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 エルフは、もっとも優れた種族である。しかし、それは人種という区切りの中に限るものだ。魔物と比べると、どうなるのか?
 スライムなら、ゴブリンなら、オークなら・・・エルフは、華麗に勝つことが可能だ。

 なら、ドラゴンは?

 その答えが、ナガミの目の前にある。
 一人のエルフに向かって、ドラゴンがその鋭い爪を向ける。そのエルフは、ドラゴンに向かって火の魔法攻撃を行っていた。しかし、その攻撃はドラゴンに全く効いておらず、ただドラゴンを刺激しただけの結果になった。

 攻撃魔法を放ったばかりで、しかもドラゴンが自分に攻撃を定めて来るとは思わなかったのだろう、エルフは自分を守る魔法を放つこともできず、その身体能力で攻撃をかわす様子もなく・・・

「チっ!」

 舌打ちと共に、ナガミが風の盾を出した。がきんっという音がして、ドラゴンの爪が風の盾に当たると、ドラゴンは上空にあがる。盾は攻撃をそらしエルフを守ったが、すぐさま消えてしまった。

「ただの爪の攻撃であれか・・・」
「ナガミ、どうする?いくらお前でもあれは・・・」

 エルフの男が思うように、ナガミも早々に結論づけていた。自分にはドラゴンを倒すことが不可能だと。

「確か、ドラゴンの最大の攻撃は、ブレスだ。爪や牙を使った攻撃なら・・・攻撃をそらすことはできる。しかし、ブレスをそらせるかはわからない。」

 苦虫をかみつぶした表情でそう言って、ナガミは上空のドラゴンを睨みつけた。いらだたし気な咆哮を放ち、里を探るように周回するドラゴン。ひとたび攻撃に転じられれば、里を守り切るのは難しいと、ナガミは結論づける。

 その言葉を聞いて、エルフの男は決心した。

「里を、捨てよう。」
「正気か?」
「守れるのか?」
「・・・」
「お前が守り切るというのなら、俺たちは全力でお前のサポートをする。お前ができるというのなら、できる。だが、お前が難しいと思うのなら、それは難しいだろう。難しくてできるのなら、やるべきだと思うが・・・そういう意味で難しいわけではないだろう?」

 難しい・・・ドラゴンを倒すことは可能だが、それは大変な困難を伴う。そういうことなら、里を手放すとは言わないだろう。
 彼らの住む場所は、例え困難だろうと守る価値があるからだ。

 しかし、今回は・・・ドラゴンを倒すことはほぼ不可能だろうという意味だった。

「あぁ。私には・・・倒すことができない。ドラゴンの情報は少ないし、私はドラゴンと戦うことを想定など、全くしていなかった。」
「・・・わかった。俺だって、魔物が里を襲うなんて・・・考えてもみなかった、気にするな。」

 ナガミの肩をポンと叩いて、エルフの男は逃げるように指示を出すために、ナガミの前から去った。

 ナガミは、魔物が里を襲うことまでは想定していた。でも、それは人間が魔物を利用して里を襲わせた場合の想定で、人間の手に負えない魔物のことなど全く考えていなかったのだ。

「愚かだった。」

 無為に、すべてを諦めて過ごしていた自分を張り倒したい気分になったナガミは、こぶしを握り締めて震えた。
 もっと知識を詰め込めば、ドラゴンの弱点を知ることができたかもしれない。もっと魔法の研究をしていれば、ドラゴンを倒すような力を手に入れていたかもしれない。

 ナガミは、エルフだった。
 そう、いつも見下していた他のエルフと変わらない、愚かなエルフだったのだ。

 優位ゆえに他種族を見下し、その力に胡坐をかいて・・・おごっていたのだ。

 そっと腰に手をやれば、里の宝であるアイテム袋の感触が伝わってきた。里を守る代わりに、自分より偉大な古代エルフが作ったこの宝を譲り受けた。

「対価に見合った働きをするのは、当然だ。」

 里を守る・・・それはできない。しかし、エルフだけは、誰一人死なせはしない。そう決意した。
 周囲をうかがって、周りにエルフがもういないことを確認した。遠くの方で、先ほどのエルフの男が手を振っているのが見える。おそらく、早くお前も来いということなのだろうが、ナガミはそれを無視でも追い払うかのような手ぶりで応えた。

 先に行け。

 顔を上げて、ドラゴンの様子を見れば、逃げ出すエルフたちを目で追っていた。ナガミは、手をドラゴンの方に向けて、魔力を込めた。

「お前の相手は・・・私だ。」

 軽い、魔力消費を抑えた火の攻撃魔法をドラゴンに放つと、ドラゴンの意識はナガミへと向いて、ナガミに向かってドラゴンが急降下した。

 まずは避けてみるか。
 先ほど風の盾が壊れたのを見たナガミは、魔力を温存することも考えて身体能力で避けることにする。
 ナガミに向かって鋭い爪を向け、急降下するドラゴンの動きを把握し、右の方へとよけた。次に後ろへ。

 目の前にドラゴンのしっぽが降り下ろされて、地面がえぐれる。
 顔の前に手をやって、しっぽを振り下ろされた時に発生した風圧と砂ぼこりを防御した。

「これは、なかなか。」

 すぅーと、冷や汗が流れ始めたナガミの顔は、引きつった笑いになっていた。

 かすれば、大怪我。命中すれば、即死か・・・さすが、魔物でも最強と言われるドラゴンというところか。

 右に飛んでよける。先ほどまでナガミがいた場所に、ドラゴンの鋭い牙が攻撃をする。ナガミが対応できる速さということだけが、救いだった。

「いつまで、よけていられるか・・・」

 せめて、エルフ達が森を出るまで。
 持ちこたえられるだろうか?いや、持ちこたえなければ!

 手を前に出して、風の攻撃魔法を放つ。鋭い刃の形をした風魔法が、ドラゴンのうろこをなでるが、全くびくともしない。
 攻撃は当たるが、効果は全くない。逆に、ドラゴンの攻撃は避けられるが、当たればただでは済まない。気の抜けない状態が続くことは明らかだったが、決意したナガミが諦めることはなかった。

 倒さなくていい。ただ、時間を稼げばいいのだ。




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