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邂逅逸話 暁のシジル 解④-3

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ドン!!!!!!

パラパラ…。


   天井から振動が伝わり、塵や埃、土壁の欠片が降ってくる。上で何か起きているのだろうか。

「…なんかすげー暴れてんなぁ」

   さほども興味無さそうにシャアムが天井を見上げながら言う。
   二階の書斎と思われる部屋から地下に続いた階段。その先にあったのは小さな倉庫だ。その中に、見覚えのある物を彼らは見つけていた。

「急いで合流するわ。確認を急ぎましょう」

   そう言ったのはメイジー。
   手にしているのは誰かの服だ。ローブではなくこの世界とはまた違う洋装のもの。それらは乱雑に置かれており、メイジーが組み合わせて畳み直しているところだ。

「せやなぁ」

   軽く返事をすると、シャアムも上下を合わせてたたみ直す。

「あ、これあれやん、金髪碧眼の坊の服やん」

   手にした服を見ながら、誰が着ていたのかを思い出したように喋る。

「こっちはエルフの青年の物よ。…本当に、色々な世界から誘拐してきていたのね」

   二人の頭の中には、ギルドで得た情報である、誘拐された行方不明者達の当時の服装や外見情報と言った細かな情報が入っている。この倉庫に乱雑に置かれた衣類は、どうやらここに連れてこられた行方不明者達のもののようだ。
それに気づいた二人は記憶を基に服の上下を合わせている。そうすることで、誰がいるかを確認しているのだ。

「…ここに連れてこられてきたんは何処に行ったんやろな…」

   服を畳み、整頓しながらシャアムが呟く。
   それはメイジーも考えていたことだ。ここに彼らはいない。それなら一体何処へ消えたのか。

「…最悪の事態を考えるなら…きっと彼らはもう居ないのでしょうね…。この世界の何処にも…ね」

   メイジーの表情は少し物悲しそうだった。
   だが、対照的にシャアムはあっけらかんとしていた。

「んーどやろなぁ。邪魔になって消したんやったら、こんなとこに服を置いとかんのやない?」

   畳み終えたところで、シャアムは倉庫内を適当に物色し、麻袋を見つけた。その中に畳んだ服を入れていく。

「どれも汚れてる訳やないし、どっちかっちゅーと着替えさせたってゆー方が自然なんちゃう?」

「…そうね。もしかしたら、捕まっているのではなくて、働かされているのかも知れないわね…そう…」

「「傀儡の魔法」」

   発した言葉は見事にハモった。

「ほな、確かめに行かんとな」

「あの子達の様子も見に行かないとだわ」

   ああ、忙しい、と言いたげな口調でメイジーは言ったが、シャアムにはそれが楽しそうに聞こえていた。
   シャアムは鼻歌を歌いながら麻袋を持ち、一足先に倉庫を出た。メイジーも後に続く。
   倉庫の扉がゆっくりと音を立てて閉じていった。





ドン!!!


   凄まじい音と共に現れたのは魔法陣の上に立ち上がる土の巨兵。しかもそれは一体だけではない。三体同時に現れたのだ。

「さあ、あの傲慢の女を八つ裂きにしてしまいなさい!!」

   玉座の横に立つ女が高笑いをしながらそう命じた。
   土の巨兵は拳を握り、オルメカを目掛けて振り下ろす。
   咄嗟に避けるが、避けた先でまた別の個体から拳が振り下ろされ、息つく間も無く避け続けることになる。

「ちょっ…!」

   これじゃあ反撃に出ることも出来ない。どうにかして隙を作らなければ…。
   攻撃を避けながら反撃の手を考えるが、魔法を発動する余裕がない。魔法使いの弱点とも言える部分を突かれている。それは魔法使いとは何かをよくわかっていると言うことだ。それだけではない。巨兵を三体同時に操れるだけの術者があの女だと言うことは、傀儡の魔法使いも、この空間に入ってくる前のあの何百という泥人形の兵隊も、今この王の間で玉座の横に立っている女が関係している可能性が高いということだ。

   もしかすると、魔法使いという職では、オルメカより側近の女の方が上手なのかもしれない。

「…っ!!シルフィード・アサルト…!」

   上から降ってくる拳に向かって風の精霊シルフの魔法を当てる。避けるのではなく、直接、破壊してしまおうと考えた。なんせ的は向こうからやって来るのだから攻撃は当てやすいはずだった。現に攻撃は当たった。が、装甲値が高いのか、破壊することは出来なかった。

「…ちっ!」

   オルメカは思わず舌打ちをしてその場を回避する。ダメージは入っている。だが、何発か攻撃を当てなければいけないようだ。
   ちらりと玉座に座するソロモンを見る。
   相変わらず、その瞳は虚空を映しているだけだった。

…やっぱ駄目かぁ…。助けては…くれないかぁ。
   傀儡の魔法を解いていない以上、そんな意思があったとしても身体が自由に動くことはない。

   今度はアリスの方を見てみる。攻撃の対象はオルメカのみらしく、アリスがいる入り口付近の壁側の方は拳で荒らされていなかった。アリスも怪我もないようだ。心配そうな目でこちらを見ているが、アリスにはこの土の巨兵をどうこう出来る術がなかった。

   服の裾をぎゅっと握りしめる。

「ボクも…もっと戦えたら…」

   そうすれば、一人で戦わせることはないのに。こんな時に力になれるのに。
   無力な自分が歯痒かった。王の間に来るまでに使った煙幕は、オルメカが作り方を書いたメモを元に即興で作ったもの。何かしたいと言った時にもらった「出来ること」だ。でもそれも自分の力じゃない。今の自分では、ただ見ていることしか出来ない。一人で三体もの巨兵を相手に戦うオルメカを見ていることしか…。
   ぎゅっと肌身離さず持っていたハート型のパズルを強く抱きしめる。
   図書館から唯一残ったもの。図書館の中でも手離す事はなかったもの。

   ハート型のパズルを眺めて、幻想図書館にいたときを思い出す。
   と、同時に読んでいた蔵書の内容を思い出した。

「お姉さん!!風じゃないです!木属性です!!」

   咄嗟に叫んでいた。その声にオルメカも側近の女も一斉にアリスの方を見た。その意識が他所へ向いたので、土の巨兵の動きが鈍くなる。
   側近の女までがこちらを向いたので、アリスはびっくりして咄嗟に砂の煙幕を作り、物陰に隠れた。

「…あの子供…」

   側近の女がアリスを追い出すように隠れた物陰目掛けて攻撃しようとしたとき、それを遮るようにオルメカが叫んだ。

「アドバイスありがとー!アリス!!」

   バッ!と側近の女がオルメカの方に振り向いた。
   オルメカはニヤリと笑い手を頭上に伸ばす。
   さあ、派手にいこうか。

「いっくよー!その生命の息吹は巨兵をも貫く!森の大精霊エント!!」

   王の間の床に巨大な魔法陣が展開する。魔法陣から無数の蔦が飛び出し、その中心からは全身が植物からなる長い髭をもつ巨人の老人が現れる。森の大精霊エントだ。四大精霊が一人の風のシルフより上位の精霊。その威力は計り知れない。
  大精霊エントが腕を振るうと床からは植物が一斉に伸び始め、土の巨兵の身体を外からも内部からも蝕み始めた。

「こ、これは…!」

   側近の女がその光景に動揺する。
   あの傲慢の女は召喚魔法使いなのか、と。それだけでなく、複数の属性を操れるのか、と。
   風と違い植物は土の栄養から育つもの。この手の木属性の魔法が土属性の魔法より強いとされる所以は、木属性の「吸収」という性質である。土魔法で使われる魔力を木魔法は吸収してしまう。つまり、土魔法である土の巨兵は木魔法の植物による吸収性質によって、ただのさらさらの砂に戻ってしまうのだ。
   術者が放った三体の土の巨兵は大精霊エントの力でただの砂になり、さらさらとその形が崩壊していった。

「おのれ…!小癪な…!!」

   側近の女は悔しそうな声を洩らした。良い感じに追い詰められていると思っていたのに。

「お姉さん!すごいです!」

   思わず物陰から顔を出したアリス。だが、その視界にはバランスを崩して膝をつくオルメカの姿が映った。

「…っお姉さん!」

   咄嗟に身体が動き、彼女の傍まで駆け寄っていた。

「大丈夫ですか!?」

「うん、ちょっと魔力を使いすぎたみたい…」

   上位精霊の召喚はかなり魔力を消費する。これまでに、ウンディーネ、シルフ、ノームと複数回にわたって召喚してきていた上にエントの召喚を行ったので相当魔力を使ってしまったようだった。だが、そんな彼女とは対照的に、側近の女の消耗は少ないように見えた。

   まずいな…。
   オルメカは思う。また同じような魔法を使われたら…。
   だが、悪い予感というものは得てして当たるものだ。側近の女はまた笑みを見せ、今度は大量の泥人形の魔法使いの兵隊を生み出した。

「ふふふ…まだまだこれからですよ、傲慢の女。これから貴女は魔法に焼かれて死ぬのです」

   ふらつく身体をアリスに支えられながら立て直す。
   アリスは私が守らないと…。ソロモンも…助けないと…。
  
   泥人形の魔法隊が一斉に力を杖の先で溜め始める。
   
   あれを撃たれる前になんとかしないとー…。
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