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4、契約婚約
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「...まさか、カルミアが言っていた話の相手がロベリア嬢のことだったとは...驚きました」
テラスの階段を降りて庭園の東屋で彼らは腰を下ろし話し込んでいた。
「それは、私もです。...確かに、ゼフィランサス様はご婚約者がいらっしゃらないとお聞きしていましたが...」
「ええ、それはそうですが...。カルミア、詳しく話を聞いていないのですが、何故、貴女がロベリア嬢の婚約者を捜しているのですか?」
「ああ、それはー...」
件の小説の事を話したところで笑われるだけだろう。そう考えたカルミアは当たり障りない範囲で答えた、はずだった。
「ゼフィランサス様、お聞きくださいな!このロベリア、もう十六歳にもなろうと言うのに未だに婚約者がいないんですのよ!!これでは気の毒ではありませんか!確かに、彼女の家はあの死神伯爵家。後ろめたい連中は大手を振って婚約を申し込めないでしょう。ですがそれ即ち、私たちは後ろめたい事をしていますと表明しているも同然!!にも関わらず未だに婚約を申し込む者が現れない!そこで、わたくしは考えたのです。親友として、ロベリアには幸せになっていただきたいですし学院で肩身の狭い思いはさせたくない。ですから、幼なじみであり幼少期のロベリアをよく知るゼフィランサス様、あなたにロベリアの婚約者になっていただきたいのです!」
くるくると、まるでオペラでも歌い上げるように回りながら大袈裟に話した。酷い言い様である。当たり障りない範囲で話すと思っていたロベリア本人は空いた口が塞がらなかった。
「それに、ゼフィランサス様は数多ある令嬢との婚約を断っておられるとか。もし、どこか想う令嬢がおられるために断っていらっしゃるならこれは契約婚約だと思っていただきたいのです」
「契約...ですか?」
「ええ、婚約者がいるとなれば令嬢たちの盾になりますし、ロベリアも肩身の狭い思いをしなくて済みますでしょう?なんなら学院卒業後に婚約破棄なさってもよろしいかと。ね、ロベリア?」
サクサクと話が進められ、ロベリアはついていくのがやっとだった。
「え、ええ...そうですね。私もゼフィランサス様が婚約者となってくだされば心強いです。ですが...私は死神伯爵家の娘。悪評が立ちかねませんし...」
インカローズ公爵家の名に傷をつけるわけにはいかない。ロベリアはカルミアと違ってあまり乗り気ではなかった。その様子にカルミアは少し落ち込んだ。ロベリア自身に非が無いことを彼女はよく知っているからだ。
「......」
ふたりの令嬢が黙り込むと、金髪の美男子ことゼフィランサスが口を開いた。
「...構いません。ロベリア嬢さえ良ければそのお話、お受けします」
ゼフィランサスのその言葉にロベリアもカルミアも驚いた様子で食いついた。
「え!?本気ですか!?私はカーディナリスですよ??ゼフィランサス様にとって有益な結婚相手ではないはずです」
「いいんですの!?わたくしとしては嬉しい答えですけれど、誰か想うお相手がいたのでは?」
目をパチパチさせながら食いついてくる令嬢の姿は少し滑稽だった。ゼフィランサスは思わず口元を隠して笑う。
「ええ、構いません。私が婚約を断っていたのは彼女たちの下心が透けて見えていたからですよ。みな、我が家紋の後ろ盾が欲しいようでしたから。それに同じ六家であるカーディナリス家のご令嬢との婚約の方が妥当だと思いますし。何より、幼なじみですからね」
そう言ってニコッと笑って見せてくれた。その笑顔にカルミアもロベリアもホッと胸を撫で下ろす。
「では!気が変わらないうちに手続きを済ませてしまいましょう!馬車を呼んできますわ!」
ロベリアよりも意気揚々とカルミアの方がご機嫌で去っていく。その後ろを見送るふたりは少し話をした。
「え、っと、ほんとによろしいのですか?無理をなさっていませんか?」
ロベリアはこんなに簡単に話が進んだことに動揺を隠せず、改めて尋ねた。
「え?無理などはしていませんよ。ご安心ください。私にとっても有難い話ですし。それに、誰と知らぬ令嬢と結婚するのも夢がないですしねぇ」
苦笑いでそう言うゼフィランサスにロベリアは呆気に取られた。
(へぇ、そんなこと言う人だったのね...)
「夢...ですか...。確かに、私たちには政略結婚が主流ですから、夢がないのは間違いないでしょうね」
「でしょう?ところで、あなたの方こそ本当に良かったのですか?カルミアが強引に押し切ったのでは?」
カルミアとゼフィランサスは「薔薇の六家」の中でも同じ公爵家でかつ家格が同等な為、六家同士でもかなり親しい間柄だ。その事から今回、カルミアがゼフィランサスに白羽の矢を立てた。が、ゼフィランサスとロベリアは小さい頃に遊んだことがあるだけで最近はご無沙汰だったのでいきなりこんな話を持ち出されても微妙な空気が流れるものだろう。ロベリアにはカルミアほどゼフィランサスに対して強引な態度を取ることが出来ない。親しさも家格も差があるのだ。
「え、ええまぁ...」
(あの小説通りにならないため、とか言えないものね)
「けど、彼女は心配してくれているのは確かですし、正直、悪趣味な油狸とかに嫁ぐのは嫌ですから」
ロベリアは言ってから口が滑ったと慌てて口を塞いでゼフィランサスの顔色を窺った。貴族の令嬢としてはあるまじき失態かもしれない。あんな口悪いところを見せるべきではなかった。些細なことかもしれないが、その些細なことが貴族社会では命取りになりかねない。ロベリアは一気に青ざめる。
(どうしよう…!!!せっかく上手く話がまとまったのに…!!)
親友の顔が脳裏をよぎり、婚約の話を白紙に戻されるかもしれない恐怖が生まれた。なんて言い訳しようかと慌てたロベリアの瞳に口元を抑えてくすくすと笑うゼフィランサスの姿が映った。
「ぜ、ゼフィランサス...様?」
困惑するロベリアを置いてゼフィランサスは声を押し殺して笑っている。
「ふっ...ふふっ...。油狸って...ふふっ」
「あ、あの...ゼフィランサス様?だ、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です..よ。そうですね。若い令嬢が嫁ぐには油狸は辛いですよね」
ツボったのかしばらく笑っているゼフィランサスにどうしていいかわからない。引かれなかったのはいいことだが、まさかこんなに笑われるとは。
「あー...久しぶりに笑いました...」
「そ、そうですか...楽しんでもらえたなら良かったです...?」
「ロベリア嬢は、小さい頃から変わっていませんね。少し安心しました」
ゼフィランサスは庭園の向こうにカルミアの姿を見つけてそちらへと歩き始めた。ロベリアも後に続く。
(小さい頃から変わってない...?私、どんなだったっけ???)
ゼフィランサスを追いかけるロベリアは恥ずかしさから赤くなる顔を隠すように手で押さえながらそんなことを考えた。
ーーそうして、舞台の幕が上がる。
ザッ...!!と、足音を立ててふたりの令嬢が学院の門の前に立つ。
「さぁ、ロベリア。行きますわよ!」
「ええ。ここからが正念場ですね...!」
令嬢ふたりの髪を木の葉とともに吹き抜ける風が舞い上げたーー...。
テラスの階段を降りて庭園の東屋で彼らは腰を下ろし話し込んでいた。
「それは、私もです。...確かに、ゼフィランサス様はご婚約者がいらっしゃらないとお聞きしていましたが...」
「ええ、それはそうですが...。カルミア、詳しく話を聞いていないのですが、何故、貴女がロベリア嬢の婚約者を捜しているのですか?」
「ああ、それはー...」
件の小説の事を話したところで笑われるだけだろう。そう考えたカルミアは当たり障りない範囲で答えた、はずだった。
「ゼフィランサス様、お聞きくださいな!このロベリア、もう十六歳にもなろうと言うのに未だに婚約者がいないんですのよ!!これでは気の毒ではありませんか!確かに、彼女の家はあの死神伯爵家。後ろめたい連中は大手を振って婚約を申し込めないでしょう。ですがそれ即ち、私たちは後ろめたい事をしていますと表明しているも同然!!にも関わらず未だに婚約を申し込む者が現れない!そこで、わたくしは考えたのです。親友として、ロベリアには幸せになっていただきたいですし学院で肩身の狭い思いはさせたくない。ですから、幼なじみであり幼少期のロベリアをよく知るゼフィランサス様、あなたにロベリアの婚約者になっていただきたいのです!」
くるくると、まるでオペラでも歌い上げるように回りながら大袈裟に話した。酷い言い様である。当たり障りない範囲で話すと思っていたロベリア本人は空いた口が塞がらなかった。
「それに、ゼフィランサス様は数多ある令嬢との婚約を断っておられるとか。もし、どこか想う令嬢がおられるために断っていらっしゃるならこれは契約婚約だと思っていただきたいのです」
「契約...ですか?」
「ええ、婚約者がいるとなれば令嬢たちの盾になりますし、ロベリアも肩身の狭い思いをしなくて済みますでしょう?なんなら学院卒業後に婚約破棄なさってもよろしいかと。ね、ロベリア?」
サクサクと話が進められ、ロベリアはついていくのがやっとだった。
「え、ええ...そうですね。私もゼフィランサス様が婚約者となってくだされば心強いです。ですが...私は死神伯爵家の娘。悪評が立ちかねませんし...」
インカローズ公爵家の名に傷をつけるわけにはいかない。ロベリアはカルミアと違ってあまり乗り気ではなかった。その様子にカルミアは少し落ち込んだ。ロベリア自身に非が無いことを彼女はよく知っているからだ。
「......」
ふたりの令嬢が黙り込むと、金髪の美男子ことゼフィランサスが口を開いた。
「...構いません。ロベリア嬢さえ良ければそのお話、お受けします」
ゼフィランサスのその言葉にロベリアもカルミアも驚いた様子で食いついた。
「え!?本気ですか!?私はカーディナリスですよ??ゼフィランサス様にとって有益な結婚相手ではないはずです」
「いいんですの!?わたくしとしては嬉しい答えですけれど、誰か想うお相手がいたのでは?」
目をパチパチさせながら食いついてくる令嬢の姿は少し滑稽だった。ゼフィランサスは思わず口元を隠して笑う。
「ええ、構いません。私が婚約を断っていたのは彼女たちの下心が透けて見えていたからですよ。みな、我が家紋の後ろ盾が欲しいようでしたから。それに同じ六家であるカーディナリス家のご令嬢との婚約の方が妥当だと思いますし。何より、幼なじみですからね」
そう言ってニコッと笑って見せてくれた。その笑顔にカルミアもロベリアもホッと胸を撫で下ろす。
「では!気が変わらないうちに手続きを済ませてしまいましょう!馬車を呼んできますわ!」
ロベリアよりも意気揚々とカルミアの方がご機嫌で去っていく。その後ろを見送るふたりは少し話をした。
「え、っと、ほんとによろしいのですか?無理をなさっていませんか?」
ロベリアはこんなに簡単に話が進んだことに動揺を隠せず、改めて尋ねた。
「え?無理などはしていませんよ。ご安心ください。私にとっても有難い話ですし。それに、誰と知らぬ令嬢と結婚するのも夢がないですしねぇ」
苦笑いでそう言うゼフィランサスにロベリアは呆気に取られた。
(へぇ、そんなこと言う人だったのね...)
「夢...ですか...。確かに、私たちには政略結婚が主流ですから、夢がないのは間違いないでしょうね」
「でしょう?ところで、あなたの方こそ本当に良かったのですか?カルミアが強引に押し切ったのでは?」
カルミアとゼフィランサスは「薔薇の六家」の中でも同じ公爵家でかつ家格が同等な為、六家同士でもかなり親しい間柄だ。その事から今回、カルミアがゼフィランサスに白羽の矢を立てた。が、ゼフィランサスとロベリアは小さい頃に遊んだことがあるだけで最近はご無沙汰だったのでいきなりこんな話を持ち出されても微妙な空気が流れるものだろう。ロベリアにはカルミアほどゼフィランサスに対して強引な態度を取ることが出来ない。親しさも家格も差があるのだ。
「え、ええまぁ...」
(あの小説通りにならないため、とか言えないものね)
「けど、彼女は心配してくれているのは確かですし、正直、悪趣味な油狸とかに嫁ぐのは嫌ですから」
ロベリアは言ってから口が滑ったと慌てて口を塞いでゼフィランサスの顔色を窺った。貴族の令嬢としてはあるまじき失態かもしれない。あんな口悪いところを見せるべきではなかった。些細なことかもしれないが、その些細なことが貴族社会では命取りになりかねない。ロベリアは一気に青ざめる。
(どうしよう…!!!せっかく上手く話がまとまったのに…!!)
親友の顔が脳裏をよぎり、婚約の話を白紙に戻されるかもしれない恐怖が生まれた。なんて言い訳しようかと慌てたロベリアの瞳に口元を抑えてくすくすと笑うゼフィランサスの姿が映った。
「ぜ、ゼフィランサス...様?」
困惑するロベリアを置いてゼフィランサスは声を押し殺して笑っている。
「ふっ...ふふっ...。油狸って...ふふっ」
「あ、あの...ゼフィランサス様?だ、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です..よ。そうですね。若い令嬢が嫁ぐには油狸は辛いですよね」
ツボったのかしばらく笑っているゼフィランサスにどうしていいかわからない。引かれなかったのはいいことだが、まさかこんなに笑われるとは。
「あー...久しぶりに笑いました...」
「そ、そうですか...楽しんでもらえたなら良かったです...?」
「ロベリア嬢は、小さい頃から変わっていませんね。少し安心しました」
ゼフィランサスは庭園の向こうにカルミアの姿を見つけてそちらへと歩き始めた。ロベリアも後に続く。
(小さい頃から変わってない...?私、どんなだったっけ???)
ゼフィランサスを追いかけるロベリアは恥ずかしさから赤くなる顔を隠すように手で押さえながらそんなことを考えた。
ーーそうして、舞台の幕が上がる。
ザッ...!!と、足音を立ててふたりの令嬢が学院の門の前に立つ。
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