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陸、愛欲の罪と罰―其の参―
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遠い昔、今よりも妖魔と人の距離が近かった頃、小さな小狐だった由衛は猟師に母狐を殺され、自らも怪我をして鳴いていた。
そこを通りがかったのは、詩乃姫だった。
精一杯威嚇をしたが、噛まれた手も気にせずに小狐の由衛を抱き上げた。
「母狐を殺されてしまったのね、不憫な子……。私が傷の手当をしてあげまょう」
それから詩乃姫が、由衛の名付け親となり安倍晴明と共に、母親変わりとなって育ててくれた。人の姿に化ける事が出来るようになると、彼女の身の回りの世話を進んでするようになった。いつか大人になったら、詩乃姫の婿になるのだと幼い少年は淡い恋心を抱いていた。
――――あの日、兼ねてから清明を妬み、恨んでいた芦屋道満が押し入るまでは。
あの男は拒絶する詩乃姫を手篭めにした。 必死で彼女を護ろうとしたが、霊力も未熟で幼かった由衛に彼女を助ける術は無く打ちのめされてた。
それから何度も道満は通いつめたが、彼女は一度も心を開く事はなかった。道満に心を屈する事しなかった為に、ついに怒りに身を任せたあの悪鬼は詩乃姫を手にかけてしまう。
己の無力さに由衛は噎び泣きながら屋敷を駆け出すと、必ずや強い妖狐となり、あの男の喉元を切り裂き、詩乃姫の敵を打つと心に決めた。
そして、若菜の式神となったが、彼女の翡翠の首飾りを見て遠い記憶が蘇ってきた。あの勾玉に宿る霊力は、安倍晴明のものだと確信し若菜を姫と呼ぶようになった。
式神として交わるようになり、今ではすっかり現世の若菜に惚れ込んでしまっているのだが。
そして由衛は、キョウの晴明神社へと足を運んだ。彼は生きていると確信したからだ。ここに来れば何か手掛かりが見付けられるような気がした。
世間的に死んだことになっている晴明の屋敷後に建てられた神社だが、祭りの時以外は人も疎らで閑散としている。満月の光だけが当たりを照らしている。
夜も更けた頃、由衛は人目を忍んで鳥居の前に立つと、神殿の奥から提灯の光がぼんやりと見えゆっくりと何者かが表れた。
穏やかな笑顔を浮かべた初老の神主だ。
この閑散として神社を管理しているのだろうか。人の素振りはしているが、安倍晴明が一から生み出した式神の一人だと思われる。何故なら生き物が放つ生命力を感じない。無機質な気配に由衛は察する事が出来た。
だが、ここに参拝する人間達はそれに気付く事は無い、それほど完璧な【人間】の姿をしている。
「由衛様、御待ちしておりました。主が御見えです」
その言葉を合図に、由衛は結界を通り抜ける事が出来た。
『これは…………』
表から見ると質素な神社であったのだが、中を通り抜けた瞬間由衛は金色の目を大きく見開いた。目の前に広がるのは、懐かしい安倍晴明の生家―――。この時代では寒々敷く感じられそうだがまるでこの場所は異空間なのか、程よい春の心地よい体感気温だ。
そしてその隣には神社の本殿が建っていた。
「神狐の葛の葉様の血を引く晴明様は【あの時】一度芦屋道満に首を斬られてしまいましたが、蘇生され本来の晴明様となり不老不死の半神として甦えったのです。よもやこの寂れた神社が、主が作り出した異空間とは誰も思いますまい」
灯台もと暗しと言う事か、と由衛は心の中で呟いた。
貴方も噂を聞かれているでしょう、と老人は肩越しに振り返る。
『奥方と道満が結託して謀り、晴明様の命を奪ったのは話に知ってる。後に伯道上人によって蘇生され道満を斬首したのは………俺が去ってから随分後になって耳にしたわ……せやかて、まさか本当に生き返るなんて思わへんやろ。清明様の噂も聞けへんかったし』
懐かしい屋敷の廊下を歩きながら式神の神主と話していた。美しい庭には桜が咲いている。
金色の瞳で花弁を追っていると、美しい白と銀の刺繍が施された狩衣を着た懐かしい背中が見えた。
『おぉ、主様…ここにお出でなさったか』
『晴明……様……』
掠れた由衛の声と、式神の声で男はゆっくりと振り向いた。宵闇のように美しい髪、凛とした切れ長の瞳は葛の葉姫譲りか。白い肌はまるで女人のようで、あの頃と少しも変わらない美青年だ。何事においても冷静沈着で殆ど感情を表に出さない。そして側にいるとまるで神を前にするような襟を正さずにはおれぬ、そんな気持ちになる。
「――来たな、由衛。御主は下がれ。二人で話がしたい」
神主は笑みを浮かべて頷くとゆっくりと今来た道を戻っていく。唾液を飲み込むと、由衛は久し振りに会う晴明を前に緊張と喜びで体が震えた。
『晴明様………本当に、晴明様なのですね….幻じゃない………』
「紛れもなく。御主は私と詩乃の元から居なくなって随分と成長したようだな―――」
由衛は悲痛な表情で目を伏せた。
何百年も前の出来事なのにまるで昨日のように覚えている。
『………詩乃様が……道満の手にかけられ……晴明様が謀られ命を落とされ必ずや私があの男を殺すと誓って伏見稲荷で修行を致しました。
人を恨む事を咎められ、伏見稲荷で稲荷神に使役され、分社となった社の使いとなりました……。でも、寂れた廃社になって野狐となり、私は本来の目的も何もかも忘れ自棄になって、人を誑かす悪狐になったのです』
「そして若菜の式神となる――――これも運命の巡り合わせやも知れぬな」
穏やかに目を伏せると頷くと、晴明は由衛の元に歩みより、部屋へと案内した。
上座で胡座をかくと、由衛にも座るように促す。恭しく返事をしながら胡座をかいた。
「さて、由衛――――要件はなんだ」
「清明様もお気付きでしょう。土御門光明と陰陽寮の件です」
由衛は、若菜が寝静まった後に密かに光明の身辺を探っていた。兼ねてよりあの禍々しさとおぞましさに怖気たっていたので化けの面を剥がそうと考えていた。
そして少しずつ色んな情報を集める事が出来た。陰陽寮の隠し部屋宝珠が儀式めいて安置されている事、怪しげな仏像、そして副産物的に入手した情報を伝える。
密かに義弟の朔が陰陽寮で自分の支持者を集め、光明に不満を抱く政敵を取り込んでいる最中だと言う事だ。目を閉じて聞いていた晴明がゆっくりと口を開いた。
「成る程。由衛よ……ようやくあの男の目的がわかったぞ。土御門光明は、道満の転生した姿では無く―――器を借りて魂を転移しているのであろうな。土御門光明と言う男は器に選ばれたのだ。だが、御主の見た儀式は聞いた事がない。私の知る限りそのような方法の転移術は存在しない」
『……やはり、あの禍々しさ、芦屋道満か……!器を強化する為でしょうか。まさか不老不死になろうとでも?』
その可能性は否定できない、と晴明は溜め息をついた。昔から地位や権力と生きる事への執着心は異常なまでに強かった。だからこそ、自分の妻、梨花とねんごろになり伯道上人より授かった書を盗んで、謀ったのだ。
あの書には様々な大陸の呪術が記されていた。
『………晴明様、どうか早く姫を………若菜様を救ってください……その時は私も命懸けで応戦致します故。道満に騙され手込めにされ欲望の捌け口にされているのです……もう詩乃様の二の舞は踏ませたくない……!』
由衛は拳を握り締めて膝の上に置くと体を震わせている。あの男に指一本でも愛する主に触れて欲しく無い。
晴明は瞳を閉じて、幼馴染であり、乳母兄妹でありこの世で一番愛した娘を思い描いた。
身分の違いから正妻として娶る事はできなかったが、最愛の人だった。
『若菜様は―――詩乃姫の生まれ変わりで御座いましょう?』
晴明は瞳を閉じて肯定した。詩乃の魂を間違えるはずもない。どんなに姿が変わろうとも、最愛の人の魂だけは幾度転生しても見つける事が出来た。
「そうだ。詩乃は幾度も転生した。その度に私は遠くから見守り、守護していた。彼女は男女問わず色んな人生を歩んできたが、若菜ほど強い霊力を持ち女神の加護を受けた事はない。あの娘の運命は他とは違うようだな……それが吉か凶か私には分からぬ」
晴明はずっと詩乃の魂を見守り続けたと言うのか。不老不死のまま、愛する人の生死を見続ける人生はどんなに過酷なものだろう、想像もできない事だと由衛は目を伏せた。彼の言う通り、若菜は普通の娘ではないと由衛自身も直感的に思っていた。
『若菜様の側で共に生きたいと願わないのですか……? 最愛の女が他の男と愛し合ってあんな青二才のガキに護られて、俺なら絶対に耐えられへん………側で護りたい』
由衛はつい、批難めいた口調になってしまい、思わず頭を下げる。それは若菜を今すぐあの場所から連れ出せるのは晴明しか居ないと思っているからだ。その役目を自分が変わりたいと喉から手が出るほど思っているのに動かぬ様子を見ると腹立たしさを覚えたからだ。
本来ならばこんな事を頼むのも屈辱的であるのに。
「朔は、今まで見てきた男の中では随分骨のある男だぞ。彼女を深く愛し若菜の為に身を粉にして護ろうとしている」
由衛の憤りに怯む事もなく、怒る事もなく、冷静沈着なまま少し笑みを浮かべた。
「時代から取り残された私が、人の子の生き死に関わる等本来あってはならない。私が詩乃の魂の側にいたいと願う事は、強欲で身勝手な事だ」
ふと何かを思い出すように目を細め、遠くを見つめながら呟いた。視界にヒラヒラと桜の花弁が風に揺られて誘われるように部屋に入ってくる。扇で緩やかに、舞い降りた桜の花弁を受け止めると少し自嘲気味に笑った。
「―――だが、今回は、分からぬな」
同じ刻を生きれない若菜にはこれまでと同じく干渉しないつもりでいた。遠くから幸せになれるようこれまでと同じく守護していくつもりだった。だが、あの日、幼い彼女が、陰陽師が呪う為に放った呪術の式神に触れようとした瞬間、彼女を守る為に無意識に直接接触してしまった。無垢な異端の娘は愛らしく、あの日から一度たりともあの笑顔を忘れたことは無かったのだ。
そして、彼女の霊力に妖魔が引き付けられないように翡翠の勾玉を首にかけてやった。何れ加護にも限界が来るが、ありとあらゆる恐ろしい災いを遠ざけるように術を施し、肌見離さずつけるようにと伝えた。
例え彼女にとって遠い日の思い出で、記憶から失くなっていたとしても特別な出逢いだった。由衛は期待を込めるような瞳で晴明を見た。その視線に気付き、凛とした力強い表情で言った。
「…………今度こそ、道満と雌雄を決しなければならぬ」
✤✤✤✤✤✤
昼間からの雨は夜になってもまだ止まず、しとしとしと葉に雨粒が落ちていた。
若菜は少し重い足取りで、光明の部屋へと向かっていた。柔らかな稲穂の髪も雨の匂いに混じって風呂上がりの良い香りに包まれていた。
昼間は賑やかな陰陽寮も、夜になるとこのところ皆が出払うのか静かだ。
元より陰陽頭の部屋と重鎮、朔、琥太郎の部屋は自分達の部屋とはそれぞれ別棟になるので女中達以外は見掛けないのだが、このところこの陰陽寮の気が澱んでいるように思えるの何故だろう。このキョウの都の魔の気配が強まったせいかそれとも、朔が言っていたあの宝珠のせいなのだろうか。
行灯を持ち、若菜は中央の棟の光明の寝室前まで向かうと座り込み声をかける。
「光明様、参りました……」
中で身動ぎする陰が過るが部屋からは返事は無く、若菜は不審に思いながらもゆっくりと部屋に入っていく。ミシミシと畳を踏みしめ微かに奥の部屋から吐息が漏れたような声がして、一気に不安な気持ちが過った。
―――見たくないモノがこの襖の先にあるような気がして、心臓が嫌な音を立て始めた。若菜は怖じ気つくように踵を返し振り向くと目の前に、光明の式神である双子と思われる白子の少女と少年が立っていた。少女の名を白霞、少年の名前を白露言う。二人は若菜を見上げたまま同時に呟いた。
「きゃっ!」
『主様がお待ちです。逃げれる事は叶いませぬぞ』
白霞と白霞は無機質な欲望に染まる淫らな笑みを浮かべ、絶対に引き返してはならないという強い意志を態度で示すと、若菜の背中を押して襖を開けさせる。
そこには着物が乱れ、組み敷かれた光明。
同じく着物を乱し覆い被さるように両腕を立てていた朔が愕然としたような表情で若菜を見た。今まさに夜伽を始めようと絡まりあっていた最中だった。 伽羅の甘い香りが辺りには立ち込め、上質の酒がお猪口に並々と注がれており
美しい刺繍の襖に、白い布団の上の美青年二人はとても美しい絵巻物のようだが、同時に惨めさと刀で切り裂かれたような痛みを感じた。
「姉………さん……っ、どうして……」
「朔……ちゃん……どうして」
絶句し、思わず光明から離れた朔を見て、若菜は傷付いた悲しい目で彼と光明を見ると涙を見せぬよう項垂れた。そんな若菜を部屋に入るようにトンッと白霞が背中を押した。若菜の身体は寝室へと押し出され、ぎゅっと着物を裾を握りしめていた。
「中々入ってこないので心配しましたよ、若菜……。ご苦労様ですね、白露、白霞。もう下がって良い」
光明はゆっくりと淫らに身体を起こすと、足を立てて白霞を目視する。その一つ一つの仕草が美しいが毒々しい白蛇のようだ。朔は唇を噛みしめ、同じように足を立てると目を伏せ、呼吸を整え光明を睨んだ。朔にとって男色の行為など、最愛の義姉には一番見られたくない屈辱的な行為だ。そしてあの傷付いた若菜の表情を見るのがとてつもなく苦しく、この男に対する殺意が抑えきれなくなってしまった。
「光明様、何故姉を………姉を……此処に寄越したのですか?」
光明の事をいやと言うほど知る朔には、この好色な男が一体何を欲し何をしたいか理解できたが聞かずにはおられなかった。
「おやおや、随分と恐い顔をしていますよ朔…。どんなに私達が愛し合っていても何時までも若菜を仲間外れにするのは可哀想でしょう? お前も泣くのはおよしなさい。さぁ、おいで」
心が四方八方に飛び散りそうな位に辛い言葉が、心に突き刺さるが、若菜は弱々しく歩くと二人の男の前に正座をし、ゆるりと顔をあげる。無言のまま、泣き言を言うまいとはらはらと涙を流し薄桃色の唇をきゅっと閉じて目を伏せる若菜は、西洋人形のように美しい。
光明は口端に引きつった笑みを浮かべて若菜の顎に手を触れようとした瞬間無意識にその手首を、朔が掴む。殺気を感じて、若菜はビクンッと身体を震わせた。怒りに震えた朔の霊力が部屋を震わす程膨れ上がるのを感じた。
「………何ですか?朔……。その手を退けなさい」
「……俺の……目の前で姉を傷付けるのは…辞めて頂きたい」
「ほう、私に逆らうと? ――最愛の姉を私に犯されるのが耐え難いですか? 残念ですねぇ……今日の昼間に若菜は小鳥のように愛らしく私の下で鳴いていましたが」
朔はカッと目を見開き、怒りのまま光明に刃のような霊力を放つと冷酷な表情を浮かべそれを朔の体もろとも弾き飛ばすと狂気を感じる笑みを口端に浮かべて、立ち上がり朔を手の甲で殴り付けた。唇が切れて血を滲ませる朔に、若菜は悲鳴をあげ涙を流して駆け寄りぎゅっと抱き締めた。義弟は光明を殺したいと思うほど自分を愛しているし、光明は彼の企みなど全てお見通しで自分達が思うよりも強力て歯が立たぬほどに強い。否、初めてあった時よりも遥かに強くなって禍々しくなったと言った方がいいだろうか。
「茶番は止めろ、朔……。私に逆らえばどうなるか知っている筈だな?」
「こ、光明様、お許し下さい! 何でもしますから……お願いします! お許しください」
朔を庇う様に、青ざめ泣きながら光明を見上げて慈悲を請う若菜に喉の奥で笑う彼は右手で若菜の頬を撫で顎を掴んだ。そして左手で朔の血を指先で拭うと反抗的な態度の彼の顎を掴み二人を交互に覗きこむ。
「健気ですねぇ若菜…お前はその純粋無垢な所が良い。そして、従順なフリより反抗的なお前が楽しいのです朔。若菜、お前は朔の為なら何でもするでしょう? そして朔、お前も若菜の為なら何でもする。
美しい義姉弟愛ですねぇ。お前達が出来る事はただ一つ、私に忠誠を誓い私を愛する事だけ。私はお前達が思うよりも慈悲深く……お前達を愛しているのですよ?」
朔は、予想以上の光明の霊力の高さに内心焦っていた。この男の霊力はこれ程までだったろうか?若菜を傷付けた憎しみで怒りを爆発させてしまったが、これ以上歯向かえば簡単に二人とも殺されてしまうだろう。この男の本性を幼い時から知る側近の自分だからこそ良く解る。
若菜もまた、光明が自分達を殺すような事はしないと信じているが、朔が処罰を受け折檻されるような事があれば自分が傷付けられるよりも辛い。
「は……い、光明さまに従います。だから、だから、どうか……義弟の無礼を御許し下さい」
すがるように顎を掴む手を両手で包んで赦しを請う若菜を満足げな表情で愛しそうに見つめ、唇を親指で撫でた。朔は唇を噛みしめながら、呼吸を深く吸うと何時もの冷静で野性味のある美しい黒豹のような瞳で彼を見つめる。
「――――御無礼を御許し下さい、光明様」
「――――出来の良い姉に感謝をするのですよ、朔。お前の美しい顔に傷が付いてしまいましたね……ん………ん……ちゅ……お前の血の味も美味」
「……っ、は………ちゅ……相変わらず、悪趣味で御座いますね」
光明は朔の頬を撫でると、唇を重ねて血を舐めとるように口付けた。痛みも気にせぬように淫らに舌先を絡める二人の男の様子を見ないように若菜は目を逸らした。まるで針山で胸を何度も繰り返し刺されるような気分だ。不意に顎を引き寄せられると、今度は光明に唇を塞がれ僅かに開いた隙間から舌先が入り込む。ねっとりと口腔内を這う舌先に意識が霞み、光明の胸板に手を置き乱れた寝巻きを握りしめた。
その手首に触れると腕をゆっくりと性感帯を刺激するように撫でると華奢な体が小刻みに震える。
「んっ、んぅ……ちゅっ、はぁ…んん……こうめっ……んっんっ、はぁ」
「……ん、お前は口の中まで甘い…はぁ、砂糖菓子のようですね……んっ……ちゅっ、ほら…朔も若菜に口付けてやりなさい」
いつの間にか自分の背後にいた朔が若菜の顎を掴むと、若菜を慈しむように数回軽く啄み、深く口付け舌先を絡められ、若菜はぎゅっと切なく眉をしかめて頭が真っ白になるのを感じた。こんな状況なのに心臓がドキドキして目が潤む。
「言われ……ずとも、んっ……姉さん…んっは…ん……」
「んっ……んっ…ちゅ、朔ちゃ…っ、ふぁ…んぅ……!」
朔の唇が名残惜しそうに離れると、淫らな水音と共に銀糸が二人の唇の間で橋を作る。
呼吸を乱す若菜に、光明は脇息で肘をつくと妖艶な視線を向ける。若菜は部屋に漂う伽羅の甘い香りと、上質な日本酒の香り、虚ろな行灯の明かりでぼんやりとした非現実な空間の中にフワフワと漂うような感覚に陥っていた。
「さて……若菜。お前は私の服を脱がせなさい。そして朔は若菜の服を脱がしてやりなさい、勿論お前も衣服を脱いでね……今日はお前に新しい事を教えます」
実に楽しそうに光明は笑みを浮かべた。
若菜は緊張と不安と恥ずかしさに頬を染め震えた。
そこを通りがかったのは、詩乃姫だった。
精一杯威嚇をしたが、噛まれた手も気にせずに小狐の由衛を抱き上げた。
「母狐を殺されてしまったのね、不憫な子……。私が傷の手当をしてあげまょう」
それから詩乃姫が、由衛の名付け親となり安倍晴明と共に、母親変わりとなって育ててくれた。人の姿に化ける事が出来るようになると、彼女の身の回りの世話を進んでするようになった。いつか大人になったら、詩乃姫の婿になるのだと幼い少年は淡い恋心を抱いていた。
――――あの日、兼ねてから清明を妬み、恨んでいた芦屋道満が押し入るまでは。
あの男は拒絶する詩乃姫を手篭めにした。 必死で彼女を護ろうとしたが、霊力も未熟で幼かった由衛に彼女を助ける術は無く打ちのめされてた。
それから何度も道満は通いつめたが、彼女は一度も心を開く事はなかった。道満に心を屈する事しなかった為に、ついに怒りに身を任せたあの悪鬼は詩乃姫を手にかけてしまう。
己の無力さに由衛は噎び泣きながら屋敷を駆け出すと、必ずや強い妖狐となり、あの男の喉元を切り裂き、詩乃姫の敵を打つと心に決めた。
そして、若菜の式神となったが、彼女の翡翠の首飾りを見て遠い記憶が蘇ってきた。あの勾玉に宿る霊力は、安倍晴明のものだと確信し若菜を姫と呼ぶようになった。
式神として交わるようになり、今ではすっかり現世の若菜に惚れ込んでしまっているのだが。
そして由衛は、キョウの晴明神社へと足を運んだ。彼は生きていると確信したからだ。ここに来れば何か手掛かりが見付けられるような気がした。
世間的に死んだことになっている晴明の屋敷後に建てられた神社だが、祭りの時以外は人も疎らで閑散としている。満月の光だけが当たりを照らしている。
夜も更けた頃、由衛は人目を忍んで鳥居の前に立つと、神殿の奥から提灯の光がぼんやりと見えゆっくりと何者かが表れた。
穏やかな笑顔を浮かべた初老の神主だ。
この閑散として神社を管理しているのだろうか。人の素振りはしているが、安倍晴明が一から生み出した式神の一人だと思われる。何故なら生き物が放つ生命力を感じない。無機質な気配に由衛は察する事が出来た。
だが、ここに参拝する人間達はそれに気付く事は無い、それほど完璧な【人間】の姿をしている。
「由衛様、御待ちしておりました。主が御見えです」
その言葉を合図に、由衛は結界を通り抜ける事が出来た。
『これは…………』
表から見ると質素な神社であったのだが、中を通り抜けた瞬間由衛は金色の目を大きく見開いた。目の前に広がるのは、懐かしい安倍晴明の生家―――。この時代では寒々敷く感じられそうだがまるでこの場所は異空間なのか、程よい春の心地よい体感気温だ。
そしてその隣には神社の本殿が建っていた。
「神狐の葛の葉様の血を引く晴明様は【あの時】一度芦屋道満に首を斬られてしまいましたが、蘇生され本来の晴明様となり不老不死の半神として甦えったのです。よもやこの寂れた神社が、主が作り出した異空間とは誰も思いますまい」
灯台もと暗しと言う事か、と由衛は心の中で呟いた。
貴方も噂を聞かれているでしょう、と老人は肩越しに振り返る。
『奥方と道満が結託して謀り、晴明様の命を奪ったのは話に知ってる。後に伯道上人によって蘇生され道満を斬首したのは………俺が去ってから随分後になって耳にしたわ……せやかて、まさか本当に生き返るなんて思わへんやろ。清明様の噂も聞けへんかったし』
懐かしい屋敷の廊下を歩きながら式神の神主と話していた。美しい庭には桜が咲いている。
金色の瞳で花弁を追っていると、美しい白と銀の刺繍が施された狩衣を着た懐かしい背中が見えた。
『おぉ、主様…ここにお出でなさったか』
『晴明……様……』
掠れた由衛の声と、式神の声で男はゆっくりと振り向いた。宵闇のように美しい髪、凛とした切れ長の瞳は葛の葉姫譲りか。白い肌はまるで女人のようで、あの頃と少しも変わらない美青年だ。何事においても冷静沈着で殆ど感情を表に出さない。そして側にいるとまるで神を前にするような襟を正さずにはおれぬ、そんな気持ちになる。
「――来たな、由衛。御主は下がれ。二人で話がしたい」
神主は笑みを浮かべて頷くとゆっくりと今来た道を戻っていく。唾液を飲み込むと、由衛は久し振りに会う晴明を前に緊張と喜びで体が震えた。
『晴明様………本当に、晴明様なのですね….幻じゃない………』
「紛れもなく。御主は私と詩乃の元から居なくなって随分と成長したようだな―――」
由衛は悲痛な表情で目を伏せた。
何百年も前の出来事なのにまるで昨日のように覚えている。
『………詩乃様が……道満の手にかけられ……晴明様が謀られ命を落とされ必ずや私があの男を殺すと誓って伏見稲荷で修行を致しました。
人を恨む事を咎められ、伏見稲荷で稲荷神に使役され、分社となった社の使いとなりました……。でも、寂れた廃社になって野狐となり、私は本来の目的も何もかも忘れ自棄になって、人を誑かす悪狐になったのです』
「そして若菜の式神となる――――これも運命の巡り合わせやも知れぬな」
穏やかに目を伏せると頷くと、晴明は由衛の元に歩みより、部屋へと案内した。
上座で胡座をかくと、由衛にも座るように促す。恭しく返事をしながら胡座をかいた。
「さて、由衛――――要件はなんだ」
「清明様もお気付きでしょう。土御門光明と陰陽寮の件です」
由衛は、若菜が寝静まった後に密かに光明の身辺を探っていた。兼ねてよりあの禍々しさとおぞましさに怖気たっていたので化けの面を剥がそうと考えていた。
そして少しずつ色んな情報を集める事が出来た。陰陽寮の隠し部屋宝珠が儀式めいて安置されている事、怪しげな仏像、そして副産物的に入手した情報を伝える。
密かに義弟の朔が陰陽寮で自分の支持者を集め、光明に不満を抱く政敵を取り込んでいる最中だと言う事だ。目を閉じて聞いていた晴明がゆっくりと口を開いた。
「成る程。由衛よ……ようやくあの男の目的がわかったぞ。土御門光明は、道満の転生した姿では無く―――器を借りて魂を転移しているのであろうな。土御門光明と言う男は器に選ばれたのだ。だが、御主の見た儀式は聞いた事がない。私の知る限りそのような方法の転移術は存在しない」
『……やはり、あの禍々しさ、芦屋道満か……!器を強化する為でしょうか。まさか不老不死になろうとでも?』
その可能性は否定できない、と晴明は溜め息をついた。昔から地位や権力と生きる事への執着心は異常なまでに強かった。だからこそ、自分の妻、梨花とねんごろになり伯道上人より授かった書を盗んで、謀ったのだ。
あの書には様々な大陸の呪術が記されていた。
『………晴明様、どうか早く姫を………若菜様を救ってください……その時は私も命懸けで応戦致します故。道満に騙され手込めにされ欲望の捌け口にされているのです……もう詩乃様の二の舞は踏ませたくない……!』
由衛は拳を握り締めて膝の上に置くと体を震わせている。あの男に指一本でも愛する主に触れて欲しく無い。
晴明は瞳を閉じて、幼馴染であり、乳母兄妹でありこの世で一番愛した娘を思い描いた。
身分の違いから正妻として娶る事はできなかったが、最愛の人だった。
『若菜様は―――詩乃姫の生まれ変わりで御座いましょう?』
晴明は瞳を閉じて肯定した。詩乃の魂を間違えるはずもない。どんなに姿が変わろうとも、最愛の人の魂だけは幾度転生しても見つける事が出来た。
「そうだ。詩乃は幾度も転生した。その度に私は遠くから見守り、守護していた。彼女は男女問わず色んな人生を歩んできたが、若菜ほど強い霊力を持ち女神の加護を受けた事はない。あの娘の運命は他とは違うようだな……それが吉か凶か私には分からぬ」
晴明はずっと詩乃の魂を見守り続けたと言うのか。不老不死のまま、愛する人の生死を見続ける人生はどんなに過酷なものだろう、想像もできない事だと由衛は目を伏せた。彼の言う通り、若菜は普通の娘ではないと由衛自身も直感的に思っていた。
『若菜様の側で共に生きたいと願わないのですか……? 最愛の女が他の男と愛し合ってあんな青二才のガキに護られて、俺なら絶対に耐えられへん………側で護りたい』
由衛はつい、批難めいた口調になってしまい、思わず頭を下げる。それは若菜を今すぐあの場所から連れ出せるのは晴明しか居ないと思っているからだ。その役目を自分が変わりたいと喉から手が出るほど思っているのに動かぬ様子を見ると腹立たしさを覚えたからだ。
本来ならばこんな事を頼むのも屈辱的であるのに。
「朔は、今まで見てきた男の中では随分骨のある男だぞ。彼女を深く愛し若菜の為に身を粉にして護ろうとしている」
由衛の憤りに怯む事もなく、怒る事もなく、冷静沈着なまま少し笑みを浮かべた。
「時代から取り残された私が、人の子の生き死に関わる等本来あってはならない。私が詩乃の魂の側にいたいと願う事は、強欲で身勝手な事だ」
ふと何かを思い出すように目を細め、遠くを見つめながら呟いた。視界にヒラヒラと桜の花弁が風に揺られて誘われるように部屋に入ってくる。扇で緩やかに、舞い降りた桜の花弁を受け止めると少し自嘲気味に笑った。
「―――だが、今回は、分からぬな」
同じ刻を生きれない若菜にはこれまでと同じく干渉しないつもりでいた。遠くから幸せになれるようこれまでと同じく守護していくつもりだった。だが、あの日、幼い彼女が、陰陽師が呪う為に放った呪術の式神に触れようとした瞬間、彼女を守る為に無意識に直接接触してしまった。無垢な異端の娘は愛らしく、あの日から一度たりともあの笑顔を忘れたことは無かったのだ。
そして、彼女の霊力に妖魔が引き付けられないように翡翠の勾玉を首にかけてやった。何れ加護にも限界が来るが、ありとあらゆる恐ろしい災いを遠ざけるように術を施し、肌見離さずつけるようにと伝えた。
例え彼女にとって遠い日の思い出で、記憶から失くなっていたとしても特別な出逢いだった。由衛は期待を込めるような瞳で晴明を見た。その視線に気付き、凛とした力強い表情で言った。
「…………今度こそ、道満と雌雄を決しなければならぬ」
✤✤✤✤✤✤
昼間からの雨は夜になってもまだ止まず、しとしとしと葉に雨粒が落ちていた。
若菜は少し重い足取りで、光明の部屋へと向かっていた。柔らかな稲穂の髪も雨の匂いに混じって風呂上がりの良い香りに包まれていた。
昼間は賑やかな陰陽寮も、夜になるとこのところ皆が出払うのか静かだ。
元より陰陽頭の部屋と重鎮、朔、琥太郎の部屋は自分達の部屋とはそれぞれ別棟になるので女中達以外は見掛けないのだが、このところこの陰陽寮の気が澱んでいるように思えるの何故だろう。このキョウの都の魔の気配が強まったせいかそれとも、朔が言っていたあの宝珠のせいなのだろうか。
行灯を持ち、若菜は中央の棟の光明の寝室前まで向かうと座り込み声をかける。
「光明様、参りました……」
中で身動ぎする陰が過るが部屋からは返事は無く、若菜は不審に思いながらもゆっくりと部屋に入っていく。ミシミシと畳を踏みしめ微かに奥の部屋から吐息が漏れたような声がして、一気に不安な気持ちが過った。
―――見たくないモノがこの襖の先にあるような気がして、心臓が嫌な音を立て始めた。若菜は怖じ気つくように踵を返し振り向くと目の前に、光明の式神である双子と思われる白子の少女と少年が立っていた。少女の名を白霞、少年の名前を白露言う。二人は若菜を見上げたまま同時に呟いた。
「きゃっ!」
『主様がお待ちです。逃げれる事は叶いませぬぞ』
白霞と白霞は無機質な欲望に染まる淫らな笑みを浮かべ、絶対に引き返してはならないという強い意志を態度で示すと、若菜の背中を押して襖を開けさせる。
そこには着物が乱れ、組み敷かれた光明。
同じく着物を乱し覆い被さるように両腕を立てていた朔が愕然としたような表情で若菜を見た。今まさに夜伽を始めようと絡まりあっていた最中だった。 伽羅の甘い香りが辺りには立ち込め、上質の酒がお猪口に並々と注がれており
美しい刺繍の襖に、白い布団の上の美青年二人はとても美しい絵巻物のようだが、同時に惨めさと刀で切り裂かれたような痛みを感じた。
「姉………さん……っ、どうして……」
「朔……ちゃん……どうして」
絶句し、思わず光明から離れた朔を見て、若菜は傷付いた悲しい目で彼と光明を見ると涙を見せぬよう項垂れた。そんな若菜を部屋に入るようにトンッと白霞が背中を押した。若菜の身体は寝室へと押し出され、ぎゅっと着物を裾を握りしめていた。
「中々入ってこないので心配しましたよ、若菜……。ご苦労様ですね、白露、白霞。もう下がって良い」
光明はゆっくりと淫らに身体を起こすと、足を立てて白霞を目視する。その一つ一つの仕草が美しいが毒々しい白蛇のようだ。朔は唇を噛みしめ、同じように足を立てると目を伏せ、呼吸を整え光明を睨んだ。朔にとって男色の行為など、最愛の義姉には一番見られたくない屈辱的な行為だ。そしてあの傷付いた若菜の表情を見るのがとてつもなく苦しく、この男に対する殺意が抑えきれなくなってしまった。
「光明様、何故姉を………姉を……此処に寄越したのですか?」
光明の事をいやと言うほど知る朔には、この好色な男が一体何を欲し何をしたいか理解できたが聞かずにはおられなかった。
「おやおや、随分と恐い顔をしていますよ朔…。どんなに私達が愛し合っていても何時までも若菜を仲間外れにするのは可哀想でしょう? お前も泣くのはおよしなさい。さぁ、おいで」
心が四方八方に飛び散りそうな位に辛い言葉が、心に突き刺さるが、若菜は弱々しく歩くと二人の男の前に正座をし、ゆるりと顔をあげる。無言のまま、泣き言を言うまいとはらはらと涙を流し薄桃色の唇をきゅっと閉じて目を伏せる若菜は、西洋人形のように美しい。
光明は口端に引きつった笑みを浮かべて若菜の顎に手を触れようとした瞬間無意識にその手首を、朔が掴む。殺気を感じて、若菜はビクンッと身体を震わせた。怒りに震えた朔の霊力が部屋を震わす程膨れ上がるのを感じた。
「………何ですか?朔……。その手を退けなさい」
「……俺の……目の前で姉を傷付けるのは…辞めて頂きたい」
「ほう、私に逆らうと? ――最愛の姉を私に犯されるのが耐え難いですか? 残念ですねぇ……今日の昼間に若菜は小鳥のように愛らしく私の下で鳴いていましたが」
朔はカッと目を見開き、怒りのまま光明に刃のような霊力を放つと冷酷な表情を浮かべそれを朔の体もろとも弾き飛ばすと狂気を感じる笑みを口端に浮かべて、立ち上がり朔を手の甲で殴り付けた。唇が切れて血を滲ませる朔に、若菜は悲鳴をあげ涙を流して駆け寄りぎゅっと抱き締めた。義弟は光明を殺したいと思うほど自分を愛しているし、光明は彼の企みなど全てお見通しで自分達が思うよりも強力て歯が立たぬほどに強い。否、初めてあった時よりも遥かに強くなって禍々しくなったと言った方がいいだろうか。
「茶番は止めろ、朔……。私に逆らえばどうなるか知っている筈だな?」
「こ、光明様、お許し下さい! 何でもしますから……お願いします! お許しください」
朔を庇う様に、青ざめ泣きながら光明を見上げて慈悲を請う若菜に喉の奥で笑う彼は右手で若菜の頬を撫で顎を掴んだ。そして左手で朔の血を指先で拭うと反抗的な態度の彼の顎を掴み二人を交互に覗きこむ。
「健気ですねぇ若菜…お前はその純粋無垢な所が良い。そして、従順なフリより反抗的なお前が楽しいのです朔。若菜、お前は朔の為なら何でもするでしょう? そして朔、お前も若菜の為なら何でもする。
美しい義姉弟愛ですねぇ。お前達が出来る事はただ一つ、私に忠誠を誓い私を愛する事だけ。私はお前達が思うよりも慈悲深く……お前達を愛しているのですよ?」
朔は、予想以上の光明の霊力の高さに内心焦っていた。この男の霊力はこれ程までだったろうか?若菜を傷付けた憎しみで怒りを爆発させてしまったが、これ以上歯向かえば簡単に二人とも殺されてしまうだろう。この男の本性を幼い時から知る側近の自分だからこそ良く解る。
若菜もまた、光明が自分達を殺すような事はしないと信じているが、朔が処罰を受け折檻されるような事があれば自分が傷付けられるよりも辛い。
「は……い、光明さまに従います。だから、だから、どうか……義弟の無礼を御許し下さい」
すがるように顎を掴む手を両手で包んで赦しを請う若菜を満足げな表情で愛しそうに見つめ、唇を親指で撫でた。朔は唇を噛みしめながら、呼吸を深く吸うと何時もの冷静で野性味のある美しい黒豹のような瞳で彼を見つめる。
「――――御無礼を御許し下さい、光明様」
「――――出来の良い姉に感謝をするのですよ、朔。お前の美しい顔に傷が付いてしまいましたね……ん………ん……ちゅ……お前の血の味も美味」
「……っ、は………ちゅ……相変わらず、悪趣味で御座いますね」
光明は朔の頬を撫でると、唇を重ねて血を舐めとるように口付けた。痛みも気にせぬように淫らに舌先を絡める二人の男の様子を見ないように若菜は目を逸らした。まるで針山で胸を何度も繰り返し刺されるような気分だ。不意に顎を引き寄せられると、今度は光明に唇を塞がれ僅かに開いた隙間から舌先が入り込む。ねっとりと口腔内を這う舌先に意識が霞み、光明の胸板に手を置き乱れた寝巻きを握りしめた。
その手首に触れると腕をゆっくりと性感帯を刺激するように撫でると華奢な体が小刻みに震える。
「んっ、んぅ……ちゅっ、はぁ…んん……こうめっ……んっんっ、はぁ」
「……ん、お前は口の中まで甘い…はぁ、砂糖菓子のようですね……んっ……ちゅっ、ほら…朔も若菜に口付けてやりなさい」
いつの間にか自分の背後にいた朔が若菜の顎を掴むと、若菜を慈しむように数回軽く啄み、深く口付け舌先を絡められ、若菜はぎゅっと切なく眉をしかめて頭が真っ白になるのを感じた。こんな状況なのに心臓がドキドキして目が潤む。
「言われ……ずとも、んっ……姉さん…んっは…ん……」
「んっ……んっ…ちゅ、朔ちゃ…っ、ふぁ…んぅ……!」
朔の唇が名残惜しそうに離れると、淫らな水音と共に銀糸が二人の唇の間で橋を作る。
呼吸を乱す若菜に、光明は脇息で肘をつくと妖艶な視線を向ける。若菜は部屋に漂う伽羅の甘い香りと、上質な日本酒の香り、虚ろな行灯の明かりでぼんやりとした非現実な空間の中にフワフワと漂うような感覚に陥っていた。
「さて……若菜。お前は私の服を脱がせなさい。そして朔は若菜の服を脱がしてやりなさい、勿論お前も衣服を脱いでね……今日はお前に新しい事を教えます」
実に楽しそうに光明は笑みを浮かべた。
若菜は緊張と不安と恥ずかしさに頬を染め震えた。
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