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49 帰ってきた友
しおりを挟む目が覚めると、いつもあいつらは死んでいた。
だから、あいつに眠らされるたびに、これがこいつを見る最後かと思い、殺さないこいつを甘い奴だと笑った。
何度も繰り返す。何も知らないあいつと仕事をして、あいつがあの女と出会って、あいつらは死ぬ。何度も繰り返していたせいで、いつかしか忘れていた。
あいつらが死なない時もあることを。
何度目かの目覚め。起き上がった俺は、楽園島の墓地へと行く。そこで、信じられないものを見た。
「ギフト。」
「・・・もう、目が覚めたのですね。」
俺に背を向けていたそいつは振り返って、真っ青な顔を見せた。
「お前、ギフトなのか?」
これは、新しいギフトではなく、俺が眠る原因を今回作ったギフトなのか、という意味だったが、相手には伝わらなかった。
「失礼な人だ。なんでそんな、幽霊でも見たような顔をするのです?いくらここが墓地だとしても、ちょっと失礼ではないですか?」
ギフトは、生き残った。一人生き残って、繰り返しを止めたのだ。
ただ、繰り返しを止めたと言っても、それはギフトのみに言えることだった。ギフトが望む望まない関係なしに、あの女が置き換えられた。
何度目かの目覚め。起き上がった俺は、楽園島の墓地へと行く。そこには、誰もいなかった。
また、同じ繰り返しだ。
そうして、同じような繰り返しが続いて、それは起きた。
「嘘・・・だろ?」
血を流し倒れる女。卒業式が終わって、すぐのことだった。手を下したのは俺ではない。なぜ、俺ではないのか。
何度目かの目覚め。だが、寝ている場所が医務室ではない。
「おはようございます。」
地を這うような低い声で、ギフトが挨拶をしてきた。俺を恨めし気に睨んでいる。女が死んだのは、俺のせい。そう言いたいのだろう。いや、そうなのだろう。
俺は仇なのだ。
ギフトの甘さに、俺は笑う。仇でも、お前は俺を殺さないのかと。
「なぜ、彼女をあの島に連れてきたのですか。」
「そんなの決まっているだろう。あいつが望んだからだ。」
「・・・そうですか。」
この程度の言葉を交わすために、俺は眠らされたらしい。いや、もしかしたら殺すつもりだったのかもしれない。でも、何かの理由で殺せなかったのだろう。
「お前、知っているか?あの女は、永遠の命を持っているんだぜ。もうすぐまた会えるが、お前はどうするんだ?」
「・・・そうですか。なら、僕は全力でその子を守ります。」
「そうか。ま、がんばれ。」
「今度は、連れて行かないでください。次は、もうないと思ってください。」
鋭い目で睨まれて、俺は肩をすくめた。
「約束は出来ねーな。もし、そうして欲しくねーなら、ここで殺せよ。それが確実だぜ?お前もわかってんだろ?」
鋭く睨みつける青い瞳が揺れる。迷っているのだろう。この期に及んで、甘い奴だと笑い、俺はその場を後にした。
それから数か月後。
俺たちは別れを迎えていた。
機械を操作し、ボートを降ろす。
俺と同じ赤い瞳が、寂しそうに俺を見ていた。こんな風に見られたのは初めてだ。
ギフトを見れば、それに気づいたギフトが視線をよこした。女に向ける顔と違って、こちらに仏頂面を向ける。最後まで甘い奴だった。今後、あの女を守って生きていけるのかと、呆れるほどに。でも、俺には関係ない。ま、頑張れやと視線を送れば、睨み返された。
別れはもう済んだ。俺は意識をボートから離し、背後に向けた。
「何の用だよ。あの2人なら、もうすぐ脱出が完了するぜ。」
「そのようですね。ご苦労様です、アレスさん。」
先ほど俺の部屋で別れた男が、俺の背後で立っていた。殺気はないので、そのまま機械の操作を続ける。
「お前、何してたんだ?」
「出番があるかと思ったのですが、あなたにすべて取られてしまいました。ま、これでよかったのでしょう。」
「それは悪かったな。」
「それで、あなたはこれからどうするのですか?」
「なんだよ、これからって。別に大したことはしねーよ。また繰り返して・・・そうだな、まずは寝るわ。」
「そういうことではありません。2人を逃がしたことについてです。あなたが協力したことは話していませんが、あなた自身はどう報告するつもりですか?」
「あぁ?ふつーにだよ。逃がした。はい、終わり。」
ボートが海面に着いた。もうこれで安心だろう。
「不十分ですよ、それでは。」
「は、何が?・・・!」
聞きなれたかすかな音を聞いて、俺は振り返る。そこには、銃口をこちらに向ける男の姿があった。
響き渡る破裂音。
左腕に痛みがはしる。右手で左腕をおさえ、男を睨みつけた。
「てめぇ、何しやがる!」
「だって、無傷なんておかしいでしょう?あなた以外の全員倒れているのです。それほどの実力者を相手にしたあなたが、無傷とは・・・いくらアレスさんといえども、不自然ですから。」
つまり、こいつは俺の嘘に信ぴょう性を持たせるために、俺を撃ったのか。正気の沙汰ではない。
「礼などいりませんよ・・・あぁ、でもこちらは頂いておきましょう。」
機械の上に置いた小瓶を手に取り、男は笑った。
「僕には必要なものですから。」
「返せ、俺のものだ。」
「嫌です。」
別に小瓶が欲しいわけではないが、なんだか気に食わないので、この男に渡したくないと思った。男を睨みつけ、ホルダーに入ったナイフに手を伸ばす。
「なっ・・・」
その手がとまった。俺の思考も固まった。
「どうかいたしましたか?・・・あぁ、薬の効果が切れたようですね。」
今まで意識しなかった男の顔。いいや、これは意識できなかったのだろう。おそらく、あの薬のせいで。
『相手に自分を認識させないというものです。ま、使えばわかるでしょう。』
ギフトの言葉が脳裏をよぎった。
「こういうことか。」
薬が切れたおかげで、目の前の男の正体がはっきりとわかった。髪の色も目の色も顔立ちも、覚えがある。
俺は、怒りが込み上げた。同時に、懐かしさや喜びまであふれて、何がなんだかわけがわからなくなる。
言いたいことはたくさんあったが、まずは責めることにした。
「なんで、帰ってきたんだ!」
その言葉を聞いた男は、にっこりと笑う。
「まさか、こんなことになっているとは思わなかったですよ。あなたには随分苦労を掛けたのでしょうか?」
「そんな事ねーよ。俺は、別にお前のために何かしたわけじゃねーし。俺は、俺のやりたいことをやっただけだ。」
「そうですか。変わらないですね、あなたは。」
「お前も変わらねーな。毒虫野郎。」
「本当に、その呼び名だけはやめてもらえませんか。」
真顔の男を見て、俺はにやりと笑った。
「嫌だね。」
成金みたいな色の髪と海みたいな目の旧友は、この繰り返しを止められるだろうか?
その答えを、俺はすでに出していた。
繰り返しは、終わる。
小さな無人島で、彼と2人の生活を始めて早1週間。
慣れないことも多いが、しっかりと準備を整えてくれた彼のおかげで、快適な生活を送れている。衣食住に困ることなく、幸せな日々を送っているが、それが余計に私の胸を苦しめた。
幸せなら幸せなほど、光が強ければ影が濃くなるように、罪の意識にさいなまれる。
言い訳はいくらだってできるし、それで自分自身を騙せばいいのだろうが、ふとした拍子に、これでいいのかという思いがわきあがる。
一番は、アレスのことだ。人を殺してしまったことは、この際仕方がないことと割り切るが、アレスを見捨てたのは許されない。
私のために、様々な用意をしてくれて、逃げる手伝いまでしてくれた。そんなアレスを、見殺しにしてしまったのだ。
夕日を眺めながら、アレスからもらった銃を抱きしめる。
「ごめん・・・」
謝ってすむことではないけど、謝ることしかできない。そんな私の肩に、暖かい手が置かれる。
「大丈夫ですか?」
優しい声。彼は、私の隣に腰を下ろして、夕日を眺めた。
「また、アレスに謝っていたのですか?」
「うん。まー、自己満足だよね。ははっ。」
「・・・」
「ごめんね。せっかく楽しい日々を迎えようって時に、こんな風に落ち込んじゃって。」
「・・・いいえ。謝らなければいけないのは、僕です。」
「なんでよ?まさか、また僕の責任だからとか言う気?それは違うからね?」
「・・・実は、その。」
ちらちらと、こちらをうかがうように見る彼。私はそんな彼をいぶかしげに見つめた。
「どうしたの?」
「いえ、その。あの時は・・・冷静でいられなかったので。言い訳にしかなりませんが・・・僕が思うに、アレスは生きていると思います。」
「え?」
慰めているのだろうか?目を見つめるが、嘘を言っているようには見えない。
「あの時は、気が動転していて、本当にアレスが撃たれて死んだかもしれないと思ったのですが、考えてみればその可能性は薄いです。アレスは、僕よりも強いですし、不意を突かれたとしても、急所を外させるくらいはできると思います。そしたら、反撃するでしょうし。」
「そういえば、銃声は一発だったね。」
「はい。アレスを本気で殺す気ならば、あと2、3発は撃っているでしょう。」
「・・・そうだね、なんだか、そんな気がするよ。」
アレスは生きている。そんな気がしてきた。だって、アレスだし。
何度も死んだ私ならいざ知れず、ここまで生き残ったアレスだ。おそらく生きているだろう。
「どうやら、もう大丈夫なようですね。」
「うん。ありがとう。」
「いいえ。あなたの気が晴れたのなら、良かったです。もっと早く言うべきでしたね。」
「うん、それは本当にね。」
「それは、許してください。アレスが撃たれて動転したなんて、恥ずかしくて言えなかったのですよ。」
「・・・アレスのこと、大切に思っているんだね。」
「そうですね・・・あいつの前でなら言いませんが、あなたになら教えてもいいでしょう。あいつは、僕の友達ですから。」
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