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二人の王様
第54話 愛の力
しおりを挟む俺が欲しかった小説は今、大人気で一部の書店で限定の購入特典がある。
学校近くの書店が丁度その特典を置いてある系列だから、そこに寄って買うことにした。
書店の前まで行くとドア付近に繋がれたリードを限界まで引っ張って中を覗いている薄茶色の子犬がいた。
店内を一生懸命探していてソワソワと落ち着かない。
きっと、飼い主の買い物を待っているんだろう。
飼い主がいつ来るかいつ来るかと待ちわびている姿はとても可愛い。
「あの子犬可愛いな。」
ナギがピクッと反応した。
あ、マズイ。
でも、さっきも緒方の事を可愛いと言っていても、キレなかったから大丈夫だと思うんだけどな。
犬のことだから怒らないでくれよ。
「ほら、あそこにいる子犬だよ。飼い主を待っているんだ。」
「あ………ああ、犬ね。」
ほっ、大丈夫みたいだ。
さっきの可愛い合戦はナギのことを可愛いと言えなくて本当に悔しかった。
俺達が近づくと子犬は尻尾をフリフリジャンプして、かまってかまってとアピールしてくる。
「うわ~~、なんだよ。お前ご主人さま以外でもそんなに懐っこいのか~。可愛いな、お前。」
ナギに言えない『可愛い』という言葉を子犬をナギと思ってここぞとばかりに言う。
頭を触るとふわふわと柔らかな毛並みで小さな身体は子犬独特のぷにぷにしている。
「柔らかいなぁ、可愛い、可愛い、本当にお前は可愛くていい子だなぁ。」
「………修斗、可愛いの好きなの?」
「可愛いの大好きだよ。」
宇宙で一番ナギが可愛くて大好き。
子犬が俺の顔をペロペロ舐める。
「そーかそーか、お前も俺のこと好きか?俺も可愛いお前が大好きだぞ。」
「しゅーうーとぉー!」
「ひっ!!」
ナギが怒っている。
「何?俺なにかした?」
子犬も野生の感なのかナギに怯えて震えている。
「……………俺は?…」
「え?」
「俺の事、どう思ってんの?」
頬を赤く染めて少し涙ぐんで聞いてくる。
「大好きだよ。」
「そうじゃなくって!修斗、か、可愛いの好きなんでしょっ。だから俺の事はどうなのかって………」
ズキュン❤
マジで子犬にヤキモチ??
………え?これってもしかして…ナギは可愛いって言って欲しいのかな…?
「あ…こんなの無理に言わせることじゃないよね。ごめん」
「そんな無理なんかじゃないよ。」
ああ、今まで我慢していた言葉をやっと言えるんだ。
恋人だから、俺だから許されるんだな。
愛の力って凄いな…
「俺にとって宇宙で一番ナギが可愛いに決まってるじゃないか。」
ぶっちーん!!
「僕を可愛いなんて言うなっっ!!!」
「えええええええぇ?!」
おかしいぞ、おかしいぞ、今、ナギが言えって言ったはずだよな?
「僕をバカにするやつは絶交だっ!! 顔も見たくないっ!!」
凄い迫力で怒鳴られ、俺はただ謝るしかない。
「………ごめんなさい。」
怒りのスイッチが入ったナギは俺を置き去りにして速攻で帰宅してしまった。
理不尽だ………自分から言わせておいて怒るなんて。
もしかしたら愛の力でと思ってたけど、甘かった。
やっぱりナギの心の傷は深くて、この言葉は克服出来ていないんだ。
大きなため息を一つついてから、スマホを取り出してナギのお母さんに電話する。
「もしもし、すみません。辻です。」
「あ、辻君?昨日は渚がお世話になって有難うね。こちらから電話しなくちゃいけないのに、ごめんなさい。」
「いえ、すみません。ナギ、渚君なんですけど、例のNGワードで 今 怒ってそちらに帰っています。本当にすみません。対応、宜しくお願いします。」
「ええっ!! 嫌だ、本当に? 学校の他にも? どうしよう、どこに行けばいいかしら?辻君、被害はどのくらいなの?」
被害…?
自分が怒られたことばかりで、そっちに気が回っていなかった。
急いで周辺を見回し、ナギが歩いていった方角の道や建物も覗いてみるが何も壊れていない。
昨日、学校の裏庭はどこかの世紀末の背景のように凄く破壊されていたよな?
今日の被害者と言えば、ナギに怒られた俺くらいか。
「物理的被害は出てません。大丈夫です。」
「物理?えっ?えっ?そうなの?本当に?誰かに怪我とかはさせてない?」
「昨日のような怪我人は出てませんから安心して下さい。」
「本当に?本当に?辻君も?怪我とかしてない?」
「はい、怪我はしてません。」
俺の心以外は…
お母さんは何度も俺に確認してから電話を切った。
思い返せば、初めて怒らせたとき ナギはこんな感じに怒っていたな…懐かしい。
………………
「!」
もしかして、まさか。
いやいや、自惚れるな。
でも…本当にそれが理由なら説明がつく。
俺だから、これくらいで済んでいる?
「ははは、そっかぁ。俺、ナギに凄く愛されちゃってるんだな。」
嬉しくて顔が緩む。
締まりのない口元を手で隠して書店のドアをくぐる。
目当ての本は入り口に山積みされていたが、特典の付いたものはすでに売り切れていた。
小説を手に取り会計を済ませ店を出ると子犬はまだそこにいた。
陽が落ちて薄暗くなった道にはところどころ街頭がつきはじめている。
子犬の頭をひと撫でして すぐに駅に向かい電車に乗り込んだ。
いつもなら買った小説をすぐに開いているけど、今は嬉しくてそれどころじゃない。
早く家に帰ってスマホを充電しておかなくちゃ
きっと風呂上がりのナギから電話がくるはずだから。
☆おしまい☆
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