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48 聖剣
しおりを挟む聖剣都市、マシュッドット。聖剣の名をつけられた都市は、どんな時もにぎわっている。近くにダンジョンがあるというのも理由だが、一番はそこに聖剣があるから、という単純な理由だ。
聖剣を手にしたい、野心家。
聖剣を目にしたい、野次馬。
それらの人々を客とする商人。
聖剣は、そこにあるだけで人々を集める。
マシュッドットの都民にとって、聖剣は必要不可欠なものだ。
地下の奥深くに聖剣は眠っている。人工的に作られた地下は、何もない一本道の両側に小部屋がいくつかあるが、そこにも何もない。昔は何かしらあったのかもしれないが、盗人でも入ったのか、何もない。
地下は、12階まであるが、すべて同じようなフロアが続くばかりで面白みがない。最下層だけが大部屋で、中央に聖剣が鎮座している。
地面に突き刺さった聖剣を抜いたものだけが、その聖剣を手にすることができる。そのような言い伝えを聞いて、聖剣に挑戦する者は数えきれないほどいたが、いまだに聖剣を手にする者は現れなかった。
聖剣を抜くことができるものなど現れない。
それが、マシュッドット都民の考えで、だからこそ国から派遣された聖女が現れたとしても、全く動じなかった。
聖剣が抜かれることがあれば、今の生活はできなくなる。その恐ろしさはわかっていたが、聖剣が抜かれるとは全く思っていないからこそ、彼らは聖女を温かく迎えた。
聖剣と同じように聖女もまた、都市を活気づける役に立つのだから、当然だ。
「こちらが入り口となっております。ここからは、聖剣に挑戦する者とそのお仲間以外はいることができません。」
「それは、どういうことなのかしら?」
「そういうものなのです。まず、最初に挑戦者の方に入っていただきます。すると、見えない壁のようなものが現れ、それ以降はいる人間は挑戦者の仲間のみとなるのです。」
「不思議な場所ですね。魔法でしょうか?」
コリンナに意見を求めるように聞いた聖女に、コリンナは首を振って答えた。
「今のところ魔法の可能性はないわ。挑戦者が入ってから発動する魔法や魔道具だとしても、その気配が全くないのはおかしいわ。」
「気配を全く感じないのですか?」
「えぇ。人を感知して発動するものだとしても、感知するのに魔法を使う必要があるので、全く魔法の気配がないのはおかしいわ。私の魔法感知能力は優れているので、見落としているということはないと、はっきり断言するわ。」
「信じていいだろう。コリンナは、魔道具に関して右に出るものはなく、魔法に関してもたけている。だが、だとしたらなぜそのような不思議なことが・・・?」
疑問に思う王子から視線を外して、聖女は次の質問をすることにした。
「気になったのですが、その挑戦者と仲間以外はいることができなくなるということは、もしも挑戦者が地下に居座った場合、他の挑戦者が入ることができませんよね?」
「はい、もちろんです。ですが、居座ったとしても半日が限度です。」
「それはどういう意味ですか?」
「外に出されるんだよ。」
聖女の質問に答えたのは王子だった。
「本当ですか?」
「はい。挑戦者によりますが、早いと3分、長くて半日経つと、強制的にこの場所に戻されるのです。そして、戻されたものはそれ以降、挑戦できなくなってしまうのです。」
「なるほど・・・それも、何か見えない壁に阻まれて、中に入れなくなるというものですか?」
「はい。」
聖女は、入口へと目を向けた。
そこは、左右に松明を均等に置いた階段があって、遺跡のような造りをした場所だ。松明は、毎朝マシュッドット都民が用意しているらしく、手軽にできる小遣い稼ぎとして人気だ。
「基本的に、日の出から昼休憩をはさんで夕方に挑戦なさる方が多いですね。この時間帯なら松明に火を入れていますし、気軽に挑戦できます。夜は、松明の火も消えているので、自前で明かりを用意してもらうことになります。」
「魔法があるから、夜に挑戦するのも手かもしれないわね。」
「明るい時間帯は挑戦者が多いですから、煩わしく感じる方は夜に参加されますね。そういう方は、本気のご様子で・・・装備もしっかりと整える方が多いですね。危険はないのですが・・・」
松明のない地下は、完全な暗闇出歩くことも困難になる。しかし、それだけだ。明かりさえ用意したならば、魔物も出ることがなければ野犬さえ出ない。
挑戦者とその仲間しか入れないのだから、ごろつきの心配もない地下は、下手したら町よりも安心だ。
都民たちは、完全武装で行く本気の者たちを、呆れた目で見送っている。
「今、挑戦者は中にいるのか?」
「いいえ。皆さんがいらっしゃることが分かっていたので、今日の参加は制限させていただきました。」
「それは助かった。では、今から挑戦するとしよう。」
宣言したのは王子だった。堂々とした姿は、もうすでに聖剣を手に入れたかのようだ。挑戦者としてやる気をみなぎらせた王子が一歩踏み出す。
「待ってください。」
「・・・なぜ止める?」
あきれたまなざしをした聖女が、王子を止めた。
王子は聖女を睨みつけたが、周囲の視線を感じて見れば、案内の都民以外が呆れた目をしているのに気づいて、咳払いをする。
「気が急いてしまった。」
「はぁ。案内ご苦労様でした。今日のところは挑戦するつもりはないので、通常営業を再開してください。王子、戻りましょう。」
聖女に続いて、ぞろぞろと宿へ戻っていく姿を見送った王子は、一度だけ地下への階段を見つめて、聖女たちの後を追った。
「王子は、王子としての自覚はないのですか?」
「何を言っている?」
宿屋に戻った聖女の第一声に、王子は戸惑った。なぜそのようなことを言われるのか、全く身に覚えがなかったからだ。
「お兄様は、なぜ王族が公式に、聖剣に挑戦しないかを、考えてくださいませ。聖剣は諸刃の剣というものですわ。」
「???」
「聖剣を手にすることができれば、王家は絶対的な求心力を得ますが、手にすることができなかった場合、それは汚点となるのではありませんか?」
「えぇ、その通りですわ。お兄様、失敗はしてはなりません。付け入るスキを与えない行動を心掛けること、もちろんわかっていますよね?」
「それは・・・あぁ。わかった・・・。」
王子として、軽はずみな行動をしたことを自覚し、王子は聖剣に挑戦することを諦めた。
王子とて、現実は見えている。いままで幾人もの強者が挑戦した聖剣、遥か昔には王族も密やかに挑戦したことも知っている。そんな過去の強者たちが、王族が手にできなかった聖剣を、自分が手にできるとは思っていない。
ただ、挑戦してみたかっただけだ。
もしかしたら・・・などという夢をもってもいいではないかと、少しだけ不貞腐れた。
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