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32、失踪5

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  埃被ったままのところどころ雨風でだろう侵食、風化した壁や床がカビと共にかろうじて建っている程度の木造の部屋。

  家具らしい家具もない部屋でうっすらと目を覚ました。

  微かに目を開けると視界の半分が木の壁で床に散らばった縄や藁が壁に張り付いているのが見える。

(……?藁が……壁にくっついてる……)

  ぼんやりした頭でそんなことを考えた。
  そんなことあるだろうか。

  視線を動かして、木の板の壁がいくつも見えてハッと気づいて体を起こそうとして、不自由な体にも気が付いた。

(手足が動かない……!!?)

  自分の銀色の髪が視界に入る。必死に体をねじって何とか上体を起こすと自分の身に起きていることを確認する。
  口元は布が巻かれて塞がれ、両手は背中側で拘束されている。そしてそれは両足も同じだった。
  両手両足を拘束しているのは木製の拘束具のようだ。鎖なんかと違い分厚い木の塊に穴を開けたタイプはねじったりして壊したり出来ない。出来ることと言えば手首を多少動かすくらいだ。

「んー!!」

  ねじったりしてみようにも木製の拘束具はビクともしない。それに、ズキっとこめかみ当たりが痛み、そこでこめかみから血が流れていることに気づいた。

(そっか……私、殴られたんだったわね)

  ズキズキと痛むこめかみのおかげでこの状況に現実味が帯びてくる。
  それに痛いのはこめかみだけではなく全身の至るところだ。打ち身や痣、それに擦り傷のようなものがある。
  傷跡ひとつひとつ見つける度に一体何が起きたのかを徐々に思い出す。

(そうだ……私、犯人捕まえようとして……逆に捕まちゃったのね)

  シャンデリアの落下事故は小説にもあった展開で、違ったのは巻き込まれた人間にゼフィランサスがいて犯人がロベリアだとする噂が流れていたこと。
  小説の登場人物が入れ替わっていても展開そのものが同じなら次は主人公が男達に襲われるという事件が起きる可能性が高い。そしてそれを仕向けた犯人はロベリア、つまり自分だとされる可能性もまた高い。

  だから先手を打って小説で悪役令嬢が雇った男達が潜伏していた物置小屋を探すことにした。そこを潰すか、もしくは男達と取引をする真犯人を見つけられればいいと思ったのに。

(まさかもう潜伏してたなんて……迂闊だったわ)

  所詮は小説。そんな物置部屋なんてなければいいとか男達がいなければいいとか考えていたけれどそれは見事に打ち砕かれた。
  男達も小屋も実在した。実在してしまった。

  まだ殺されてないところを見るに筋書き通りに犯人にされるということだろうか。

(冗談じゃないわ!このままじゃネリネさんだってただじゃ済まないわ。でも、どうしたら……)

  どうしたらこの状況を脱する事が出来るだろう。
  それに犯人は誰なのか。
  まさかネリネ・シトリンの自作自演?

  そんな考えが過ぎるが、すぐに貴族令嬢にいじめられていた事実があることも過ぎる。
  今まで、彼女の魔法にかけられた時、誰もがネリネ自身を擁護する様は見てきたが、その魔法にかけられた人間がネリネを攻撃するところは見ていない。

  魅了の魔法はあくまでも本人の意思に関係なく術者を盲目的に愛してしまうものだ。魅了とはそういうこと。自身に害をなす魔法では無いはず。

(まだ確証がないから断言は出来ないけど……いくらネリネさんでもこんな危険なことを自作自演で企てたりしないんじゃないかしら)

  誰もいない部屋で身動き取れずにいるロベリアの耳に扉の向こうから男達の話し声が微かに聞こえてきた。

「……た」
「……いかく通りに……」

  まだ距離が離れているのか言葉の一部しか聞き取れない。がその声は足音と共に徐々に近づいてくる。

「……の女はどうするんだ?」
「ああ、このまま監禁でいいらしい」

(監禁……?誰を?)

「主犯に仕立て上げるんだろう?その間監禁するならよ、ちょーっとくらい遊んでやってもいいんじゃね?」
「死神伯爵なんて言って恐れられてるけどよ。案外可愛い顔してたよな」

(死神伯爵……?それって……カーディナリスのこと?)

  ついに声が扉の前までやってくる。その声が言った言葉にロベリアは驚愕した。

「この国で唯一の銀色の髪の女か……興奮するなぁ」
「おい。遊ぶのはいいが孕ませるのはやめとけよ。呪われるぞ」

(孕ま、せる……?)

  その言葉に全身にゾクッと悪寒が走った。全身を無数の虫が走り回るような不快な感覚。一気に顔色も青ざめ、本能的に身を小さく縮こませて守ろうとする。

  男達の会話から遊ぶというのは無理やり抱くというニュアンスなのだろう。どこまでヤル気なのかはわからないがそういうことをしたい、と言っている。乙女の貞操が危機に晒されているわけだ。
  ブルっと体が震えた。

(なんで私もなの?無理やり抱かれそうになるのは主人公なんじゃないの!?)

  小説だったらそうだった。それなのに、何故そんな話になっているのか。
  ギシ……と床が軋む音が聞こえ、次にはドアノブに手をかける音がした。その音にロベリアの体はビクッと弾けたように強ばった。そしてそのまま恐怖心に体が支配される。
  ドクンッドクンッと心臓が早鐘を打ち、呼吸が荒くなっていき、顔は青ざめていく。

(怖い)

  ドアノブにかける力が強くなる。そしてギギギ……と軋んだ音をさせながら木造の扉が少しずつ開いていく。
  恐怖に怯えて強ばった体を上手く動かせなくなったロベリアはただただじっとゆっくりと開いていく扉を見つめることしか出来ないでいる。

  ギィ……と、開いていく。

(助けて……、嫌……!)

  本当はそれほど時間は経っておらず実際には数分の出来事だ。だが、ロベリアにとってはその全てがひどくゆっくりだった。一秒が一分にも感じられる世界。
  扉の向こうから男の腕が伸びてくる。その腕を見てロベリアは一番嫌な想像をしてしまう。体の自由が効かない中で男から逃れる術が見いだせない。

(嫌……ゼフィランサス様……たすけて……!)

  必死に体をねじって部屋の奥に逃げようとする。涙が零れてきて、思ったように体を動かせない。それでも何とか、と蛇のように体を動かして時間を稼ごうとした。

「おい、全員集合しろってさ」

  どこからか呼び止める声がして、部屋のドアノブに手をかける男の動きが止まった。

「あん?……チッ。これからがお楽しみだってのによ」

  そんな文句を言いながら男は扉を開け放つ前に閉める。そして扉の前から複数の男達の足音と話し声が遠のいていく。次第に完全に足音が聞こえなくなった。
  ドッドッド……っと汗が吹き出して心臓もまだバクバクいっているロベリアは安堵して小さなため息をついた。

  少しばかり安心したからか、頭の中にゼフィランサスの顔が過ぎり、次にはカルミアの顔が過ぎった。すると、急に会いたくなる。
  カルミアに何も言わずに来てしまった。きっと心配しているはずだ。それにゼフィランサスもそうだったら嬉しい。心配してくれていたら……。

(……ここから抜け出さなきゃ)

  抜け出して男達のことを伝えなければ。事件を阻止しなければ。

  その為に、まずはこの拘束具を外すことからだ。
  意を決したロベリアはまず、手首の木製の拘束具を壊そうと壁や床に打ち付けてみると、外側には亀裂が入ったり欠けたりするが肝心の手首周りは微動だにしない。
  仕方なく足の拘束具から壊そうとよくよく拘束具を観察して重大な事に気が付いた。

(嘘……これ、ただの木じゃない……!!中に鉄が仕込まれてる!?)
  
  手首や足首周りには鉄製の輪っかが使われており、その鉄を覆い隠すように木製の分厚い板で挟んでいるようだった。つまり、いくら周りの木を壊したとしても中の鉄製の部分までは壊せない。

(どうしよう……これじゃ……)

  鍵も無いし、外部を壊すことも出来ない。けれど、これを壊さなければ逃げ出すことも出来ない。
  はぁはぁと息をつきながらロベリアは部屋の中を見渡すが、使えそうなものは何も無い。
  傷だらけで両手両足を拘束されたみすぼらしい姿だ。既に精神的にも消耗が始まっている中でロベリアは大胆な方法に出る。

(外側から壊せないなら、内側から壊すしかない)

  ロベリアは目を閉じてイメージを明確にしていく。

  バチバチ…、と魔力を一箇所に集める。ロベリアは魔法陣を拘束された手首の上に展開する。そして、

  ボンッ……!

  と、小さな爆発を起こした。

「いっ……!!」

  ブシャッ!!と血が飛び出した。

「ああああああああぁぁぁっ」

  口元は布で押さえられていたからその絶叫は遠くまでは聞こえなかった。

  それは気を引き締めなければ意識を手放してしまいそうな激痛。

  ロベリアは手首の拘束具を外すのに闇属性が得意とする破壊の魔法を使った。そしてその魔法は爆発を起こすもの。鉄製の拘束部分ごと砕けたが、さらにロベリアの手首も一部抉れて大量の血が吹き出したのだ。骨が見えるほどではなかったが、皮膚の下の肉が見えている。
  ドクドク……と、両手首から血が流れる。生温い水の感覚と奥歯を噛み締めて耐える激痛にロベリアは顔を歪める。
  それでも、おかげで手首の拘束具が外れて自由になった。

  背中側だったことで見えなかった手首の拘束具とは違い、足の拘束具は目視出来るので力加減は調節出来る。ロベリアにとってはそれが幸いだった。

  ビリ……ッ!と、血が流れる手で、激痛の収まらない手首の応急処置をするのにドレスの裾を引き裂いた。
  泣きたいのを必死に堪え、急いで手首に裂いたドレスの布を巻き付けて止血する。そして足首の拘束具を魔法で破壊した。

  バキンッ!!

「痛っ!!!!」

  ズキンッ!と激痛が再び走る。砕けた拘束具の破片が足に刺さっていた。ロベリアは直視するとさらに痛くなるので刺さった破片もそのままに口元の布も外し、血が抜けてフラフラになりながらロベリアは壁伝いに立ち上がる。

(急がなくては……、あいつらが戻って来る前に……)

  意識が飛びそうな痛みに耐えながらロベリアは一歩一歩と歩き部屋の扉をコソッと開けて周囲を確認する。廊下には誰もいないようで人の気配はしない。
  流れ出る手首の血で赤く染った応急処置の布から血が滴る。足首の刺さった破片の根元からも血が滴って道標のように床に広がる。

  体が汗でベトベトだし血まみれで気持ち悪い。髪もドレスも肌に張り付く不快感が精神を消耗させる。
  それでも足を止めるわけにはいかない。
  人がいないのを何度も確認しながら小屋の外へ出ようと廊下を壁に手をつきながら進む。

  そんな、ロベリアの耳に騒ぐ男達の声と複数の足音が聞こえてくる。

(……嘘)
 
  最早、貧血と疲労、そして極度の緊張で意識が朦朧としてくる。前後左右の感覚も無くなってきて自分がどこを歩いてるのかもわからなくなってきて、それなのに足音はどんどん近づいてくる。

(いや……逃げなきゃ……)

  そう思っても身体が思うように動かせずにそこで力尽きてしまう。

  近づいてくる足音。金属同士がぶつかる音。男達の怒号。

  足がもつれてそのままその場にドサッと倒れ込んだロベリアが完全に意識を手放すその刹那、瞳に映ったのは金色とうっすらと見えた翡翠色。そして誰かが自分の名前を呼ぶ声だけが遠くに聞こえた。
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