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第一部
王子様は待つのではなく呼び出すもの2
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文也が通信魔導具を使ってから約五分後、バン! とカフェの扉を乱暴に開いてオレンジ色の髪をした少年が入って来た。此処まで走って来たのか、彼は息を荒げていて、肩も大きく上下に動いている。俺が「大丈夫?」と聞く前に、少年はキッと文也を睨み付けて大きく息を吸った。
「テメエ! 姉ちゃんだけに飽き足らずジョエルにも手を出したのか!? この女たらし!」
「いや俺女たらしじゃねえし」
「嘘を吐くな! じゃあなんでジョエルがこんなボロボロで泣いてんだよ!? お前が泣かせたんだろ! 姉ちゃんの時みたいに!」
「え? お前、リゼットちゃんを泣かせたの?」
「だから違うって! ロザリーさんを紹介したら感動して泣いたんだよ」
「なるほど。そっちの涙か」
「俺が女の子に最低なことをする訳ねえだろ? まあ、ジルベール様にも最初は敵意を向けられたけどな。恋敵だと思われていたらしい」
「それで、誤解も解けて漸く落ち着いたかと安堵したら、今度はユベール様……」
「俺の苦労を分かってくれるか? 親友」
「お疲れさん」
「全くだ。俺はただ料理を提供しているだけなのに、勝手に恋敵にされるわ、敵意を向けられるわ、女たらし扱いされるわ」
「うっせー! お前が何時も何時も紛らわしいことをするからだ! バアーカ! バアーカ!」
「はいはい。元気なのはいいことだが、何時までも俺にキャンキャン吠えるな。お前のお姫様を助けてやれよ。王子様?」
「ああああああー! それがムカつくって言ってんだよ! 子ども扱いしやがって!」
「だってお前子どもじゃん」
ニコラくんが声にならない声を出して必死に怒りを抑えようとしている。元気な子だなあ。瞳もオレンジ色で、まるで太陽みたいな子だ。リゼットちゃんに似ていて、将来イケメンになるんだろうなという整った顔立ちをしている。今はまだ幼い印象で可愛い弟って感じだけど。彼は騎士服を纏っていて、剣も持っていた。騎士見習いで、モラン侯爵家の専属騎士団長に弟子入りをしていると文也から聞いた。
リゼットちゃんからニコラくんのことは聞いていたけど、直接会うのはこれが初めてだ。俺は勝手に大人しい子だと思っていた。彼は昔病気だったから。実際会ってみると全然違った。とても元気な男の子だ。ちょっとやんちゃしてそうな、ほんのちょっと生意気で、みんなから構われまくる、年相応の男の子。
「ニコラ……」
「ジョエル! 何があったんだ!?」
「……ぅう……ニコ、ラ」
慌てて駆け寄って来たニコラくんを見て、ジョエルさんは限界が来たのだろう。ガタッと立ち上がり、ニコラくんに抱き付いて泣いた。ずっと辛い思いをしてきたんだ。泣いて、泣いて、泣きじゃくって。ニコラくんは泣き続けるジョエルさんに戸惑って必死に慰めようとするけど、彼女は更に泣くばかり。
「ごめん、なさ……私、泣いて、ばかりで」
「いいよ。泣きたい時は泣けばいい。ずっと、我慢してたんだろ?」
「ぅん」
「それで、何があったんだ?」
まだ泣き続けるジョエルさんを抱きしめて頭を撫でながら、ニコラくんは文也に聞いた。文也とブレーズさんがニコラくんに事情を説明すると、案の定彼は激怒した。「あんの野郎、まだ諦めてなかったのかよ!」と悪態を吐き「今度会ったらこの剣で滅多刺しにしてやる」と物騒なことを呟く。怖い、怖いよ? ニコラくん。十四歳の男の子がしていい顔じゃない。
「剣で刺すより金と権力でぶん殴った方が事後処理楽だぞ?」
「いやお前も物騒だな!?」
「理不尽な暴力は金と権力で黙らせろ!」
「急に汚い大人の世界を語らないでくれます!? 文也さん!」
「というのは冗談で」
「冗談に聞こえない」
「リゼットに言えば二人とも保護してくれるだろ? モラン侯爵家で匿ってやれ」
「言われなくてもそのつもりだ!」
モラン侯爵家なら安心だ。ニコラくんの初恋の相手を、リゼットちゃんが拒絶する訳ないもん。きっと優しく受け入れて、婚約者さんと一緒に親身になって話を聞いてくれる筈だ。うんうん。
色々と話している内にジョエルさんも落ち着いて、ブレーズさんは俺の手を握って何度も何度もお礼を言った。俺はただ声をかけただけなんだけど、何故か命の恩人のように感謝されるんだよなあ。大袈裟だと思うのは俺だけですか?
「本当に、本当にありがとうございます。娘を助けていただいたご恩は絶対に忘れません!」
「ジャノ様、フェルナン様。本当に、ありがとうございます」
「ジャノって、姉ちゃんが言ってた……」
「挨拶が遅れてごめん。初めまして、ニコラくん。ジャノです」
「ニコラです。リゼット姉ちゃんの弟です。あの、姉ちゃんを助けてくれて、本当にありがとうございます!」
「君もかー」
「俺には言わねえのにな」
「うっせー!」
「ふふ。でも良かったね。初恋の女の子と再会できて」
「……ジョエルのことも、ありがとうございます」
「お礼ならユベール様に。俺はジョエルさんに声をかけただけだから」
と言ったらみんなから「何言ってんだ? こいつ」という目で見られた。いや、だって俺は本当にジョエルさんに声をかけただけで、その後のことはユベール様のお力で貴族達を黙らせ、文也の人脈の広さを利用してニコラくんを召か……呼び出して今に至る訳でして。うん。俺、何もしてないよ?
「モラン侯爵家へ向かう前に、こちらを召し上がってください」
「え?」
二人掛けの丸テーブルにコト、と置かれたのはチョコレートとオレンジのケーキだった。けれど、それはただのケーキではなく、白鳥の形をしていた。チョコレートや生クリームを使っているのは分かるが、どうやって作ったのかはやっぱり謎。この短時間で作ったのか? お前本当に何者?
「俺から二人への祝福です」
「か、可愛くて食べられない」
「……フェルナン」
「なんだ?」
「そういうところがムカつくんだよ! 何時も何時も何時も気障なことをしやがって!」
「二人の再会を祝して即席で作ってやったのに」
「ムガァアアアアアアアア!」
またニコラくんが叫んでる。文也がすることは全て気に入らないらしい。此奴は本当に祝福してるだけなんだけどな。まあ、気持ちは分かる。即席でこんなものを作るなよ。普通に出せよ。普通に。こうやってちょっとアレンジするから大人気になったんじゃねえの? 以前働いていたレストラン。
ニコラくんは色々と喚きつつも、ユベール様達にきちんと挨拶をしてから椅子に腰掛ける。彼は二人用の丸テーブルでジョエルさんと一緒にケーキを堪能した。チョコレートケーキで作られた白鳥はジョエルさん、オレンジのケーキで作られた白鳥はニコラくんを表しているんだろうな。二人が末永く幸せでありますように、という願いを込めて。
「本当に、ありがとうございました」
「皆さん、娘を助けていただいて、本当にありがとうございます。必ず、必ずこのご恩はお返しします」
ジョエルさんとブレーズさんはお店を去る時も深々と頭を下げてお礼を言った。ニコラくんに「行くぞ」と言われ、二人はモラン侯爵邸へ向かう。ニコラくんは、ジョエルさんの手をしっかりと握りしめていた。絶対に離さないという彼の強い意志が伝わってきて、俺はクスッと笑った。
「テメエ! 姉ちゃんだけに飽き足らずジョエルにも手を出したのか!? この女たらし!」
「いや俺女たらしじゃねえし」
「嘘を吐くな! じゃあなんでジョエルがこんなボロボロで泣いてんだよ!? お前が泣かせたんだろ! 姉ちゃんの時みたいに!」
「え? お前、リゼットちゃんを泣かせたの?」
「だから違うって! ロザリーさんを紹介したら感動して泣いたんだよ」
「なるほど。そっちの涙か」
「俺が女の子に最低なことをする訳ねえだろ? まあ、ジルベール様にも最初は敵意を向けられたけどな。恋敵だと思われていたらしい」
「それで、誤解も解けて漸く落ち着いたかと安堵したら、今度はユベール様……」
「俺の苦労を分かってくれるか? 親友」
「お疲れさん」
「全くだ。俺はただ料理を提供しているだけなのに、勝手に恋敵にされるわ、敵意を向けられるわ、女たらし扱いされるわ」
「うっせー! お前が何時も何時も紛らわしいことをするからだ! バアーカ! バアーカ!」
「はいはい。元気なのはいいことだが、何時までも俺にキャンキャン吠えるな。お前のお姫様を助けてやれよ。王子様?」
「ああああああー! それがムカつくって言ってんだよ! 子ども扱いしやがって!」
「だってお前子どもじゃん」
ニコラくんが声にならない声を出して必死に怒りを抑えようとしている。元気な子だなあ。瞳もオレンジ色で、まるで太陽みたいな子だ。リゼットちゃんに似ていて、将来イケメンになるんだろうなという整った顔立ちをしている。今はまだ幼い印象で可愛い弟って感じだけど。彼は騎士服を纏っていて、剣も持っていた。騎士見習いで、モラン侯爵家の専属騎士団長に弟子入りをしていると文也から聞いた。
リゼットちゃんからニコラくんのことは聞いていたけど、直接会うのはこれが初めてだ。俺は勝手に大人しい子だと思っていた。彼は昔病気だったから。実際会ってみると全然違った。とても元気な男の子だ。ちょっとやんちゃしてそうな、ほんのちょっと生意気で、みんなから構われまくる、年相応の男の子。
「ニコラ……」
「ジョエル! 何があったんだ!?」
「……ぅう……ニコ、ラ」
慌てて駆け寄って来たニコラくんを見て、ジョエルさんは限界が来たのだろう。ガタッと立ち上がり、ニコラくんに抱き付いて泣いた。ずっと辛い思いをしてきたんだ。泣いて、泣いて、泣きじゃくって。ニコラくんは泣き続けるジョエルさんに戸惑って必死に慰めようとするけど、彼女は更に泣くばかり。
「ごめん、なさ……私、泣いて、ばかりで」
「いいよ。泣きたい時は泣けばいい。ずっと、我慢してたんだろ?」
「ぅん」
「それで、何があったんだ?」
まだ泣き続けるジョエルさんを抱きしめて頭を撫でながら、ニコラくんは文也に聞いた。文也とブレーズさんがニコラくんに事情を説明すると、案の定彼は激怒した。「あんの野郎、まだ諦めてなかったのかよ!」と悪態を吐き「今度会ったらこの剣で滅多刺しにしてやる」と物騒なことを呟く。怖い、怖いよ? ニコラくん。十四歳の男の子がしていい顔じゃない。
「剣で刺すより金と権力でぶん殴った方が事後処理楽だぞ?」
「いやお前も物騒だな!?」
「理不尽な暴力は金と権力で黙らせろ!」
「急に汚い大人の世界を語らないでくれます!? 文也さん!」
「というのは冗談で」
「冗談に聞こえない」
「リゼットに言えば二人とも保護してくれるだろ? モラン侯爵家で匿ってやれ」
「言われなくてもそのつもりだ!」
モラン侯爵家なら安心だ。ニコラくんの初恋の相手を、リゼットちゃんが拒絶する訳ないもん。きっと優しく受け入れて、婚約者さんと一緒に親身になって話を聞いてくれる筈だ。うんうん。
色々と話している内にジョエルさんも落ち着いて、ブレーズさんは俺の手を握って何度も何度もお礼を言った。俺はただ声をかけただけなんだけど、何故か命の恩人のように感謝されるんだよなあ。大袈裟だと思うのは俺だけですか?
「本当に、本当にありがとうございます。娘を助けていただいたご恩は絶対に忘れません!」
「ジャノ様、フェルナン様。本当に、ありがとうございます」
「ジャノって、姉ちゃんが言ってた……」
「挨拶が遅れてごめん。初めまして、ニコラくん。ジャノです」
「ニコラです。リゼット姉ちゃんの弟です。あの、姉ちゃんを助けてくれて、本当にありがとうございます!」
「君もかー」
「俺には言わねえのにな」
「うっせー!」
「ふふ。でも良かったね。初恋の女の子と再会できて」
「……ジョエルのことも、ありがとうございます」
「お礼ならユベール様に。俺はジョエルさんに声をかけただけだから」
と言ったらみんなから「何言ってんだ? こいつ」という目で見られた。いや、だって俺は本当にジョエルさんに声をかけただけで、その後のことはユベール様のお力で貴族達を黙らせ、文也の人脈の広さを利用してニコラくんを召か……呼び出して今に至る訳でして。うん。俺、何もしてないよ?
「モラン侯爵家へ向かう前に、こちらを召し上がってください」
「え?」
二人掛けの丸テーブルにコト、と置かれたのはチョコレートとオレンジのケーキだった。けれど、それはただのケーキではなく、白鳥の形をしていた。チョコレートや生クリームを使っているのは分かるが、どうやって作ったのかはやっぱり謎。この短時間で作ったのか? お前本当に何者?
「俺から二人への祝福です」
「か、可愛くて食べられない」
「……フェルナン」
「なんだ?」
「そういうところがムカつくんだよ! 何時も何時も何時も気障なことをしやがって!」
「二人の再会を祝して即席で作ってやったのに」
「ムガァアアアアアアアア!」
またニコラくんが叫んでる。文也がすることは全て気に入らないらしい。此奴は本当に祝福してるだけなんだけどな。まあ、気持ちは分かる。即席でこんなものを作るなよ。普通に出せよ。普通に。こうやってちょっとアレンジするから大人気になったんじゃねえの? 以前働いていたレストラン。
ニコラくんは色々と喚きつつも、ユベール様達にきちんと挨拶をしてから椅子に腰掛ける。彼は二人用の丸テーブルでジョエルさんと一緒にケーキを堪能した。チョコレートケーキで作られた白鳥はジョエルさん、オレンジのケーキで作られた白鳥はニコラくんを表しているんだろうな。二人が末永く幸せでありますように、という願いを込めて。
「本当に、ありがとうございました」
「皆さん、娘を助けていただいて、本当にありがとうございます。必ず、必ずこのご恩はお返しします」
ジョエルさんとブレーズさんはお店を去る時も深々と頭を下げてお礼を言った。ニコラくんに「行くぞ」と言われ、二人はモラン侯爵邸へ向かう。ニコラくんは、ジョエルさんの手をしっかりと握りしめていた。絶対に離さないという彼の強い意志が伝わってきて、俺はクスッと笑った。
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