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邂逅逸話 暁のシジル 解④-1
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作戦はこうだ。
まず、メイジーとシャアムが乗り込み陽動を掛ける。
彼らの第一目的は攫われた人達の捜索。あとは術者の特定、集団の制圧。
オルメカとアリスはメイジー達が乗り込んだあと、騒ぎに乗じて潜入、ソロモンを奪還の後メイジー達と合流するというものだ。
実に簡単明瞭な作戦だった。勿論、作戦通りにいかない場合のイレギュラーについてもある程度は擦り合わせておく。
仕掛ける時間は夜明けの時刻。稼働している兵が少ない時間に狙うことにする。
とは言っても、この沈まない暁の世界にいては夜明けという明確な現象が起きることはない。だが、その一方で時を刻むその存在は休むことなく刻み続けていた。
ふいに部屋の壁に掛けられた時計を見ると時刻は二十一時頃だった。
アリスが窓の外を見ると、それまで奇妙なほど同じような軌道で往来を行き来していた人々が居なくなっていた。代わりに、部屋に明かりがつき始めている。暁に染まってはいても夜ほど暗くはないのだが、人々の習慣とでもいうべきか、家に戻るなり明かりを付け食卓の用意をしているらしい。何処からか香ばしい焼き魚の匂いがしてきていた。
「…時間の心配はしなくて良さそうだね」
同じ窓の外を眺めていたオルメカはそう言った。時計の通りに一日が始まり、一日が終わるらしい。
これなら、城内も寝静まる時間はありそうだ。そこを狙っていく。
「寝不足は作戦に支障をきたすわ。休みましょう」
メイジーがそう言うと、各々に仮眠を取った。
夜明けが勝負だ。
王城を見渡せるほどの高さに位置する家の屋根の上、メイジーとシャアムはそこから城の様子を窺う。暁に染まる街は相変わらず、神秘的にも見えた。
「…まだあの見張り伸びてるやん。めっちゃウケんなぁ!!」
城の屋上、昼間にシャアムが気絶させた見張りが伸びたままだ。物理攻撃に弱かったのだろうか。交代の見張りは居なかったのだろうか。何にせよ、こちらにとっては好都合と言うやつだ。
「行きましょう」
メイジーがそう言うと、それを合図にシャアムが彼女を抱え、城の屋上までひとっ飛びで飛んでいった。
☆
茂みに隠れ、様子を窺う。城の周りにはシャアムに貰ったメモにある様に、魔法使いの見張りが多く配備されていた。
「えっと、五人…くらいですかね…?」
身を隠しながらアリスが見張りの人数を確認する。正面入口から侵入するのは難しい。だからここでしばらくは待機をする。シャアムが描いた見取り図を見てルートを確認しておく。
「アリス、準備はいい?」
隣でしゃがんでいるアリスに話し掛ける。
勿論、小声で。
「はい、勿論です」
普段はおっとりしているアリスも今はキリッとした表情をしている。
…そのキリ顔も天使なんだよねーーー!!
などと思考が過ぎりつつ、顔はいたって真面目を演じる。
そんな様子を知ってか知らずか、待機時間が暇になったのか。アリスがふいに小声で聞いてきた。
「…お姉さんとシャアムさんは…何も無いんですよね…?」
視線は門番や見張りの動きへと注がれている。
急に聞かれたのと、まだ納得していなかったのかとオルメカは小さな溜息をついた。
「あのね、何にもないよ。そもそも私、シャアム君ってちょっと苦手だし」
「え?そうなんですか?」
アリスは感じていない、いや、アリスには極力見せんとしている不穏な様子をオルメカは見てきている。抱く印象に差は生ずるというものだ。
「そーそー。だってあの人すっごい得体の知れない感満載だもん。抱きしめられたっていうより捕まったって感じだったから、感じたのはどっちかって言うと恐怖だったよね」
得体の知れない相手に捕まえるように抱き締められたとして、ときめく人間なんているのだろうか。いくら美形であっても、感じるのは言い知れぬ恐怖くらいじゃないだろうか。
もし、そんな状況でときめくとすれば頭のネジが殆ど外れてしまった脳内お花畑な人間だけだろう。少なくとも、オルメカはそう考えているのだ。
「恐怖…ですか…。じゃあ、ソロモンお兄さんだったらどうですか?嫌ですか?」
彼は一体、何が聞きたいのだろうか。オルメカの頭の上にはハテナが飛ぶ。急にどうした。
「いや、あのね?嫌とか以前にソロモンと私は直接触れられないからね?てか誰が相手でも別に嬉しくもなければときめかないよ?」
呆れた様に言った。だが、最後の一言は余計だったらしい。
「え…じゃあ、ボクのことも…迷惑…でしたか?」
しゅんとしたアリスを見て、自身の失言に気がついた。
「あ、いやいや、アリスは別だよー!?アリスがくっついて来てくれるのは嬉しいよ!?違うの、迷惑じゃないの!癒されてるから!!!」
声が大きくなりすぎないように配慮しつつ、アリスを慰めるように頭を撫でる。
正直に言うと、アリスは可愛い。親バカと言われそうだが可愛い。可愛いアリスに頼りにされて、懐かれて、一体、何が不満と言うのだろうか。否、不満などありはしない!!
それよりも、アリスから育った場所を奪う結果になってしまったこと、それによってほぼ選ばせられることなく巻き込んでしまったこと、オルメカ自身はずっと気にしている部分でもあったので、こうして懐いてくれるなら、救われるというものだ。
「でも、急にどうしたの?アリスがそんなこと気にするなんて」
頭をなでなでしながらオルメカは聞いた。頭を撫でられて不安が取り除かれたのか、少し頬が赤く染まっていて、表情は満足そうだった。
「…本で、たくさん読んだんです。みんな、周りを置いて行ってしまうんです。恋をしたら、遠くに行ってしまうんです。…そんな、物語ばかりで…、でもあれは何処かの誰かの人生で……それなら、よくあることなんじゃないかな、お姉さんも誰か好きな人がいたら、遠くに行ってしまうんじゃないかって…。…ソロモンお兄さんを捜しているのは…好きな人だからじゃないかって…そしたらボクは邪魔になるのかなって…」
ぽつり、ぽつりとアリスは呟いた。
アリスには幻想図書館に来る前の記憶がない。自分の名前も判らなかった。
そんな彼にしてみれば、今、唯一頼れるのは、ソロモンを除いては一人しかいない。その人物に見捨てられてしまえば、彼は路頭に迷うことになる。その不安はなかなか拭えないものだった。
相変わらず視線は門番達に注がれたままだ。だが、その表情は先程の満足そうなものと違い、寂しそうだった。
オルメカは、見張り達の様子と城内の様子に気を配りながら、もう一度、アリスの頭をなでる。
「…アリス、私を誰だと思ってるの?」
その言葉に、アリスは彼女の方を見る。彼女はこちらを向いて笑っていた。
「私は、美男子愛好家のオルメカ・メルリリィ。そんな私が、せっかく仲良くなった美男子を手離すようなことすると思う?一人だけいれば良いなんて言うと思う?……否、そんなんで済むわけないじゃない!どうせなら、全員手離さず私が戴くからね!!」
強気な満面の笑みをアリスに向ける。
その笑顔は多分、出逢ってから初めて見せるものだった。このまま、何処へでも引っ張って行ってくれそうな笑顔。
その笑顔が自分に向けられている事を実感したアリスは少し頬を赤く染め、コクリと頷く。
そう言えば、初めて会った時からそうだった。一直線で「会いたかった」と言ってくれた。
アリスがそう自分の中で不安だった気持ちに整理がつけた頃、門番や見張りが慌ただしくなり、城の中からも声がし始めた。
あの二人が陽動作戦に移ったようだ。
ということは、自分達の作戦も開始する合図という事だ。
「気持ち、整理ついた?」
オルメカは騒ぎ始める城の方を見つめながら聞いた。
「はい。大丈夫です」
アリスはそう答える。
心からソロモンを助けようと思えた。
ただ、ついて行くんじゃなくて。
自分の意思で。
過去の記憶がないアリスにとってこの世界は物語の中でしか知らなかった世界。いきなりこの世界に放り出され、どうしていいかわからず途方に暮れそうだった。その時、隣に居たのはオルメカとソロモンの二人だ。
ソロモンも優しくしてくれた。
オルメカも。
それから、どんな時でもブレない彼女はカッコイイと思う。
だから、もう足手まといにはならない。
昼間は、自分のせいで彼女を危ない目に合わせた。それでも彼女は不安がる自分を落ち着かせようとしてくれた。ずっと。
くっつく度に受け入れてくれて、頭を撫でてくれた。
今度は自分が役に立たなければ。
自分の身は自分で守らなければ。
息を吸い、静かに吐く。
呼吸を整える。
オルメカという人は、ちょっと、いやかなり変わった人間なのかもしれない。
それでもアリスにとって彼女は大事な人だ。
何も出来ない自分をただ可愛いと言って抱きしめてくれる人。
まるでお姉ちゃんのように。
「いい?3、2、1で行くよ」
オルメカがそう言ってダッシュする為に身構える。
「わかりました」
アリスも準備をする。小袋に手を突っ込み、中からあるものを取り出す。
「3…2…」
目指すは正門。混乱に乗じて中に入る。
「…ー1!」
オルメカが言った。と、同時に二人は正門へダッシュで向かった。
オルメカが先行し、アリスが後に続く。
「な、何やつ…!!」
混乱が起きている中、門番のひとりがこちらに気がつき武器を取る。
アリスは手にしていたものを門番、正確には正門の方へ放り投げる。それは見事に正門前に着弾し、小さな爆発と共に砂塵を撒き散らし視界を奪う。
煙幕だ。
「なっ…!砂…だと!?」
門番だけでなくまだ周辺にいた見張りも砂塵の煙幕に巻き込まれ、ゲホゲホと咳をしたり、目に砂が入り視界を奪われるなどしてパニックに陥っていた。
オルメカとアリスはその中を駆け抜ける。口元には布を充てて後ろで端を結んだ状態だ。目元はローブを深く被ることで砂塵を防ぐ。
正門を潜り、城内へと侵入する。
が、入った直後の廊下にも兵達がいる。
「曲者!!」
「奴らの仲間か…!!」
一斉に武器を構える。十数人程いるようだ。だが、この廊下を抜けなければソロモンがいると思われる王の間に辿り着けない。
オルメカは手を前に翳す。
「ウンディーネ!」
翳した手の前に魔法陣が広がり、その魔法陣から四大精霊のウンディーネが姿を表す。そのまま間髪入れずにオルメカは唱える。
「全てを飲み込む天啓の水!シアンディーム・タイダルウェイブ!!!」
ウンディーネが両手を左右に押し開くような素振りを見せる。と、同時に前方を押し流すような巨大津波が城内の廊下に満ちる。
津波に押し流された兵達からは悲鳴が上がる。その光景はまさに阿鼻叫喚と言えるだろう。
その津波の勢いは凄まじく、廊下の反対側に壁を突き破った。流された兵達諸共に。
まず、メイジーとシャアムが乗り込み陽動を掛ける。
彼らの第一目的は攫われた人達の捜索。あとは術者の特定、集団の制圧。
オルメカとアリスはメイジー達が乗り込んだあと、騒ぎに乗じて潜入、ソロモンを奪還の後メイジー達と合流するというものだ。
実に簡単明瞭な作戦だった。勿論、作戦通りにいかない場合のイレギュラーについてもある程度は擦り合わせておく。
仕掛ける時間は夜明けの時刻。稼働している兵が少ない時間に狙うことにする。
とは言っても、この沈まない暁の世界にいては夜明けという明確な現象が起きることはない。だが、その一方で時を刻むその存在は休むことなく刻み続けていた。
ふいに部屋の壁に掛けられた時計を見ると時刻は二十一時頃だった。
アリスが窓の外を見ると、それまで奇妙なほど同じような軌道で往来を行き来していた人々が居なくなっていた。代わりに、部屋に明かりがつき始めている。暁に染まってはいても夜ほど暗くはないのだが、人々の習慣とでもいうべきか、家に戻るなり明かりを付け食卓の用意をしているらしい。何処からか香ばしい焼き魚の匂いがしてきていた。
「…時間の心配はしなくて良さそうだね」
同じ窓の外を眺めていたオルメカはそう言った。時計の通りに一日が始まり、一日が終わるらしい。
これなら、城内も寝静まる時間はありそうだ。そこを狙っていく。
「寝不足は作戦に支障をきたすわ。休みましょう」
メイジーがそう言うと、各々に仮眠を取った。
夜明けが勝負だ。
王城を見渡せるほどの高さに位置する家の屋根の上、メイジーとシャアムはそこから城の様子を窺う。暁に染まる街は相変わらず、神秘的にも見えた。
「…まだあの見張り伸びてるやん。めっちゃウケんなぁ!!」
城の屋上、昼間にシャアムが気絶させた見張りが伸びたままだ。物理攻撃に弱かったのだろうか。交代の見張りは居なかったのだろうか。何にせよ、こちらにとっては好都合と言うやつだ。
「行きましょう」
メイジーがそう言うと、それを合図にシャアムが彼女を抱え、城の屋上までひとっ飛びで飛んでいった。
☆
茂みに隠れ、様子を窺う。城の周りにはシャアムに貰ったメモにある様に、魔法使いの見張りが多く配備されていた。
「えっと、五人…くらいですかね…?」
身を隠しながらアリスが見張りの人数を確認する。正面入口から侵入するのは難しい。だからここでしばらくは待機をする。シャアムが描いた見取り図を見てルートを確認しておく。
「アリス、準備はいい?」
隣でしゃがんでいるアリスに話し掛ける。
勿論、小声で。
「はい、勿論です」
普段はおっとりしているアリスも今はキリッとした表情をしている。
…そのキリ顔も天使なんだよねーーー!!
などと思考が過ぎりつつ、顔はいたって真面目を演じる。
そんな様子を知ってか知らずか、待機時間が暇になったのか。アリスがふいに小声で聞いてきた。
「…お姉さんとシャアムさんは…何も無いんですよね…?」
視線は門番や見張りの動きへと注がれている。
急に聞かれたのと、まだ納得していなかったのかとオルメカは小さな溜息をついた。
「あのね、何にもないよ。そもそも私、シャアム君ってちょっと苦手だし」
「え?そうなんですか?」
アリスは感じていない、いや、アリスには極力見せんとしている不穏な様子をオルメカは見てきている。抱く印象に差は生ずるというものだ。
「そーそー。だってあの人すっごい得体の知れない感満載だもん。抱きしめられたっていうより捕まったって感じだったから、感じたのはどっちかって言うと恐怖だったよね」
得体の知れない相手に捕まえるように抱き締められたとして、ときめく人間なんているのだろうか。いくら美形であっても、感じるのは言い知れぬ恐怖くらいじゃないだろうか。
もし、そんな状況でときめくとすれば頭のネジが殆ど外れてしまった脳内お花畑な人間だけだろう。少なくとも、オルメカはそう考えているのだ。
「恐怖…ですか…。じゃあ、ソロモンお兄さんだったらどうですか?嫌ですか?」
彼は一体、何が聞きたいのだろうか。オルメカの頭の上にはハテナが飛ぶ。急にどうした。
「いや、あのね?嫌とか以前にソロモンと私は直接触れられないからね?てか誰が相手でも別に嬉しくもなければときめかないよ?」
呆れた様に言った。だが、最後の一言は余計だったらしい。
「え…じゃあ、ボクのことも…迷惑…でしたか?」
しゅんとしたアリスを見て、自身の失言に気がついた。
「あ、いやいや、アリスは別だよー!?アリスがくっついて来てくれるのは嬉しいよ!?違うの、迷惑じゃないの!癒されてるから!!!」
声が大きくなりすぎないように配慮しつつ、アリスを慰めるように頭を撫でる。
正直に言うと、アリスは可愛い。親バカと言われそうだが可愛い。可愛いアリスに頼りにされて、懐かれて、一体、何が不満と言うのだろうか。否、不満などありはしない!!
それよりも、アリスから育った場所を奪う結果になってしまったこと、それによってほぼ選ばせられることなく巻き込んでしまったこと、オルメカ自身はずっと気にしている部分でもあったので、こうして懐いてくれるなら、救われるというものだ。
「でも、急にどうしたの?アリスがそんなこと気にするなんて」
頭をなでなでしながらオルメカは聞いた。頭を撫でられて不安が取り除かれたのか、少し頬が赤く染まっていて、表情は満足そうだった。
「…本で、たくさん読んだんです。みんな、周りを置いて行ってしまうんです。恋をしたら、遠くに行ってしまうんです。…そんな、物語ばかりで…、でもあれは何処かの誰かの人生で……それなら、よくあることなんじゃないかな、お姉さんも誰か好きな人がいたら、遠くに行ってしまうんじゃないかって…。…ソロモンお兄さんを捜しているのは…好きな人だからじゃないかって…そしたらボクは邪魔になるのかなって…」
ぽつり、ぽつりとアリスは呟いた。
アリスには幻想図書館に来る前の記憶がない。自分の名前も判らなかった。
そんな彼にしてみれば、今、唯一頼れるのは、ソロモンを除いては一人しかいない。その人物に見捨てられてしまえば、彼は路頭に迷うことになる。その不安はなかなか拭えないものだった。
相変わらず視線は門番達に注がれたままだ。だが、その表情は先程の満足そうなものと違い、寂しそうだった。
オルメカは、見張り達の様子と城内の様子に気を配りながら、もう一度、アリスの頭をなでる。
「…アリス、私を誰だと思ってるの?」
その言葉に、アリスは彼女の方を見る。彼女はこちらを向いて笑っていた。
「私は、美男子愛好家のオルメカ・メルリリィ。そんな私が、せっかく仲良くなった美男子を手離すようなことすると思う?一人だけいれば良いなんて言うと思う?……否、そんなんで済むわけないじゃない!どうせなら、全員手離さず私が戴くからね!!」
強気な満面の笑みをアリスに向ける。
その笑顔は多分、出逢ってから初めて見せるものだった。このまま、何処へでも引っ張って行ってくれそうな笑顔。
その笑顔が自分に向けられている事を実感したアリスは少し頬を赤く染め、コクリと頷く。
そう言えば、初めて会った時からそうだった。一直線で「会いたかった」と言ってくれた。
アリスがそう自分の中で不安だった気持ちに整理がつけた頃、門番や見張りが慌ただしくなり、城の中からも声がし始めた。
あの二人が陽動作戦に移ったようだ。
ということは、自分達の作戦も開始する合図という事だ。
「気持ち、整理ついた?」
オルメカは騒ぎ始める城の方を見つめながら聞いた。
「はい。大丈夫です」
アリスはそう答える。
心からソロモンを助けようと思えた。
ただ、ついて行くんじゃなくて。
自分の意思で。
過去の記憶がないアリスにとってこの世界は物語の中でしか知らなかった世界。いきなりこの世界に放り出され、どうしていいかわからず途方に暮れそうだった。その時、隣に居たのはオルメカとソロモンの二人だ。
ソロモンも優しくしてくれた。
オルメカも。
それから、どんな時でもブレない彼女はカッコイイと思う。
だから、もう足手まといにはならない。
昼間は、自分のせいで彼女を危ない目に合わせた。それでも彼女は不安がる自分を落ち着かせようとしてくれた。ずっと。
くっつく度に受け入れてくれて、頭を撫でてくれた。
今度は自分が役に立たなければ。
自分の身は自分で守らなければ。
息を吸い、静かに吐く。
呼吸を整える。
オルメカという人は、ちょっと、いやかなり変わった人間なのかもしれない。
それでもアリスにとって彼女は大事な人だ。
何も出来ない自分をただ可愛いと言って抱きしめてくれる人。
まるでお姉ちゃんのように。
「いい?3、2、1で行くよ」
オルメカがそう言ってダッシュする為に身構える。
「わかりました」
アリスも準備をする。小袋に手を突っ込み、中からあるものを取り出す。
「3…2…」
目指すは正門。混乱に乗じて中に入る。
「…ー1!」
オルメカが言った。と、同時に二人は正門へダッシュで向かった。
オルメカが先行し、アリスが後に続く。
「な、何やつ…!!」
混乱が起きている中、門番のひとりがこちらに気がつき武器を取る。
アリスは手にしていたものを門番、正確には正門の方へ放り投げる。それは見事に正門前に着弾し、小さな爆発と共に砂塵を撒き散らし視界を奪う。
煙幕だ。
「なっ…!砂…だと!?」
門番だけでなくまだ周辺にいた見張りも砂塵の煙幕に巻き込まれ、ゲホゲホと咳をしたり、目に砂が入り視界を奪われるなどしてパニックに陥っていた。
オルメカとアリスはその中を駆け抜ける。口元には布を充てて後ろで端を結んだ状態だ。目元はローブを深く被ることで砂塵を防ぐ。
正門を潜り、城内へと侵入する。
が、入った直後の廊下にも兵達がいる。
「曲者!!」
「奴らの仲間か…!!」
一斉に武器を構える。十数人程いるようだ。だが、この廊下を抜けなければソロモンがいると思われる王の間に辿り着けない。
オルメカは手を前に翳す。
「ウンディーネ!」
翳した手の前に魔法陣が広がり、その魔法陣から四大精霊のウンディーネが姿を表す。そのまま間髪入れずにオルメカは唱える。
「全てを飲み込む天啓の水!シアンディーム・タイダルウェイブ!!!」
ウンディーネが両手を左右に押し開くような素振りを見せる。と、同時に前方を押し流すような巨大津波が城内の廊下に満ちる。
津波に押し流された兵達からは悲鳴が上がる。その光景はまさに阿鼻叫喚と言えるだろう。
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