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6 友達

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 エン様の婚約者になって3年、エン様との関係も良好で城にも慣れてきた・・・と、周囲が判断する頃合いに、少しずつ妃教育が始まった。

 まぁ、2回目なので難しいことはないけど、復習だと思って真面目に取り組んでいる。真面目に取り組まない場合、天才などと勘違いされてはたまらない。真面目に取り組んでいるからこそ、妃教育を順調にこなせるところを見せなければならない。



「今日はここまでに致しましょう。ミデンは、呑み込みが早くてうらやましいわ。」

「そんなことは・・・義母様の教え方が私に合っているだけです。いつもありがとうございます。」

 私の妃教育を担当してくれるのは、現国王の伴侶でエン様のお母様のこの国の女王だ。ゲームでは登場しなかったが、1週目で親しくさせてもらったので、人柄はよく知っている。

 一言で言い表すなら、愛情深いお人だ。



 エン様と婚約した当初は、笑顔の裏で私を品定めしてエン様にふさわしいかどうかを吟味していた。そして、嬉しいことに認められたようで、ある日お茶会に呼ばれてからは、「義母様」と呼ぶように言われて、娘同然に可愛がられている。



「あら、嬉しいことを言ってくれるわね、ミデン。そんな可愛い娘には、おいしいお菓子をあげましょう。」

 女王がその言葉を放つと同時に、続き部屋に控えていたメイドが現れて、かごいっぱいに入ったマドレーヌをソーニャに渡した。



「まぁ、義母様。私を太らせてどうなさるおつもりですか?」

「それはもちろん、おいしく肥えたところで、エンに食べてもらおうと思っているのよ?」

「では、エン様のお腹を満たせるように、おいしくいただきますわ。ありがとうございます、いつも嬉しいです。」

「お礼なんて言わなくていいわ、大切な息子のためですもの。さて、引き留めて悪かったわね。ごきげんよう。」

「ごきげんよう。」

 この挨拶に関しては、1週目なれなくて羞恥心を押し殺して言っていたが、2週目ともなればお手の物だ。自然といえるようになれば何も恥ずかしいことはない。







 勉強部屋を出て、帰るために兄を待つことにした。しかし、兄が来るのは3時間後だと聞いて、私は時間をつぶすことになった。

 使ってもいいと部屋を用意されたのだが、城の書庫の利用許可がおりたことを思い出し、私は書庫で時間をつぶすことにした。



 1週目で、妃教育が始まった頃合いに、そう今と同じ頃合いに書庫の利用許可を取った。あの時は、この世界のことをよく知りたいと思って本を読みたかったのだが、難しくてあまり進まなかった。なら、なぜ2週目も利用許可を取ったのかといえば・・・



 キィ・・・書庫の扉が開くと、独特のこもった匂いがもれる。小さな窓から入る僅かな光で、中に誰かがいることはすぐにわかった。



 よかった、運がいい。

 私の目的は書庫の本ではなく、その人物。



「誰?」

「初めまして、ミデン・プロートンです。」

「・・・あぁ、兄の婚約者か。」

 エン様の婚約者になって、ご両親には挨拶をした。国王と王女ね。でも、エン様の弟とは挨拶をせず、顔もあわせず3年が経ち・・・前回同様、ここで出会う。



「デュオ・・・殿下とか王子とか言われたくないから、名前で呼んで。」

「はい、デュオ様。」

 この国の第二王子、デュオ・イリアコ・フォース・ペンプトン。エン様の弟で、光の魔法を使える。エン様に比べて名前が多いのは、光の魔法の使い手でもさらに強い魔法を使えるからだ。



「ところで、こんなところにお嬢様が何の用?」

「書庫に来たのですから、目的は一つです。本を探しに来ました。」

「・・・そう。お嬢様に読めるとは思えないけど。」

「やってみなければ、わかりませんから。」

「好きにしたら。」

「はい。」

 好きにしろと言われたので、私は一通り本棚を見回ることにした。どこにどのような本があるかはわかっているが、今の私は初めて来る書庫ということになっているので、この方が自然だろう。

 それに、特に目的の本があるわけでもない。兄が来るまでの時間つぶしとデュオの好感度を上げるためにここにきているのだ。



 その日は、それで終わった。それから私は、何度も書庫に通ってデュオの好感度を上げ続け、遂に最後の攻略対象・・・いいや、最初の友達と出会ったのだ。







 それは、エン様とのお茶を終えて、少しの間ソーニャが私から離れた時のこと。バラ園にいた私は、近くで薔薇を見ようと立ち上がって、椅子に足を引っかけて転んだ。



「いつつ・・・」

「大丈夫ですか?」

 すっと差し出されたのは、自分より少しだけ大きな手。その手は、同じ女性でありながら人を守ることを誓って訓練を重ね、皮膚の厚くなった固い手だ。



「ありがとう・・・えっと。」

「・・・テッセラです。バラを見たいのですよね?行きましょう。」

 柔らかそうな茶色の髪と瞳。実は、彼女の髪の触り心地がいいことを私は知っていて、だからその髪に熱い視線を送ってしまう。

 ひそかに、彼女のポニーテールを犬のしっぽだと幻視ている。そのしっぽが、リラックスしたようになっているのを見て、私は胸をなでおろした。



 どうやら、嫌われてはいないようだ。



 なぜ、彼女に嫌われていないことを安心するか、それは嫌われることがあっても不思議ではないと思っているからだ。

 だって、彼女はデュオのことが好きだから・・・最近よく会っている私に対して、好感度を上げている私に対して、いい思いをするはずがないのだ。

 それでも、1週目は、今もだが彼女がそのことで気分を害した様子はない。



「あの・・・」

「妃教育は大変でしょう。少しでもここのバラたちが、あなたを癒してくれればと思います。バラは好きですか?」

「はい。大きくて、美しいバラは、そこまで育て上げた方の努力が報われたようで、好きです。それに、迷わなくていいですから。」

「迷う、ですか?」

「はい。恥ずかしながら、花については知識不足でして・・・これは何の花だったかしらと首をかしげることが多いのです。でも、バラは間違えることはありません。」

「ふっ。失礼・・・馬鹿にしたわけではなく、可愛らしいと思ったのです。才女といわれたあなた様にも苦手なことはあるようですね。我も、バラが好きです。そうですね、我もバラは間違えない。」

「・・・才女?」

「ミデン様とお呼びしても?」

「えぇ、それはもちろん・・・あの、先ほどの才女とは?」

 才女など1週目では聞かなかった言葉だ。一体何の話だと真剣に聞けば、テッセラは一瞬真面目な顔をした後、年相応に声をあげて笑った。



「ふ、ははは!自覚はないようですね。ミデン様、この薔薇を見てください。」

「嫌です。」

「え?」

「だって、バラを見たらあなた消えるでしょう?」

 1週目の時、テッセラは私がバラを見ている間に消えた。「時々見守ります」という謎の言葉を残して消えたのだ。今回はそうはさせない。



 テッセラと会うのは難しく、簡単だ。友達なら簡単に会えるが、護衛対象として見られるとほぼ会えなくなってしまう。そんなのは嫌なので、ここではっきり言おう。



「テッセラ様・・・いいえ、テッセラ。私と友達になって?」

「友達ですか。正体不明の相手をお友達になさるので?」

「正体不明じゃない。あなたはテッセラ、私はミデン。お互い名前を知っているし、好きな花だって知っているでしょ?」

「・・・即答はできかねますね。一度持ち帰らせていただきます。」

「いい返事を待っているわ。」

 私は、テッセラが先ほど指した薔薇に目を移す。すると、彼女から柔らかい気配がして、何かと彼女の方を見たが、もう彼女はいなかった。



 2週目も友達になれるといいな。









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