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25、悪意の魔法

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「わかっているんですのよ!!これはあなたの魔法ですわね!?」

  カルミアが言った言葉に違和感を覚えたのはロベリアだった。

(これがネリネの魔法ですって……?)

  ネリネの魔法は強い光属性の人物がふたりもいれば効果が無くなる程度の力ではなかったのか。ゼフィランサスだってブルーベルの加護が働いたピアスをしていたはずだ。ネリネの魔法は効かないはずだった。

(おかしい。これは普通じゃない)

  嫌な予感がしてロベリアがカルミアを呼び戻そうと口を開いた時だった。彼女よりも先にネリネが口を開いた。

「酷いです……。私、ロベリア様に何かしましたか?何もしてない私を突き落とすなんて……あんまりじゃないですか!!!」

  突然、ネリネがわっ!!泣き出して布団に突っ伏す。その瞬間、空気が揺らいだ気がした。

「!?」

  その違和感にロベリアとブルーベルが周囲をキョロキョロと見渡す。見た目には違いがわからないが、それはすぐに異変として現れる。

「私のことが、そんなに憎いんですか?殺したいほどですか?」

  泣きながらそう訴えるネリネにロベリアも黙っていなかった。

「一体、何の話ですか?話をでっち上げるのもいい加減に……」

  そう、言い返そうとすると、これまで一切の反応を見せなかった面々が動きを見せた。

「……君がやったんだろう?ロベリア嬢。ゼフィランサスを取られたくなかったのかな」

  そう言ったのはジニア殿下。ニヤリと笑いながらロベリアに顔を向ける。

「ジニア殿下!?何を仰っているのですか?」

  咄嗟にロベリアが異論を唱えると次々に言葉が飛んできた。

「この後に及んでまだ嘘をつくというのか!悪女めが!!」
  
  ルドベキアが怒号を飛ばすと、

「いたいけな令嬢を呪い殺すつもりだろう!」

  カンパニュラが追い立てた。

「貴女がやったんでしょうが」

  ライラックが責め立て、

「女って怖いよねぇ。妬んでネリネ嬢を殺そうとしたんだ。追放、いや、死刑かな?」

  ニヤニヤ笑いながらシオンが提案した。

  異様だった。笑っているのに笑っていない。話しているのに話していない。だが、向けられる視線だけは不快なほど体に突き刺さっていく。それでも、これは魔法のせいだと冷静でいられた。彼から冷ややかな言葉を告げられるまでは。

「……見損ないました。ロベリア嬢。……婚約……破棄した方が良さそうですね」

  耳にしたその声に、ドクンッ…!と心臓が跳ねた。ロベリアは胸元の服をグッと握る。ドクンドクンと心臓が脈を打つ。冷や汗も流れた。
  ロベリアは恐る恐ると彼の方を見る。そこには今までに見たこともないほど冷たい目をしたゼフィランサスがいた。いつも優しい穏やかな目で傍にいてくれたはずなのに。

(今はあんなに冷たい……)

  ブルブルと頭を横に振る。あれは、ネリネの魔法のせいだ。
  ゼフィランサスの意思じゃない。

  ロベリアが必死に落ち着こうとしたところに更なる追い打ちをかけられる。

「本当に……酷い女ですわ……」

  はっきりと耳に聞こえたカルミアの声。ロベリアは大きく見開いてネリネのベッドの隣に立つカルミアを見る。
  視線の先に立っていたのは、漆黒の縦ロールを揺らしながらゆっくりとこちらを向くカルミアだった。ニヤリと口角を歪め、気味の悪い笑みを浮かべた彼女だった。

「カルミア……?」

  ロベリアはじっとカルミアの顔色を窺う。彼女の様子がおかしい。

(まさか……)

「そこから離れて!!カルミアッ!!」

  咄嗟に駆け寄ろうとしたロベリアの手を掴んで止めたのはブルーベル。そんなロベリアの耳に聞こえたのは一番聞きたくない言葉だった。

「馴れ馴れしくわたくしの名前を呼ばないでくださいな!!この悪女の分際で!!」
「!!」

  目を見開いたロベリアにさらにカルミアは軽蔑するような言葉を放った。

「貴族の令嬢が恥ずかしいですわね。ネリネさんを突き落とすだなんて」

  カルミアは、ロベリアが犯人だなんて思っていなかったはずだ。けれど、突然、手のひらを返したのだ。

「カルミア……」

(これが、ネリネの魔法?)

  信じられない。ロベリアはそう思った。カルミアはずっと味方だった。小さな頃から彼女は傍にいてくれて、カーディナリスの目のことも差別することなく察してくれて、ロベリアが悪く言われる度に怒ってくれた。

  そんな彼女から否定する言葉を投げつけられることは、想像上に心身ともに堪えた。ロベリアはドッ!と汗が吹き出して呼吸が荒くなる。
  あの時の町でのように。

「わ、たし、そんなことしてません……」

  ロベリアは絞るように声を上げた。が、さらに追い打ちをかけることが起きる。

「……君がやったんだろう、ロベリア嬢」
「犯人はお前だろ!ロベリア!」
「お前が犯人だ」
「貴女が犯人だ」
「犯人はお前だ」
「お前のせいだ」
「お前のせいだ」
 
  誰も彼もがロベリアを責め立てた。それはまるで呪文のようだ。立体音響のように彼らの責め立てる声がロベリアの頭の中をぐるぐると回る。それだけじゃない。視線でも責め立てていた。冷たく鋭い目つきでジロジロと見られる。

(やめて)

  ロベリアは咄嗟に耳を塞いだ。

「ロベリア嬢、ネリネ嬢を突き落とすなんて、最低ですね」

  塞いだ耳の奥に聞こえて来たのはゼフィランサスの声。それはロベリアに足元から崩れていく感覚を味わせるには十分だった。

  ボロッと大粒の涙がこぼれた。

「……ッ」

  ネリネの魔法のせいだとわかっている。それでも、精神的にはキツかった。信じていた人に責め立てられることがどれほど辛い体験になるだろう。
  そんなロベリアを見て、ネリネは微かに笑った。

  誰もそんなことには気づかなかった。ネリネは涙を浮かべながらこの状況を楽しんでいた。だが、それは長く続かないものだった。

  空気が震える。
  重くのしかかるような空気の中、色彩すら失われそうなロベリアの世界に光が差す。

  泣き崩れそうなロベリアの前に彼女を守るように立ち塞がったのは、紫の髪をなびかせたのはこの状況で唯一の味方。

『ロディは、しない』

  ロベリアの耳に優しい声が聞こえた。その声はしんと静まり返った医務室に響く。
  思わず顔を上げると、目の前に広がったのは精霊の背中だった。

『酷いこと、したりしない』
「……ブルーベル?」

  パアアっとロベリアの表情が晴れる。それにさっきまでの絶望したような気持ちもスーッと消えていく。

(そうだった。私には彼がいるじゃない)

  ネリネの魔法だって効かない存在。

「酷い……!!どうしてそんな嘘をつく人の味方をするんですか!?」

  ネリネがそう声を上げたが、その声は微かに震えていた。それは泣いているというよりも動揺したような震え。

『カルミア、そんな事言わない。ゼフィランサスもロディいじめること言わない』

  寡黙で、ほとんど話さないブルーベルが言い返してくれた。そして、断言してくれた。
  ロベリアは落ちついて深呼吸をし、その場に立ち直す。

(そうよ。小説の死神令嬢と私には違うところがある)

  ネリネは小説の展開を利用して死神令嬢を陥れたかったのかもしれない。だけど、そんなことさせるわけにはいかない。

(私には最強の味方がいるわ!)

「ブルーベル!“お願い”よ。この空間の核を破壊して!!」

  ロベリアがそう言うと、ブルーベルはニッコリと笑みを浮かべ、

『はい。マイのお姫様プリンセス

  と応えた。と同時にブルーベルは一度目を閉じてパッと開く。するとブルーベルの片方の目に簡単な魔法陣が浮かんでくる。そして、次の瞬間には魔法陣が書かれた瞳の前に大きな魔法陣が出現し凄まじいエネルギーが魔法陣の前に集まっていく。
  そのエネルギーの流動に医務室内に嵐のような風が吹き荒れ、ジニア達もその場で風に耐えているだけだった。ネリネ自身がこれから何が起きるかわからなかった為、動けなかったからだ。

  そうして膨れ上がったエネルギーが最高潮に達した時、ブルーベルが唱えた。

破壊シュリオス

  呪文を唱えると魔法が発動する。紫色に強く魔法陣が光り放つと、それに呼応するようにネリネの手の中の物がパリンッ!!と破裂した。

「…ッ!?…え……?」

  その直後、

  パキン……ッ!

  と空気が割れる音がした。

  ネリネの手の中の破裂した何かはキラキラと破片を散りばめて消えていき、ネリネは手のひらの中にあったはずのものを見つめ続けた。

「何……これ……」

  ネリネがポツリと呟く。呟いたのはネリネだけではなかった。

「……僕は……一体、なんで……あんな事を……」

  ジニアが頭を抱えた。だが、それは彼だけではなかった。シオン達も動揺している。記憶が混濁しているようにも見える。

 その一方で、ロベリアは魔法の効果が切れたことを悟った。

「ブルーベル。ありがとうございます」

  ロベリアがそう言ってブルーベルに手を取ると、ブルーベルも嬉しそうに手を握り返す。

(闇属性の特性は再生と破壊。でも、それだけじゃない)

「ロベリア…ッ!」
「カルミア…!?もう大丈夫……」

  名を呼ばれて声の方を向くとカルミアがこちらに駆け寄ってくるところだった。そしてそのままガバッとロベリアに抱きついた。

「ごめんなさい!!ロベリア!あんなこと言ってしまって……ッ、でもわたくし、あんなこと思ってませんわ!!ひどいこと…っわたくし…」
「わかってる、わかってます、カルミア。大丈夫です……」

  泣きじゃくるカルミアをロベリアは愛おしそうに抱きしめる。お互いに伝わる温もりに心から安堵した。お互いの背中に手を回し肩に顔を埋める。
  そんな彼女達にゼフィランサスがゆっくりと近づく。それに気づいたロベリアはカルミアと共に彼の方を向くと、彼もまた何か言いたげな顔をしていた。とても、申し訳なさそうな表情だ。

「ゼフィランサス様……」
「……ロベリア嬢……私は……」

  ゼフィランサスが何か言おうとしたのをロベリアが首を横に振って静止した。ジニアもシオンも、それにライラック達もバツが悪そうだ。視線を合わせようとしなかった。

  その様子をしばらく眺めたロベリアはカルミアから離れた後、今度は改めてネリネに向き合うためにベッドの横に立つ。
  
「……ッ」

  ネリネが悔しそうに唇を噛む。その姿を見つめながらロベリアは口を開く。

「……ネリネさん」
「……」

  ロベリアが名を呼んでもネリネは黙ったままだ。それでもロベリアは話を続けた。

「どんなつもりだったかわかりませんが、私は私の無実を自分の手で証明してみせますから」
「ロベリア……?」

  カルミアが不安げに呟くと、ロベリアはコクリと頷く。そして安心させるように笑ってみせた。





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