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拾弐、運命の再会―其の壱―
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翌日の早朝、呪煌々を持っていると思われる人里離れた山村に、若菜と朔は向かっていた。二人を先頭に背後には義弟と共に調査する事が気に入らない由衛、そして紅雀とベタベタしながら談笑している吉良が控えていた。
この任務を任された事で、陰陽寮から離れる事ができた若菜は内心、胸を撫で下ろしていた。夕霧と光明のいるあの場所から今は出来るだけ遠ざかっていたい。
あの後、若菜は夕方までキョウの都を彷徨っていた。心配して探しに来た由衛にはお土産をあげたが、突然雲隠れした主の事を不審に思わない筈も無く、苦しい言い訳をしてしまった。
内心では全く納得していない様子だったが、由衛はしぶしぶ若菜を抱いて、陰陽寮まで連れ戻した。
「姉さん、大丈夫か? 山道を疲れているだけなら良いんだが……何かあったんじゃないのか?」
「っ、ううん、何でもないよ、朔ちゃん。本当に心配性なんだから」
朔は、昔から義姉の事を注意深く見ているのか精神や体調の異変にいち早く気が付いた。どんなに明るく振る舞っても、無理をしていると直ぐに気付いて、若菜を労っていた。
夕霧との事を話せば少しは楽になるだろうと思えたが、心配をかけたくないと言う気持ちと、自分の脇の甘さではないかと言う気持ちが交差していた。
自分が乱暴されたと言う話をすれば、また朔は義姉を守れなかった自分を責め、苦しむのではないかと思った。様々な気持ちがよぎって若菜は気持ちを封じるように口を閉じた。最愛の人に幸せで居てほしいのは、若菜も朔も同じ気持ちだった。
不意に、朔が若菜の指先を握りしめると優しく微笑んでくれた。
それだけで、若菜の心は暗闇に光が灯されたように暖かくなる。
「姉さんの事なら、心配性すぎるくらいが丁度いい。それが、俺の特権だと思ってる」
「朔ちゃん……」
若菜は頬を染めて微笑んだ。そんな最愛の主の横顔を由衛は狐目を細めて見つめていた。隣にいる朔を押し退けて、若菜を抱きしめてやりたいが、式神と言う立場ではそれもままならず、腕を組みながら苛立っていた。特に、隣の恋仲の式神達が更にそれを煽ってくるので苛立ちも倍増だ。
『ほんま、人前でよーそんなにいちゃつけるなぁ、お前等は。物見遊山で来てるんとちゃうんやで。こんな山奥いつ妖魔が出るかわからんへんのに……姫を護るには俺だけでも十分やさかい、帰ってもらっても宜しいわ』
由衛がチクチク吉良と紅雀に言うと、吉良と紅雀はニヤニヤと笑みを浮かべた。隣を歩いていた狗神は笑いながら、苛つく由衛をなだめるようにしていった。
『お前と朔と嬢ちゃんで行動したら、常に若菜が気を使わねェといけねェだろうが。それにこのご時世、大人数で行動した方が血の海を見なくてすむぜ』
『由衛、アンタもそろそろ、若菜にベッタリは辞めて、良い女を見つけりゃいいのさ』
吉良の肩越しにひょっこりと現れた紅雀に、由衛はうんざりするように顔を背けた。蛇神の女はどの妖魔の種族よりも色香が強く、人間妖魔関係なく、男の精気を吸い取り、口も達者で気も強い女が多く、由衛の苦手な気質だった。特にこの紅雀には坊や、と馬鹿にされる事も多々あったので、苦虫を噛み潰したような表情で、明々後日の方向を向いた。
『余計なお世話や、俺は姫にしか興味が無いさかい、ほっといてんか……ん?』
『前を向いてろ、由衛』
由衛がピクリと耳を動かし、一瞬背後を肩越しにチラリと確認しようとするとそれを吉良がそれを、ピシャリと制した。
隣の紅雀も涼しい顔をして前方を見ているが、一切のスキは無い。数人の足音と気配を感じ、何時でも斬りかかれるように由衛は刀に手を伸ばしていた。その時少し前方を歩いていた若菜が指さした。
「朔ちゃん、あそこが光明様が言ってた村じゃない?」
「そのようだな、先程立ち寄った村人に教えて貰った通りここが、山髪村か。この村の神社に呪煌々があると言っていたが……」
村に入ると、畑仕事をしている農民の老人や、夫婦とすれ違う。どの住民も一応に愛想がよく、笑顔でこちらに挨拶を返すが、妙に生気がなく無機質なように思えた。
若菜は何となく落ち着かない様子で、朔を見上げた。それは、彼も同じように感じていたようで、神社に向かうに連れて緊張が高まるのを感じた。例えて言えば、言われた行動をずっと繰り返しているカラクリ人形のようなハリボテさだ。
この村に入るまでは鳥の鳴き声も、小動物や虫の存在を感じていたのに、全くの無音で若菜の心臓が鼓動を早めた。
「朔ちゃん、なんだか……村の人達はとても親切だけど、変な感じがするの、それにさっきから周りの音がしない……」
「――――若菜、気を付けろ。お前達も周囲を警戒しておけ」
『言われずともこちとら、ずっと警戒してるっちゅうねん』
悪狐と狗神は耳をピクピク動かし、行き交う人々を警戒していた。さらに背後から迫る何者かの気配にも気を配りつつ主の後をついていた。
蛇神は金色の瞳で行き交う人々を見ている。人間ならば必ず、その体温を感じる事が出来るが、山髪村の人々には誰にもそれを感じなかった。
『おかしいねぇ。人間なら温もりが見えるんだけどここの村人と来たら、誰一人それを感じない。まるで、人形みたいじゃないさ』
「おやおや、陰陽師の方々とお見受け致しましたが、大所帯でどうされましたかな? キョウの都へ向かわれるつもりで道に迷われたのか」
丁度、神社の境内まで辿り着くと神主がこちらを振り返ってそれに答えるように微笑むと答えた。その笑顔もまるで空虚で誰かに作られたようなぎこちないものだった。
朔と若菜が前に出ると神主に問う。
「山髪村の神主は貴方か。私達は陰陽寮から来た使いの者だ。こちらに、呪煌々と言われる宝珠があると聞いた。呪具で帝のお命を狙う陰陽師がいる。我々はそれを防ぎ陰陽寮で管理する為に参った」
「土御門光明様は、村人達の安全の為と仰っています。呪具がこの村にあれば、天魔や妖魔達が惹かれ、人々の命が危険に晒されます」
義弟の言葉に付け加えるように、若菜が言うと、神主は頷きにこやかに笑いながらこちらに向かってきた。いつの間にか、境内の森から村人達がゾロゾロと湧き出てくる。その様子に式神達は警戒するように辺りを見渡す。それまで立派な神社だった場所もガラリと様相が変わりして、廃神社となる。
「それはそれは……、ありがたい申し出でございますが、我々はそう言った人々から呪煌々を守るのがあのお方より託された役目でございます。何人たりともこの呪具に触れさせてはならぬと言う命令です」
神主の姿も村人達の姿もまるで、陽炎のようにゆらめき、その姿は小鬼に変わる。若菜はハッとしたように、小刀を抜くと刀を抜いた朔と背中合わせになる。由衛と吉良も同じように刀を抜き放ち、紅雀は掌に炎を宿した。
「この村は、本当は存在してなかったんだね……! 皆、気を付けてね!」
若菜の合図と共に、朔と若菜は飛び出し呪符を投げると、小刀で小鬼達相手に舞った。
朔は呪術の刻まれた刀で、ひときわ大きな小鬼と戦う。由衛と吉良は互いに憎まれ口を叩きながら、小さな小鬼達を順に狩った。
紅雀は、炎を繰り出し囲みこんできた小鬼を燃やした。
「……!? これは式神……?」
若菜はとどめを刺した断末魔をあげた小鬼がヒラヒラと人形の紙へと戻っていく事に目を見開いた。妖魔が幻術を使って、呪煌々を守護していたと思っていたのだが、地面に落ちたものは真っ二つに割れた式神の型だった。
通常、無機質な紙からの式神を創造するには強い霊力が必要となり、土御門一門の陰陽師達にそのような力の強い者はいない。だからこそこうして妖魔を調伏し、式神として契約を交わす。
この、村人として配置された小鬼達が全て式神だとしたら、どれほどの霊力があるのだろう。そんな事が出来るのはあの、安倍晴明しか居ないのでは無いだろうか。
しかし、それを悠長に考察している暇は無く仮初の小鬼達を三十匹程退魔すると、若菜は汗を拭いて、本殿を守る仁王立ちの鬼の式神を見た。
「愚かな人間達よ……、あの方のお考えも知らず、恐ろしい者を世に放とうとしている」
若菜はその言葉に戸惑ったが、朔と吉良、そして紅雀が襲いかかっていく。やはり今までの鬼とは違い、体に傷を負いながらも三人に襲い掛かり、朔が弾き飛ばされると若菜が、スキを突いて陰陽五行の印字を鬼に向かって放つと、それがとどめの一撃となって、断末魔をあげるとヒラヒラと真っ二つに割れた依代が地面に落ちた。
「姉さん、ありがとう。――――強くなったな」
「ううん、何時も朔ちゃんに助けて貰っているから……怪我はない?」
「問題無い。姉さんこそ大丈夫か?」
吉良に助けて起こされた朔に若菜は駆け寄ると、最愛の義弟の無事を確認した。吉良も久しぶりに大暴れできて満足そうだ。まだ暴れたりない様子にも見える。
紅雀も乱れた髪をかき上げ、汗ばんだ体に手で風を送るくらいには元気そうだ。由衛は怪我をしている様子は無いが、地面に落ちた式神を複雑な面持ちで見つめていた。
そして背後を気にするように見ると、若菜の元へと向かうと両手を掴み狐の尻尾をパタパタと動かした。
『姫、お怪我はありませんか? とても凛々しく愛らしいお姿で、見惚れてしまいそうになりました』
「う、うん……ありがとう、でも退魔の時は危ないから、ちゃんと前見ないとだめだよ?」
若菜の受け答えに三人は笑うと、呪煌々を探して本殿の扉を開けた。そこには四隅を榊で囲われ何枚もの呪符を表面に貼り付けられた宝玉が鈍く輝いていた。
帝を呪う為の祭壇と言うより、それを封印をしているようにも見えて若菜は戸惑った。だが、朔はすでに何度か呪煌々の祭壇を見ているせいか、戸惑う様子も無く本殿の中を進むと、それに手を伸ばして掴んだ。
「朔ちゃん……!」
若菜が思わず彼の袖を掴むと、一瞬にして周りの景色が変わった。そこは廃社の祭壇ではなく、空は赤紫色に染まっていた。
禿鷹に似た大きな鳥が太陽の登らぬ空を駆け、血のように紅い花と死人にように青白い花の中に、黒い甲冑を来た青年が立っていた。
若菜の声に反応するように肩越しに振り向いたその顔は、紛れも無く朔だった。
ただ、溶岩のように燃える紅い瞳が鈍く輝いている。そして背筋が凍るほど冷たく微笑むと、力が抜けてへたり込む若菜を見下ろしていた。
いつの間にか不気味に美しい花々はしゃれこうべに変わり、その山の上に朔が仁王立ちをしていた背中に六枚の黒い羽根が空を覆わんばかりに広げられた。
不意に誰かに肩を揺すられて、まるで白昼夢から覚めるように、心底心配そうにする朔を見つめた。
「若菜、大丈夫か? 気分が悪いのか?」
「さ、朔ちゃん……ううん、何でもないよ。多分呪煌々の力に当てられちゃったのかな……。早くそれを安全な場所に保管しないと」
いつの間にかへたりこんでいた若菜を優しく抱きしめると、風呂敷に呪煌々を包み、外でこちらの様子を伺っていた式神達の元へと戻った。
この任務を任された事で、陰陽寮から離れる事ができた若菜は内心、胸を撫で下ろしていた。夕霧と光明のいるあの場所から今は出来るだけ遠ざかっていたい。
あの後、若菜は夕方までキョウの都を彷徨っていた。心配して探しに来た由衛にはお土産をあげたが、突然雲隠れした主の事を不審に思わない筈も無く、苦しい言い訳をしてしまった。
内心では全く納得していない様子だったが、由衛はしぶしぶ若菜を抱いて、陰陽寮まで連れ戻した。
「姉さん、大丈夫か? 山道を疲れているだけなら良いんだが……何かあったんじゃないのか?」
「っ、ううん、何でもないよ、朔ちゃん。本当に心配性なんだから」
朔は、昔から義姉の事を注意深く見ているのか精神や体調の異変にいち早く気が付いた。どんなに明るく振る舞っても、無理をしていると直ぐに気付いて、若菜を労っていた。
夕霧との事を話せば少しは楽になるだろうと思えたが、心配をかけたくないと言う気持ちと、自分の脇の甘さではないかと言う気持ちが交差していた。
自分が乱暴されたと言う話をすれば、また朔は義姉を守れなかった自分を責め、苦しむのではないかと思った。様々な気持ちがよぎって若菜は気持ちを封じるように口を閉じた。最愛の人に幸せで居てほしいのは、若菜も朔も同じ気持ちだった。
不意に、朔が若菜の指先を握りしめると優しく微笑んでくれた。
それだけで、若菜の心は暗闇に光が灯されたように暖かくなる。
「姉さんの事なら、心配性すぎるくらいが丁度いい。それが、俺の特権だと思ってる」
「朔ちゃん……」
若菜は頬を染めて微笑んだ。そんな最愛の主の横顔を由衛は狐目を細めて見つめていた。隣にいる朔を押し退けて、若菜を抱きしめてやりたいが、式神と言う立場ではそれもままならず、腕を組みながら苛立っていた。特に、隣の恋仲の式神達が更にそれを煽ってくるので苛立ちも倍増だ。
『ほんま、人前でよーそんなにいちゃつけるなぁ、お前等は。物見遊山で来てるんとちゃうんやで。こんな山奥いつ妖魔が出るかわからんへんのに……姫を護るには俺だけでも十分やさかい、帰ってもらっても宜しいわ』
由衛がチクチク吉良と紅雀に言うと、吉良と紅雀はニヤニヤと笑みを浮かべた。隣を歩いていた狗神は笑いながら、苛つく由衛をなだめるようにしていった。
『お前と朔と嬢ちゃんで行動したら、常に若菜が気を使わねェといけねェだろうが。それにこのご時世、大人数で行動した方が血の海を見なくてすむぜ』
『由衛、アンタもそろそろ、若菜にベッタリは辞めて、良い女を見つけりゃいいのさ』
吉良の肩越しにひょっこりと現れた紅雀に、由衛はうんざりするように顔を背けた。蛇神の女はどの妖魔の種族よりも色香が強く、人間妖魔関係なく、男の精気を吸い取り、口も達者で気も強い女が多く、由衛の苦手な気質だった。特にこの紅雀には坊や、と馬鹿にされる事も多々あったので、苦虫を噛み潰したような表情で、明々後日の方向を向いた。
『余計なお世話や、俺は姫にしか興味が無いさかい、ほっといてんか……ん?』
『前を向いてろ、由衛』
由衛がピクリと耳を動かし、一瞬背後を肩越しにチラリと確認しようとするとそれを吉良がそれを、ピシャリと制した。
隣の紅雀も涼しい顔をして前方を見ているが、一切のスキは無い。数人の足音と気配を感じ、何時でも斬りかかれるように由衛は刀に手を伸ばしていた。その時少し前方を歩いていた若菜が指さした。
「朔ちゃん、あそこが光明様が言ってた村じゃない?」
「そのようだな、先程立ち寄った村人に教えて貰った通りここが、山髪村か。この村の神社に呪煌々があると言っていたが……」
村に入ると、畑仕事をしている農民の老人や、夫婦とすれ違う。どの住民も一応に愛想がよく、笑顔でこちらに挨拶を返すが、妙に生気がなく無機質なように思えた。
若菜は何となく落ち着かない様子で、朔を見上げた。それは、彼も同じように感じていたようで、神社に向かうに連れて緊張が高まるのを感じた。例えて言えば、言われた行動をずっと繰り返しているカラクリ人形のようなハリボテさだ。
この村に入るまでは鳥の鳴き声も、小動物や虫の存在を感じていたのに、全くの無音で若菜の心臓が鼓動を早めた。
「朔ちゃん、なんだか……村の人達はとても親切だけど、変な感じがするの、それにさっきから周りの音がしない……」
「――――若菜、気を付けろ。お前達も周囲を警戒しておけ」
『言われずともこちとら、ずっと警戒してるっちゅうねん』
悪狐と狗神は耳をピクピク動かし、行き交う人々を警戒していた。さらに背後から迫る何者かの気配にも気を配りつつ主の後をついていた。
蛇神は金色の瞳で行き交う人々を見ている。人間ならば必ず、その体温を感じる事が出来るが、山髪村の人々には誰にもそれを感じなかった。
『おかしいねぇ。人間なら温もりが見えるんだけどここの村人と来たら、誰一人それを感じない。まるで、人形みたいじゃないさ』
「おやおや、陰陽師の方々とお見受け致しましたが、大所帯でどうされましたかな? キョウの都へ向かわれるつもりで道に迷われたのか」
丁度、神社の境内まで辿り着くと神主がこちらを振り返ってそれに答えるように微笑むと答えた。その笑顔もまるで空虚で誰かに作られたようなぎこちないものだった。
朔と若菜が前に出ると神主に問う。
「山髪村の神主は貴方か。私達は陰陽寮から来た使いの者だ。こちらに、呪煌々と言われる宝珠があると聞いた。呪具で帝のお命を狙う陰陽師がいる。我々はそれを防ぎ陰陽寮で管理する為に参った」
「土御門光明様は、村人達の安全の為と仰っています。呪具がこの村にあれば、天魔や妖魔達が惹かれ、人々の命が危険に晒されます」
義弟の言葉に付け加えるように、若菜が言うと、神主は頷きにこやかに笑いながらこちらに向かってきた。いつの間にか、境内の森から村人達がゾロゾロと湧き出てくる。その様子に式神達は警戒するように辺りを見渡す。それまで立派な神社だった場所もガラリと様相が変わりして、廃神社となる。
「それはそれは……、ありがたい申し出でございますが、我々はそう言った人々から呪煌々を守るのがあのお方より託された役目でございます。何人たりともこの呪具に触れさせてはならぬと言う命令です」
神主の姿も村人達の姿もまるで、陽炎のようにゆらめき、その姿は小鬼に変わる。若菜はハッとしたように、小刀を抜くと刀を抜いた朔と背中合わせになる。由衛と吉良も同じように刀を抜き放ち、紅雀は掌に炎を宿した。
「この村は、本当は存在してなかったんだね……! 皆、気を付けてね!」
若菜の合図と共に、朔と若菜は飛び出し呪符を投げると、小刀で小鬼達相手に舞った。
朔は呪術の刻まれた刀で、ひときわ大きな小鬼と戦う。由衛と吉良は互いに憎まれ口を叩きながら、小さな小鬼達を順に狩った。
紅雀は、炎を繰り出し囲みこんできた小鬼を燃やした。
「……!? これは式神……?」
若菜はとどめを刺した断末魔をあげた小鬼がヒラヒラと人形の紙へと戻っていく事に目を見開いた。妖魔が幻術を使って、呪煌々を守護していたと思っていたのだが、地面に落ちたものは真っ二つに割れた式神の型だった。
通常、無機質な紙からの式神を創造するには強い霊力が必要となり、土御門一門の陰陽師達にそのような力の強い者はいない。だからこそこうして妖魔を調伏し、式神として契約を交わす。
この、村人として配置された小鬼達が全て式神だとしたら、どれほどの霊力があるのだろう。そんな事が出来るのはあの、安倍晴明しか居ないのでは無いだろうか。
しかし、それを悠長に考察している暇は無く仮初の小鬼達を三十匹程退魔すると、若菜は汗を拭いて、本殿を守る仁王立ちの鬼の式神を見た。
「愚かな人間達よ……、あの方のお考えも知らず、恐ろしい者を世に放とうとしている」
若菜はその言葉に戸惑ったが、朔と吉良、そして紅雀が襲いかかっていく。やはり今までの鬼とは違い、体に傷を負いながらも三人に襲い掛かり、朔が弾き飛ばされると若菜が、スキを突いて陰陽五行の印字を鬼に向かって放つと、それがとどめの一撃となって、断末魔をあげるとヒラヒラと真っ二つに割れた依代が地面に落ちた。
「姉さん、ありがとう。――――強くなったな」
「ううん、何時も朔ちゃんに助けて貰っているから……怪我はない?」
「問題無い。姉さんこそ大丈夫か?」
吉良に助けて起こされた朔に若菜は駆け寄ると、最愛の義弟の無事を確認した。吉良も久しぶりに大暴れできて満足そうだ。まだ暴れたりない様子にも見える。
紅雀も乱れた髪をかき上げ、汗ばんだ体に手で風を送るくらいには元気そうだ。由衛は怪我をしている様子は無いが、地面に落ちた式神を複雑な面持ちで見つめていた。
そして背後を気にするように見ると、若菜の元へと向かうと両手を掴み狐の尻尾をパタパタと動かした。
『姫、お怪我はありませんか? とても凛々しく愛らしいお姿で、見惚れてしまいそうになりました』
「う、うん……ありがとう、でも退魔の時は危ないから、ちゃんと前見ないとだめだよ?」
若菜の受け答えに三人は笑うと、呪煌々を探して本殿の扉を開けた。そこには四隅を榊で囲われ何枚もの呪符を表面に貼り付けられた宝玉が鈍く輝いていた。
帝を呪う為の祭壇と言うより、それを封印をしているようにも見えて若菜は戸惑った。だが、朔はすでに何度か呪煌々の祭壇を見ているせいか、戸惑う様子も無く本殿の中を進むと、それに手を伸ばして掴んだ。
「朔ちゃん……!」
若菜が思わず彼の袖を掴むと、一瞬にして周りの景色が変わった。そこは廃社の祭壇ではなく、空は赤紫色に染まっていた。
禿鷹に似た大きな鳥が太陽の登らぬ空を駆け、血のように紅い花と死人にように青白い花の中に、黒い甲冑を来た青年が立っていた。
若菜の声に反応するように肩越しに振り向いたその顔は、紛れも無く朔だった。
ただ、溶岩のように燃える紅い瞳が鈍く輝いている。そして背筋が凍るほど冷たく微笑むと、力が抜けてへたり込む若菜を見下ろしていた。
いつの間にか不気味に美しい花々はしゃれこうべに変わり、その山の上に朔が仁王立ちをしていた背中に六枚の黒い羽根が空を覆わんばかりに広げられた。
不意に誰かに肩を揺すられて、まるで白昼夢から覚めるように、心底心配そうにする朔を見つめた。
「若菜、大丈夫か? 気分が悪いのか?」
「さ、朔ちゃん……ううん、何でもないよ。多分呪煌々の力に当てられちゃったのかな……。早くそれを安全な場所に保管しないと」
いつの間にかへたりこんでいた若菜を優しく抱きしめると、風呂敷に呪煌々を包み、外でこちらの様子を伺っていた式神達の元へと戻った。
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