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19、衝突
しおりを挟む渡り廊下でのことと、生徒会室でのこと。どちらも涙を引き金にネリネ・シトリンが魔法を使ったはずだった。けれど結果には差があった。
渡り廊下の場合は、ゼフィランサスを除いた生徒会の面々であるジニア殿下、ライラック、カンパニュラ、ルドベキアが魔法にかかりネリネを擁護した。
一方で先日の生徒会室ではネリネを擁護したのはカンパニュラとルドベキアだけだった。近くにいたジニア殿下すら平気だった。ゼフィランサスには以前、闇の精霊であるブルーベルの加護を施したピアスを渡しており、生徒会室でそれを確認したのでおそらくそのピアスが彼を魔法から守ったのだと思うが……。
「あの時と何が違うってシオン殿下がいた事ですわね。それにローダンセもいましたわ」
「……ローダンセ?とは誰のことです?」
カルミアが出した名前の中に知らない名前があった。ロベリアが首を傾げるとその後ろでブルーベルも真似っこして首を傾げる。
「あら、面識ありませんでしたっけ?ローダンセはジニア殿下の従者ですわ」
そう説明されてジニア殿下の隣に立っていた青年を思い出す。
「ネリネさんの魔法はブルーベルの魔法で遮ることが出来るようにジニア様やシオン様にも出来たということかしら?」
そんなことが出来たなら、何故、渡り廊下の時はしなかったのかという疑問が生まれる。その答えのヒントになることをブルーベルがポツリと呟いた。
『闇はそのひとつで全てを飲み込み、光は集まれば集まるほど輝いて全てを覆う』
謎めいたその言葉にロベリアもカルミアも一瞬、思考を手放した。だが、カルミアがすぐに気がつく。
「もしやそれはジニア殿下とシオン殿下が揃っていたからネリネさんの魔法が効かなかったということですわね!?おふたりとも光属性でしたわね。光属性の特性は反射と守護。力が強力になったことで無効化出来たということですのね?」
カルミアが確認するように言うとブルーベルがコクリと頷く。察しがいいカルミアにブルーベルが感心したような顔をした。
☆
就寝時刻を過ぎた頃。
貴族の男子寮。なかなか寝付けないゼフィランサスが月夜の散歩として寮内の談話室に向かって歩いていると、廊下の反対側から誰かがやってきた。
薄暗い廊下を照らす窓からの月明かりがその人物の姿をあらわにした。
「やぁ、ゼフィランサス。こんな時間に何してるの?」
ニヤッとした顔でそう声を掛けてきたのは月夜に照らされた白みがかった金髪がキラリと輝く人物。
「……シオン様……」
ゼフィランサスとしてはあまり会いたくなかった相手だ。自然と顔が強ばる。
「散歩かな?」
「ええ、まぁ」
「ふーん。じゃ、せっかくだしちょっと聞きたいんだけどさ」
ニヤッと笑いながらシオンがゼフィランサスの周りをぐるぐると歩く。値踏みするかのようにジロジロと見られてゼフィランサスは気分が悪くなる。そんな彼を笑うかのようにシオンは意地悪な顔をしていた。
「……一体、何がお聞きになりたいんですか?」
ゼフィランサスが不愉快そうに聞くと、シオンは実に愉快そうに返した。
「そんなに警戒しないでよ。だってさ、ゼフィランサス・インカローズと言えばその美貌と公爵家嫡男であることといい、王子との親交も深いとあってパイプを持ちたがる貴族は後を絶たない。それなのに、君は全くと言っていいほど全ての縁談を断ってきた。そんな君が、どうして引きこもりの令嬢を選んだのか。すっごく気になってくるじゃん?」
シオンは好奇心旺盛な性格で第二王子という立場を利用するなど、少々強引なところが目立つ。そして大変気まぐれだ。
ゼフィランサスは眉をしかめたままため息をついた。
(……ここで黙ってても彼女に変なこと言いに行きそうで困る……仕方ない……か)
不満を含んだ声色でゼフィランサスは渋々答える。
「……カルミア嬢からの紹介だったんですよ。カルミア嬢もロベリア嬢も幼い頃は面識もありましたし、同じ六家ですから申し分ないと考えただけのこと」
「ふーん?だけどさ、カーディナリスって世間的には評判悪いじゃん。呪われるってさ。それってインカローズ家としてはデメリットじゃないの?」
シオンがポロッと言った言葉にゼフィランサスはピクっと反応する。ゼフィランサスがあからさまに嫌悪感を示すとシオンが意外そうな顔をした。
「……そういうことを軽々しく口にしないで頂けますか」
「え、そういうこと、って……どのこと?」
とぼけた様に話すシオンにゼフィランサスは苛立つ。だが、相手が相手なのであくまでも冷静に対応せねばならなかった。
「……カーディナリス家のことを悪く言わないで頂きたいのです。貴方はご存知ないことかもしれませんが、ロベリア嬢はとても繊細な方です。悪意のある言葉にはすごく敏感でいらっしゃいます」
「繊細?あのカーディナリス家の令嬢が?まさか」
「……シオン様が何を仰りたいのか、わかりかねますが、私の婚約についてならこれ以上話すことはございません」
ゼフィランサスがシオンを鋭い目付きで見据えながらそう言い切ると、シオンはやれやれといった仕草をする。
「……どうやら君は随分と婚約者に入れ込んでるみたいだし、これ以上はやめておこうか」
満足したような表情でシオンはひらひらと手を振る。これ以上は諦めた、という仕草だ。
ゼフィランサスはホッとした。もっと根掘り葉掘り聞いてくるかと思っていた。それも杞憂だったと安心して胸を撫で下ろしたその瞬間だった。
「もしかしてだけど、契約婚約なんじゃない?」
「!?」
ゼフィランサスは心底驚いた。明らかな動揺が見て取れたことだろう。
「……どうして、そう思うのですか?」
出来るだけ動揺が悟られないように落ち着いて答えたが、どこまで隠しきれただろうか。
そんなゼフィランサスを見てシオンはニヤッと笑う。
「いや?何となくそんな気がしただけ。じゃ、そろそろ寝るよ。じゃあね」
急にそう言い出すとシオンは踵を返して暗闇に消えていく。その後ろ姿を眺めながらゼフィランサスはドッ…!と疲れが体に重くのしかかった。
(はぁ……。寝よう……)
ゼフィランサスも談話室に行くのを諦めて部屋に戻った。
翌朝、ゼフィランサスはいち早く部屋を出て学院へと向かう。寮から学院の門へは道が繋がっていて全ての寮からの道が門の前で合流する。なので、門の前に行けば女子寮から登校してくるロベリア達とも合流出来るのだ。
ゼフィランサスが門の前に着くと、登校してくる生徒達が次々にやってくる。その中にロベリアの姿を探す。
「あ」
人混みの中に目的の人の姿を見つけ、ゼフィランサスは思わず駆け出した。その優雅な姿に登校中の生徒達が思わず振り返る。そんな周囲の視線なぞ鼻にもかけず目的の人へ声をかける。
「おはようございます。ロベリア嬢、それにカルミア」
登校中、談笑しながら歩いていたロベリアとカルミアは声をかけられて驚いた。それは、こんなところで声をかけてくるだなんて想像したことのない相手だったから。
「え!?ゼフィランサス!?」
「ゼフィランサス様!?びっくりしました……」
驚いて声がひっくり返ったカルミアは鳩が豆鉄砲くらったかのような顔になり、ロベリアは目を見開いて驚いた後、すぐに嬉しそうに微笑んだ。ロベリアの後ろについて来ていたブルーベルはぺこりとお辞儀をする。
ゼフィランサスはブルーベルに返すように会釈をしつつ、嬉しそうに微笑むロベリアに目を奪われていた。素顔はヴェールの下に隠れてはいるが、ゼフィランサスには彼女が今どんな顔をしているのかが何となくわかったからだ。
「一体どうしましたの?貴方が門の前で話しかけてくるなんて……珍しいこともあるんですのね」
カルミアがそう言ったのを聞いていたロベリアもこんなことは小説にはない展開だったと思考を巡らせた。それはつまり彼が小説の強制力ではなく、自らの意志でこうして会いに来てくれたのだということ。そう思うとロベリアは嬉しくなってくる。自然と笑みが溢れて声が弾んだ。
「ゼフィランサス様、おはようございます」
声色の中に嬉しさが滲んでいて、ゼフィランサスはその事に気付くと、彼もまた嬉しそうに微笑む。
「おはようございます。ロベリア嬢」
ふたりがそう挨拶しあって微笑みあっている様はカルミアも望んでいたことだが、このままでは話が進まない。
「おはようございますゼフィランサス。それで、一体朝からどうしましたの?何か用事ですか?」
「あ、いえ……。用事という程ではないのですが……」
ゼフィランサスは少し歯切れも悪く、視線も横に逸らした。その態度にカルミアはピーンときた。
「もしや、シオン様絡みではなくって?」
「え!?ど、どうしてわかったのですか!?」
心底驚いたといった表情になるゼフィランサスはカルミアをまじまじと見てしまう。
「カルミア、何か知ってるの?」
キョトンとした、いまいち話が見えていないロベリアが気の抜けた口調で尋ねると、カルミアは呆れたように遠い目をしながら肩を竦めてこう言った。
「ええ、色々と存じていますわよ?なんたって、あの双子とは腐れ縁のような長い関係なんですもの」
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