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5、はじまりのお茶会

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「桜の花が咲き始め、温かい日差しが降り注ぐようになりました。新入生の皆様、この度はご入学おめでとうございますーー…」

  在校生代表、もっと言うと生徒会長たる王太子殿下による挨拶が行われた。カルミアの婚約者でもあるジニア王太子殿下だ。
  入学式自体は滞りなく進んでいく。カルミアとロベリアもこの入学式に参加している。そしてふたりにとって一番注目すべきは入学式の後に来る発表。

  入学前実力試験の順位発表だ。

  ここ、ナスタチウム学院は魔力を有していれば貴族だけでなく平民でも入学できる王立の学院。だが、それ故に平民を嫌う貴族からの圧力も強く、同じ貴族間でも派閥ができあがっている現状がある。
  生徒会も基本的に貴族で構成されているが、それでは公平性が無いとして一般枠が設けられており、それがあの小説と同じシステムである。

「...首席が男爵令嬢だったら要注意よね」
「...ですわね。わたくしたちも上位には食い込めると思いますけど...。首席はどうでしょう」

  小説の冒頭で主人公は入学前実力試験で首席を取っていた。一介の男爵令嬢が首席を取ったことは大事件でもあったのだ。男爵令嬢とは言え、首席を取ったことで主人公は生徒会執行部の一員となる。そこから物語が始まっていた。
  だから、カルミアもロベリアも首席を取らせまいと気合いを入れて実力試験に挑んだ。ふたりのどちらかが首席になれれば小説は破綻する。そうなれば...。

(そうなれれば...私たちを嘲笑っているやつに目にもの見せてあげられるわ)

  講堂で今年度の入学者達の中に並んで座るロベリアはジニア王太子殿下の挨拶を聞き流しながら今後のことを考えていた。

  正直なところ、まだ少し半信半疑だった。 
  あの件の小説は、カルミアが調べたところ既に絶版となっていた。それに冊数自体極端に少なく、十冊いかないものだったらしい。

(そんなこと、ありえる?)

  元々はカルミアの侍女が巷で噂のロマンス小説をかき集めてきた中にあったそうだ。侍女自身の物でもなかったらしい。
  何故か自分たちと一致する特徴を持つ登場人物。そして身の回りの出来事が小説内の展開とリンクしている事実。だがその一方で、ロベリアに婚約者が出来たように、どこか小説とは違う展開も起きている。

(これは絶対の物語じゃない。でも、確かに誰かの意図を感じる。私たちを嘲笑いたい誰か、いえ、私たちが破滅することで得をする者...とか?)

  少なくとも、死神伯爵カーディナリス家が没落すれば喜ぶ連中は多いだろう。悪徳貴族にとっては目の上のたんこぶなのだから。公爵家であるフローライト家も王族と結婚されては更なる権力を持つことになり、これもまた疎まれる原因になり得る。

(ただのロマンス小説に誰か実在する者の人生を決められる力なんてないと思うけど、そう断言するには偶然が重なりすぎてる。不気味なくらいに)

  視界を遮るヴェールを被ったままのロベリアはそのヴェールの下でまだ見ぬ誰かを鋭く睨みつけていた。







「...これは...」
「...いよいよという事ね」

  漆黒の縦ロールと銀の髪が風に揺れる。
  ふたりの目の前には掲示板に貼りだされた実力試験の順位表。彼女達はそこに書かれた順位を見てそう呟いた。

  “ 一位、ネリネ・シトリン 五〇〇点”

  そこに書かれた名前を見てふたりは落胆した。ふたりのどちらも首席にはなれなかったのだ。次点が“ 二位、ロベリア・カーディナリス 四九九点”

「シトリン家は確か男爵家だったはずですわ」
「私は二位…ですか。まさか満点なんて…出されるとは思わなかった…」
「ええ、ほんとに。これもあの小説のせいですの?」
「まさか、と言いたいところですけど、いよいよ認めざる得ないかも知れませんね」
「…とんだ災難ですわ…。本格的に、抗わなければいけないようですわ…」
「ええ、そういうことみたい」

  ふたりはため息をついた。たかが小説に人生を振り回されることになるなんて。
  踵を返してふたりはお茶会を開くため中庭へと向かい歩き出した。

「そうだ、ロベリア。あなたのその後ろからついてきている彼は誰なんですの?」
  
  カルミアは視線でロベリアの後ろを指す。そこにいたのは紫色の髪を持つロベリアと同じほどの背丈の少年。肌が白く透き通っていてどことなくこの世の者では無い感じがする。しかし、それは気味の悪い感じではなくどちらかというと神聖な感じのものだ。

「ああ、まだ説明していませんでしたね。彼の名はブルーベル。闇の精霊ですが今後、私の従者として学院生活の供をしてくれるんです」

  ロベリアがそう紹介するとブルーベルがふわっとした柔らかい笑顔で笑う。絶世の美女ならぬ絶世の美少年だ。すれ違う生徒達が男女問わず恍惚とした表情をしながら視線で追いかけている。その様にカルミアは「慌てて婚約者捜しすることなかったかしら」と思った。こんな美少年を連れ歩く令嬢が孤独であるはずがない。小説の死神令嬢は婚約者もいなければ従者もいなかった。それは明白な違いだった。

  ナスタチウム学院は全生徒の中で貴族がその圧倒的な割合を占めるため、慣習には貴族寄りのものが多い。入学式の後、貴族令嬢達が自分達の派閥の勢力を高めるために開く個人単位のお茶会、これもそのひとつ。
  中庭に移動したカルミア達もひとまずお茶会を開いた。

「…まぁ、わかってはいましたけど…。あからさますぎませんこと?」

  そう仏頂面で口を尖らせたのはカルミアだ。カルミアの開いたお茶会に参加したのはロベリアだけ。このことが不満らしい。

「それはそうですよ。何せ私がいますもの」

  そうすました顔で紅茶を飲むロベリアを見てカルミアはため息をついた。

「…貴女、腹が立ちませんの?貴族の令嬢は噂好きなものですけど、会ったこともない相手の噂を信じて遠巻きにするなんて…失礼ですわ」
「そうは言ってもねぇ…。カーディナリスが特殊なのは事実ですし、未知を恐れるのはそれこそ人間の性のようなものです」
「……わたくしは、納得できませんわ」

  ロベリアが言ったことに小さく異を唱えたカルミアは口を尖らせる。

(カルミアは、優しすぎるのよ)

  カルミア・フローライトは公爵家令嬢として完璧な淑女だ。化かし合いが多い貴族社会で驚くほど素直でやさしい性格のまま育った。そんな彼女は自分が大事にする相手を傷つけられることに怒りを覚える。誰かの為に動ける人だ。

(だからこそ、余計な負担を背負いがちだ)

  出来ればそんな負担を負わせたくないが、死神伯爵という肩書きがその負担を呼び寄せている。

「…まぁ、気にしないでください、カルミア。私にはあなたがいて、ブルーベルがいて、…仮とはいえゼフィランサス様もいてくださいます。家族だっていてくれますもの。十分です」

  ヴェールの下で微笑んでみせる。それに気づいたのかロベリアの後ろに控えているブルーベルが嬉しそうに微笑む。すると遠巻きながらも噂の人物が気になってチラチラと見てきていた令嬢達が卒倒しそうになっていた。
  恐るべき笑顔の威力だ、とロベリアとカルミアは内心思った。

「こんにちは。ご一緒してもよろしいでしょうか?」
 
  そんなやり取りをしていると影と共に声を掛けてくる者が現れた。

  にっこりと微笑む気品ある女性。左右に分けた三つ編みの毛先を頭の上の方でまとめ、そこにミモザの花を差している。
  「薔薇の六家」の公爵家令嬢と死神伯爵令嬢、そんな注目される人物が開くお茶会に参加を申し出る人物がいるとは思っていなかったロベリアは心底驚いたが、カルミアはさほど驚いた様子がなかった。それはそのはずで、

「あら、ミモザじゃない。貴女も今年からでしたのね」
「ええ、カルミアお姉様。私も今年度から学院に通うことになりましたの。同級生として、よろしくお願いいたします」

  “ ミモザ ”と呼ばれた女性はドレスの裾を掴み、淑女の礼をしてみせた。
  このやり取りをぽかんとした顔で見ていたロベリアにカルミアが説明する。その横でミモザに席に座るよう促す。

「ロベリア、彼女はミモザ。ベルフラワー侯爵家のご令嬢でわたくしの従姉妹ですわ」

  カルミアに紹介されたミモザは噂の死神伯爵の令嬢を前にしても臆することなく華やかな花咲くような笑顔で挨拶をした。

「初めまして、ロベリア様。私はミモザ・ベルフラワーと申します。どうぞよろしくお願いいたしますわ」

  それはカルミアとも負けず劣らずの完璧な令嬢のようだった。

  




  
  
  
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