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 おめでとう、人間。
 お前は聖剣の主と共にあることを、許された。

 自分の命を危険に冒しても、聖剣の主の命を優先した、勇気ある人間よ、認めよう。

 我が力は、そなたと共に。

 聖剣の主の次に、そなたを認める。

 そなたに、我が力の一端を授けよう―――――



 さて、問題です。「我が力の一端」と聞いて、どのようなものを浮かべるでしょうか?
 私は、攻撃手段でもくれるのかなって期待しました。

「・・・ナニコレ。」

 ベッドに起き上がった状態でいる私の膝の上には、一振りの抜身の剣が・・・間違いなく聖剣だろう剣が、あった。
 授けられた力を使った結果がこれだ。

「一端というか、本体来ているよね!?ナニコレ!?」
「どうした、シーナ!なっ!?呪いの剣がっ!」

 部屋に入ってきたユズフェルトはそう叫ぶなり、聖剣を窓から投げ飛ばした。ガヤーンと、何かが壊れる音が聞こえたが・・・

「シーナ、もう大丈夫だ。もう動けそうだな、よかった。」
「あ、うん・・・ありがとう。あれ、あの、聖剣は・・・」
「あれは、もう聖女にやったものだ。あれがあるとろくなことが無いから、もう忘れるのだ。」
「あ、はい。」

 聖剣を投げ飛ばした窓の方を見たユズフェルトの顔がかなり怖かったので、聖剣のことは忘れることにした。
 聖剣を呼び出せる力は、封印しよう。

「それより・・・本当に悪かった。シーナを、死なせてしまった。」
「・・・謝ってほしくないよ、ユズフェルト。だって、こうなることを覚悟して、私はユズフェルトと一緒にいたわけだし・・・それに、ユズフェルトを死なせたくないって思ったのは私だから、謝る必要ないよ。」
「・・・そうだな。けど、俺はこんな風にお前を死なせるつもりはなかった。あんなゴ-レム程度に・・・」

 確かに、ナガミも対応できた強さのゴーレムなら、ユズフェルトだったら瞬殺だろう。でも、あの時のユズフェルトは気を失っていて、私達がいなければ・・・おそらくゴーレムに抵抗することなく殺されていた。

「助けられてよかった。」
「・・・」

 黙り込むユズフェルト。
 確かに、自分の手柄みたいに言うのは間違っていたかもと思い直し、言いなおした。

「まぁ、私の力ではないけど・・・ユズフェルトを助けたのは、ナガミ達・・・だけど、その背中をきっちり押せた私のことも、少しは評価して欲しいな~」
「評価だって・・・だったら、シーナは最低だよ。」
「え・・・?」

 最低?
 ずきりと傷んだ胸。まさか、優しいユズフェルトがそんなことを言うとは思わなかった。ユズフェルトに、最低だなんて言われるとは思わなかった。

「ごめん・・・」

 泣きそうな顔をしたユズフェルトは、踵を返して部屋を出た。
 最低・・・それだけ言って、後は何も言わないで、謝るだけで、何が何だかわからない。

「なんで・・・」

 胸が苦しい。目が、顔が熱かった。
 涙が零れ落ちる。

 ゴーレムに殴られて、吹き飛ばされて、壁にたたきつけられた。あっちこっちから血が出て、口からも血を吐き出して、全身が痛かった。
 自分の体が、鳥肌の立つような音を発しても、頑張って耐えた。

 それ、すべてが最低だったの?

 あの苦痛は無駄だったの?

 ぽろぽろと涙があふれる。
 頭を振って、一部を否定する。

「無駄・・・じゃない。」

 確かに、最低な行為だったのかもしれない。ユズフェルトから見て、最低な行為だったのかもしれない。でも、無駄ではない。

 だって、ユズフェルトは生きているから。

 そう、私はユズフェルトに褒めてもらいたいから、頑張ったわけではない。ユズフェルトに生きて欲しいから、死んでほしくないから、頑張ったのだ。
 あの苦痛も、死んだことも、すべてはユズフェルトを死なせないために耐えた。

 それでも・・・
 称賛を期待していたわけではない。だとしても、最低だなんて言って欲しくはなかった。

 一人静かに泣きながら、もう一緒にはいられないかもしれないと、そんな不安を抱えてさらに泣いた。



 最低だ。
 シーナの部屋を出て、隣の部屋・・・自分に用意された部屋に戻ったユズフェルトは、扉に背を預けてそのまま崩れ落ちる。

「最低だ・・・俺は。」

 シーナは、ユズフェルトを守ろうと自分なりに考えて、行動に移してくれただけだ。それは、ユズフェルトの願いを叶えようとしたことで、礼を言われることはあっても罵られるようなことではない。

 だが、ユズフェルトは素直にそのことを喜べなかった。いや、喜べなかったというより、怒りさえ感じている。

 シーナが死んだ。そのことに一番傷ついているのはユズフェルトだった。
 そのシーナの死を引き起こしたシーナ自身を、恨まずにはいられない。

「違う、違う。」

 シーナのせいではない、ユズフェルトの責任だ。
 ユズフェルトは、代わりに死んでほしいとシーナに願っていた。シーナはそれを実行に移したにすぎず、シーナを責めるのはお門違い。
 それでも、他に方法はなかったのかと、責めたくなる。

 目を閉じれば、シーナの濃い血の匂いが鮮明に思い出される。血だまりに沈んだ彼女の青白い顔も思い出す。
 トラウマだ。

 俺が、気絶していなければ・・・聖剣を抜こうなどと思わなければ・・・

 龍の宿木に、もっと力があれば・・・

 シーナは死なずに済んだ。

 だんっと、床を殴る。それでもおさまらない怒りに、髪をかきむしった。
 頭を抱えて丸くなれば、隣の部屋からすすり泣くシーナの声が聞こえて、ユズフェルトは耳をふさいだ。

「最低だ、俺は・・・」

 そんなこと、ペンダントを手に入れた時に、シーナと出会ったときに、何度も確認していたことだ。

 英雄・・・ワイバーンから村を救ったとき、ナガミの故郷を襲うワイバーンを倒した時、王都を襲撃したワイバーンを倒した時、ユズフェルトは英雄と呼ばれた。
 ユズフェルトは、その言葉が嫌いだ。

 危険を承知で、人々を守るためワイバーンと対峙する英雄。ユズフェルトは、そんな人間ではない。
 倒せるから、倒した。ワイバーン、他の魔物にしても、すべて同じ理由で倒したに過ぎない。正義感から、人を救いたいという思いから、倒したわけではない。

 命の危機など一度も感じたことがない。もし、それを感じたのなら、ユズフェルトは真っ先に逃げるだろうと思っている。

 自分が一番大事。
 自分のためなら、村でも町でも国でも、平気で見捨てる。仲間にしたって、いざとなれば盾にするつもりだし、シーナに関しては身代わりにするつもりだ。
 そんな最低な人間が、最低だと理解している自信が、英雄と呼ばれることが嫌だった。

 周囲がユズフェルトを英雄と呼ぶのは、いまだにユズフェルトが命の危機を感じたことが無いからだ。そうでなければ、彼は英雄などとは程遠い・・・
 勇気も、優しさも、すべて虚像。本当のユズフェルトに、勇気などないし、本物の優しさなどない。

 勇気とは、自分よりも強い者と対峙する者が持つ。ユズフェルトにはいまだに経験のないことだ。
 優しさとは、自分が大変な時でも助けるための手を惜しまない、そんな者が持つ。余裕のあるユズフェルトが、片手間に助けるそれとは違うのだ。

 最低。それは、ユズフェルトが自身に与える評価だった。


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