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54 勘違い
しおりを挟む決まったようだな。
そう呟いて、ナガミは正面を見据える。アムは、ユズフェルトを抱え直して、この部屋を出る準備を整えた。
彼らがこの部屋から飛び出せば、数体のゴーレムは彼らを追うだろうが、残りは私が相手をしなければならない。相手・・・とはいっても、私には逃げることと殺されることしかできないだろうが。
準備が整った。そう感じたのだが、一人だけ準備を整えていないものがいる。
「そんなこと、できるわけがないって、わからないの!?」
今、まさに龍の宿木の決定権を握っていると思われるアーマスが、叫んだ。
私は、意味が分からず首をかしげる。
「アーマス、いったい何を言っている?この女を置いて行く、今の状況の最適解だろう?それができないとは、どういうことだ?」
「・・・時間が無い。すぐに地上へ出るべきだ。」
パラパラと天井から小石が降ってくる中、アムの言う通り時間が無いことはわかり切っているのに、まだ動かない。
それは、アーマスが私を置いていけないと言ったから。そして、脱出するにはアーマスの力が必要なので、即座に私を置いて行く決断をした2人も動けないでいた。
なぜ、アーマスがこのようなことを言うのか、理解ができない。確かに、彼はナガミやアムに比べて私に対しての接し方が優しかったが、まさか情がわいたということではないだろう。彼の優しさが偽物だということは、彼の冷たい目を見ればわかっていた。
それが、なぜ?
「2人共、ユズフェルトに何と言うつもりだい?ここでシーナちゃんを残したら、俺たちはユズフェルトに殺されるよ?」
「・・・考えすぎだ。」
「そうかな?俺はそうは思わないから、シーナちゃんを置いて行くつもりはない。」
ずいぶんな買い被り?勘違いもいいところだ。
私が死んだらユズフェルトに殺されるだなんて、まさかそんなことあるわけがない。確かに、ユズフェルトにとって私は命を守るのに必要な身代わりだ。しかし、身代わりが死んだとして、仲間を責めるだろうか?
たとえば、私を殺したのだとしたら、それは責めるだろうし、勢い余って殺すなどということは考えられる。
しかし、今回はユズフェルトや自身の命を守るために、私を見捨てるだけなのだ。命を守ってもらったことに感謝はしても、私を見殺しにしたことで恨まれることはないだろう。
「たとえ、そうだとしても・・・アーマス、状況を見ろ。今のメンバーで、全員が助かるのか?私はゴーレムを排除しながら地上へ上がることは可能だが、その人間の女を背負っていくことは不可能だ。体力がないからな。」
「僕も、2人を背負って地上までは・・・走れないな。」
「アーマスには先陣を切ってもらうか、後ろの守りに徹してもらう。そんなこと、人を抱えながらできることではないだろう?ただでさえ、ユズフェルトを背負っているアムを守りながら進むのだ。無理に決まっている。」
「それは・・・そうだけど。」
ナガミには、私を背負って行く体力がない。
アムは、もうすでにユズフェルトがいるので手一杯だ。
アーマスは、体力はあるが、ナガミのように魔法でゴーレムを倒し続ける魔力はないので、体術になってくる。そうなると私を背負っているのは難しい。
無理だ。私でもわかること。
私は、戦う力もないし、彼らのスピードに合わせて走ることもできない。一緒に地上に行くことはできないのだ。
わかっているはずなのに、それでもアーマスは動かない。
このままでは、全滅してしまう。
ユズフェルトが、死んでしまう。
背筋がゾクリとした。
「アーマス、いいから、行って。」
「・・・できない。」
「生きてあなたたちの前に、また現れればいいでしょ?それくらい私ならできるから、早く行って!」
「できるはずがない。そんな力があるなら、俺たちと一緒に逃げられるはずだ。俺たちと行けないってことは、そんな力ないってことだよ。」
「馬鹿にしないで!」
目を吊り上げて、大声を張り上げる。
私は怒っていた。先ほどから、アーマスの勘違いがひどいのだ。ユズフェルトが私をどう思っているだとか、私がどういうことができるのかだとか、全くわかっていない。
いや、そんなことはどうでもいい。とにかく、早く地上へ向かってほしかった。
パラパラと天井から降る物が、砂から小石、今は度々こぶし大の石まで降ってくる。もう時間が無いのだ。
このままでは、本当にみんな死んでしまう。・・・私以外。
「なんで、私がユズフェルトと一緒にいると思う!?私は、ユズフェルトに頼まれたの!もしも、ユズフェルトが死にそうになった時、必ず助けて欲しいって・・・だから、生活の面倒を普段見てもらっているの!ここでユズフェルトを死なせたら、私がいる意味がない!」
私は、アーマスの肩を思いっきりつかんで、突き飛ばした。
アーマスは倒れることなく、少しバランスを崩した程度だったが、驚いた顔をする。ここまで私が抵抗するとは思わなかったのかもしれない。
「生きていればいいでしょ!?なら、生きて、またあなたの前に現れるから、行って!」
「そんなこと、できるわけ」
「やってみれば、わかるよ。できないなんて、あなたが私を知らないから言えることだよ。ユズフェルトが、何の力もない人を側に置くと思う?置かないでしょう?」
私は、堂々と、腰に手を当てて、アーマスを見据える。
「魔の大森林で生き抜いた実力、思い知らせてあげるよ。」
「・・・やっぱり。」
ぼそりとアーマスが呟いたが、その続きはナガミにさえぎられて聞けなかった。
「人間の女がこう言っているのだ、行くぞアーマス。じゃ・・・いや、またな・・・シーナ。」
「うん。ユズフェルトをお願い。」
「言われなくても。」
ナガミに引っ張られるアーマスと目が合った。
冷たい赤の瞳は、納得したとでもいうように落ち着いていて、もう私を置いていけないなどとは思っていないようだ。
最初から、ユズフェルトに怒られるのが嫌という理由だったので、私を置いて行くことに関してはそれ以外抵抗がないのだろう。
何も不思議なことではない。龍の宿木は、結局ユズフェルトのためにあるようなもの。お互いに仲間意識や情というものはないのだ。
ユズフェルトとナガミ。
ユズフェルトとアム。
ユズフェルトとアーマス。
そういう関係なのだ。ユズフェルトがいるから、龍の宿木にいる。お互いは、ユズフェルトの関係者程度の情しか持っていない。
この旅では、よくそれが分かった。
まぁ、ナガミとアーマスは、少しだけ仲がいいように見えたけどね。
ナガミが風魔法で、連続してゴーレムを崩す。先へ続く道が開け、アーマスはこちらを一度も見ずに部屋を出た。それにアムが続いて、最後にナガミが私を一瞥してから、部屋を出た。
ドスンドスン。
彼らを追いかけるゴーレムの足音が響き渡った。
そして、ナガミが崩した、ゴーレムだった岩が、私の目の前で再びゴーレムの形へと戻る。
もう、みんなの背中は見えない。たった一人の部屋で、私は冷や汗を流しながらもそんなゴーレムと対峙する姿勢を見せた。
痛いから、死にたくないなぁ。
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