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邂逅逸話 暁のシジル④-3

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   ばっ!とブックボックスにしまっていた魔導書を取り出し、開く。
   その様子に気づいたメイジーが話し掛ける。

「ちょっと貴女、何する気ー…」

   だが、彼女が言い終える間もなく、オルメカの魔法が発動していた。

「おいでませ!!光り輝き天を照らす異界の神!!!!」

   頭上に掲げた魔導書の模様が光り、開いたページの上に魔法陣が展開していた。
   辺りを目も開けられない程の光が包む。メイジーは咄嗟に目を瞑る。ここは屋外だというのにお互いの姿が一瞬見えなくなるほどだった。

   オルメカの居る位置から離れた所にいたはずのシャアムや敵の軍勢さえもその眩しさに思わず目を閉じた。そして、光が弱まり、誰もがおずおずと目を開ける。
   目を開け、次に光の方を見た時、その視界に飛び込んで光景に、メイジーやシャアムだけでなく、押し寄せてきていた軍勢達も驚愕した。

「な、なんだ…あれは…!?」

   誰かが指を指しながら言った。その視線の先には…。

   頭上にオレンジ色の球体に対して縦に一周するように巻き付く蛇がついた鳥の被り物、腕や上半身は褐色の肌の人間といった風だが足首より下は鳥の足そのもの。装飾も賑やかな色合いでジャラジャラと身に付けている。その手には先端が翼を広げた鳥のようになった杖が握られている。

   異界の神、ラーの召喚に成功したのだ。

   シャアムもメイジーも驚きを隠せないでいる。見るからに高次元の存在だと直感していた。
   シャアムと戦っていた者も、押し寄せてきていた者達も唖然として動けなくなっていた。

   そんな高次元の存在を召喚したオルメカのこめかみには青筋が見える。相当、頭に来ているようだ。
   静かな声で異界の神、ラーにお願いを言う。

「ラー様、私の邪魔をするやつらを殺さない程度に蹴散らして下さい」

   スッ…と、前方を指差す。
   その指示を受けた異界の神ラーが動きを見せる。

   手にしていた杖を上に掲げる。その杖の上に炎の球体が出来上がっていく。
   その様をメイジーもシャアムも敵の軍勢もただ黙って見ている事しか出来ないでいた。それは、初めて見る高次元の存在に何も言えなかったのだ。

   その間にもどんどん炎の球体は膨らんでくる。まるで小さな太陽の様だ。

   誰もが呆然としている中で、その沈黙とも取れる空気を破ったのは、アリスだった。

「お兄さん!早く、早くお姉さんの所に戻って下さい!!!」

   必死にそう呼び掛ける。シャアムは突然何を言ってるのかわからなくて困惑した。

「早く!!急いでください…!でなければっ!巻き込まれちゃいます…!!」

   再び、アリスがシャアムに呼び掛ける。「巻き込まれる」という言葉に反射的にシャアムはオルメカの方を、高次元の存在を見る。杖の上で膨れ上がっていく太陽が如き炎の球体が視界に入る。瞬間、シャアムは弾かれたようにその場を飛び退いた。一気にメイジーの隣までひとっ飛びで着地する。そのシャアムの着地と同時に、異界の神ラーが杖を軍勢に向ける。そしてー…

   太陽が如く膨れ上がった炎の球体から破壊光線とでも表現出来そうな炎の光線が何本も走る。その炎の光線が敵の軍勢を真っ二つに割るように駆け抜け、光線が通った場所から火の手が上がっていく。炎は一気に燃え広がり、人をも巻き込み辺りを一面の焼け野原にしていった。
   炎に飲まれ、悲鳴が上がる。
   前方の部隊だけではなく、後方にいる全ての部隊が異界の神ラーが放った炎で包まれていく。

   その無慈悲で非情とも言いたくなる様な光景にメイジーもシャアムも驚き、恐怖を感じざるを得ない。
   特にシャアムはつい先程まであの集団の中にいた。あの時、アリスがいなければ…あのまま…。そう考えると背筋が凍った。

「…殺さない程度に、と指示をしていなかったかしら?」

   焼け野原になっていく景色を見つめたまま、メイジーが聞いた。だが、そう聞かれたオルメカこそ、顎を外したようにあんぐりとしていた。

…私、殺さない程度にって言いましたよね!?
   思わず異界の神ラーをガン見する。しかし、異界の神ラーは杖を敵の軍勢に向けたまま炎の光線を放ち続け、ただ燃やし続けていく。

「…神話級の召喚は、お願い出来るのは一回にひとつ。その方法や手段を問えない…ですよね」

   あんぐりとして異界の神ラーをガン見していたオルメカに代わり、シャアムの腕に抱き抱えられていたアリスが答える。自身も異界の神ラーの召喚のデメリットを痛感した一人だ。だからこそシャアムを対象範囲から遠ざけた。

「手段問えへんて…」

「だとしても、条件付けしているのにそれを無視するって言うの?」

   ただ燃やし続けていく異界の神ラーを睨むようにメイジーは見る。その視線に気づいているのかいないのか、異界の神ラーは反応することは無い。その様子を見てメイジーは聞く相手を変える。

「貴女、こうなる事をわかっていたんじゃなくて?」

   視線の先にはオルメカが居る。

…いや、そう言われても、こうなる事予想してたら召喚なんてしてませんよ…。
   そうオルメカは思う。しかし、制止させる様な事をしたことがないのでどうしたもんかと考えあぐねる。すると、急に異界の神ラーが杖を引っ込めた。小さな太陽の様な炎の球体を杖を振って消す。

「…?」

   思わず全員が首を傾げる。

「ラー様…?」

   異界の神ラーは杖を持ち直し、その場に佇む。顔はあの燃えたぎる一面を向いている。一同は怪訝そうにお互いの顔を見合う。オルメカは異界の神ラーが視線を向ける先を改めて見てみる。
   まだ燃えている。もう悲鳴は聞こえない。それはつまりー…。
   ゴクリと唾を飲む。察したシャアムはアリスの目を塞ぎ、その先を見つめる。メイジーも覚悟を決めたように燃え盛る光景を見た。
   そうして、全員の視線が一方へ注がれた時、燃え盛る炎の上、何も無いはずのその空間に炎が燃え移った。

「…は!?」

   思わず、声がもれた。だってそんな筈はない。ありえない。何も無い、強いて言えばあっても空気だ。空気は燃料にはなるがそのものが燃える物体では無い。その筈なのに…。
   きっとそこに居た全員が思っただろう。
   だが、一同は更に驚く事になる。

「な、何が起こっているの?」

   メイジーは言葉をこぼす。
   視線の先に広がる光景に目を奪われていた。

   炎が燃え移った場所を中心に紙が燃えていくように空間を燃やしていく。そうして燃えていく空間はまるでそこに外の景色をそのまま描いていた絵のようにも見える。

   そう、まるで絵画の表面だけを燃やすかのようで。

   下にあったもう一枚の絵が顔を出すように。

   広がっていた空も、切り立った崖もところどころの雑草も一枚の絵だった様に燃えて消えていく。そしてその奥に、街が見えた。暁とも言えるような夕陽に染った城下町。そびえ立った王城の様な建物も見えた。

「嘘やん…街が出てきたで…」

「もしかして…あれがアジト…?この辺って言ってた…でもまさか…」

「…そう、空間を閉じる魔法…という事だったのね」

   シャアムとオルメカは見たままを口にしたが、メイジーは見たままその現象を理解した。シャアムはメイジーに聞く。

「ベティ、どげん事なん?何かわかるんか?」

   シャアムに抱えられたままのアリスも怪訝そうに小首を傾げながらメイジーの次の言葉を待っている。
   メイジーはオルメカと異界の神ラーを交互に見た後、オルメカに質問する。

「確認よ。オルメカさん、貴女の召喚魔法には…魔法を無効化する力はあるのかしら?」

   問われて、オルメカはきょとんとした顔で答えた。

「へ?えっと、呼び出す相手によるけど…そういう力を持ってる子はいるよ。例えば…このラー様みたいに」

   そこに佇み、人形の様に動きを見せない異界の神ラーを見やる。それを受けて、メイジーは口元に手を添えて考え込む。

「つまりこれはこういう事よ」

   メイジーは未だ燃え続ける野原と剥がれていく様に燃え続ける空間の近くまで歩いていく。つられて、オルメカ達も後を追う。これには異界の神ラーもふよふよと微かに宙を舞いながらついてきた。
   歩きながらメイジーは話す。

「シャアムが仕入れた情報、この近くにある筈のアジトが見当たらないこと。そして急に何処からともなく現れた敵 、そして何も無いはずの空間が焼け、その奥に見えた街…。これらは“空間を閉じる魔法”によって作られた人為的現象だった、という事よ」

   一行が近くまで来ると、燃え盛っていた炎を異界の神ラーが杖を振るい、消し去る。燃えていた火が消え、視線を焼け野原となった場所を見てみる。本当はメイジーの話の続きを聞こうと思っていたオルメカだったが、その視線の先に映った光景に、違和感を覚えた。

「…あれ?」

   その声はメイジー達にも聞こえており、メイジーは続きを話すのを止め、オルメカに聞き返す。

「何?」

「どげんしたん?」

   そう聞き返してきた二人にオルメカは何とも言えない表情で違和感について話した。

「いや…なんかさ、この焼け跡、おかしくないかな?」

「おかしい?どこや?」

   焦げ付いたように黒や焦げ茶といった色に染った地面。至る所にある盛り上がった砂の塊。そこは、確かにあの軍勢がいたはずの位置。

「…ええ、確かにおかしいわ。違和感…なんてものじゃない」

   メイジーの表情が少し険しくなる。

「だよね…。おかしいよね、絶対」

「そうね。あるべきものが無いわ」

   女二人が頷きあっている横でシャアムとアリスは頭にハテナを浮かべて焼け跡を観察する。だが、特に違和感は…。そう言おうとしたが、シャアムはある事に気がついた。

「せや…、あれが無いんや!」

   ハッとしたように声を上げ、女二人の方を見る。だが、相変わらずアリスはわかっていないようだった。

「何が無いんですか?」

   小首を傾げている。
   その姿を見たオルメカは、

…んーーーー!!!!やっぱりこんな時でもアリスは天使だな可愛いな!!!!
   などと、くぅぅぅっと抱きしめ撫で回したい衝動に駆られたがグッと堪えていた。もちろん、そんな心の内はバレないように平静を装う。
   それはさておき、とオルメカはアリスの質問に一息入れてから答える。

「んー、あるべきもの…。死体…だよ」

   そう、死体が無い。悲鳴も上がっていたし、シャアムやメイジーが交戦していたので実体が無かったわけでもない。焼かれたとしても骨まで残らない程の業火だったのだろうか。しかしそれだけではない。武器までも跡形がない。

「武器も骨すらも燃やし尽くしたと言うの?…いいえ、そんなはず…神故とでも言うのかしら…?」

「…いや、まさか…ラー様の炎って魔法を焼くことは出来るんだけど…」

   オルメカはくるっと向きを変え、異界の神ラーに聞いてみる。以前も質問したら答えてくれたので今回も答えてくれるだろう。

「ラー様、ラー様が燃やしたのって魔法ですか?それとも…人間?」

   その言葉を受けて、異界の神ラーは杖で空中に文字を書く。象形文字だ。それを翻訳する。

「えっと…“神の業火 魔法を焼き尽くすもの”…だって」

「魔法を焼き尽くすもの…?だから空間を閉じる魔法が燃えて剥がされたのね…。それだけじゃないわ。それが本当なら…焼け跡に死体が無いことを考えれば、彼等は魔法そのものだった、という事になるわ」

「魔法?あれ全部や?ぎょーさんおったで…」

   シャアムはもう一度、焼け跡を見る。

「…あれが魔法なんやったら…あいつらはみーんな泥人形やったーちゅーんか?そういやどっかの砂の異世界でゴーレムっちゅうー砂の巨人を生み出す魔法とか使っとる村とかあったのぅ」

   そう思い出すように言った。それにメイジーはコクリと頷く。

「ええ、あったわ。てっきり砂の異世界でのみの魔法だと思っていたけれど、ここでも同系統の魔法が使われているということね」

「じゃあ、あれだけの人数の泥人形を作り操っていた奴がどこかにいるってことか」

「せやんなぁ。ほなら、そいつの面拝みに行きますか」

「ソロモンも捜しにね!」

「ええ、じゃあ敵陣に乗り込むわよ!」

   三人は空間が裂け顔を覗かせている王城がある街を見る。そこからソロモンの魔力痕を感じる。さっきまでも強く。それでオルメカは確信する。

…絶対、ここにいる。

   グッと拳を握る。絶対、見つけてみせる。

   シャアムはアリスを抱える。
   メイジーは弓矢を握る。

   そうして、覚悟を決めた一行は、暁に染るアジトへと乗り込んだ。

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