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邂逅逸話 暁のシジル 解④-4
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オルメカは再度精霊を召喚しようと手を前に翳す。それを見たアリスが咄嗟に「無茶しないでくれ」と言おうと口を開いた瞬間、二人の背後、王の間の扉の方から声が聞こえた。
ー 〈 百花繚乱・枝垂柳〉ー
声の後、泥人形の魔法隊の頭上に複数の魔法陣が枝垂柳を描く様にひと繋ぎに展開し、その魔法陣から無数に魔法の矢が飛び出し、それが無数に降り注ぐ。
その一撃で半数程は減っただろうか。
オルメカはこの攻撃の主を知っている。
側近の女が減った分をすぐさま補充する。
「だ、誰です…!?まさか、ネズミの方か…!!!」
チッと舌打ちをする。
「あれだけの兵を用意したというのに…!!!」
その呟きに答えるかのように声が降ってくる。
「ネズミやからちょこまか動くんやで」
その声に反応して側近の女だけではなくオルメカも声の方を見上げた。
視界を横切るようにその影は玉座の方へ飛んでいく。正確には側近の女の方へ、だ。
「我らが王に近づくでない!!」
カッとなった側近の女はその人影目掛けて魔法の土の礫を作り出し、全弾を撃ち込む。だが、その攻撃はカカカッ!と、暗器によって全て弾かれる。
「なっ…!!!」
その弾かれた礫が側近の女の方に返され、ローブを剥ぎ取った。
「!?」
パサッとローブが床に落ちるのと同時に人影が床に着地する。シャアムだ。
「へーえ。あんたそないな顔してたんやなぁ」
ローブの下には褐色の肌と長い黒髪の女の姿があった。大きな耳飾りと髪飾りが漆黒の髪に良く映えている。
…一言で言えば、相当な美人だ。
漆黒の長い髪は緩い三つ編みを作り、後ろで一つに束ねている。
「…こんな屈辱…初めてだわ…!!!」
ギリィ…と唇を噛む。杖を両手で強く握りしめている。
「…あんたが…」
こんな綺麗な身なりの女性が、何故こんなことを…。
それからどうにも気になるのは他の人間のことだ。彼女は必要がないと言っていたが、ここまで王の間で暴れているのに、何故誰も来ないんだろう。
「…貴女一人なのでしょう?術者は」
スッ…と、オルメカの横に立ったのはメイジーだ。何か悟ったように話す。
「凄いわね。この国も城も人々も、全部貴女の魔法なのでしょう?」
それは驚愕の台詞だった。そんなこと、たった一人の人間に出来るというのだろうか。
「うそ…まさかそんな事って…」
驚愕の表情を見せるオルメカとアリス。
「私は此処の事をクローズド・サークル、と称したのだけれど、違ったみたい。此処は…貴女の箱庭ね?」
優しい声でそう言った。
箱庭、とはどういうことだろう。メイジーは何を見てきたのだろうか。
「…どういう事?」
そう聞いてくるオルメカをちらりと見て、また視線を側近の女に戻してから続きを話す。
「…書斎を見たわ。あそこはまるで展示のように飾り付けられていたのだけれど、どの資料も古代のイスラエル…第三の王、ソロモンの時代について書かれた物ばかりだったわ。…それにここの全てに共通する点がある」
共通する点がある。国も城も人々をにも共通する点…。
考えて、はたと気付く。
「…あっ。土…?土魔法…?」
そう言えばそうだった。何もかもが土で作られている。そう、兵隊でさえも、だ。そして側近の女は土属性の魔法を頻繁に使っている。
「そっか…だからここはあの女の作り出した箱庭ってわけか」
ではこの箱庭は一体、誰のため?
「……」
側近の女は黙っている。泥人形の魔法隊もその動きを止めていた。その表情はこちらからは口元の布で読めなかった。
そんな様子を見ていたシャアムは玉座に座するソロモンの隣まで行き、肘掛けに腰掛ける。
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「あんさんはさぁ。あれちゃうん?ソロモンの奥さんやった人」
その言葉にぴくりと側近の女が反応する。と、同時にオルメカも反応した。
…は?奥…さん…??ソロモンの…?
正直に言うと、何を言っているのかさっぱりわからない。奥さんが居たなんて聞いてない。いやまぁ、なんか過去の事はあんま話したくない感じだったから聞いてないけどこれは重大発表じゃないか。本人の口から聞きたかった真実だ。今まさに猛烈に抗議したい。全力で奪還しようと思う。
しかし、そんなオルメカを他所に話は進んでいく。
「あんさん…名前さ、ナアマっちゅーんとちゃう?」
シャアムは確信したように言った。その名前にソロモンがぴくりと反応した。
「あんさんの名前くらい今どき誰でも調べられるしなぁ。大体、こん人を必死になって捜そーなんて奴ら、限られとるやん?普通に考えたら関係者か力悪用しよーちゅう奴らくらいやしなぁ」
肘掛けに座り、足をぶらぶらさせている。
「それだけじゃないわ。あの書斎にあった資料。随分昔のもあったわ。恐らく、当時のもの。そんな昔の物を所持していることも、貴女がナアマだと考えた理由のひとつよ」
シャアムに続くようにメイジーが話す。
書斎、ソロモンに関する資料…。そんなものがあったのか。一直線で王の間に向かったオルメカやアリスは知らなかった情報だ。
「…ってまって?だってじゃあこの人何歳なの!?なんで生きてるの?」
オルメカは二人の話を聞いて更なる疑問が頭を過ぎる。
だが、その答えが来る前に、側近の女…ナアマが動きを見せた。杖ではなく、片手を翳す。
「…何をどう知られようと貴方達が邪魔者である事は変わりないんですよ!!!」
手をパーの形に開き、直後にクイッと拳を作って胸元まで引く。
まるで、何か糸でも引くように。
ガタッ。
シャアムの背後で音がして、ふっと振り向く。彼の目が次の瞬間、大きく見開かれて、瞬発的にその場をジャンプをして離れた。
そう、それまで人形の様に座っているだけだったソロモンが立ち上がったのだ。
「ソロモン!?」
一瞬、オルメカの表情は綻んだと思う。しかし、すぐにそれは警戒するものへと変わる。アリスも何かを感じ取ったのか、玉座の方から距離を置こうとする。
「…邪魔は…邪魔はさせません!!貴方達に…傲慢の女とネズミなんかに、奪わせません!」
ナアマがそう叫び、空で握った何かを操るように手を上へ下へ右、左と動かす。その動きに反応する様にソロモンが動きを見せた。
その様子にメイジーは一歩後ろに下がる。
「…彼、厄介なのかしら?」
目線はソロモンに注がれ、しかし話し掛けた相手は隣にいたオルメカだ。
「えーっと…」
聞かれたオルメカというと、その表情は苦笑い、といった感じだ。
「…何よ、その顔」
「めっちゃ厄介っちゅーことなんちゃう?」
しゅた…!っと、三人の近くにシャアムが飛び移ってくる。
「…うん…。多分、かなーり、厄介です…」
渋い顔をしながらオルメカは答えた。
ナアマがソロモンを操る。
ソロモンは両手を左右に拡げた。その手には小さな鍵が握られている。
ソロモンのその動作に反応する様に左右の手の上辺りに、シジルが現れる。暁に染ったこの王の間で、金色に輝くシジルが。
それを見たオルメカが、
「やばっ…」
と、小さな声を洩らした。
ナアマが強く手を引き、叫ぶ。
「さあ!我らが王よ!!今一度の再興を願う我らを邪魔をする者全て駆逐してしまいましょう!!!」
シジルが強く輝き、二体の悪魔がその姿を現した。
「まじでやばいじゃん…」
あわわとオルメカが慌てる。
その様子に危機感を感じ、メイジーもシャアムもアリスも身構えた。
「…我が七十二柱が一人…三十の軍団を率いる侯爵…悪魔マルコシアス…」
ソロモンが呟くように唱えると、そのシジルの一つから悪魔は姿を見せた。その姿はグリフォンの翼を持つ狼のようだった。その口からは絶えず炎を吐き出している。
「…我が七十二柱が一人…二十の軍団を率いる唯一の騎士…悪魔フルカスよ…」
次にシジルから現れた悪魔は、長い髭を蓄えた残酷そうな老人の姿であり、その手には大鎌を構え、青白い馬に跨っている。
「さあ、これで終わりです」
ナアマがにこりと笑う。
相手は悪魔が二体。正直な所、オルメカもメイジー達も悪魔と戦ったことなどはない。そもそも、一般的に出会う存在では無いのだ。次元の違う相手に何処まで自分達の魔法が、攻撃が効くのだろうか。それすらも不明だ。
だから、この状況で、確実なのはソロモンに掛けられた傀儡の魔法を解くことに他ならない。
「いやいや、あんなんどう戦うねん」
シャアムがブンブンと首を横に振る。
「…貴女の連れ…とんでもない事してくれるわね…」
焦りや恐怖や、怒り。色んな感情が渦巻いているのだろう、声を押し殺したようにメイジーは呟いた。
それはオルメカもよくわかる。とんでもない事に巻き込んだと思っている。
ソロモン王は七十二の悪魔を総べる古代の王。その上、全属性の魔法を扱える上級魔法使いでもある。味方であれば相当心強いが、敵になればこれ程怖い存在もそうそう居はしない。
だが、それ以上に、ソロモンに悪魔を使わせたくはなかった。
彼と出会った時、悪魔が彼の傍に居た。孤独を過ごす彼の唯一の「友」であった。その事を、オルメカは知っている。未だ同じ部屋で眠らない彼にとって共に眠れる相手。
知っているから、嫌だった。メイジーやシャアム、アリスを巻き込む事も、ソロモンが自分の意志でない所でその力が悪用される事も、悪魔達と戦う事も。
オルメカは、その悪魔達の何人かと面識がある。今、ソロモンが召喚した二体とは初対面だが、きっとソロモン自身が望まないことであろうとわかっている。
ナアマがゆっくりと手を引く。それに反応してソロモンが悪魔に合図を送る。悪魔が攻撃の構えを取る。
…私に出来る事は…。
今ここにいるメンバーの中で、奥さんだったというナアマの次にソロモンを知っているのは一人だけだ。知っているのは孤独を生きていたソロモンの事だけだ。
出会ったあの日、彼は私に言ったんだ。
「外へ行ってみたい」と。「一人で生きるのはもう飽きた」と。過去に何があったのかは詳しくは知らない。今、起きていることはきっとその過去に関係している。だが、そんな事はどうでも良かった。
短い期間ではあるけど、ソロモンが何だかんだ優しい奴なのは知っている。鼻血出したり写真撮りまくって困らせたり、美男子追っかけて呆れさせたりしているけど、いつも最後まで付き合ってくれて、急に姿が見えなくなれば心配してくれる。朝ご飯だって用意してくれるし好きな食べ物も覚えていてくれる。そんな奴だ。
…決めた。これはきっと私にしか出来ない。
拳をぎゅっと硬く握って、覚悟を決める。
…私は、やっぱりそんな貴方だから一緒に居たいんだ。
ー 〈 百花繚乱・枝垂柳〉ー
声の後、泥人形の魔法隊の頭上に複数の魔法陣が枝垂柳を描く様にひと繋ぎに展開し、その魔法陣から無数に魔法の矢が飛び出し、それが無数に降り注ぐ。
その一撃で半数程は減っただろうか。
オルメカはこの攻撃の主を知っている。
側近の女が減った分をすぐさま補充する。
「だ、誰です…!?まさか、ネズミの方か…!!!」
チッと舌打ちをする。
「あれだけの兵を用意したというのに…!!!」
その呟きに答えるかのように声が降ってくる。
「ネズミやからちょこまか動くんやで」
その声に反応して側近の女だけではなくオルメカも声の方を見上げた。
視界を横切るようにその影は玉座の方へ飛んでいく。正確には側近の女の方へ、だ。
「我らが王に近づくでない!!」
カッとなった側近の女はその人影目掛けて魔法の土の礫を作り出し、全弾を撃ち込む。だが、その攻撃はカカカッ!と、暗器によって全て弾かれる。
「なっ…!!!」
その弾かれた礫が側近の女の方に返され、ローブを剥ぎ取った。
「!?」
パサッとローブが床に落ちるのと同時に人影が床に着地する。シャアムだ。
「へーえ。あんたそないな顔してたんやなぁ」
ローブの下には褐色の肌と長い黒髪の女の姿があった。大きな耳飾りと髪飾りが漆黒の髪に良く映えている。
…一言で言えば、相当な美人だ。
漆黒の長い髪は緩い三つ編みを作り、後ろで一つに束ねている。
「…こんな屈辱…初めてだわ…!!!」
ギリィ…と唇を噛む。杖を両手で強く握りしめている。
「…あんたが…」
こんな綺麗な身なりの女性が、何故こんなことを…。
それからどうにも気になるのは他の人間のことだ。彼女は必要がないと言っていたが、ここまで王の間で暴れているのに、何故誰も来ないんだろう。
「…貴女一人なのでしょう?術者は」
スッ…と、オルメカの横に立ったのはメイジーだ。何か悟ったように話す。
「凄いわね。この国も城も人々も、全部貴女の魔法なのでしょう?」
それは驚愕の台詞だった。そんなこと、たった一人の人間に出来るというのだろうか。
「うそ…まさかそんな事って…」
驚愕の表情を見せるオルメカとアリス。
「私は此処の事をクローズド・サークル、と称したのだけれど、違ったみたい。此処は…貴女の箱庭ね?」
優しい声でそう言った。
箱庭、とはどういうことだろう。メイジーは何を見てきたのだろうか。
「…どういう事?」
そう聞いてくるオルメカをちらりと見て、また視線を側近の女に戻してから続きを話す。
「…書斎を見たわ。あそこはまるで展示のように飾り付けられていたのだけれど、どの資料も古代のイスラエル…第三の王、ソロモンの時代について書かれた物ばかりだったわ。…それにここの全てに共通する点がある」
共通する点がある。国も城も人々をにも共通する点…。
考えて、はたと気付く。
「…あっ。土…?土魔法…?」
そう言えばそうだった。何もかもが土で作られている。そう、兵隊でさえも、だ。そして側近の女は土属性の魔法を頻繁に使っている。
「そっか…だからここはあの女の作り出した箱庭ってわけか」
ではこの箱庭は一体、誰のため?
「……」
側近の女は黙っている。泥人形の魔法隊もその動きを止めていた。その表情はこちらからは口元の布で読めなかった。
そんな様子を見ていたシャアムは玉座に座するソロモンの隣まで行き、肘掛けに腰掛ける。
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「あんさんはさぁ。あれちゃうん?ソロモンの奥さんやった人」
その言葉にぴくりと側近の女が反応する。と、同時にオルメカも反応した。
…は?奥…さん…??ソロモンの…?
正直に言うと、何を言っているのかさっぱりわからない。奥さんが居たなんて聞いてない。いやまぁ、なんか過去の事はあんま話したくない感じだったから聞いてないけどこれは重大発表じゃないか。本人の口から聞きたかった真実だ。今まさに猛烈に抗議したい。全力で奪還しようと思う。
しかし、そんなオルメカを他所に話は進んでいく。
「あんさん…名前さ、ナアマっちゅーんとちゃう?」
シャアムは確信したように言った。その名前にソロモンがぴくりと反応した。
「あんさんの名前くらい今どき誰でも調べられるしなぁ。大体、こん人を必死になって捜そーなんて奴ら、限られとるやん?普通に考えたら関係者か力悪用しよーちゅう奴らくらいやしなぁ」
肘掛けに座り、足をぶらぶらさせている。
「それだけじゃないわ。あの書斎にあった資料。随分昔のもあったわ。恐らく、当時のもの。そんな昔の物を所持していることも、貴女がナアマだと考えた理由のひとつよ」
シャアムに続くようにメイジーが話す。
書斎、ソロモンに関する資料…。そんなものがあったのか。一直線で王の間に向かったオルメカやアリスは知らなかった情報だ。
「…ってまって?だってじゃあこの人何歳なの!?なんで生きてるの?」
オルメカは二人の話を聞いて更なる疑問が頭を過ぎる。
だが、その答えが来る前に、側近の女…ナアマが動きを見せた。杖ではなく、片手を翳す。
「…何をどう知られようと貴方達が邪魔者である事は変わりないんですよ!!!」
手をパーの形に開き、直後にクイッと拳を作って胸元まで引く。
まるで、何か糸でも引くように。
ガタッ。
シャアムの背後で音がして、ふっと振り向く。彼の目が次の瞬間、大きく見開かれて、瞬発的にその場をジャンプをして離れた。
そう、それまで人形の様に座っているだけだったソロモンが立ち上がったのだ。
「ソロモン!?」
一瞬、オルメカの表情は綻んだと思う。しかし、すぐにそれは警戒するものへと変わる。アリスも何かを感じ取ったのか、玉座の方から距離を置こうとする。
「…邪魔は…邪魔はさせません!!貴方達に…傲慢の女とネズミなんかに、奪わせません!」
ナアマがそう叫び、空で握った何かを操るように手を上へ下へ右、左と動かす。その動きに反応する様にソロモンが動きを見せた。
その様子にメイジーは一歩後ろに下がる。
「…彼、厄介なのかしら?」
目線はソロモンに注がれ、しかし話し掛けた相手は隣にいたオルメカだ。
「えーっと…」
聞かれたオルメカというと、その表情は苦笑い、といった感じだ。
「…何よ、その顔」
「めっちゃ厄介っちゅーことなんちゃう?」
しゅた…!っと、三人の近くにシャアムが飛び移ってくる。
「…うん…。多分、かなーり、厄介です…」
渋い顔をしながらオルメカは答えた。
ナアマがソロモンを操る。
ソロモンは両手を左右に拡げた。その手には小さな鍵が握られている。
ソロモンのその動作に反応する様に左右の手の上辺りに、シジルが現れる。暁に染ったこの王の間で、金色に輝くシジルが。
それを見たオルメカが、
「やばっ…」
と、小さな声を洩らした。
ナアマが強く手を引き、叫ぶ。
「さあ!我らが王よ!!今一度の再興を願う我らを邪魔をする者全て駆逐してしまいましょう!!!」
シジルが強く輝き、二体の悪魔がその姿を現した。
「まじでやばいじゃん…」
あわわとオルメカが慌てる。
その様子に危機感を感じ、メイジーもシャアムもアリスも身構えた。
「…我が七十二柱が一人…三十の軍団を率いる侯爵…悪魔マルコシアス…」
ソロモンが呟くように唱えると、そのシジルの一つから悪魔は姿を見せた。その姿はグリフォンの翼を持つ狼のようだった。その口からは絶えず炎を吐き出している。
「…我が七十二柱が一人…二十の軍団を率いる唯一の騎士…悪魔フルカスよ…」
次にシジルから現れた悪魔は、長い髭を蓄えた残酷そうな老人の姿であり、その手には大鎌を構え、青白い馬に跨っている。
「さあ、これで終わりです」
ナアマがにこりと笑う。
相手は悪魔が二体。正直な所、オルメカもメイジー達も悪魔と戦ったことなどはない。そもそも、一般的に出会う存在では無いのだ。次元の違う相手に何処まで自分達の魔法が、攻撃が効くのだろうか。それすらも不明だ。
だから、この状況で、確実なのはソロモンに掛けられた傀儡の魔法を解くことに他ならない。
「いやいや、あんなんどう戦うねん」
シャアムがブンブンと首を横に振る。
「…貴女の連れ…とんでもない事してくれるわね…」
焦りや恐怖や、怒り。色んな感情が渦巻いているのだろう、声を押し殺したようにメイジーは呟いた。
それはオルメカもよくわかる。とんでもない事に巻き込んだと思っている。
ソロモン王は七十二の悪魔を総べる古代の王。その上、全属性の魔法を扱える上級魔法使いでもある。味方であれば相当心強いが、敵になればこれ程怖い存在もそうそう居はしない。
だが、それ以上に、ソロモンに悪魔を使わせたくはなかった。
彼と出会った時、悪魔が彼の傍に居た。孤独を過ごす彼の唯一の「友」であった。その事を、オルメカは知っている。未だ同じ部屋で眠らない彼にとって共に眠れる相手。
知っているから、嫌だった。メイジーやシャアム、アリスを巻き込む事も、ソロモンが自分の意志でない所でその力が悪用される事も、悪魔達と戦う事も。
オルメカは、その悪魔達の何人かと面識がある。今、ソロモンが召喚した二体とは初対面だが、きっとソロモン自身が望まないことであろうとわかっている。
ナアマがゆっくりと手を引く。それに反応してソロモンが悪魔に合図を送る。悪魔が攻撃の構えを取る。
…私に出来る事は…。
今ここにいるメンバーの中で、奥さんだったというナアマの次にソロモンを知っているのは一人だけだ。知っているのは孤独を生きていたソロモンの事だけだ。
出会ったあの日、彼は私に言ったんだ。
「外へ行ってみたい」と。「一人で生きるのはもう飽きた」と。過去に何があったのかは詳しくは知らない。今、起きていることはきっとその過去に関係している。だが、そんな事はどうでも良かった。
短い期間ではあるけど、ソロモンが何だかんだ優しい奴なのは知っている。鼻血出したり写真撮りまくって困らせたり、美男子追っかけて呆れさせたりしているけど、いつも最後まで付き合ってくれて、急に姿が見えなくなれば心配してくれる。朝ご飯だって用意してくれるし好きな食べ物も覚えていてくれる。そんな奴だ。
…決めた。これはきっと私にしか出来ない。
拳をぎゅっと硬く握って、覚悟を決める。
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