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34 温泉町

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 王都を出た私たちは、いくつかの町や村を通って、温泉町にたどり着いた。
 温泉町はその名の通り、温泉が名物で温泉を中心とした町づくりをしている。宿屋には必ず露天風呂があって、その影響だろう景観を保つ努力がなされていて、町はどこを見ても美しかった。

 温泉町とはいっても、ここは異世界。立ち並ぶのは和風の建物などではないが、クリーム色の石造りの建物で統一されて作られていて、とても美しく感じた。

 料理も温泉水を使ったものが多く、流石に温泉まんじゅうなどはなかったが、温泉蒸しパンがあった・・・おいしい。

 もぐもぐと蒸しパンを食べながら歩いていると、前方から駆け寄ってきたアーマスが、宿屋を取ったというのでそちらに向かうことにした。
 毎回先行して村や町に行くアーマスは、こうやって私たちが観光している間に宿屋を見つけて部屋を確保してくれるのだ。
 雇われの身は大変である。

 龍の宿木での役割が最近分かってきた。
 ユズフェルトとナガミは、基本戦闘だ。ただ、ユズフェルトについては、私のお世話をするということで、付き添い、買い物、財布、家事なども担当している。
 ナガミは、本当に何もしない。

 アーマスは、宿をとったり、ギルドで適当な依頼を見繕ってきたりと、チームの交渉役と言ったところか・・・心の中で雑用係と言っていたことは、忘れる。
 いいように使われているのではないかと思ってはいても、それを指摘するつもりはない。

 アムは、荷物持ちだ。

 それにしても楽しみだな。異世界に来て露天風呂が楽しめるとは思わなかったので、話を聞いた時からずっと楽しみにしていた。

 もしかしたら、温泉まんじゅうや瓶の牛乳があるかもしれないと期待したが、温泉まんじゅうは蒸しパンで、瓶の牛乳は見当たらなかったので、そういうたぐいのものはなさそうだ。
 残念。

「アーマス、少し頼めるか?」
「別にいいけど?」
「ユズフェルト、どこか行くの?」
「あぁ、少し用があってな。すぐに戻るから、アーマスから離れないように。シーナをしっかり守ってくれ、アーマス。」
「任せてくれ。」

 ユズフェルトは、私の頭にそっと手を置いてから、全速力で何処かへと行ってしまった。そう、全速力だ・・・瞬間移動としか思えない速度で、私から見たら唐突にユズフェルトが消えたのだ。
 前、身体能力の高さを称賛して、できないことはあるのかと聞いたことがある。そうして出した答えが、瞬間移動はできない、だった。
 それ以外ならできるということだろう・・・怖いな。

 それにしても、辺りは薄暗くなっている。もうすぐ夜だというのに、一体何の用があるのだろうか?すぐに戻ってくると言っていたから、町の外には出ないと思う。ここまで通ってきた道にある店で、何か気になる物でもあったのだろうか?

「さて、シーナちゃんはこれからどうする?まだ散策する?それとも、宿屋に行くかい?俺は特に用事もないから、どちらでもいいけど。」
「・・・宿に行く。」
「りょーかい。」

 私の肩を抱くようにして、アーマスは笑顔を浮かべた。
 黒い髪の隙間からのぞく赤い目。たれ目なので、どのような表情をしていても優しく感じるが、笑顔は一番その目に合っている。この笑顔で、何人かの女性が騒いでいたのを見たことがあるが・・・

 最近気づいたことがある。アーマスは、優しげな表情をするが、目だけは冷徹なまま変わらないのだ。
 女性を口説くときも、その目は冷たく・・・本気で口説いているようには見えない。しかし、相手の女性は本気にして夜の町に消えていく2人を何度か目にしたことがあった。

 よく女性を口説いているが、全く楽しんでいる様子はない。それがどうも不思議で、考えていることがよくわからず、アーマスのことは避けるようにしていた。
 下手をしたら、ナガミよりも得体が知れない。話しやすさは圧倒的にアーマスの方が上だと思える外見なのに、実際過ごしてみればナガミの方が話しやすい人間だった・・・いや、エルフだった。

「ここってさ、宿が取りにくいって聞いていたんだけど、本当に取りにくくてさ・・・まぁ、あそこしか取れなかったんだよね。」
「あそこ?」

 アーマスが指さす先を見れば、ひときわ豪華な白い建物が建っている。貴族の別荘かと思っていたが、どうやら宿屋のようだ。
 あの大きい建物なら、露天風呂もさぞかし広いだろう。

 人がいなかったら、泳ごうかな?

「あー・・・たぶん、見ている方が違うよ。あの大きな立派な建物ではなくって、その先にある、少しくすんだ建物だよ。」
「え?」

 白い建物が立ち並ぶだけで、くすんだ建物というものが目に入らない。あの建物の先にそんな建物があるだろうか?
 よーく目を凝らして見るが・・・立派な建物の濃い陰が降りていてよく見えない。

 やっとその建物、今日泊まる宿屋へと着いた私は、さっと血の気が引いた。
 薄汚れた、明らかに場違いな宿屋は、隣の立派な建物の半分もない大きさで、おそらくそのせいでいつも日陰にいることになるのだろう。建物は苔むしていて、辛気臭い雰囲気が漂っていた。

 お化け屋敷・・・唐突に浮かんだ言葉に、ゾクリと寒気がした。

「本当に、ここに泊まるの?」
「ここしか空いていなかったからね。少し・・・あれだけど、野宿よりはいいでしょ?」

 この宿をとるまでに、町を駆けずり回っていたであろうアーマスに、野宿の方がいいとは、流石に言えなかった。


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