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16、生徒会執行部にて

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 「今日はありがとうございました」

  手を添えられて馬車を降りたロベリアは一日付き合ってくれたゼフィランサスに頭を下げた。
  色々あったがゼフィランサスが一緒にいてくれてとてもありがたかった。

「いえ。本当はもう少し楽しい気持ちのまま一日を終えられたら良かったのですが……」

  ゼフィランサスが言っているのは、昼間のことだろう。金輪際、町に行きたいなどと言いたくもない出来事だった。あんな悪意のある視線や陰口に晒されるくらいなら学院で主人公とやり合う方が余程マシだ。

(だけど、幸か不幸か主人公が起こしただろう展開は潰せたし…。これで良かったのかもしれない)

「ロベリア嬢?」

  考え込んでいたロベリアは声をかけられてハッ!とした。

「大丈夫ですか?カルミアに迎えに来てもらいましょうか?」

(しまった。余計な心配をかけてしまっているわ)

「いえ、大丈夫です。それでは、そろそろ部屋に戻りますね」
「はい。ではまた明日、学院で」

  そう挨拶をして解散しようとしてロベリアは急に振り返った。そして背を向けて男子寮へと向かって歩き始めていたゼフィランサスを腕を掴んだ。

「え!?」

  驚いてゼフィランサスが振り返ると、縋るように自分の腕を掴むロベリアがいた。

「あ、あの、ロベリア嬢!?どうかしましたか?」
「あ、その、まだお話出来ていないことがありまして」
「あ、ああ、そうだったのですね。え、えと、それでその話とは?」

  ロベリアは手を離し、姿勢を正す。

「先日、頂いたお話のことです」

  生徒会室に呼び出されて聞いた話。

「あ、生徒会に入って欲しいと言った件ですね?」
「そうです。カルミアと相談して決めました。ふたりとも生徒会に入部致します」

  ロベリアが改めてそう言うと、ゼフィランサスは花が咲いたような笑顔で返した。





  後日。カルミアとロベリアは生徒会室の前にいた。

「準備はよろしくて?ロベリア」
「はい。大丈夫です。行きましょう」

  意を決したふたりは生徒会室の扉をノックした。そのノックに中から返事が返ってきたのを確認し、ふたりは生徒会室へと入っていった。

  ギィー…とゆっくり扉が開くと光と花びらが舞い踊るような錯覚を覚え、ロベリアとカルミアは目を細めた。生徒会は学院内では美男美女の集まりだと称されており、歴代の生徒会メンバーはいずれも花を背負っていそうな人達ばかりだった。
  今年の代も例年と違わず、美男子が集まっている訳だが、唯一美女という枠に入らない主人公ことネリネ・シトリンがいることが珍しいくらいだった。

  そんな、貴族も平民も憧れる生徒会に、今までのような呼び出される形ではなく「入部する」という正式な形でやってきたのは初めてだ。そんな気持ちの違いからかこんな華やかな場所に思えたのは。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

  部屋に入ったカルミアとロベリア、そして従者のブルーベルを一番に出迎えたのはゼフィランサスだった。

「さぁ、どうぞこちらへ」

  ゼフィランサスに促されてカルミアとロベリアはソファーに座り、ロベリアの後ろにブルーベルが立った。

  生徒会執行部の間取りは少し特殊だ。部屋の奥には大きな窓がありその前に生徒会長の机があり、その机の前にはソファーが二つ。ローテーブルを挟んで並んでおり、それらを囲うように副会長、会計、庶務、書記などの役職ごとの机がある。その背後には壁に取り付けられた本棚があり、白を基調としたレイアウトだ。
  生徒会は基本的に貴族が仕切る為、その貴族が不快に思わないような造りが求められたのだろう。
  呼び出しではない今日はそんな生徒会室の中を観察する心の余裕があった。

「どうぞ」

  そう言ってカルミアとロベリアの前に紅茶とお茶菓子が用意された。

「ネリネさん……」

  ふたりの目の前に紅茶とお茶菓子を用意したのはネリネ・シトリンだった。どこか顔が引きつっているようだ。そりゃそうだろうと思う。あんなことがあったのに、こうして目の前に陥れたい相手が堂々と現れたのだから動揺もするだろう。
   そんな彼女の反応を見て、カルミアはニヤッと笑う。だが、そんな顔を見せるわけにもいかないので扇子で口元を隠す。

「ありがとうございます。いただきますわ」

  カルミアがそう言うと、ネリネはさらに顔がひきつり、こう言った。

「本日は、一体どのようなご要件でしょうか?」

  その言葉にカルミアとロベリアはお互いに目配せをする。これは彼女ネリネが望んでいるであろうロマンス小説の展開を潰せる正当な機会だ。堂々と振舞って見せればいい。

「あら、お聞きになっておりませんでしたか?」
「え?」
「本日、わたくし達は正式に入部する為に挨拶に来ましたの」
「……え?入部する……どこに……」

  頭の上にハテナを飛ばすネリネの耳に信じられない言葉が聞こえてきた。

「ここ、ナスタチウム学院生徒会執行部に、ですわ!」

  カルミアがそうハッキリ言うと、その言葉に耳を疑った面々が異議を申し立てた。

「ありえない!何故貴様のような悪女がこの神聖な生徒会に入れるというのだ!!!」

  大声をあげて座っていた椅子から立ち上がり、バンッ!と机を両手で叩いた。反動で机に乗っていたものがぴょんと跳ねる。

「しかも死神伯爵の娘もだと!?我々を呪おうというのではあるまいな!!」

  いきなり啖呵を切ってそう叫んだのは広報のルドベキア。学院の一年生で父親が王立騎士団団長で息子のルドベキア自身も王立騎士団に所属する身でもある。騎士らしい短髪でガタイがいい。良く鍛えられているのがよくわかる。しかし、騎士としては腕が立つが脳筋な為か少々頭に血が上るのが早いようだ。
  公爵家令嬢と伯爵家令嬢、しかも王太子殿下と六家の公爵家嫡男の婚約者。そんな相手に啖呵を切るのは一種の自殺行為だ。だが、そのことにルドベキアは気づいていない、どころかネリネもそんなルドベキアにガッツを送っている。

(……馬鹿なの?)

  ロベリアは思わずそんなことを思った。

「こう申し上げてはなんですが、おふたりには良からぬ噂が……。それなのに生徒会に入りたいなんて……。しかも殿下の前でヴェールを被ったままなんて……失礼な」

  ルドベキアの勢いに乗っかって、二年生の書記のカンパニュラが苦言を呈した。ふたりとも命知らずと言える行為だ。

  だが、不思議だったのはこんな無礼な行為をする者がいてもジニア殿下が何も言わなかったことだ。ロベリアはチラッとジニアの方を見やる。

(……笑ってる?)

  微かに口角が上がっている。わざと何も言わない気なようだ。

(ネリネの魔法のせいなのかな?あれから数日経ったけど……ゼフィランサス様が話してたことと関係あるかしら……?)

  どうして彼が何も言わないのか、それはわからなかったがこのまま言われっぱなしではいられない。ロベリアはヴェールの下で笑みを作る。カルミアと目配せで会話したあと、口を開いた。

「お言葉ですが、私達は正式な勧誘のもと、入部致します。ですが……あなた方は何も聞いていらっしゃらないご様子。これは……私達に声を掛けた方に直接ご説明頂きましょうか」

  ロベリアがそう言って視線を向けたのは会計の机に座るゼフィランサス。その視線に気づいた彼はにこっと笑い、ゆっくりとその場に立ち上がった。
  突然立ち上がったゼフィランサスにネリネ達は驚いた。そして更に彼の口にした内容に驚くことになる。

「殿下には先にお伝えしておりましたが……。彼女達を生徒会に勧誘したのは私です」

  ゼフィランサスはそう言うとソファーに座るロベリアの隣に近づいていき傍まで来ると彼女の手を取った。これにはその場にいた者全員が驚く。もちろん、ロベリア本人が一番驚いた。そんな彼女に穏やかな笑みを向けた後、ゼフィランサスはロベリアの手を取ったまま皆の顔を見渡した。

「ロベリア嬢はとても優秀で、一点差の二位でしたし、カルミアも知力が高いです。彼女もまた試験では五位でした。そして現状、この生徒会には貴族の女性がいませんから、おふたりにも入部して頂きませんかと殿下にご相談致しました」

  穏やかな笑顔でゼフィランサスがそう言うと、当然、反論が出てくると思われた、が……。

  しん……。
  
(……?意外と静か?)

  ネリネ達の反応を見る。絶句している、と言えるのだろう、開いた口が塞がらないようだ。

「……ッ!!な、何故、ですか!!ゼフィランサス様!貴族のご令嬢ならここに、ネリネ嬢がいらっしゃいます!!それなのに、失礼ではありませんか!」

  ルドベキアが再び啖呵を切った。どうやら彼はネリネにご執心のようだ。この発言に不快感をあらわにしたのはロベリアやカルミアでもなく、何故かゼフィランサスの方だった。

「そ、そうです。ゼフィランサス様、一体何故ですか?どうしておふたりの味方をするんですか?おふたりは、私を……」

  ネリネが涙を浮かべてそう訴え始める。その瞬間、ネリネの近くにいたルドベキアやカンパニュラの目が虚ろになったのをブルーベルとロベリアは見逃さなかった。咄嗟にロベリアはゼフィランサスにしがみつく。
  前回、ジニアの態度が急変した時、きっかけはネリネ・シトリンが涙しながら訴えた時だった。

  けれど、何も起きなかった。何か起きたのはルドベキアとカンパニュラだけで、ジニアも彼らと反対の机に座る庶務のライラック、そしてゼフィランサスも何も起きなかった。
  ただ、しがみついたロベリアの腰にゼフィランサスが手を回した。ネリネが仕掛けた後の目に見える変化は、それだけだった。


  ゼフィランサスの耳についたピアスがキラリと輝いた。
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