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  静かな夜は再び朝を迎える。
  いつもの平穏が再びやってくるかと思ったが、残念ながらそうはいかなかった。

  昨日の噂は消えてはいなかったのだ。

  結局、「ロベリア・カーディナリスがネリネ・シトリンを階段から突き落とした」という噂は流れ続けていた。
  登校中のロベリアをチラチラ見ながらヒソヒソと陰口を叩く。平民も貴族もそれは変わらなかった。
  中にはわざと聞こえるように「さっさと退学しろ」だの「目障りだ」などと言う生徒もいた。

  そんな声が聞こえる度にカルミアが睨む返し、その度に陰口を叩いていた生徒は口を噤み、目を逸らした。


「これはどういうことですの!?」

  校門を潜り、玄関口エントランスホールを抜け、三年生のとある教室へ向かう。そこでカルミアは声を上げ、詰め寄っていた。

「昨日の件については学院側とは話がついてるんだ」

  詰め寄られて困ったように応えたのはジニアだった。

「では何故まだロベリアが犯人だなんて噂が流れているんですの!?」
「それについては……はぁ……原因はわかってるんだ。ネリネ嬢が友人にそう話したところ広まったらしい」
「また彼女なんですの?殿下直々に否定し証言したにも関わらず、未だにそんな世迷言を……」
「彼女の盲信っぷりには僕もお手上げだよ。実行犯が別だったとしても、指示したのはロベリア嬢だと信じ込んでいるみたいなんだ」
「なんて馬鹿げた……」
「……こういうことを王族が言うべきではないと思うけどね……。僕も、相当……馬鹿げていると思うよ」

  髪を掻きあげ、ため息をついたジニアの姿は憂いを帯びてもイケメンだった。美人だ。ゼフィランサスは女神のようだと称されるが、ジニアは彫刻のようだとも言える美貌を持っている。伏せられた瞳に被る長いまつ毛。陶器のような白い肌。その白さ故に赤みを帯びた頬は、カルミアが目の前にいるからかいつもよりも濃くなっていく。

  カルミアは改めてこんな美男子が婚約者であることが嬉しくもあり、それと同時に申し訳なくもなる。婚約破棄を望むカルミアとそれを拒むジニアでは相容れないものがあったから。

(……本当は、こんな風に頼るべきではないことはわかっていますわ……。それでも……頼ってしまうのは……どうしてでしょう……)

  そんなことを考えてコホンと咳払いする。

「ま、まぁ、ジニア様も進言したのにも関わらずではどうにも出来ないということですわね」
「申し訳ないね。人の口に戸は立てられないというか……とりあえず、生徒会からも今回の事件に関して声明を出すよ。放課後には取りまとめるからカルミア達も顔を出て欲しい」

  ジニアが提案すると、カルミアはコクリと頷いた。

「承知致しましたわ。では、放課後にロベリアも一緒に生徒会室に向かいますわね」





  同日、昼休みに入った直後のこと。
  食堂でネリネは友人達とお昼を食べていた。

「本当に貴族って酷いよね!ネリネさんは首席だったから生徒会に入れたのにそれを妬むなんて」
「だからって階段から突き落とすなんてありえない!人として終わってるよね、ロベリア様って」
「ネリネさん、大丈夫?まだ痛む?」

  パクパクと料理を口に運びながらそんな陰口を叩くのは学院に通う平民達でネリネと行動を共にする者たちだ。
  ネリネはそんな彼女達に向かって笑顔を見せる。

「心配してくれてありがとうございます。みんな優しいですね。まだ走ったりはできませんけど、日常生活には支障がないので大丈夫ですよ」

  そんな、ありきたりとも言える返事をした後でネリネの表情は笑顔から眉間に皺を寄せたものになる。
  その彼女の耳には友人達の雑談が入ってくる。

「知ってる?ロベリア・カーディナリスって呪いが使えるって話」
「ああ、その場にいなくても相手を呪えちゃうんだって?なんでそんなひとがこの王立学院にいるのよ」
「カルミア・フローライトを裏で操ってるって聞いたよ」

  貴族も噂好きなものだが、平民も負けてはいなかった。何の根拠も無い話が口から口へと繋がっていく。

  そうして噂がどんどん広がっていく。

  そんな状況にネリネは少し笑う。

「そうよ。これが正しい物語なの」

  誰にも聞かれることがないくらいの小さな声でそう呟いた。



  昼休みも半分が過ぎた頃、ネリネは友人達と別れて図書館に来ていた。挙動不審なほど周囲をキョロキョロと見渡し、本ではなく誰かを探しているような素振りで館内を歩き回る。

「誰かをお探しですか?」

  声をかけられて振り返ると、そこに立っていたのゼフィランサスだった。ネリネは声をかけてきたのが彼だとわかり、歓喜した。

「ゼフィランサス様……!こんなところで会うなんて珍しいですね!」

  ネリネは満面の笑みでそう言ったがゼフィランサスは笑みを返すことはなかった。その様子にネリネの表情は一瞬、強ばった。それでも、努めて明るく振舞ってみせる。

「私に何か御用でしょうか?」

  そう尋ねながらゼフィランサスに一歩近づくが、反対にゼフィランサスは一歩後ろに下がり、距離を保つ。ネリネはそんな彼を見て顔が引き攣った。

「貴女に、確認したいことがありまして」
「確認……ですか?なんでしょうか?」

  ネリネが一歩、また一歩と距離を詰めようとしてくるのでゼフィランサスも一歩、また一歩と後ろに下がる。そうして移動した先は二階建てである学院の図書館の吹き抜けの下だった。天井には大きなシャンデリアが輝いている。

「……単刀直入にお尋ねします。どこで魔核を手に入れたのですか?」

  ゼフィランサスにそう聞かれ、ネリネは目を見開いた。その時だった。
  
  ガキン……ッ!!!

  ふたりの頭上で大きな金属音がした。

「!?」

  咄嗟に頭上を見上げたと同時に二階の方から「危ない!!」と悲鳴が聞こえ、見上げた視界に入って来たのは迫り来るシャンデリアだった。

  状況を理解したゼフィランサスの瞳に大きな人くらい潰せてしまいそうなほど巨大な物が映った。



  ガシャーーーン!!!!

  次の瞬間には、シャンデリアが床に落ちて砕け散った。
  
  




  昼休みも終わる頃、中庭の外れの方で昼食を取っていたロベリアとカルミア、ブルーベルの三人の元に慌ただしく駆けて来たのはミモザだった。

「見つけました!こんなところにいましたのね!」

  はあ、はあ、と、息を切らしながら駆け寄って来たミモザに呆れたようにカルミアは声をかける。

「まぁ、なんですの?みっともないですわね」

  ロベリアとブルーベルも首を傾げる。そんな彼らに、ミモザは荒くなった呼吸を整えた。

「はぁ……はぁ……。お、落ち着いて聞いてくださいね」

  ミモザは身なりを整えて、真面目な顔で告げた。

「……図書館でシャンデリアが落下する事故がありました」

  一旦、呼吸を入れて再び口を開いた。

「その事故に、ネリネさんとゼフィランサス様が巻き込まれました」
「なんですって!?」

  ミモザがもたらした情報にカルミアはゴクリと息を飲んだ。
  
「ゼフィランサス様が!?無事なんですか?容態は……」

  息を飲んだだけのカルミアとは違い、ロベリアは真っ青な顔でミモザの言葉に衝撃を受けて声をあげた。
  今にも駆け出して行きそうなロベリアにミモザが慌てて落ち着かせるように肩を抑えた。

「お、落ち着いてください!ゼフィランサス様は無事です!シャンデリアの破片で切ったところはあるみたいですが、命に関わる怪我ではないそうです」
「あ、ああ、……そうなんですね……良かった……」

  ロベリアは力なく崩れていく。
  ミモザからもたらされた情報にロベリアの心臓が止まりそうなくらいのショックを受けた。それこそ、息も止まりそうなほど。

「ロベリア、大丈夫ですか?」

  カルミアがロベリアの体を支えると、ロベリアは改めて立ち直す。気を落ち着かせて深呼吸する。改めて傍に居てくれる親友の存在にありがたみを感じた。

「大丈夫です。ありがとう。……それで、ミモザ様、他にも何かありますか?」
「!!……ええ、そうです。今朝、シオン様から聞きましたが、昨日色々あったそうですね?……今回もまたロベリア様が犯人だという話が出ているんです」

  ミモザが伝えると、カルミアもロベリアも、そしてブルーベルも目を見開いて驚いた。可憐なカルミアの顔も怒りに染まる。

「どうしてまた性懲りも無く!!なんなんですの!?どうしてゼフィランサスをロベリアが狙うんですのよ!」
「わかりません!ですが今はそんな噂でもちきりなんです。心配だとは思いますが、様子を見に行くのは……」

  ミモザに制止され、ロベリアは少し悔しそうに拳を握る。
  そんなロベリアにカルミアが申し出る。

「ロベリア、わたくしが様子を見てきますわ。だから貴女は……」
「お願いします。……私は、ほとぼりが冷めるまで寮の部屋にでも戻っていますから」

  小さくため息をついた後、ゆっくりと席を離れて歩き出す。ブルーベルもついていくと思ったが、カルミアの方にくっついてきた。

「あら?一緒でなくていいんですの?」

  カルミアの問いにブルーベルはコクリと頷いた。だから、問題ないのだろうと思った。
  そんな少しいつもと違う違和感を抱えながら、ロベリアの背中を見送ったカルミアは何度も彼女の背中を振り返りつつミモザと一緒にゼフィランサスがいる医務室へと向かった。


  それが大きな後悔に繋がるとも気付かずに……。


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