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玖、あやかしと蜜絞り―其の壱―
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お前は………お前は一体何者なんだ? なぜ俺に話し掛ける……? 何故俺と同じ姿をしているんだ……ここは何処何だ?」
【おいおい、久し振りに会ったって言うのに挨拶も無しに質問攻めかよ?】
呆れたように男は肩をすくめておどけて見せた。溶岩のように燃える紅い目がギラギラと光っている。腕を組むと首を傾げて口端をニッと釣り上げた。
【ま、お前が俺の声に反応して話せただけ進歩したと考えてやってもいいか。俺は親切で慈悲深いからな。で、この糞つまらねぇ場所は匣だ。
――――俺の名前は「サク」なんの因果か知らねぇが名前も容姿もソックリ】
ニヤニヤと笑いながら真実なのか、虚実なのかわからない事をおどけて言う男に苛立ちを隠せない。真意を確かめるべく、サクと名乗る男に近付こうとしたが、黒い泥水のようなものが地面からズブズブと沸き上がり波紋の壁を作った。
「くっ……何だこれは……?」
【ざーんねん! それが無くなるまでお前には頑張って貰わねぇとな。言っとくが、あんまり時間はねぇぞ。お前がチンタラしてる間に、あの人間の女はえらい目にあってるぜ。
――――何時までも、姉貴に護られてるひ弱なガキで居たくないだろ?】
男は薄寒い笑みを浮かべながら溶岩のように滾る目で見つめてきた。一体どういう事なんだと声をかけようとした瞬間、朔は肩を揺すられた。
『ちょっと……朔、アンタ大丈夫なのかい?』
目を開けると心配そうに紅雀が覗き込んでいた。驚いて体を起こすと全身に汗をかいており息切れをしている。見渡すと紛れもなく自室で、あの漆黒の闇の空間も無く自分に瓜二つの男も居なかった。
――――ここ最近、頻繁に繰り返し見る夢だ。
「紅雀…………?…魘されてたか?」
額に手を当て呼吸を整える朔の背中を、紅雀は撫でながら言った。
『アンタ、最近働きすぎなんじゃないのかい?
陰間茶間から帰ってきてから、良く魘されてるよ……。まァ、この屋敷の雰囲気が一段とどんよりしてきたから、分からないでもないけどねぇ』
確かに陰間茶屋から戻ってきてから、この屋敷の空気は更に重くなったような気がする。それが、薄々朔にはあの呪煌々のせいでは無いかと思い始めていた。
そしてあの夜から、義姉も何時もと変わらぬ素振りをしているが何処か無理をしているようなぎこちなさを感じる。
だが、恐らくそれはあの宝珠には関係の無い事のように思え、彼女を問い正そうとしても、怯えたようにはぐらかすだけで、一向に埒が明かなかった。
若菜が自らの話すのを待つしか無いだろう。
だが、その理由とあの悪夢の中の男が呟いた事に関係しているような気がしてならない。
若菜が何かに怯えて自分に隠し事をしている事への苛立ちは無いが、恐らく関係しているだろう光明への怒りが、沸々と沸き上がるのを感じていた。
「仕方がない、ここ最近退魔の仕事が増えているからな……。俺の部下だけでは手が回らないし、手に負えない奴等もいる」
『都の雰囲気もピリピリしてさ、辛気臭いったらありゃしない。下級妖魔の臭いは臭いんだよ……そうそう、ほら、アンタに手紙だよ。お役人様からだ』
紅雀は美しい黒髪をかきあげつつ悪態をつき、胸元から文を取り出した。妖艶な彼女の薫りを感じつつ文を受け取った。
土御門光明の失脚を狙う幕府の役人からだ。
幾度か、慎重に文のやり取りをしていたが、今宵逢いたいと言付けを紅雀に頼んだようだ。
「………ツキが回ってきたな。紅雀、用意をしてくれ。お前も今夜は同席だ」
『へぃ。……そう言えば、今晩はあの色男の相手はしなくていいのかい』
紅雀はしゃなりと立ち上がると、両指で印を作ると、妖術で何時もの妖艶の身なりとは違い、上品な着物を身に纏った。髪を結い上げながら、気遣うように朔を見た。
役人に会う時はどうやら何時もこの出で立ちのようだが、随分と男達に受けが良い。色香の漂う後家、若い人妻という風体に見え、金の蛇の目だけが人ではない証だった。柳の下に立てば恐ろしい妖魔だろうが、男を虜にする蛇神は事を良い方向に導く幸運の女神になる。
更に、式神を連れて外出すれば退魔の業務だと思われ他の者には怪しまれない。
「光明はこの所、陰陽師見習いの夕霧に夢中だからな……俺も姉さんも助かってる」
夕霧の美しさは、郭での噂以上で霊力もずば抜けて高い。光明の目に叶ったようだった。
好色なあの男は、男女問わず気に入った者と自分が厭きるまで関係を持つ。
或いは、政治的に利用できる者と親密になる為に己の体を使うのだ。
姉は安堵した様子だったが、光明の事は昔から傍で観察している分、よく理解していた。どんなにお気に入りの玩具を手にしても、決して自分も義姉も手離さないだろうと言う事は、経験上解っていた。自分達以外の存在は、単なる火遊びでしかない。
特に、若菜に対する異常な程の執着心は、怖気立つ程で怒りと憎しみが湧き上がってくる。
ある意味その焦りが悪夢となって具現化しているのかもしれない。
だからこそ、今この間に出来ることをする。
『部下に仕事を押し付けて、良いご身分だこと……』
紅雀が嫌味を言うと、朔は笑って部屋を出た。
✤✤✤✤
野犬の遠吠えが遠くで聞こえる。
此処は京の都二条に構えられた武家屋敷で、屋敷の者は寝静まっている。陽炎のような行灯が灯された部屋に居るのは、三人の男と式神だけで、彼等の陰がゆらゆらと障子に写っていた。
役人風の男が二人、そして朔と主従の紅雀。
目の前には酒と質素な肴が用意されていた。
「西園寺殿、御足労だったな」
「いえ……。仲村様。こうして私にお逢いして頂き有難う御座います」
頭を下げる朔に笑い、齢は四十過ぎの武士が頷く。恰幅が良く温厚そうに見えるが目は鋭い。
酒を飲むように促され一口飲むと真っ直ぐ彼を見つめた。
「ふむ。御主は芯の強い目をしているな。文を交わしている時は軟弱な陰陽師の若造と思っていたが……。失敬」
「陰陽師の修行以外でも、武道を習っていますので……軟弱な精神が宿る暇がないのです」
朔が笑みを浮かべると、面白い男だ、と笑ってパチンと自分の膝を叩いた。どうやら朔に好印象を抱いているようだった。
「――――さて、私をお呼び頂いたと言う事は、あの文の内容を信じて下さったからだとお見受け致しますが」
「土御門光明が、呪術で幕府を転覆させようと言う話だったな。荒唐無稽だと思っていたが、日に日に妖魔に憑かれる者が、都の農民や商人だけではなく武士達にも広がっている。
更に、帝の女房の紀子が失踪し、嵐山で獣に食い荒らされた亡骸が見付かった。野犬が掘り起こしたんだろが……女の足で、貴族の女中が行ける距離ではない」
仲村は一息を付くと酒を飲んだ。中級妖魔と下級の天魔の違い、また憑かれた者を見ても、霊力の無い一般人には判別はつかないだろうが、確実に何か霊的におかしな事が起こっているのは理解しているようだった。
「――――紀子様が」
失踪したと風の噂で聞いていたが、殺害されていたとは思わなかった。光明に命じられ仕事として同衾の相手を幾度かしたが、自分と関係のあった女が死ねば憐れに思う。光明は帝の御所から呪煌々を発見したと言っていたが、紀子が関わっていたのだろうか。
だとすれば光明が用済みになって殺したか――――。
「紀子様を殺害したのは、光明だと言う証拠が出たのですか?」
「ふむ、流石に鋭いな西園寺殿。だが、今は失踪前に共に部屋に入ったのを目撃した女中が居るだけだ。それでも十分だが何せ相手は陰陽頭だからな、あやつも慎重だ。
上手くイロの関係を隠してたようで、中々決定的な証拠は見つかっておらん。
公家の者ときたら、祟りや呪術を怖れて黙りよ」
捜査は難航しているようだが、幕府の役人が本格的に此方を信用し始めた事は進展だ。元より、色恋沙汰を含め黒い噂が耐えない男であるし何より帝のお膝元にいる身近な存在だ。
幕府としても、何時までもあの男をほってはおけないだろう。
「私は仲村様の心眼を信じます。公家達の『祟り』の方は此方で取り除いておきましょう。彼等は迷信深いですから。それから証拠集めにはこの紅雀も役立ちましょう」
紅雀は笑みを浮かべ頭を下げた。仲村は、頷きつつも公家には占いでもするのかと冗談混じりに笑った。この男は心の底では妖魔や妖怪、霊、天魔など一切信じてはいない。全て幻覚だと思っている。だが、目に見える事だけを信じて捜査する力が今は必要だ。
「しかし、師匠であり棟梁を裏切るとは中々恐ろしい男だな」
「陰陽寮を護る為です。これ以上、土御門光明の邪心で帝や幕府……そして都の人々に被害が及んではいけない」
あくまで光明から権力を奪い失脚させ、お上に処罰させる事が目的だが、都の人々に安息を与えたいと言うのも本音だった。実際の所、本当に呪煌々が原因なのか分からないが、何かが起きようとしているのは肌身で感じていた。
「御主のような若者が次期陰陽頭になれば、幕府もやり易いのだがな」
「私が陰陽頭になれば幕府には、全面的に協力させて頂きます。出来れば幕府と帝の中間に立ち、都の末端の人々まで、利用しやすい機関にと考えております」
今は安泰なエドやキョウでも、何時幕府が崩れ落ちるか分からない。ましてや他国の干渉を断ち、この先鎖国を貫き通せるのかも怪しい。
出来れば、あの組織は独自に存続させたい所だ。光明が居なくなった後も、霊力故に行き場を失った能力者の為にも、中立的な立場で組織を残してやりたい。
「フッ、賢明だな……そして御主は中々野心家だ。さて夜も更けてきた。最近この辺りも治安が悪い。御主の腕なら心配は無用だろうがな」
若造の思惑など手に取るようなものかもしれないが、幕府にとっても利があるだろう。笑みを浮かべると朔は頭を垂れた。
「仲村様、今後ともご宜しくお願いします」
✤✤✤✤
今日の月は血のように美しく、紅い。
陰陽師見習いにしては珍しく特別に個室を与えられた夕霧は、鏡の前で身なりを整えていた。
肩にかかるか否かの髪はふわりと緩く波打っており、前髪も軽く鋤いて、少女のように可憐で色気のある美少年が目の前に座っている。
「――――勿体ないのう。陰間の姿も、長い髪もお主に似合っておったのに」
その言葉に夕霧は振り向き、屈みながら頭を垂れた。目の前には背丈が高く、深紅と黒の修験僧の服を着て、長い燃え立つようなざんばらな黒髪を襟足で括っている美貌の男が立っている。見る者を威圧する強い眼光、そして背中には漆黒の美しい羽根が生えている。
「法眼様、お戯れを……。女物の着物はキツいし、髪の毛は邪魔で邪魔で仕方ありませんでしたよ……全く。何時もの髪型の方が落ち着きます」
顔をあげると夕霧は悪態をついた。法眼と呼ばれた男は笑いながらゆっくりと胡座をかいて座った。左右にはカラス天狗の面を被った美しい男女の羽の生えた修験僧の付き人が手を組んで立っている。
「儂が見る限り、お主は楽しんでおったようだがな……。それはさておき、良くやった。上手くイロで釣れたな。陰陽寮の方どうだ、鬼蝶」
夕霧でははなく、何故か鬼蝶と言われた美少年はニヤリと笑った。妖魔が人に真名を告げる事は禁忌、真名を知れば式神にされるという恐れがあるからだろう。
「法眼様に密偵として仕込まれただけの事はあるでしょ? 任せてください、順調に探っていますから。
僕は天狗の中でもめちゃくちゃ優秀なので簡単ですよ。それにしても、あの光明……鞍馬山の事も、法眼様の事も、僕の事も綺麗さっぱり忘れていましたよ」
夕霧は同じように胡座をかくと、法眼と呼ばれた天狗に上質な酒を振る舞った。酒を受け取った男は一口飲むと杯越しに鋭く目を細める。
「ふん、忘れてるんじゃない。アレは中身が別物だ……もう光明の魂は残っておらん……脱け殻だ」
「なぁんだ! 別人かぁ。法眼様が鞍馬山に、稚児の時に連れ去られた時から、男色一筋って感じだったし里に降りてからは知りませんけど、女には全く興味も無かったのに変だと思ったんだよなぁ~~!
あんな乱行大好きの好色野郎じゃなかったもんなぁ。どっちかって言うと何て言うか~、くそ真面目の淡泊……つまんない感じ?」
相変わらずの毒舌に苦笑しつつ話を続ける。
あっけらかんと話す鬼蝶だが、信頼関係があってこそだ。鬼蝶は任務で演じる時以外、誰の命令も聞かない。法眼以外は主と認めて居ないからだ。
「あやつの中身が誰なのか、目的が何なのか突き止めろ。妖魔のみならず下級の天魔も都で動いているようでな、楽しみじゃのう……魑魅魍魎の宴が始まりそうだ」
楽し気に笑うと、ふとその瞳を細めた。杯に注がれた酒の水面には深紅の月が写っている。ご機嫌で酒を飲む鬼蝶は、主の視線に気付いて妖艶に微笑む。
「それはそうと鬼蝶、初めての女はどうだったんだ?」
「馬鹿にしてたけど、女って、あんなに気持ちいいものなんですね。いや、あの若菜って女が特別なのかな……可愛かったし。ずっと挿れてたくなりましたよ。
ここの女中がイマイチだったから、次は陰陽師の女を試そうかなぁ。何ていうか僕があまーく囁いたら直ぐに図に乗って面白い生き物ですよ。……って法眼様ってば、僕を通じて感じてたでしょ? あの子の気持ちいいお万個」
法眼は愉快そうにバカ笑いすると、ニヤニヤと頬杖をついた。
「お主は本当に口が悪いのう。あの娘は若菜と言うのか……お前が誉めるのは珍しいな。
あの娘は特別ぞ。木花之佐久夜毘売の、富士山の女神の加護を受けておる、そして男を虜にする稀有な名器よ。処女で無かったのが残念だが、良く成長した」
「あれ? 法眼様、あの女を御存じなんです?」
知っているかのような口ぶりに目を見開き興味深く尋ねた。
「儂は、あの娘が陰陽寮に入る前から目を付けていた……姉弟共に霊力が強く、麗しい。だが、あの忌々しい安倍晴明に阻止され、陰陽寮に入ってしまったので暫く見失っていた」
「安倍晴明……? あのご隠居さんが何でしゃしゃり出たきたんですかね?」
鬼蝶は首を傾げ訝しんだ。安倍晴明の名は、妖魔達の間で良く知られている。平安時代に稲荷神に支える神狐と人の間に生まれ半妖神になった者だ。霊力は凄まじく、負け知らずの陰陽師―――。
だが、今や殆ど表舞台に立たず、不老不死のまま隠居生活を送っていると風の噂で聞いていた。エドの時代を仕切っている陰陽師と言えば土御門家の一派しかない。
その晴明が何故、あの二人を護ったのか。
「知らん。まるで氷の鬼神ようで冷静沈着の鉄仮面が怒り狂ったのを見たのはあれが初めてだ。
――――だが、晴明の守護も壊され今やキョウの都も、あの寮も魔の巣窟に近付いてきている。
弟の方はもう、光明と同様に無理だろうな。
まるで、天魔のような穢れた気を纏っていたが……不思議と人と変わらぬが……、遅かれ早かれあちら側に堕ちるだろう。
だが、あの無垢な小鳥は儂の手元におき夜な夜な愛らしく鳴かせてみたいものよ」
鬼蝶はニィッと嫌な笑みを浮かべた。
主もまた、光明と同じく好色な男で、光明に負けず劣らず……いや、別の意味で邪悪で人の世が狂うのを楽しんでいる。鬼灯はそんな法眼を敬愛していた。
妖魔の中で最も上位に君臨し、天狗を纏める棟梁は山神のように強く目の覚めるような美貌で、邪悪であるが何処か軽快な男だ。
「法眼様、小鳥の籠を用意をしておいて下さいね。魑魅魍魎どもの宴が始まったら、僕が若菜を拐かしましょう。
都の人間が逃げ惑うのが楽しみだなぁ! 一杯死んじゃうかな? 僕も殺しちゃお~~と、フフフ」
鬼蝶は楽し気に瞳孔をきゅっと細めた。美しい顔も中身が残忍なら、醜く歪む。夕霧の裏の顔……と言うより、此方が本当の彼なのだろう、
鬼蝶は、山から降りて老人や醜女等、弱い者を拐ってはいたぶり、楽しみながら殺す。
そして、若衆を誘惑しては性的な関係をもち、その者を堕落させていた。
「のう、鬼蝶……あまり人を殺しすぎるんじゃないぞ。儂の楽しみが無くなる。南蛮渡来の雑種には、ドレスを用意させよう。着物もそそられるが、あの羽根の色なら良く似合に違いない……はよう濡れた花の甘い蜜を舌で舐めてやりたい……あの最上級の霊力を体に吸収したいものだ」
そう言って鬼灯の隣に座ると肩を抱き寄せた。そして幼子に注意をするように言いつつ顎を上げた。悪戯っぽい笑みを浮かべると胸板に手を添え妖艶に目を細めた。
「忘れる所だった。儂の部下はどうだ? 式神として役立っているか? お主には愛弟子とやらになる為、今より少々頑張って貰わなくてはならん……景気付けは何がいい?」
「あいつね、つまんない。能力はまぁまぁだけど……まぁ、陰陽師見習いの式神なら丁度良いですよ。ふふふ、そんなの決まっていますよ……分かってる癖に。
一ヶ月も郭と、こんな所で我慢してるんだから、意地悪しないで抱いてください」
修験道の服越しに感じる摩羅をしなやかな掌で撫でながら頬を紅色させた。法眼の忠実な密偵でありながら、肉体関係にある……と言うより、天狗は霊力を強める為に拐かした霊感の強い美少年、美少女とまぐわう。その代わり彼等に陰陽術や天狗の術を授けるのだ。
数年過ごして、里に返す場合もあれば、そのまま天狗の修行を継続した者は、死んで天狗として転生場合がある。
――――鬼蝶は後者だ。
鬼蝶は法眼に浚われ手込めにされても望んで側にいた。 他の者達は泣き叫んでいたが、全く怖くは無かった。
彼に惹かれたのは、自分と同じ思考を持っていたからだ。自分の中に眠る邪悪な心、人間の世界に居て、常々感じていた憎悪や狂気が、初めて法眼に理解されたからだ。
強者が弱者を傷付ける事は自然な事、いらぬ者は虐げ、殺す。
法眼は正しく妖魔の中で最も賢く、愚かな者達を導く人だ。この人間を中心としたあやかしの世界は間違っており、あやかしが中心になるべきだと考えていた。
そして鬼蝶は、人の世に未練等は一切なく、先人の天狗と同じように妖魔になる道を選んだ。人間の頃から演技は得意だった。人を探る事も操る事も。故に彼の密偵として抜擢され様々な仕事をこなしていた。
いつの間にか背後に立っていた二人の天狗が消え、部屋はゆらゆらと揺れる行灯の光で二人の様々な影を写していた。
「全く、お主は本当に快楽に貪欲よのう。だが嫌いではない。鬼蝶、俺を楽しませろ」
鬼蝶はその台詞ににっこり微笑む。
欲望に火をつけた法眼の口調が代わり、まるで猛禽類のように鋭く、尊大な眼差しになる。うっとりとすると、魔羅を取り出し舐め始めた。
「勿論……んっ……愛してます……法眼様……んっ」
【おいおい、久し振りに会ったって言うのに挨拶も無しに質問攻めかよ?】
呆れたように男は肩をすくめておどけて見せた。溶岩のように燃える紅い目がギラギラと光っている。腕を組むと首を傾げて口端をニッと釣り上げた。
【ま、お前が俺の声に反応して話せただけ進歩したと考えてやってもいいか。俺は親切で慈悲深いからな。で、この糞つまらねぇ場所は匣だ。
――――俺の名前は「サク」なんの因果か知らねぇが名前も容姿もソックリ】
ニヤニヤと笑いながら真実なのか、虚実なのかわからない事をおどけて言う男に苛立ちを隠せない。真意を確かめるべく、サクと名乗る男に近付こうとしたが、黒い泥水のようなものが地面からズブズブと沸き上がり波紋の壁を作った。
「くっ……何だこれは……?」
【ざーんねん! それが無くなるまでお前には頑張って貰わねぇとな。言っとくが、あんまり時間はねぇぞ。お前がチンタラしてる間に、あの人間の女はえらい目にあってるぜ。
――――何時までも、姉貴に護られてるひ弱なガキで居たくないだろ?】
男は薄寒い笑みを浮かべながら溶岩のように滾る目で見つめてきた。一体どういう事なんだと声をかけようとした瞬間、朔は肩を揺すられた。
『ちょっと……朔、アンタ大丈夫なのかい?』
目を開けると心配そうに紅雀が覗き込んでいた。驚いて体を起こすと全身に汗をかいており息切れをしている。見渡すと紛れもなく自室で、あの漆黒の闇の空間も無く自分に瓜二つの男も居なかった。
――――ここ最近、頻繁に繰り返し見る夢だ。
「紅雀…………?…魘されてたか?」
額に手を当て呼吸を整える朔の背中を、紅雀は撫でながら言った。
『アンタ、最近働きすぎなんじゃないのかい?
陰間茶間から帰ってきてから、良く魘されてるよ……。まァ、この屋敷の雰囲気が一段とどんよりしてきたから、分からないでもないけどねぇ』
確かに陰間茶屋から戻ってきてから、この屋敷の空気は更に重くなったような気がする。それが、薄々朔にはあの呪煌々のせいでは無いかと思い始めていた。
そしてあの夜から、義姉も何時もと変わらぬ素振りをしているが何処か無理をしているようなぎこちなさを感じる。
だが、恐らくそれはあの宝珠には関係の無い事のように思え、彼女を問い正そうとしても、怯えたようにはぐらかすだけで、一向に埒が明かなかった。
若菜が自らの話すのを待つしか無いだろう。
だが、その理由とあの悪夢の中の男が呟いた事に関係しているような気がしてならない。
若菜が何かに怯えて自分に隠し事をしている事への苛立ちは無いが、恐らく関係しているだろう光明への怒りが、沸々と沸き上がるのを感じていた。
「仕方がない、ここ最近退魔の仕事が増えているからな……。俺の部下だけでは手が回らないし、手に負えない奴等もいる」
『都の雰囲気もピリピリしてさ、辛気臭いったらありゃしない。下級妖魔の臭いは臭いんだよ……そうそう、ほら、アンタに手紙だよ。お役人様からだ』
紅雀は美しい黒髪をかきあげつつ悪態をつき、胸元から文を取り出した。妖艶な彼女の薫りを感じつつ文を受け取った。
土御門光明の失脚を狙う幕府の役人からだ。
幾度か、慎重に文のやり取りをしていたが、今宵逢いたいと言付けを紅雀に頼んだようだ。
「………ツキが回ってきたな。紅雀、用意をしてくれ。お前も今夜は同席だ」
『へぃ。……そう言えば、今晩はあの色男の相手はしなくていいのかい』
紅雀はしゃなりと立ち上がると、両指で印を作ると、妖術で何時もの妖艶の身なりとは違い、上品な着物を身に纏った。髪を結い上げながら、気遣うように朔を見た。
役人に会う時はどうやら何時もこの出で立ちのようだが、随分と男達に受けが良い。色香の漂う後家、若い人妻という風体に見え、金の蛇の目だけが人ではない証だった。柳の下に立てば恐ろしい妖魔だろうが、男を虜にする蛇神は事を良い方向に導く幸運の女神になる。
更に、式神を連れて外出すれば退魔の業務だと思われ他の者には怪しまれない。
「光明はこの所、陰陽師見習いの夕霧に夢中だからな……俺も姉さんも助かってる」
夕霧の美しさは、郭での噂以上で霊力もずば抜けて高い。光明の目に叶ったようだった。
好色なあの男は、男女問わず気に入った者と自分が厭きるまで関係を持つ。
或いは、政治的に利用できる者と親密になる為に己の体を使うのだ。
姉は安堵した様子だったが、光明の事は昔から傍で観察している分、よく理解していた。どんなにお気に入りの玩具を手にしても、決して自分も義姉も手離さないだろうと言う事は、経験上解っていた。自分達以外の存在は、単なる火遊びでしかない。
特に、若菜に対する異常な程の執着心は、怖気立つ程で怒りと憎しみが湧き上がってくる。
ある意味その焦りが悪夢となって具現化しているのかもしれない。
だからこそ、今この間に出来ることをする。
『部下に仕事を押し付けて、良いご身分だこと……』
紅雀が嫌味を言うと、朔は笑って部屋を出た。
✤✤✤✤
野犬の遠吠えが遠くで聞こえる。
此処は京の都二条に構えられた武家屋敷で、屋敷の者は寝静まっている。陽炎のような行灯が灯された部屋に居るのは、三人の男と式神だけで、彼等の陰がゆらゆらと障子に写っていた。
役人風の男が二人、そして朔と主従の紅雀。
目の前には酒と質素な肴が用意されていた。
「西園寺殿、御足労だったな」
「いえ……。仲村様。こうして私にお逢いして頂き有難う御座います」
頭を下げる朔に笑い、齢は四十過ぎの武士が頷く。恰幅が良く温厚そうに見えるが目は鋭い。
酒を飲むように促され一口飲むと真っ直ぐ彼を見つめた。
「ふむ。御主は芯の強い目をしているな。文を交わしている時は軟弱な陰陽師の若造と思っていたが……。失敬」
「陰陽師の修行以外でも、武道を習っていますので……軟弱な精神が宿る暇がないのです」
朔が笑みを浮かべると、面白い男だ、と笑ってパチンと自分の膝を叩いた。どうやら朔に好印象を抱いているようだった。
「――――さて、私をお呼び頂いたと言う事は、あの文の内容を信じて下さったからだとお見受け致しますが」
「土御門光明が、呪術で幕府を転覆させようと言う話だったな。荒唐無稽だと思っていたが、日に日に妖魔に憑かれる者が、都の農民や商人だけではなく武士達にも広がっている。
更に、帝の女房の紀子が失踪し、嵐山で獣に食い荒らされた亡骸が見付かった。野犬が掘り起こしたんだろが……女の足で、貴族の女中が行ける距離ではない」
仲村は一息を付くと酒を飲んだ。中級妖魔と下級の天魔の違い、また憑かれた者を見ても、霊力の無い一般人には判別はつかないだろうが、確実に何か霊的におかしな事が起こっているのは理解しているようだった。
「――――紀子様が」
失踪したと風の噂で聞いていたが、殺害されていたとは思わなかった。光明に命じられ仕事として同衾の相手を幾度かしたが、自分と関係のあった女が死ねば憐れに思う。光明は帝の御所から呪煌々を発見したと言っていたが、紀子が関わっていたのだろうか。
だとすれば光明が用済みになって殺したか――――。
「紀子様を殺害したのは、光明だと言う証拠が出たのですか?」
「ふむ、流石に鋭いな西園寺殿。だが、今は失踪前に共に部屋に入ったのを目撃した女中が居るだけだ。それでも十分だが何せ相手は陰陽頭だからな、あやつも慎重だ。
上手くイロの関係を隠してたようで、中々決定的な証拠は見つかっておらん。
公家の者ときたら、祟りや呪術を怖れて黙りよ」
捜査は難航しているようだが、幕府の役人が本格的に此方を信用し始めた事は進展だ。元より、色恋沙汰を含め黒い噂が耐えない男であるし何より帝のお膝元にいる身近な存在だ。
幕府としても、何時までもあの男をほってはおけないだろう。
「私は仲村様の心眼を信じます。公家達の『祟り』の方は此方で取り除いておきましょう。彼等は迷信深いですから。それから証拠集めにはこの紅雀も役立ちましょう」
紅雀は笑みを浮かべ頭を下げた。仲村は、頷きつつも公家には占いでもするのかと冗談混じりに笑った。この男は心の底では妖魔や妖怪、霊、天魔など一切信じてはいない。全て幻覚だと思っている。だが、目に見える事だけを信じて捜査する力が今は必要だ。
「しかし、師匠であり棟梁を裏切るとは中々恐ろしい男だな」
「陰陽寮を護る為です。これ以上、土御門光明の邪心で帝や幕府……そして都の人々に被害が及んではいけない」
あくまで光明から権力を奪い失脚させ、お上に処罰させる事が目的だが、都の人々に安息を与えたいと言うのも本音だった。実際の所、本当に呪煌々が原因なのか分からないが、何かが起きようとしているのは肌身で感じていた。
「御主のような若者が次期陰陽頭になれば、幕府もやり易いのだがな」
「私が陰陽頭になれば幕府には、全面的に協力させて頂きます。出来れば幕府と帝の中間に立ち、都の末端の人々まで、利用しやすい機関にと考えております」
今は安泰なエドやキョウでも、何時幕府が崩れ落ちるか分からない。ましてや他国の干渉を断ち、この先鎖国を貫き通せるのかも怪しい。
出来れば、あの組織は独自に存続させたい所だ。光明が居なくなった後も、霊力故に行き場を失った能力者の為にも、中立的な立場で組織を残してやりたい。
「フッ、賢明だな……そして御主は中々野心家だ。さて夜も更けてきた。最近この辺りも治安が悪い。御主の腕なら心配は無用だろうがな」
若造の思惑など手に取るようなものかもしれないが、幕府にとっても利があるだろう。笑みを浮かべると朔は頭を垂れた。
「仲村様、今後ともご宜しくお願いします」
✤✤✤✤
今日の月は血のように美しく、紅い。
陰陽師見習いにしては珍しく特別に個室を与えられた夕霧は、鏡の前で身なりを整えていた。
肩にかかるか否かの髪はふわりと緩く波打っており、前髪も軽く鋤いて、少女のように可憐で色気のある美少年が目の前に座っている。
「――――勿体ないのう。陰間の姿も、長い髪もお主に似合っておったのに」
その言葉に夕霧は振り向き、屈みながら頭を垂れた。目の前には背丈が高く、深紅と黒の修験僧の服を着て、長い燃え立つようなざんばらな黒髪を襟足で括っている美貌の男が立っている。見る者を威圧する強い眼光、そして背中には漆黒の美しい羽根が生えている。
「法眼様、お戯れを……。女物の着物はキツいし、髪の毛は邪魔で邪魔で仕方ありませんでしたよ……全く。何時もの髪型の方が落ち着きます」
顔をあげると夕霧は悪態をついた。法眼と呼ばれた男は笑いながらゆっくりと胡座をかいて座った。左右にはカラス天狗の面を被った美しい男女の羽の生えた修験僧の付き人が手を組んで立っている。
「儂が見る限り、お主は楽しんでおったようだがな……。それはさておき、良くやった。上手くイロで釣れたな。陰陽寮の方どうだ、鬼蝶」
夕霧でははなく、何故か鬼蝶と言われた美少年はニヤリと笑った。妖魔が人に真名を告げる事は禁忌、真名を知れば式神にされるという恐れがあるからだろう。
「法眼様に密偵として仕込まれただけの事はあるでしょ? 任せてください、順調に探っていますから。
僕は天狗の中でもめちゃくちゃ優秀なので簡単ですよ。それにしても、あの光明……鞍馬山の事も、法眼様の事も、僕の事も綺麗さっぱり忘れていましたよ」
夕霧は同じように胡座をかくと、法眼と呼ばれた天狗に上質な酒を振る舞った。酒を受け取った男は一口飲むと杯越しに鋭く目を細める。
「ふん、忘れてるんじゃない。アレは中身が別物だ……もう光明の魂は残っておらん……脱け殻だ」
「なぁんだ! 別人かぁ。法眼様が鞍馬山に、稚児の時に連れ去られた時から、男色一筋って感じだったし里に降りてからは知りませんけど、女には全く興味も無かったのに変だと思ったんだよなぁ~~!
あんな乱行大好きの好色野郎じゃなかったもんなぁ。どっちかって言うと何て言うか~、くそ真面目の淡泊……つまんない感じ?」
相変わらずの毒舌に苦笑しつつ話を続ける。
あっけらかんと話す鬼蝶だが、信頼関係があってこそだ。鬼蝶は任務で演じる時以外、誰の命令も聞かない。法眼以外は主と認めて居ないからだ。
「あやつの中身が誰なのか、目的が何なのか突き止めろ。妖魔のみならず下級の天魔も都で動いているようでな、楽しみじゃのう……魑魅魍魎の宴が始まりそうだ」
楽し気に笑うと、ふとその瞳を細めた。杯に注がれた酒の水面には深紅の月が写っている。ご機嫌で酒を飲む鬼蝶は、主の視線に気付いて妖艶に微笑む。
「それはそうと鬼蝶、初めての女はどうだったんだ?」
「馬鹿にしてたけど、女って、あんなに気持ちいいものなんですね。いや、あの若菜って女が特別なのかな……可愛かったし。ずっと挿れてたくなりましたよ。
ここの女中がイマイチだったから、次は陰陽師の女を試そうかなぁ。何ていうか僕があまーく囁いたら直ぐに図に乗って面白い生き物ですよ。……って法眼様ってば、僕を通じて感じてたでしょ? あの子の気持ちいいお万個」
法眼は愉快そうにバカ笑いすると、ニヤニヤと頬杖をついた。
「お主は本当に口が悪いのう。あの娘は若菜と言うのか……お前が誉めるのは珍しいな。
あの娘は特別ぞ。木花之佐久夜毘売の、富士山の女神の加護を受けておる、そして男を虜にする稀有な名器よ。処女で無かったのが残念だが、良く成長した」
「あれ? 法眼様、あの女を御存じなんです?」
知っているかのような口ぶりに目を見開き興味深く尋ねた。
「儂は、あの娘が陰陽寮に入る前から目を付けていた……姉弟共に霊力が強く、麗しい。だが、あの忌々しい安倍晴明に阻止され、陰陽寮に入ってしまったので暫く見失っていた」
「安倍晴明……? あのご隠居さんが何でしゃしゃり出たきたんですかね?」
鬼蝶は首を傾げ訝しんだ。安倍晴明の名は、妖魔達の間で良く知られている。平安時代に稲荷神に支える神狐と人の間に生まれ半妖神になった者だ。霊力は凄まじく、負け知らずの陰陽師―――。
だが、今や殆ど表舞台に立たず、不老不死のまま隠居生活を送っていると風の噂で聞いていた。エドの時代を仕切っている陰陽師と言えば土御門家の一派しかない。
その晴明が何故、あの二人を護ったのか。
「知らん。まるで氷の鬼神ようで冷静沈着の鉄仮面が怒り狂ったのを見たのはあれが初めてだ。
――――だが、晴明の守護も壊され今やキョウの都も、あの寮も魔の巣窟に近付いてきている。
弟の方はもう、光明と同様に無理だろうな。
まるで、天魔のような穢れた気を纏っていたが……不思議と人と変わらぬが……、遅かれ早かれあちら側に堕ちるだろう。
だが、あの無垢な小鳥は儂の手元におき夜な夜な愛らしく鳴かせてみたいものよ」
鬼蝶はニィッと嫌な笑みを浮かべた。
主もまた、光明と同じく好色な男で、光明に負けず劣らず……いや、別の意味で邪悪で人の世が狂うのを楽しんでいる。鬼灯はそんな法眼を敬愛していた。
妖魔の中で最も上位に君臨し、天狗を纏める棟梁は山神のように強く目の覚めるような美貌で、邪悪であるが何処か軽快な男だ。
「法眼様、小鳥の籠を用意をしておいて下さいね。魑魅魍魎どもの宴が始まったら、僕が若菜を拐かしましょう。
都の人間が逃げ惑うのが楽しみだなぁ! 一杯死んじゃうかな? 僕も殺しちゃお~~と、フフフ」
鬼蝶は楽し気に瞳孔をきゅっと細めた。美しい顔も中身が残忍なら、醜く歪む。夕霧の裏の顔……と言うより、此方が本当の彼なのだろう、
鬼蝶は、山から降りて老人や醜女等、弱い者を拐ってはいたぶり、楽しみながら殺す。
そして、若衆を誘惑しては性的な関係をもち、その者を堕落させていた。
「のう、鬼蝶……あまり人を殺しすぎるんじゃないぞ。儂の楽しみが無くなる。南蛮渡来の雑種には、ドレスを用意させよう。着物もそそられるが、あの羽根の色なら良く似合に違いない……はよう濡れた花の甘い蜜を舌で舐めてやりたい……あの最上級の霊力を体に吸収したいものだ」
そう言って鬼灯の隣に座ると肩を抱き寄せた。そして幼子に注意をするように言いつつ顎を上げた。悪戯っぽい笑みを浮かべると胸板に手を添え妖艶に目を細めた。
「忘れる所だった。儂の部下はどうだ? 式神として役立っているか? お主には愛弟子とやらになる為、今より少々頑張って貰わなくてはならん……景気付けは何がいい?」
「あいつね、つまんない。能力はまぁまぁだけど……まぁ、陰陽師見習いの式神なら丁度良いですよ。ふふふ、そんなの決まっていますよ……分かってる癖に。
一ヶ月も郭と、こんな所で我慢してるんだから、意地悪しないで抱いてください」
修験道の服越しに感じる摩羅をしなやかな掌で撫でながら頬を紅色させた。法眼の忠実な密偵でありながら、肉体関係にある……と言うより、天狗は霊力を強める為に拐かした霊感の強い美少年、美少女とまぐわう。その代わり彼等に陰陽術や天狗の術を授けるのだ。
数年過ごして、里に返す場合もあれば、そのまま天狗の修行を継続した者は、死んで天狗として転生場合がある。
――――鬼蝶は後者だ。
鬼蝶は法眼に浚われ手込めにされても望んで側にいた。 他の者達は泣き叫んでいたが、全く怖くは無かった。
彼に惹かれたのは、自分と同じ思考を持っていたからだ。自分の中に眠る邪悪な心、人間の世界に居て、常々感じていた憎悪や狂気が、初めて法眼に理解されたからだ。
強者が弱者を傷付ける事は自然な事、いらぬ者は虐げ、殺す。
法眼は正しく妖魔の中で最も賢く、愚かな者達を導く人だ。この人間を中心としたあやかしの世界は間違っており、あやかしが中心になるべきだと考えていた。
そして鬼蝶は、人の世に未練等は一切なく、先人の天狗と同じように妖魔になる道を選んだ。人間の頃から演技は得意だった。人を探る事も操る事も。故に彼の密偵として抜擢され様々な仕事をこなしていた。
いつの間にか背後に立っていた二人の天狗が消え、部屋はゆらゆらと揺れる行灯の光で二人の様々な影を写していた。
「全く、お主は本当に快楽に貪欲よのう。だが嫌いではない。鬼蝶、俺を楽しませろ」
鬼蝶はその台詞ににっこり微笑む。
欲望に火をつけた法眼の口調が代わり、まるで猛禽類のように鋭く、尊大な眼差しになる。うっとりとすると、魔羅を取り出し舐め始めた。
「勿論……んっ……愛してます……法眼様……んっ」
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