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7、主人公と悪役令嬢たち

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  入学式の日から数日。たった数日であったが小説の影響かなんなのか、学院には幸先が不安になるほどの暗雲が立ち込めていた。

  淡いピンク色の髪がゆらゆら揺れると髪に挿したネリネの花も揺れる。素朴ながら元気な少女といった雰囲気が平民にも親しみやすいのか、首席入学といった秀才ぶりを発揮し生徒会役員一般枠という特別な立ち位置にいても入学早々に人気者になったのがネリネ・シトリンだ。
  さすが主人公というべきなのか早い段階で周りを魅力しているが、貴族達からは田舎の男爵令嬢ごときが殿下達が率いる生徒会に所属しているなんて、と嫌われていた。

  だが、もっと酷かったのはただただ真面目に授業に出ているだけのカルミア・フローライトとロベリア・カーディナリスについてだった。
  王太子殿下の正式な婚約者であるカルミアは「薔薇の六家」筆頭の公爵家な為か勝手に「田舎臭い男爵令嬢を認めない派」の貴族に仲間意識を持たれており、それが起因して彼女達による嫌がらせの主犯とする根も葉もない噂が流れ始めていた。また、ロベリアにも「男爵令嬢を呪っている、恨んでいる」などという噂が流れ始めており、このことをミモザからの報せで聞いたロベリアとカルミアは頭を抱えていた。


「一体どういうことなんですの…!?」

  昼休みに差し掛かったところでカルミアとロベリアは教室を離れ中庭に来ていた。ベンチに腰かけている。
  中庭を吹き抜けるか風は心地いい。だが、彼女達の頭の中にはそんなことを感じられるほど余裕がなかった。

「わたくしたち、何もしてませんわ。そもそも面と向かって話したのだって入学式でのお茶会の時だけですわ…」
「ミモザ様のお話では、私達の知らぬところで起きているネリネさんへの嫌がらせ、それを支持したのはカルミアと私…だということでしたけど…」
「馬鹿馬鹿しい。どうしてわたくしが一介の男爵令嬢を目の敵にせねばなりませんの!?大体、わたくし達は、主人公と思しき方と接触なんてしませんわよ…!!」
「まぁ、私達の置かれてる現状なんて誰も存じませんし…邪魔者を排除する上で虎の威を借りたいってことなんでしょうけど…」

  ベンチに腰掛けながらため息をついたロベリアは常に傍に控えているブルーベルに声をかける。

「ねぇ、ブルーベル。先日、貴方に預けた小説、出してくれないかしら?」

  相変わらずヴェールを被るのがデフォルトになっているロベリアはブルーベルに手を差し出す。するとブルーベルは自身の隣の何も無い空中に空間を作り出しそこへ手を突っ込む。と、ずるっと何かを引きずり出す。
  それはカルミアとロベリアが頭を悩ませる件のロマンス小説。
  全寮制のナスタチウム学院は必要最低限の私物しか持ち込めない上、ロマンス小説だなんて貴族令嬢が読むものじゃないと言われるものだ。ふたりは同室だが、寮の部屋にロマンス小説を置いておくわけにはいかないので精霊特有の能力である空間魔法で収納してもらっていた。

「カルミア、ひとまずこの第一巻に書かれている出来事を回避することが先決です。今後の対策も立てないと」

  ブルーベルからロベリアの手に渡ったロマンス小説をちらっと見たカルミアは、死んだような目で「はあぁぁぁ…」と魂が抜けていきそうな勢いのため息をついた。
  カルミアはロベリアから小説を受け取り、パラパラとページを捲っては「はぁ…」とため息をつく。
  開いたページは入学式の後の場面が描かれている。

  小説の中では、王太子殿下の婚約者である悪役令嬢が生徒会入りした主人公を妬み、私も入れろと騒ぎ立てる場面が描かれている。小説の展開では生徒会入りしたことで主人公と生徒会メンバーが急接近していく。悪役令嬢としては当然、自分の婚約者と男爵令嬢が仲良くなるなんて面白いはずがない。だが、悪役令嬢が王太子殿下を窘めれば窘めるほど彼の心象は悪くなっていくだけだった。それが悪役令嬢の破滅へと繋がっていくわけだが…。

(実際、ありえないわよね。国王公認の婚約者を放置して他の女に現を抜かす王太子殿下だなんて。そんなことすれば廃嫡されるもの)

  ロベリアは空を見上げながらそんなこと考えた。その横で深いため息をついていたカルミアをチラッと見やる。ロベリアにとって唯一無二の親友だ。亡者が見える力を不気味がることなく傍に居てくれて、利用することも無い。それにその亡者に取り憑かれてもいない。
  そんな彼女が小説の悪役令嬢と同じようなことするわけが無い。何より、カルミアは婚約破棄を望んでいる。
  
(だからといって公爵家の品格を貶めるようなことはしない…)

  こんな小説のような事をするわけが無い。だが、悪役令嬢の設定的特徴はまるでカルミア本人を指しているかのようだ。

「ロベリア」

  空を見上げながら思考の沼にはまっていると声をかけられた。

「何?カルミア」
「とりあえず、今後のことですが、やはり主人公と思しき方との接触を避けようと思いますの。当然、生徒会なんか入りませんし殿下と主人公がくっつこうが何も言いませんわ」
「…そうは言いますけど、カルミア?生徒会に近づかないのは理解しますけど、そもそも主人公と接触しないって言うのは効果あるんでしょうか?」

  ロベリアの言葉にカルミアは首を傾げた。

「どういう意味です?」

  そう、尋ね返した時だった。遠くの方からふたりの名前を呼ぶ声が聞こえ、会話を中断してその声の方に視線を向ける。そこには小走りでこちらに駆け寄ってくるミモザの姿があった。

「こちらにいらしたのですね!」

  少し息があがっている。どうやら探してくれたようだ。

「あら、ミモザ。一体どうしたというのです?令嬢が走るだなんてはしたないですわよ」
「大目に見てくださいな、カルミアお姉様。これをお届けに来たのです」

  そう言ってミモザは蓋に羽の付いた小瓶を手渡す。それは学院内以外でも使われている伝達方法だ。魔導具の小瓶は任意の相手に送れるので小さなものの配達などにも使われる。学院内でも、呼び出しなどに使われている方法だ。魔法で送ることも出来るし、誰かに届けてもらう方法もある。いずれにせよ、受取人が本人でない限り中身の確認ができないので極秘情報などの伝達にも使われていたりするのだ。

  ミモザが持ってきたということはそれなりに重要な伝達だったのだろう。カルミアは受け取って中身を確認する。

「…手紙…?」

  カルミアやロベリア、そしてミモザも頭の上にはてなを浮かべる。
  どうやらそれはカルミアとロベリア、ふたりに当てたものだったらしい。内容は、

「至急、生徒会室に来るように…?」
「…お姉様がた、何かなさいましたの?」
「まさか!何もしてませんわ!!」
「では、あれですか?あの根も葉もないデタラメな噂。あのことについての呼び出しだとか?」

  ミモザの言う噂とは今この学院内に広がる悪役令嬢と死神令嬢による主人公いじめ、それに該当する噂の事だろう。
  
「可能性は高いですね。生徒会執行部からだということは十中八九、ジニア殿下からの招集でしょうし」
「…信じられませんわ…。王太子殿下ともあろう御方が、あんな根も葉もない噂を信じたって言うんですの!?」

  ふたりの代わりに憤るミモザの姿にロベリアもカルミアも嬉しくなる。彼女なら味方になってくれるかもしれない。

「まぁまぁ、ミモザ。落ち着いてくださいな。どのみち殿下からの招集を断ることはできません。とりあえず行ってみますわ。行きましょう、ロベリア」

  カルミアは立ち上がって手にしていた小説をミモザに見られないよう傍に控えていたブルーベルに渡す。彼は渡されたそれを空間魔法で収納した。それと同時に、ロベリアが立ち上がる。

「ブルーベル、行きますよ」

  カルミアが先導するように先を歩く。その後にロベリアとブルーベルも続いた。ミモザはついて行こうかと考えたが招集されてもいない自分がついて行く訳にもいかない、とふたりの背中を見送ることにした。

「行ってらっしゃいませ、お姉様がた」

  ミモザが手を振ると、カルミアも手を振り返した。





  生徒会室の前、ふたりの令嬢が重々しい扉を見上げる。

「…小説では悪役令嬢自らが生徒会に入りたがった…でもそれは、破滅への未来…」
「だからわたくし、生徒会にも男爵令嬢にも近づかなかったのに…何故、こうなりますの…?」

  ロベリアとカルミアは盛大なため息をついた後、深呼吸をする。その様子を傍に控えているブルーベルは不思議そうに眺めていた。

「では、いきますわよ、ロベリア」
「はい」

  そして、カルミアは間をあけて、生徒会室の戸を叩いた。

「失礼します。カルミア・フローライト、並びにロベリア・カーディナリス。参りましたわ」

  その声に応えたのか、ギィー…と出迎えられるように生徒会室の扉が開いた。ゆっくりと開く扉をじっ…と見つめた後、ふたりの令嬢は意を決して扉の中へと入っていった。
  




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