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35 幽霊屋敷
しおりを挟むぎしっ・・・ぎし、ぎし・・・
「いや~雰囲気あるね・・・」
「外観石造りなのに、内装は木造・・・絶対狙っているよね。」
足を進めるたびにきしんだ音を出す床。鼻につくかび臭い匂いに、湿った空気がさらに異様な雰囲気を醸し出していて、天然のお化け屋敷だと、心の声がこぼれる。
「ここって、お客さん来るの?」
周囲に人がいないことを確認して、声を潜めてアーマスに聞くと、アーマスも同じように声を潜めて答えてくれた。
「さっきも言ったように、宿をとるのに苦労する町だからね・・・宿を取り損ねた客が来るらしいよ。そうでなかったら・・・普通はこんな場所に泊まらないでしょ。」
「・・・そうだね。」
宿屋の人には申し訳ないが、このようなお化け屋敷に泊まりたいと思うのは、そういうものを求める客くらいだろう。
「そういえば、宿屋の人は?私一度も宿の人を・・・というよりお客さんも見てないけど?」
「必要なとき以外は、別館にいるって言っていたよ。こんな日の当たりが悪い場所に一日いたら、身体に悪いだろうからね。客は知らないけど。」
「そうなんだ。夕食とかはどうなるの?」
「その時間になったら部屋に運んでくれるって。・・・それにしても・・・ナガミ、大丈夫か?お前ここに来てから一言も口を出さないけど?」
「・・・別に。」
私も気になってはいた。
実は、ずっと、ずーとナガミが無言で、私たちの後ろをついて歩くのだ。確かにナガミは口数が少ない。もっと少ないのはアムだが・・・今はここにいない。
ナガミは、話しかければ答えるし、何か思うことがあればかなり饒舌になるし、騒がしくなる。しかし、移動時や話に興味がないときはほとんど話をしない。だから、不自然ではないのだが・・・
ナガミは、プライドが高く、アーマスが取った宿屋に文句をいうことがしばしばあった。建物が古いだの、間取りが悪いだの、飯がまずいだの、不潔だなど。
そういった場面を見ているので、この宿屋がナガミのお気に召さないことはわかっている。床はきしむし、日当たりは悪い。かび臭い匂いを嗅げば、不衛生だと言ってもおかしくないのだが、ナガミは一切文句を言わない。
そして、黙って私たちの後ろをついて歩くものだから、この宿屋の雰囲気を相まってものすごく不気味なのだ。
文句でもいいから、少し騒がしくしてほしいくらいだ。
「もしかして、ものすごく怒ってる?でも、ここしか取れなくてさ。」
「別に怒ってはいない、仕方がないだろう。」
「ならいいけど・・・あ、この部屋だよ。」
キィっと音を立てて、アーマスが扉を開けて勧める。
いや、怖いから入りたくないのだけど!
中は窓から入る僅かな明かりだけで薄暗い。明かりが必要な部屋なので、先にアーマスが入って明かりをつけて欲しいものだ。
「・・・私、後でいいよ。」
「・・・あ、大丈夫だって!アムも中にいるし。」
「え・・・」
アーマスに言われて中をよく見ると、確かに何かが動いた。それに驚きながらも、しっかりとその何かがアムと確認して、私は中に足を踏み入れる。
廊下よりかび臭い。
ぐしゃもしゃぐしゃ・・・
「・・・」
口を引き締めて、悲鳴が漏れないようにする。
よく見ろ、アムだ。アムがいつものように食事をとっているだけだ。どこにも、死肉を食らうゾンビなどいない。
パタンっ。
背後でしまった扉に驚いて振り返るが、アーマスとナガミも一緒に部屋に入って来ていたので安心した。
「怯え過ぎだって・・・」
「全く・・・ほら、これでいいだろう。」
スッと出した手に、小さな灯をともしたナガミは、部屋の中央に座った。
いすや机などはこの部屋になく、ただ床にカーペットが敷いてあるだけだった。私もナガミの隣に腰を下ろした。
「なぜ、横に座る。」
「・・・いや、ナガミの近くでないと、暗くて怖すぎて。」
「・・・チっ。」
「ごめん。」
舌打ちをして嫌そうな顔をするナガミだが、それ以上は何も言わずそばにいることを許してくれた。意外と優しいな。火を消されるかと思っていた。
「素直じゃないよね~ナガミ。本当はシーナちゃんと一緒で、怖いんだろう?」
「・・・馬鹿馬鹿しい。」
「だったら、なんで火をランタンに移さないのかな?ランタンはアムが持っているし、そちらに火をつけたほうがずっと楽だよね?それなのに片手に火を出して、部屋の真ん中に来るってことは・・・」
「忘れていただけだ。アム、ランタンを出せ。」
「・・・」
アムは食べる手を止めて、傍らに置いてあった荷物からランタンを出すと、ナガミに向かって放り投げた。
それをアーマスが間に入ってキャッチし、ナガミの前に置いた。
「はい、どうぞ。」
「・・・フン。」
ナガミはさっさと火をランタンに移して、自分の持っている火を消した。
ランタンに火がともると、部屋は先ほどよりも明るくなって、部屋の隅以外は怖いと思わなくなるほどになった。
「それにしても、狭い部屋だな。」
「3人部屋だからね。」
「・・・この部屋しか取れなかったということか?」
「いいや。この部屋以外は、安全を保障できないと言われて・・・別に、危険な部屋でもいいというなら、好きに使って欲しいと言われているけど?」
安全が保障できないとはどういうことだろうか?この宿屋の雰囲気を考えれば、幽霊的なものが最初に浮かぶが、まさかそのような理由で・・・ない。絶対ない。幽霊が理由なんて、絶対ない。ないと言って欲しい。
「なんだ、床でも抜けそうなのか?それとも雨漏りか?」
「どっちもだって。廊下も十分に注意して欲しいって言っていたから、シーナちゃんは一人で出歩かないようにね。」
「わかった!」
「随分といい返事だな。」
それはもう、願ったりかなったりだ。こんな場所を一人で出歩けるほど、私はたくましく育ってはいない。この宿屋で一人にならないための口実は歓迎するところだ。
夕食時。
唐突に部屋に響いたノックの音に、私は心臓が嫌な音を立てた。
ユズフェルトが来たのかな?何ということは考えられず、遂に幽霊とご対面か!という心境であった。
さっと、アーマスが扉を開けて外へと出る。帰ってきたときには、温かい食事を手にしていた。
どうやら、ユズフェルトではなく、幽霊でもなく、夕食を運びに来た宿屋の人だったようだ。
そのことに心底安堵して、私は受け取った夕食のホットサンドを口にした。
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