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邂逅逸話 暁のシジル 解④-6
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…あれは…砂…!?
血の代わりにその身体から飛び出たのはさらさらの砂。その光景に、オルメカだけでなくその場にいた全員が驚いた。この空間や、兵や、建物だけでなく術者本人も泥人形…砂で出来ていると言うことだろうか。
ナアマは斬りつけられた傷口から流れ出る砂に気づき、手で隠しながら後ろに一歩下がる。
「…っ」
キッとオルメカを睨む。指の間からさらさらと砂がこぼれ落ちる。
「貴女…」
メイジーが何か言おうとした。しかし、その言葉の続きを遮るようにナアマが杖を高く上げ、勢い良く床に突き刺した。
ザクッ!!
突然のその行動に驚いた一同が呆気に取られていた次の瞬間、勢い良く床に突き刺さった杖の先端から、一気に地割れのように床にヒビが走る。
「「!?」」
ビシビシ…!!!
けたたましい音が建物全体に響き渡る。それと同時に建物全体が振動する。
ゴゴゴゴゴ…。
鈍い音を立てて振動し、天井からパラパラと砂が落ちてくる。
今にも建物が崩れそうだ。
そう直感したシャアムが声を上げた。
「…っ!あかん!!撤退すんで!!」
その表情は真剣そのものだ。普段のへらーとした笑顔はない。
「その女、全員もろとも心中するつもりや!!!」
そう叫んでシャアムは王の間の扉に向かう。アリスとメイジーも後に続く。
「お姉さん!お兄さん!」
王の間の扉の前で、アリスが振り向いて声を上げた。だが、二人はまだ部屋の奥にいる。
ソロモンは玉座の所に。オルメカは部屋の奥、ナアマが立つ付近に。
「何をしているの!!急ぎなさい!!!」
メイジーが今までに聞いたことがない切羽詰まった勢いで叫んだ。その声で、魔法が解けたばかりで方針状態だったソロモンがハッと我に返る。バッ!と周囲を見渡し、瞬時に状況を確認する。
最もオルメカの立ち位置に近かったソロモンは、彼女の方を向いて、初めて気が付いた。未だに彼女がナアマの近くに立ったままな理由。
「…っ!オル!!」
状況を確認したソロモンは咄嗟に身体が動いていた。
オルメカの足下に床から伸びた土色の腕。それが、彼女の足を掴んでいたのだ。だから彼女はその場を動けずにいたのだ。
「…ふふっ…お前だけは許さないわ…傲慢の女…」
ハァハァと息を切らしながらナアマは言う。
「…ナアマ…あんた…」
オルメカが答えるように呟いた。だが、その言葉にナアマは激昂した。
「っ!お前ごときに名を呼ばれるなんて不愉快だわ!!お前のような傲慢の女に…私から夫を奪っておいて良くぬけぬけとしていられるわね!!!この泥棒猫!!!」
叫ぶ度に、ナアマの身体が傷口から綻んでいく。
「返して……返し、なさいよ……」
ポロポロとナアマの瞳から滴が零れ落ちる。その滴は、彼女が話す度に大粒になって床を濡らしていく。
「私には…もう、なにも、ないの…。国も、家族も、息子も失った…」
建物の床や壁から土色…泥で出来たような腕が、ボコッボコッと音を立てて突這い出てくる。それはまるで死人がゾンビとなり墓地から這い出てくるような不気味な様だ。これが真夜中の暗い場所であったなら、間違いなく悲鳴を上げていたことだろう。幸いか、今ここは暁に染まっているとはいえ、まだ視界にはっきりと景色を見ることが出来る。
ナアマの涙に濡れた悲痛な顔も、良く見えた。徐々に崩れていくその身体も。
「返して……返し、て……」
嗚咽を漏らしながら、ナアマが啜り泣く。
その様子に、オルメカも、彼女を助けようとしたソロモンも、扉の近くで事の流れを見ていたアリス達も、何も出来なかった。
建物が揺れ、杖を中心にヒビが走る。事は一刻を争うが、それでも、その姿に誰もが目を離せなかった。
きっとそれは同情と呼べる感情からだったろう。
だが、同情という感情は、時に牙を向く。
啜り泣くかつての妻にソロモンが声をかけようとしたその瞬間、それは牙を向いた。
ナアマはガッ!と杖を両手で掴むと、
「全部返しなさいよおおおおおお!!!」
そう狂気じみた表情をしながら、もう一度思いっきり振りかざして床に再び突き立てた。
杖を中心に魔方陣が展開し、床や壁から突き出ていた土色の腕…泥の腕が、今度はオルメカのみならずメイジー達三人も、それにソロモンまでもを明確な意図を持って襲ってくる。
「…!?」
「あかん!!タイムアウトや!!」
咄嗟にシャアムはアリスを担いだ。このまま城内に留まるのは良くない。先程の魔法で一気に限界が近づいたようだ。
「先行くで!!」
そう言ってからシャアムはアリスを担いだまま王の間を後にする。
それを見届けたメイジーも、
「死にたくなかったら、早くなさい!!」
と、言い残して先に出た二人を追った。
「え!?うそ!!まじで行っちゃった!!?」
いきなりポンと置いてきぼりにされたオルメカは必死に足を掴む泥の腕を短剣で斬るが、すぐさま再生してしまい、離れては捕まれ、離れては捕まれを繰り返し、思いように走れない。
「…っ!!もう!!」
焦りと苛立ちで余計に上手くいかない。その様子を見ていたナアマがニヤリと笑う。泣き腫らした顔で。歪にヒビが入り、砂が欠けていく身体で。
愉悦に浸ったように笑っていたが、その視界にソロモンが横切ったことで驚いたような表情が貼り付く。
ソロモンが召喚したままだったマルコシアスにオルメカの足を掴む泥の腕を潰させた。オルメカをひょいとお姫様抱っこで持ち上げる。これにはオルメカも目が点になる。
…今さらっと持ち上げたね?この人。お姫様抱っこされたの初めてだよ???
思わずソロモンの顔をガン見する。
だが、その視線はナアマに注がれていて、オルメカからは表情は読み取れなかった。
「…どう、して」
ポツリとナアマが呟く。
その呟きにソロモンが答えた。
「…すまない」
そう一言だけ答えた。それはナアマにとってどれほどの絶望を意味したことだろう。
「何故…その女を選ぶの……っ。貴方の妻は…私でしょう!!?」
その叫びと共に、王の間の天井が一部崩れ落ち、ドシャ!と大きな音を立てて砂に還る。このまま居続けては城もろとも泥に埋もれる。
ソロモンは踵を返して扉の方へ向かう。そこまでの道は、マルコシアスとフルカスが泥の腕を潰して固め、用意していた。泥の腕は再生する力があるが、悪魔ともあろう高次元の存在に叩きのめされると、二度とその腕が再生することはなかった。
この理由は、後で知ったのだが、フルカス曰く「人間の魔法など悪魔や神などの高次元の存在からすれば虫けらのようだ」と。彼らの内包する魔力で人間の魔法程度なら魔法を構成する式から潰してしまえたらしい。
扉に向かって走り出したソロモンの背中をナアマが追いかけようとしたが、崩壊し始めていた身体がそれを阻害する。足首より下が崩壊し砂に戻ってしまったのだ。バランスを崩し、その場に手と膝をつき倒れ込む。彼女の悲痛な叫びが王の間を後にしたソロモンとオルメカの耳に届いた。
「置いていかないでええええええ」
その叫びの後で、王の間の方角から、ドオオオオン!と大きな何かが落ちるような、崩れるような音がした。それが意味することはー…。
オルメカはソロモンの腕の中で彼の表情を読もうとしたが、前を真っ直ぐ見ていたからかはっきりとした表情は読み取れなかった。今、彼はどんな思いでいるのだろう。
「あれでよかったの?」そう聞きたかった。けれど、それは聞いてはいけない気がした。オルメカを支える手に力が籠っていたからだ。察することしか出来ないが、ソロモンにとっては苦渋の決断だったのかもしれない。いや、きっとそうなんだろう。
言葉を飲み込み、オルメカはソロモンに身を任せることにした。
ソロモンは黙ったまま、先に出たシャアム達の後を追ったー…。
血の代わりにその身体から飛び出たのはさらさらの砂。その光景に、オルメカだけでなくその場にいた全員が驚いた。この空間や、兵や、建物だけでなく術者本人も泥人形…砂で出来ていると言うことだろうか。
ナアマは斬りつけられた傷口から流れ出る砂に気づき、手で隠しながら後ろに一歩下がる。
「…っ」
キッとオルメカを睨む。指の間からさらさらと砂がこぼれ落ちる。
「貴女…」
メイジーが何か言おうとした。しかし、その言葉の続きを遮るようにナアマが杖を高く上げ、勢い良く床に突き刺した。
ザクッ!!
突然のその行動に驚いた一同が呆気に取られていた次の瞬間、勢い良く床に突き刺さった杖の先端から、一気に地割れのように床にヒビが走る。
「「!?」」
ビシビシ…!!!
けたたましい音が建物全体に響き渡る。それと同時に建物全体が振動する。
ゴゴゴゴゴ…。
鈍い音を立てて振動し、天井からパラパラと砂が落ちてくる。
今にも建物が崩れそうだ。
そう直感したシャアムが声を上げた。
「…っ!あかん!!撤退すんで!!」
その表情は真剣そのものだ。普段のへらーとした笑顔はない。
「その女、全員もろとも心中するつもりや!!!」
そう叫んでシャアムは王の間の扉に向かう。アリスとメイジーも後に続く。
「お姉さん!お兄さん!」
王の間の扉の前で、アリスが振り向いて声を上げた。だが、二人はまだ部屋の奥にいる。
ソロモンは玉座の所に。オルメカは部屋の奥、ナアマが立つ付近に。
「何をしているの!!急ぎなさい!!!」
メイジーが今までに聞いたことがない切羽詰まった勢いで叫んだ。その声で、魔法が解けたばかりで方針状態だったソロモンがハッと我に返る。バッ!と周囲を見渡し、瞬時に状況を確認する。
最もオルメカの立ち位置に近かったソロモンは、彼女の方を向いて、初めて気が付いた。未だに彼女がナアマの近くに立ったままな理由。
「…っ!オル!!」
状況を確認したソロモンは咄嗟に身体が動いていた。
オルメカの足下に床から伸びた土色の腕。それが、彼女の足を掴んでいたのだ。だから彼女はその場を動けずにいたのだ。
「…ふふっ…お前だけは許さないわ…傲慢の女…」
ハァハァと息を切らしながらナアマは言う。
「…ナアマ…あんた…」
オルメカが答えるように呟いた。だが、その言葉にナアマは激昂した。
「っ!お前ごときに名を呼ばれるなんて不愉快だわ!!お前のような傲慢の女に…私から夫を奪っておいて良くぬけぬけとしていられるわね!!!この泥棒猫!!!」
叫ぶ度に、ナアマの身体が傷口から綻んでいく。
「返して……返し、なさいよ……」
ポロポロとナアマの瞳から滴が零れ落ちる。その滴は、彼女が話す度に大粒になって床を濡らしていく。
「私には…もう、なにも、ないの…。国も、家族も、息子も失った…」
建物の床や壁から土色…泥で出来たような腕が、ボコッボコッと音を立てて突這い出てくる。それはまるで死人がゾンビとなり墓地から這い出てくるような不気味な様だ。これが真夜中の暗い場所であったなら、間違いなく悲鳴を上げていたことだろう。幸いか、今ここは暁に染まっているとはいえ、まだ視界にはっきりと景色を見ることが出来る。
ナアマの涙に濡れた悲痛な顔も、良く見えた。徐々に崩れていくその身体も。
「返して……返し、て……」
嗚咽を漏らしながら、ナアマが啜り泣く。
その様子に、オルメカも、彼女を助けようとしたソロモンも、扉の近くで事の流れを見ていたアリス達も、何も出来なかった。
建物が揺れ、杖を中心にヒビが走る。事は一刻を争うが、それでも、その姿に誰もが目を離せなかった。
きっとそれは同情と呼べる感情からだったろう。
だが、同情という感情は、時に牙を向く。
啜り泣くかつての妻にソロモンが声をかけようとしたその瞬間、それは牙を向いた。
ナアマはガッ!と杖を両手で掴むと、
「全部返しなさいよおおおおおお!!!」
そう狂気じみた表情をしながら、もう一度思いっきり振りかざして床に再び突き立てた。
杖を中心に魔方陣が展開し、床や壁から突き出ていた土色の腕…泥の腕が、今度はオルメカのみならずメイジー達三人も、それにソロモンまでもを明確な意図を持って襲ってくる。
「…!?」
「あかん!!タイムアウトや!!」
咄嗟にシャアムはアリスを担いだ。このまま城内に留まるのは良くない。先程の魔法で一気に限界が近づいたようだ。
「先行くで!!」
そう言ってからシャアムはアリスを担いだまま王の間を後にする。
それを見届けたメイジーも、
「死にたくなかったら、早くなさい!!」
と、言い残して先に出た二人を追った。
「え!?うそ!!まじで行っちゃった!!?」
いきなりポンと置いてきぼりにされたオルメカは必死に足を掴む泥の腕を短剣で斬るが、すぐさま再生してしまい、離れては捕まれ、離れては捕まれを繰り返し、思いように走れない。
「…っ!!もう!!」
焦りと苛立ちで余計に上手くいかない。その様子を見ていたナアマがニヤリと笑う。泣き腫らした顔で。歪にヒビが入り、砂が欠けていく身体で。
愉悦に浸ったように笑っていたが、その視界にソロモンが横切ったことで驚いたような表情が貼り付く。
ソロモンが召喚したままだったマルコシアスにオルメカの足を掴む泥の腕を潰させた。オルメカをひょいとお姫様抱っこで持ち上げる。これにはオルメカも目が点になる。
…今さらっと持ち上げたね?この人。お姫様抱っこされたの初めてだよ???
思わずソロモンの顔をガン見する。
だが、その視線はナアマに注がれていて、オルメカからは表情は読み取れなかった。
「…どう、して」
ポツリとナアマが呟く。
その呟きにソロモンが答えた。
「…すまない」
そう一言だけ答えた。それはナアマにとってどれほどの絶望を意味したことだろう。
「何故…その女を選ぶの……っ。貴方の妻は…私でしょう!!?」
その叫びと共に、王の間の天井が一部崩れ落ち、ドシャ!と大きな音を立てて砂に還る。このまま居続けては城もろとも泥に埋もれる。
ソロモンは踵を返して扉の方へ向かう。そこまでの道は、マルコシアスとフルカスが泥の腕を潰して固め、用意していた。泥の腕は再生する力があるが、悪魔ともあろう高次元の存在に叩きのめされると、二度とその腕が再生することはなかった。
この理由は、後で知ったのだが、フルカス曰く「人間の魔法など悪魔や神などの高次元の存在からすれば虫けらのようだ」と。彼らの内包する魔力で人間の魔法程度なら魔法を構成する式から潰してしまえたらしい。
扉に向かって走り出したソロモンの背中をナアマが追いかけようとしたが、崩壊し始めていた身体がそれを阻害する。足首より下が崩壊し砂に戻ってしまったのだ。バランスを崩し、その場に手と膝をつき倒れ込む。彼女の悲痛な叫びが王の間を後にしたソロモンとオルメカの耳に届いた。
「置いていかないでええええええ」
その叫びの後で、王の間の方角から、ドオオオオン!と大きな何かが落ちるような、崩れるような音がした。それが意味することはー…。
オルメカはソロモンの腕の中で彼の表情を読もうとしたが、前を真っ直ぐ見ていたからかはっきりとした表情は読み取れなかった。今、彼はどんな思いでいるのだろう。
「あれでよかったの?」そう聞きたかった。けれど、それは聞いてはいけない気がした。オルメカを支える手に力が籠っていたからだ。察することしか出来ないが、ソロモンにとっては苦渋の決断だったのかもしれない。いや、きっとそうなんだろう。
言葉を飲み込み、オルメカはソロモンに身を任せることにした。
ソロモンは黙ったまま、先に出たシャアム達の後を追ったー…。
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