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第二話 後悔
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俺と森くんと星さんが寺の中の部屋で小一時間ほど打ち合わせしたところで、この祭りに古くから携わる、近所の重鎮(じじいども)がぞろぞろと姿を現した。
「ほんで?今年も団長はカズやって聞いとるけど、なんやアイツ忙しくてほとんど顔出せんちゅうとったぞ」
一人の重鎮が、テーブルの前であぐらをかいて茶を飲みながら言った。
このクソ暑いのに、淹れたての緑茶をすすっている。
「はい。カズちゃんなんですけど、どうやら今は仕事で金沢とこっちを行き来している状態らしくて。ほとんど練習には来れないけれど、本番は丸一日来れるとのことです」
「じゃあその間の団長は、実質健人なんやな?」
「はいそうです」
森くんはきっぱりと答えた。
「おいお前勝手に返事してんじゃねえよ」
「頼むぞ、健人」
「団長代理、いわば副団長やな」
俺が承諾する前に、勝手に副団長というポジションになってしまっていた。
「今年って花はいくつあんがよ」
「向井さんとこのお孫さん今年結婚したがやなかったけ?」
「でもあこ、最近奥さん亡くなって喪中も重なっとるやろ?そいだら確認せんといけんわ」
「店もいくつか出来たやろ。その辺の開拓は進んどるんか?」
「あ、そうだ。今度お伺いして聞いてみようかと思ってたんだ。健人、メモっといて」
「ちょい待ち。あれ?お前ん家の近くに出来たカレー屋のことだよな?」
「違うよ。今のは駅南の酒屋の話だよ」
じじいどもと森くんへの相槌と並行しながら、俺は自らの汚い字を駆使し、ノートに走り書きで、今回の議題で出たトピックをメモっていた。
しかし矢継ぎ早に来るじじいどもの質問に答えながらだと、既にいくつかの事項を書き漏らしているようだ。
ちなみに星さんは、台所で彼らがすする茶を淹れている。
その後、じじいどもはぺちゃくちゃと世間話をし始めたので、俺は森くんに確認しながら、ノートに書いた内容をまとめた。
「健人。字が汚すぎるし、誤字脱字も多すぎて解読不可能だよ」
「しゃあねえだろ。俺中卒やぞ?」
「字の汚さに学力は関係ないよ。まったく。前のページの音羽の書いたものを見習いなよ」
言われた通りに、ノートの表紙から何枚か紙をめくると、『やることリスト』と題名のついたページにたどり着いた。
小さめのすっきりとした文字が、箇条書きで綺麗に並んでいる。
見慣れたあいつの字だ。
今までは祭りに関するこういった面倒くさい打ち合わせや、細かい仕事などは、森くんと音羽にまかせっきりだった。
元来は人見知りで好き嫌いの激しい音羽が、じじいどもの相手をうまくかわしながら、祭りの準備を進めてきたのかと思うと、研いだ爪で心をひっかかれたような気持ちになった。
もっと気にかけたり、手伝ったりしていれば、森くんや通のようにあいつとの仲を深めることができていたのだろうか。
俺が感傷に浸っているところで、伊丹さんというじいさんが、俺らに話しかけてきた。
「ちょいとお二人に相談があんがいけど」
「なんですか?」
森くんが答えると、伊丹さんはなんだか申し訳なさそうな面持ちで話を始めた。
「いやあ、私の孫のことなんだけどね」
「はい」
「叶絵(かなえ)っていってね。今年十八歳になったんやけど、高校は梅原高校に通ってて」
「梅原ですか?ここからだとまあまあ遠くないですか?」
森くんの言う通り、梅原高校だとここから電車で一時間はかかる。
「そうながいちゃ。実はちょっとわけありでな。もともとはその近くに家があんがいけど、母親と折り合いが悪くて、今は一時的にわしらんところで預かっとる感じなんやちゃ」
「そうなんですか」
「そうながいちゃ。息子…父親は、仕事が忙しくて家を空けっぱしなもんやから、余計に母親との関係で息が詰まったみたいで。それでなくても、ちょっとあの母親は変わっとるもんやから、叶絵もかわいそうで」
「そんで?その叶絵ちゃんがどうしたん?」
このままだと、見ず知らずの叶絵とやらの事情を延々と話されそうなので、俺は本題を促した。
「ああうん。ほら、今年音羽ちゃんもおらんみたいやし、笛方も足りんやろ?ちょっと君たちのほうで、獅子舞に誘ってみてやってくれんけ?叶絵にとっても息抜きになるやろうから」
「そういうことでしたら、なんなりと!むしろ大歓迎ですよ」
森くんは意気揚々と答えた。
「そう言ってくれるとありがたいわ。でも母親のこともあってか、えらい難しい子になってしまってな。わしらも手を焼いとるんやちゃ。いい子ながいけど、他人に対して心を閉ざしとるというか。やから君らみたいに年齢が近い人から祭りに誘ってもらうと、叶絵も少しは外交的になるんやないかと思ってな」
「なるほどな。つっても、俺らも二十八だし、年がちけえってわけでもねえけどな」
俺が自嘲的気味に笑うと、伊丹さんは「いやいや充分若いちゃ」と顔の前で片手を振りながら笑った。
そういうわけで、俺と森くんは、さっそく来週の日曜日に、叶絵ちゃん(伊丹のじいさん)の家に訪ねることになった。
「ほんで?今年も団長はカズやって聞いとるけど、なんやアイツ忙しくてほとんど顔出せんちゅうとったぞ」
一人の重鎮が、テーブルの前であぐらをかいて茶を飲みながら言った。
このクソ暑いのに、淹れたての緑茶をすすっている。
「はい。カズちゃんなんですけど、どうやら今は仕事で金沢とこっちを行き来している状態らしくて。ほとんど練習には来れないけれど、本番は丸一日来れるとのことです」
「じゃあその間の団長は、実質健人なんやな?」
「はいそうです」
森くんはきっぱりと答えた。
「おいお前勝手に返事してんじゃねえよ」
「頼むぞ、健人」
「団長代理、いわば副団長やな」
俺が承諾する前に、勝手に副団長というポジションになってしまっていた。
「今年って花はいくつあんがよ」
「向井さんとこのお孫さん今年結婚したがやなかったけ?」
「でもあこ、最近奥さん亡くなって喪中も重なっとるやろ?そいだら確認せんといけんわ」
「店もいくつか出来たやろ。その辺の開拓は進んどるんか?」
「あ、そうだ。今度お伺いして聞いてみようかと思ってたんだ。健人、メモっといて」
「ちょい待ち。あれ?お前ん家の近くに出来たカレー屋のことだよな?」
「違うよ。今のは駅南の酒屋の話だよ」
じじいどもと森くんへの相槌と並行しながら、俺は自らの汚い字を駆使し、ノートに走り書きで、今回の議題で出たトピックをメモっていた。
しかし矢継ぎ早に来るじじいどもの質問に答えながらだと、既にいくつかの事項を書き漏らしているようだ。
ちなみに星さんは、台所で彼らがすする茶を淹れている。
その後、じじいどもはぺちゃくちゃと世間話をし始めたので、俺は森くんに確認しながら、ノートに書いた内容をまとめた。
「健人。字が汚すぎるし、誤字脱字も多すぎて解読不可能だよ」
「しゃあねえだろ。俺中卒やぞ?」
「字の汚さに学力は関係ないよ。まったく。前のページの音羽の書いたものを見習いなよ」
言われた通りに、ノートの表紙から何枚か紙をめくると、『やることリスト』と題名のついたページにたどり着いた。
小さめのすっきりとした文字が、箇条書きで綺麗に並んでいる。
見慣れたあいつの字だ。
今までは祭りに関するこういった面倒くさい打ち合わせや、細かい仕事などは、森くんと音羽にまかせっきりだった。
元来は人見知りで好き嫌いの激しい音羽が、じじいどもの相手をうまくかわしながら、祭りの準備を進めてきたのかと思うと、研いだ爪で心をひっかかれたような気持ちになった。
もっと気にかけたり、手伝ったりしていれば、森くんや通のようにあいつとの仲を深めることができていたのだろうか。
俺が感傷に浸っているところで、伊丹さんというじいさんが、俺らに話しかけてきた。
「ちょいとお二人に相談があんがいけど」
「なんですか?」
森くんが答えると、伊丹さんはなんだか申し訳なさそうな面持ちで話を始めた。
「いやあ、私の孫のことなんだけどね」
「はい」
「叶絵(かなえ)っていってね。今年十八歳になったんやけど、高校は梅原高校に通ってて」
「梅原ですか?ここからだとまあまあ遠くないですか?」
森くんの言う通り、梅原高校だとここから電車で一時間はかかる。
「そうながいちゃ。実はちょっとわけありでな。もともとはその近くに家があんがいけど、母親と折り合いが悪くて、今は一時的にわしらんところで預かっとる感じなんやちゃ」
「そうなんですか」
「そうながいちゃ。息子…父親は、仕事が忙しくて家を空けっぱしなもんやから、余計に母親との関係で息が詰まったみたいで。それでなくても、ちょっとあの母親は変わっとるもんやから、叶絵もかわいそうで」
「そんで?その叶絵ちゃんがどうしたん?」
このままだと、見ず知らずの叶絵とやらの事情を延々と話されそうなので、俺は本題を促した。
「ああうん。ほら、今年音羽ちゃんもおらんみたいやし、笛方も足りんやろ?ちょっと君たちのほうで、獅子舞に誘ってみてやってくれんけ?叶絵にとっても息抜きになるやろうから」
「そういうことでしたら、なんなりと!むしろ大歓迎ですよ」
森くんは意気揚々と答えた。
「そう言ってくれるとありがたいわ。でも母親のこともあってか、えらい難しい子になってしまってな。わしらも手を焼いとるんやちゃ。いい子ながいけど、他人に対して心を閉ざしとるというか。やから君らみたいに年齢が近い人から祭りに誘ってもらうと、叶絵も少しは外交的になるんやないかと思ってな」
「なるほどな。つっても、俺らも二十八だし、年がちけえってわけでもねえけどな」
俺が自嘲的気味に笑うと、伊丹さんは「いやいや充分若いちゃ」と顔の前で片手を振りながら笑った。
そういうわけで、俺と森くんは、さっそく来週の日曜日に、叶絵ちゃん(伊丹のじいさん)の家に訪ねることになった。
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