アラヌスと海底遺跡

紗吽猫

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第四章 封印の間

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二人が辿り着いたのは、二つのドラゴン像が向かい合わせに置かれている中央の錠と鎖で厳重に閉じられている巨大な石で出来た重厚な扉が印象的な部屋だった。 まるで何かを封印しているようだ、とアラヌスは思った。重々しい空気が漂う。二人は、食い入るようにその光景を見る。よく見ると、巨大な扉には文字が書かれているのがわかる。だが、先程の部屋で見た石盤のような読める文字ではなく、おそらく、この建物が建築された年代に使われていた文字だ。その上、書かれた文字は、削れていてほとんど読める状態にはなかった。

「行き止まりか…」

アラヌスはドラゴン像と巨大な扉を見比べたり、入ってきた入口や他の壁を見てみる。ここもまた、大きな箱の中にいるような、四角い空間のようだ。ただ、扉やドラゴン像を照らし出す松明はあるが、周囲の壁を照らし出す明かりはないので、アラヌスが立つ中央付近からでは壁の詳細はわからない。

「おかしいわね。道、間違えたのかしら」

ルチーナも入口からアラヌスの近くまで歩いてくる。アラヌスの指先の火の魔法が二人をほんのり照らし出す。

「おっかしいなー。道なりに来たはずなんだけどな…」

火の魔法で照らし出された道を歩いてきたのだ。何処かに部屋でもあったのだろうか。

「どうするの?先に進むにはあの大きな錠に見合う鍵が必要よ。でも、そんなものなかったじゃない」

「うーん。まぁ、素直に考えれば他にも道があったんだろうなぁ。やっぱ蝋燭ほどの明かりじゃ見落としも多いってことかぁ」

アラヌスは指先の明かりを見つめながら言った。正直なところ、空気穴も窓も無いこの建物内にどれだけ酸素があるのかもわかっていない。下手に大きな火を出して、酸素濃度を減らすわけにはいかない、そう考えて蝋燭ほどの明かりにしたのだが…。今回は、小さな明かり故に見落としてしまったらしい。

「戻りましょう」

そう、声が聞こえてアラヌスはルチーナの方を見た。彼女はすでに入口の方にいた。

「ルチーナ?急にどうしたんだよ」

「何をぼさっとしてるわけ?来た道戻って他の部屋とか探すわよ」

そう言うと、ルチーナはすたすたと来た道を戻り始める。明かりもないのに勇気あるな、と暗闇に壁伝いに手をつきながら消えていく姿をアラヌスはぼんやりと見つめて、ハッとして、慌てて後を追った。

「ほら!やっぱりあったじゃない!他にも道があったのよ!」

ルチーナは壁伝いに歩いていたからか、別の道を見つけることが出来た。とても嬉しそうにそれを伝えようと後ろを振り向いたが、そこにアラヌスの姿はなかった。

「え……ちょっ…ちょっと、アラヌス?何処にいるのよ?」

どれだけ目を凝らしても、目の前の壁以外に見えるものはなく、闇が広がっている。てっきり後ろについてきていると思っていたルチーナは、一気に不安になってしまった。

ーどうしよう。戻ろうか?でも、すれ違いになるかもしれないし…ー

「アラヌスー?いないのー?」

問い掛けてみるが返事はなかった。
もしかしたら別の道を見付けてそっちに行ってしまったのかもしれない。
ここで待っていても時間がもったいない。ルチーナは意を決して見付けた道の先に進んでみることにした。

「んー?ここはー…」

歩き続けた先に辿り着いた。そこは行き止まりとも言える小さな部屋だった。
だがそこに、彼女の姿はない。

「ルチーナ?いないのかー?」

小さな部屋を蝋燭ほどの明かりで照らして回ってみる。何やら、部屋の奥に小さな祭壇と碑文があることに気が付いた。祭壇に置かれている花瓶にはもう何も飾られていないし、祀ってあっただろう台座の上には何も置かれてはいなかった。すっかり荒れ果てていて、確かに存在していた証だけを残しただけになっている。
蝋燭ほどの明かりでもそれなりに照らし出せる小さな部屋のどこにも、ルチーナの姿はなかった。どうやら、追いかける間に違う道に来てしまったようだ。明かりもないのに大丈夫だろうか…?そう思いながら、ひとまず碑文を読んでみることにした。

ーー 光の都、神の子ここに眠る 大いなる樹、世界を支える柱とならん ーー

「まただ…これも読める…。どういうことなんだ?あの巨大な石扉の文字は古代文字っぽくて読めなかったのに、柱の石盤といい、この碑文といい、なんで読めるんだよ…」

アラヌスは足元に落ちていた布を拾う。風化していて持っただけでぼろぼろと破れていったが、その端には扉に書かれていた文字と同じ文字で何か書かれていた。やはり、この文字が、この建物の時代で普通に使われていた文字なのだと確信した。では何故、石盤や碑文の文字は自分たちにも読める文字で書かれているのだろうか。
一抹の不気味さや違和感は拭えなかったが、いつまでもルチーナを放っておくわけにもいかない。来た道を戻ろうとした時、ふと部屋の入口付近の床にある紋章に気が付いた。

「紋章…?双頭の…何これ、鳥?不死鳥みたいなもんかな?」

王冠を被った双頭の胴体、広げた翼、三つに分かれた尾。鳥のような生き物が六芒星の中心に描かれている。アラヌスはそれが紋章であることにすぐ気づいたが、残念ながら、彼の知る遺跡の中に同じような紋章の物はなかった。共通しているとすれば、六芒星くらいだが…。

「六芒星なんて、今でも使われてるからな…歴史が長いことはわかってるけど…」

年代や建物の用途などを推察するには双頭の鳥について調べてみるしかないようだ。しかし、今、手元にそれを調べられる物はない。ポケットから連絡鏡を取り出してみる。ここに来てから一切触ってなかったと鏡に触れてみるが反応がない。

「駄目か…」

もし、通じるなら友人に調べてみてもらおうと思ったのだが、そういうわけにもいかないようだ。ひとまず、遺跡探検の七つ道具であるメモとペンで、手掛かり等をメモした。柱の石盤のことも記しておいたのでもう一度目を通してから、ルチーナを捜しに行くことにした。





ルチーナが辿り着いた先は行き止まりになっていた。天井が崩れて道が塞がれている。そして、そこで初めて外を見ることが出来たのだ。

「魚が…泳いでる…」

暗い深海なのだろうか、光はほとんど入らない。ただ、真っ暗な訳ではない。ディープ・ブルーのような、鯨の墓場のような真っ暗な深海というのではなく、そこそこ水深の深い場所というように微かな光は届いていた。

「そう、ここは…アラヌスが言ってたように…本当に海底遺跡だったのね…」

天井が崩れて出来た穴を見上げる。不思議と水が入ってくることはない。この海底遺跡に張られた魔法などのおかげか。海底遺跡で壁の至るところにヒビが入っているわりに形を保っているのは魔法に守られているからだろう。ルチーナはそういった魔法があることを知っていた。
視線を落とし、崩れていた天井の破片を見る。その中に、柱の石盤にように、不思議と読むことの出来る文章が書かれていることに気が付いた。

「勇ましき者、天より大空の力授かりし時 勇ましき者、太陽の剣にて竜を討つ」

また、よくわからない内容だなと思った。柱の石盤ともなんだか違う内容のようだった。

ー おかしな遺跡ね ー 

心の中でそう呟いた。まるで、何かを伝えたいみたいだ。わざわざ用意しているように思える。誰か、何かの意思が働いているかのよう。だとすれば、このまま先に進んでもいいのだろうか。引き返した方がいいんじゃないか。そうは考えてみたものの、遺跡好きのアラヌスが素直に引き返すわけもないと思った。きっとここが海底遺跡だと知ればますます大喜びで原因究明だなんだと張り切るだろう。そういう奴だ、とため息を吐いて、来た道を戻ることにした。




暗闇の中を壁伝いに戻る。そろそろ元の道に着くかという時、不安を拭う声がした。

「……ルチーナ?」

声を掛けられて視線をそちらに向ける。そこには蝋燭ほどの明かりに照らされたアラヌスが立っていた。きょとんとした顔をしてこちらを見ている。

「やっと見つけたー。こっちにいたのか」

「あ、アラヌス…!何処に行ってたのよ…!?」

思わず声が大きくなる。ルチーナはアラヌスの下に駆け寄った。アラヌスも嬉しそうに笑っている。二人は合流出来たので、別れていた間の情報交換をするため、他にも部屋や道が無いかを確認した後、先程のドラゴン像がある場所まで戻った。


「さて、じゃあ別れていた間の情報交換といこう。また柱の石盤みたいな文章があったぞ。これも読むことが出来た」

メモを片手にアラヌスは話す。

「私も見つけたわよ、謎の文章。石盤じゃなくて天井板だったけれど」

「天井板ぁ?明かりもないのによく書かれてるって気づいたな」

アラヌスはルチーナの顔をまじまじと見る。その視線に気づいたルチーナは少し動揺した。

「あのね、天井が崩れてて進めなかったのよ。天井の開いた穴から微かな光が差し込んでいたの。それで足元に落ちていた天井板に気づいて、文字も読めたのよ。あ、そうそう」

ルチーナはここで一度区切って、ニコッと笑ってみせた。

「ここ、海底遺跡で考えていいと思うわよ!開いた天井の穴から見えたの。魚も泳いでるのを見たわ」

その言葉にアラヌスの目は輝いた。

「まじか!!やっぱりな!」

「やっぱり?」

「ああ、別れていた間に見つけた部屋にさ、祭壇とか紋章とかあってさ。多分、祀りの一環で使われてたんだろうけどな、紋章は遺跡によくあるシンボルなわけだから、ここが目的あって使われてた遺跡だっていうのは確信してたんだよ」

アラヌスは嬉しそうに語った。改めて周囲を見渡す。重苦しい雰囲気も遺跡と知れればそのテンションは上がっていく。さっきまでの不気味さや違和感などすっかり忘れてしまったアラヌスはメモをペラペラと捲りながら嬉々としてさらに力説し始めた。

「ここが遺跡ならきっとこれらの文章にも意味があるはずなんだ!大体、オレらにも読める文字って時点で遺跡の人達が何かを伝える為に残した魔法なんだよ。どうやって魔法を残してるのかはわかんないけどな。」

アラヌスはぐるぐると歩きながら続ける。

「柱の石盤には」

ーーこの地にそびえし神の城 嵐神さえ住まうは天空城 石の道をのぼらんーー 

「オレが見つけたのは」

ーー光の都、神の子ここに眠る 大いなる樹、世界を支える柱とならんーー

「で、ルチーナが見つけたのが」

ーー勇ましき者、天より大空の力を授かりし時 勇ましき者、太陽の剣にて竜を討つーー

「だったと思うわよ」

「りょーかい。で、最後二人で戻ってくる前に見つけたのが、途中の壁に書かれていたやつ」

ーー見上げるは大空 我らすべて天に捧げる時 天神、天より地に降り立つーー

「ええ、それであってるわ」

ここまで聞いていたルチーナが口を挟む。

「ねえ、聞いてても意味があるように聞こえないわよ?」

その言葉に、はたとアラヌスは動きを止めて、ルチーナを見た。そして、ガックリしたように、

「そうなんだよ…まだ手掛かりが足りないんだよぉ」

と言って頭を抱えてその場に座り込んだ。
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