雨は口端に笑みを浮かべた。
✤✤✤
天守閣の外に見えるのは、人界の日本庭園のような見事な庭。朱色の濃い空は丁度、正午を示している。
評議会には、六魔老の上級貴族天魔を含め、武将や貴族達が集まっていた。朔を上座に円卓には大きな椅子に座った六魔老と、間には武将や貴族が座っている。
第六天魔王の隣には側近の霧雨が立っていた。
今回の議題は、虎の威を借る狐となって人界を我が物顔で蹂躙する上級妖魔と、監視目的で降り立つ天界人が、下級天魔を狩りつつ、情報を引き出しているという噂が貴族達に不穏な影を落としていると言う事だ。
「第六天魔王様、これ以上下等な妖魔に娑婆世界を好きなようにさせておくのは、我慢がなりませぬ。昨今では天魔の恐ろしさを知らぬ妖魔達が増え、上級妖魔でも我らに敬意を払わぬ無法者ばかり。
人が減れば、六欲界を満たす為の欲望も減るのです」
朔は足を組んだまま、顎を付くと興味のない様子で熱弁する男を見ていた。膝を指先で叩きながら、笑うと言った。
「妖魔どもを皆殺しにするのは簡単だが、大きな動きがあれば、天界人も監視を強める。まずは、あいつらが何を嗅ぎまわっているのか知る必要があるな。今の所、人間達も退魔師を使って妖魔達を駆除しているんなら、俺は手を出さねぇぞ」
穏健派の六魔老達は、少し安堵したように胸を撫で下ろした。妖魔を狩る事で無意味に天上界を刺激したくはない。それより魔王が再び王座に戻った事で、効率よく人間から欲望を得る方法を得たい。
既に戦が遠くなった彼等には、過去の栄光に過ぎなかった。だが、そうは行かないのが過激派の方だ。
「魔王様の仰られる通りだ。天界や妖魔との戦よりも、今は天魔族全体の力が満ちる事を優先したい。魔王様の復活で影響される欲深い人間共が増えたのだ」
穏健派の言葉を遮るように、山のように体の大きな武将が言った。
「ふん、今こそ六欲界の門を開き、人間共が弱っている隙に妖魔を駆逐し奴らを支配するのが宜しい! 天界も黙ってはいないでしょう。迎え撃つだけの力はある! 積年の恨みを晴らす時です」
「魔王様は、すっかり牙を抜かれたよう虎のように大人しくなってしまわれている。大地を血に染めましょう。人間の器を借りて蘇った腰抜けと言われる前に」
熱くなった武将に便乗するように貴族が言葉を荒げると、朔の指が止まる。溶岩のように紅く煮えた瞳がギラギラと細められると、それを察したようにその場にいた誰もが、息を飲んだ。張り詰めたような冷たい空気の中で朔は口端にゆっくりと笑みを浮かべる。
「今、なんと言った? 人の器を借りて蘇った腰抜けだと?」
男が青ざめた時にはもう遅かった。地獄の底から響き渡るような問い掛けと共に、弁明の言葉を与える暇も無く、男の体は断末魔と共に消し飛んだ。隣にいた武将が椅子から転げ落ちて喉から、ヒューヒューと、声にならない悲鳴をあげている。
朔とサクは瓜二つだが、幾分と若く見えるこの器でも、恐ろしさは変わりない。過激派の天魔達は全身に嫌な汗をかいて震えた。
「なぁ、俺のやり方が気に食わねぇなら今すぐ手を上げろよ」
両手を円卓に置くと、残忍な笑みと真紅の瞳を光らせている。その場は氷付き誰しもが押し黙った。無礼な態度ならば、同族でも容赦なく命を摘み取る冷酷無比な魔王に恐れおののくと共に、その残虐さに畏敬の念を抱いた。
朔は鼻を鳴らすと立ち上がった。
「まぁ、そう言う事なんで。天界人がコソコソ調べてる情報がほしい。んで、一匹でも良いからあいつ等を捕まえて吐かせろ」
そう言うと、六魔老を無視して朔は通り過ぎた。藍雅の父親は項垂れたまま体を震わせている。魔王の怒りを買えば、末娘との縁談は破談になり、お家は恩恵に与れなくなる。そうなれば紛れもなく一族の恥となるだろう。
蘇った不滅の魔王の姻族になれば、これほどまでに絶対的な地位と名誉を得られることは無い
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若菜と白露は正座したまま、上座に座る晴明を緊張した面持ちで見ていた。胡座をかいたまま、事の顛末を目を閉じて聞いていた晴明はゆっくりと目を開ける。
「なるほど、白霞が消えて白露がこの世に留まった理由は分かった。まさか、若菜の霊力にそこまでの力があるとはな。道満は間違いなく黄泉の世界へと向かったのであろう。
若菜よ、白露はお前の眷属となった」
「けんぞく、ですか……? 式神とは違うのですか?」
若菜は首を傾げた。
眷属と言えば、神道で言う所の狛犬や白狐、白蛇という使役される者達だ。神でもない自分に白蛇の少年が眷属になるとは、一体どう言う事なのだろう。
「神聖な霊力を与える事で、従者になったのだ。本来この白蛇は御使いだったが道満の呪術によって無理矢理式神にされていた。その呪術を断ち切って、本来の姿に戻ったのであろう」
『もう、僕達がお仕えしていた神社には、新たな白蛇がお仕えしております。ですから僕は家も無く仕える女神もいません。今後は、若菜様の主従として従います』
白露は、雲が晴れたような表情で微笑むと頷いた。式神のように絶対的な服従を強いる契約に縛られている訳ではなく、家来のような存在だと言う事だろうか。
ともかく、白露は晴明に受け入れられたと言う事になる。そして今後は式神では無く眷属として忠誠を尽くすという。白露は許しを得ると、ふと影のように姿を消した。
「びっくりしました……。偶然だとはいえ、そんな事が出来るなんて」
「全く。お主は驚くべき奇跡を起こすな。しかし……いけない子だ」
そう言うと、晴明は若菜の腕を手繰り寄せて抱き寄せ顎を掴んた。その穏やかな青色の瞳に嫉妬の色が見え隠れする。
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