上 下
39 / 49

39、火の魔法

しおりを挟む



「ここね……」

  カルミアは寮の裏側からとある一室の窓を見上げる。そこはネリネの部屋だ。小説によると彼女はこの後夜になったら部屋を魔法で燃やされる。

(阻止しなければわたくしが犯人だとされてしまうわ)

  だからその前に実行犯を見つけださなければならない。

「実行犯も魔法を使うのよね……それならどこかあの部屋が見えるところにいるはずだわ。目視なしには正確には魔法を使えないはずよ」

  カルミアは部屋の周りを確認するが、それらしき人影は無い。
  それでも仕掛け人はいるはずだ。
  
  いっそネリネの部屋に入れてもらおうかとも考えたが、流石にそれは出来ない。
  ひとまず身を潜めて時が来るのを待つしかなかった。

  それから一時間もしないうちに何やら寮が騒がしくなっていき、突如、ネリネの部屋からパリンという窓ガラスが割れる音がしたかと思えば次の瞬間には黒煙と火の手が同時に上がった。

「なっ!?何故ですの!?」

  慌てて周囲を見渡すが怪しい人影はないままだ。

「誰もいないのに……なぜですの??」

(てっきり外部からだと思っていましたが、もしかして犯人は寮の中にいる貴族令嬢ということですの!?)

  カルミアは轟々と燃えているネリネの部屋を眺めてから、大慌てで火災現場に向かう。
  寮の中は大騒ぎになっていて逃げ惑う令嬢達で溢れかえっていた。

  どこか煙臭い寮の階段を駆け上がると、ちょうどネリネが友人に助け出されて部屋から出て来たところだった。

  彼女達は火事が起きているこの寮に突然現れた悪役令嬢に明らかなに不快感を表す。

「……ご無事でしたのね。ネリネさん」

  少しホッとした様子でカルミアが言えば、「白々しい!!」とネリネの取り巻きに言い返される。

「この火事はあなたの仕業でしょう??そうに決まってますわ!」
「……酷い……私、カルミア様に何もしていません。それなのに部屋を燃やすなんて……」

  ボロっとネリネが涙を流せば、取り巻き達が口々に可哀想だと同情の言葉を寄せる。その光景が少し異様に見えた。

(まるで信者だわ)

  頭の痛い話だ。事実がどうであれネリネの思うままに動く人形のようだ。

  ゴウッ……!

  と、ネリネ達の背後の部屋から再び火が回る。そうだ。とにかくこの火をどうにかしなければ。

「話は後ですわ!ひとまずそこから離れなさいな!すぐに火の手が回りますわよ!!」

  カルミアはすぐにそう呼びかけて階段を指差す。
  最初は躊躇っていたが背中に感じる熱さにネリネ達は大人しく従って階段を降りていく。すれ違いざまにネリネとカルミアの視線が交差した。ネリネはそのまま視線でカルミアの背中を追ったが、カルミアは振り返ることなく火災現場の方に向かった。

(なにか証拠があれば……)

  カルミアは自分の火の魔法で結界を作り身を守りつつ部屋の中の痕跡を探す。

  一階で教師の声が聞こえてくる。どうやら駆けつけて来たようだ。その音は燃え盛る炎の音でほとんど掻き消えていたがカルミアにも聞こえていた。

(駆けつけるのはジニア様達ではないの?展開が変わった……?)
  
   燃え盛る部屋の中でカルミアは小さなものを見つけた。

「これは……」





  ゴォー……と広がる炎を生徒である令嬢達は眺めていた。教師を初め、水系の魔法を使える生徒も魔法を使い燃え広がる寮に水をかけるがなかなか消化出来ない。

  ネリネも髪やドレスの裾が少し焦げた姿で寮を眺めた。
  そんな彼女に取り巻き達が話し始める。

「まさかここまでするなんて……」
「いくら自分が殿下の婚約者だからって調子に乗りすぎですよね」
「下手したらネリネさんが死んでいましたよね!?先生に報告しましょう!」

  取り巻きの中の誰かがそう言ったのを耳にしたネリネは先程のカルミアの事を思い出す。わざわざ炎の中に入っていくところを。その時の表情が真剣そのものだったことも。

「……」

  ネリネは今まさに教師に伝えようとしていた取り巻きに止めるよう呼びかけた。

「お止め下さい。カルミア様は私達に逃げるよう仰ってくださいました。それにまだ証拠もありません。ね?犯人が誰かわかってからでも遅くはありませんし」

  宥めるようにネリネが言うと取り巻き達は黙る。それでも少し納得いっていないような感じがある。そんな彼女達を眺めながらネリネは初めて悪役令嬢達のことを考えていた。

  何となく、今回の火事は悪役令嬢の手引きでは無い気がしたのだ。

(おかしな話…。今までは絶対主犯は彼女達だと思ってたのに……)

  火の中に入っていった悪役令嬢の姿はそれらしい姿ではなかったから。
  ネリネがただ、そう思いながら燃える寮を眺めた。

  火の魔法が強力だったのかなんなのか、水の魔法で簡単には消えなかった火が完全に消化出来たのはそれから二時間後の事だった。

  そして、その日、ネリネ達が炎の中に消えていったカルミアの姿を見ることはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

処理中です...