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エピローグ 暁のシジル①

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「よっ!!」

   ぴょん、と魔法陣から降りる。
   そこは宿屋の部屋の中。世界の歪を目指して出て行った時のまま、荷物もベッドの上でひっくり返った布団も、全部そのままだ。
   その様子を見て、やっと帰ってきたんだと実感する。オルメカはそのまま自分が寝ていたベッドの上に倒れ込むように寝転がった。

「あー!帰って来たー!」

   そう言いながら大の字で伸びをする。
   時間にして言えば二日間程度のことだが、なんだか長く旅していて久しぶりに帰ってきたような感覚だ。

   ボフッとベッドに飛び込むようにアリスもオルメカの横に寝転がる。

「お布団気持ちいいですー」

   掛け布団に抱きついてすりすりしている。
   その様子がなんとも可愛らしい。オルメカは至福の笑みでアリスを眺めている。
   カタンと椅子をずらしてソロモンが座る。
   ちらりと窓の外を見てみる。そこにはもういつも通りの日常が広がっている。時刻はお昼時を過ぎた頃だろうか。空を見てみても、その空の何処にも世界の歪と呼ばれる時空の捻れ現象は無かった。どうやら既に出入り口は閉じていたようだ。オルメカの準備のよさに感心する。
   視線を部屋の中に戻し、ベッドの上でごろごろしている二人を見る。

   しばらく二人の様子を眺めて、それから重い口を開いた。

「…面倒かけてすまなかったな」

   静かな声が部屋に響いた。
   むくりと起き上がり、ベッドの端にオルメカとアリスが座る。

「…それと、迎えに来てくれてありがとう」

   困った様に笑いながらソロモンは言った。それに対して、

「どういたしまして!」

   オルメカは笑顔で返した。
   その笑顔を見たソロモンは何処か泣きたい気持ちになった。
   ぐっと涙を堪える。

「…怒らないんだな」

「怒る?何で?」

   ソロモンの脳裏にはシャアムに言われた事が何度も過る。

「…今回のことは、全部俺のせいだ。だから…」

   その言葉の続きを無くす。

「…怒られても当然って?」

「……」

   椅子に座り、俯いたまま黙り込んだソロモンの前に、オルメカは仁王立ちで立つ。アリスはハラハラしたようだが、すぐに問題ないと判断出来た。

「私が怒るとしたら…」

   バンッ!!とソロモンの座る椅子の前にあるミニテーブルに叩きつけるように手を付く。

「奥さんがいたことを直接本人から聞いていなかったことだね!!」

   むすーっとした顔でソロモンに言う。顔を上げたソロモンの目の前に拗ねた様子のオルメカの顔があった。
   思わず目をぱちくりさせるソロモン。

「まぁ、別に奥さんがいようがいまいが問題ないんだよ!いや、ほんとはあるけど」

   いや、どっちなんだよと思わず突っ込みそうになったソロモンは、ガクッと肩を落とす。

「何て言うかそーゆー重要なことはやっぱ直接教えてほしいじゃんか。そりゃまーあんまり過去に触れない方がいいんだろうと思って私も聞かなかったけどさ!」

「でもさ!」と口を尖らせて続ける。

「知ってたら今回のことだってもっと早くに対処出来てたかも知んないじゃん??だからねーやっぱ寂しく思うわけですよ」

   両手を広げて、やれやれ、といった仕草をする。それは茶化しているのか真剣なのかいまいちわからない。

「…気にするのか?そういうのは」

   いつも通りの彼女の様子を見て少し安堵する。

「んー、あんまり」

   ポリポリと頬を掻く。

「でも、今回みたいな場合は教えてて欲しかったな」

   オルメカはそう話しながら再びベッドに腰掛ける。腰掛けた所へ、アリスが寄ってきて、ぴたっとくっつく。どうやらオルメカの傍は安心するらしい。そのままアリスはソロモンの方を見ている。

「もうこの際だから聞いちゃいますけど、結局なんでナアマはあんなことしたの?理由に心当たりあるんだよね?」

   ベッドに腰掛け、靴を脱いで足をぶらぶらさせる。

「ソロモンが独りで生きてきた事と関係ある感じ?てかぶっちゃけ何があったの?」

   ストレートに聞いた。ここまで来たら今更だ。
   じっ、とオルメカがソロモンを見つめる。一切、視線を反らさないので、ソロモンは観念したように話し出した。彼女の緑色の瞳に自分が映っているのが見えたのだ。

「…はぁ。…何処から話せばいいか…」

   ソロモンはポツリ、ポツリと話し始めた。

ー… 俺は、古代イスラエルの第三代の王で、父はダビデで母はバト・シェバだ。その間に生まれた。後に王となった俺はエジプトに臣下の礼をとり、ファラオの娘を降嫁することで安全保障を確立し、古代イスラエルの最盛期を築くことが出来たと考えている。
このファラオの娘と言うのがナアマだ。
だが、母のバト・シェバはダビデ王の家臣ウリヤの妻だった。つまり、俺は不義の子、というわけだ。

   不義の子が王となれば当然、快く思わない者も出てくる。どれだけ国を立ち上げようしても宮内には俺の敵ばかりだった。
…それでも、ナアマは俺の味方だった。…だが、俺は次第に耐えきれなくなった。


「耐えきれなくなった…?」

   それでも黙って聞いていたオルメカが呟く。
   ソロモンはこくりと頷く。

「ああ。重圧と宮内の不和にな。…その頃の俺は、魔術に没頭するようになっていた。…召喚魔法もな」

「じゃあ、その時に悪魔と契約をしたんですか?」

   アリスも話に加わる。

「ああ、そうだ」


ー… 悪魔達との契約には、俺の寿命を使った。全部で72柱だ。俺が死ぬとき、魂はあいつらが持っていく。その代わり、俺は歳を取らなくなった。だが、それがきっかけで余計に俺の立場は悪くなった。
   それだけじゃない、歳を取らなくなったことで、化け物を、幽霊を見るような目で見られるようになった。…それは、ナアマも例外じゃなかった。

「え、じゃあ、ナアマは…」

   驚いたオルメカだったが、ソロモンは目を伏せたように目線を反らすだけだった。

「…化け物を見るような目で見てきたよ。彼女もな」

「そんな…!酷いです…!お兄さんは化け物なんかじゃ…」

   アリスはショックを受けたようだ。しょんぼりしている。
   その様子を見て、ソロモンは少し嬉しく思った。

「そうだよ!ソロモンのどこが化け物なのさ!」

   ぷくーっと頬を膨らませてアリスをぎゅーっと抱き締めて頭を撫でている。二人してプンプンと怒っている。

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