上 下
48 / 50

58 私の繰り返しの結末は

しおりを挟む



 ドサッと、目の前の敵が倒れる。見れば、彼の背中には血のシミが出来上がっていた。

「全く、詰めが甘いんだよ。」
 敵をまたいで、彼に向ってため息をついたのは、アレスだった。その手には銃が握られている。

「アレス・・・起きていたんですね。」
「お前、少しは俺に感謝しろよ、全く。」
「そうですね。わかってはいるのですが、あなたにお礼を言うのは死んでも嫌で、申し訳ござません。」
「おい。」
「冗談ですよ。それでは、僕たちは急いでいるので、失礼します。」
「結局、お礼は言わねーのかよっ!」
 アレスの叫びを無視して、彼は私を引っ張って行く。私がお礼を言うために振り返ると、アレスはそのままついてきていた。

「アレスも来るの?」
「お前たちだけじゃ・・・途中で死ぬかもだろう?ま、敵はもういないと思うが。」
「心配してくれるんだね、ありがとう。」
「別に。ん、お前怪我してんな。」
 言われてみれば、膝が痛い。きっと彼に押し倒されたときにできた傷だろう。

「後で手当てしましょう。今は我慢してください。」
 そう言って彼は立ち止まる。目の前には、吊るされたボートがある。これに乗るのだろう。

「先ほど渡した小瓶ですが、アレスに渡してください。」
「え、これ?はい、アレス。」
 ずっと握りしめていた小瓶を渡す。手汗で濡れているが、気にした様子もなくアレスは受け取った。

「なんだこれ?」
「ま、今までよくやってくれたので、褒美ですよ。」
「もっと、気持ちよく受け取れる言い方はねーのか?」
「お礼ってことだよね。ありがとう、アレス。」
「はぁ。ギフト、少しは見習え。」
「それは、飲むか体に掛けることで効果が発揮します。飲むと、効果が表れるのに時間がかかりますが、持続時間が1時間ほどになります。体に掛ければ、すぐに効果が現れますが、20分程度しか持ちません。」
「無視かよ。って、効果ってなんだよ?」
「相手に自分を認識させないというものです。ま、使えばわかるでしょう。失礼しますね。」
 彼は私を横抱きにすると、ボートに乗り込んだ。

「降ろしてもらっていいですか?」
 彼はアレスにボートを海面に降ろすよう要求した。それに呆れ顔をするアレス。
「おまえな、テキトーな礼と説明の後にそれかよ。ま、いいけどな。」
 アレスは近くにある機械を操作し始めた。

「よし、落とすぞ。」
「ゆっくり降ろしてください。」
「仕方がねーな。」
 これでアレスともお別れだろうと感じ、私はカバンからある物を取り出して、身を乗り出した。

「アレス、本当にありがとう。その、これだけど・・・」
 私は思い出して、銃とナイフを彼に差し出した。非常階段から落としてしまったナイフだったが、どこにも傷はなく無事だったので、持ち歩いていたのだ。アレスに返すためではなく、何かに使えそうだと思ったからだが、そのまま返すことにする。

「役に立ったか?」
「・・・うん。私の命を守ってくれたよ。」
 銃は、人殺しを殺すのに役に立った。そのおかげで私は死なずに済んだ。ナイフは、水のありかを教えてくれた。そのおかげで、のどの渇きがうるおせた。どちらも、アレスのおかげだ

「そうか。」
 アレスは手を伸ばして、ナイフだけを手に取った。

「銃は?」
「やるよ。これもな。」
 ナイフを腰のホルダーにしまって、懐から出した箱を私の手に載せた。箱は見た目より重い。

「弾だよ。銃だけ持っていたって、ただの飾りにしかならねーからな。ギフト、お前の獲物の弾はあるか?」
「知っていたんですか。もちろん、用意しています。」
「ま、だろうな。ちなみに、俺がこれを知ったのは、お前に腹を撃たれたことがあるからだよ。マジであの時は痛かった。」
「それは、僕ではありませんので。」
「ま、そうだな。・・・じゃーな。」
 そう言って、機械を操作したアレスに従い、船は降りていく。

 言いたいことはたくさんあったが、何も言えずにただ赤い瞳を見つめた。どんどん離れていくその赤を、少し寂しく感じた。


 海面にボートが着くと、彼はボートと船をつなぐひもを取って、ボートのエンジンをかけた。そのとき、聞きなれた破裂音が上からして、私は上を見る。

 顔に、何かが当たる。それは、雨に降られたときのような感覚に似ていた。

 船の上では、手すりにもたれかかったアレスがいた。

「あ、アレスがっ!」
「捕まっていてください、出発します!」
「でもっ!」
「いいからっ!すべてを無駄にしたいのですか!?」
 彼は私の手を掴み、手すりを握らせた。それが終わると、操縦席に戻り、船を発進させる。

 アレスは、もう見えない。船もだんだんと小さくなっていく。

「アレス・・・ごめん。」
 手に持った銃を抱きしめた。

 私は見捨てた。
 生きるために、様々のものを与えてくれた彼を。ここまで手助けしてくれた彼を、見捨てた。最低だ。なんてひどい人間だろうと思う。それでも、引き返すという選択肢はない。たとえ、彼がいなかったとしても、私はボートを発進させただろう。

「あなたは、悪くありません。責めるのなら、僕を責めてください。」
 彼は、こちらを向かないまま、悔しそうに言った。彼も自分を責めているのだとわかる。でも、私のためにあのような行動をとったのだ。彼を責めるのは間違いだ。

 銃を見つめる。私は、死にたくないから、殺人鬼を殺した。そして、生きたいから、アレスを見殺しにした。この罪は重い。でも、それでも。

「私は、生きたい。」

 前の私の記憶が、生存本能をより強いものにしている。だから、私は生きたいという思いが人一倍強い。たとえ、それが誰かの不幸を招くとしても。

「守ります。あなたが生きたいというのなら、僕はあなたの命を守ります。」
「ありがとう。私は全力で生きるよ。たとえ、そのせいで誰かを殺すことになったとしても。」
 これが私だ。最低な考えだとしても、これが私の本音。

 前の私たちの中には、罪の重さに耐えきれず、自ら死を選ぶ者がいた。でも、私はそのようなこと考えもしない。生きたいから。


 こうして、私たちは脱出した。

 いずれ、楽園に行く時が来るだろう。でも、私は最後まで抗い続ける。たとえ、どんなことをしたとしても、何を犠牲にしても、抗う。

 それが、私のたどり着いた答え。選択の結果だから。






 清潔な寝床。減らない食事と水。
 全てがそこにある。不満など感じないはずの姫は、悲しくさえずる。

 その視線の先には、立派な小鳥。隣には小さな小鳥。仲睦まじく、2羽は鳥かごを飛び出した。今だ2羽のぬくもりがある鳥かごの中。姫は悲しくさえずる。

 それを見た鳥かごの持ち主は、眠る立派な小鳥に言い聞かせる。

 お前の名は

 お前の好きなものは

 お前の嫌いなものは

 お前は・・・

 眠っていた立派な小鳥を起こして、鳥かごの中の姫に会わせる。姫は喜ぶが、同時に悲しむ。この小鳥は、立派な小鳥だけど、立派な小鳥ではない。

 それを見て、鳥かごの主は思いつき、眠る小さな小鳥に言い聞かせた。

 お前の名は

 お前の好きなものは

 お前の嫌いなものは

 お前は・・・

 眠っていた小さな小鳥を起こして、鳥かごの中の立派な小鳥に会わせる。立派な小鳥は喜んだ。

 そうして繰り返す。


 繰り返しは終わらない。
 死んでも、逃げても、それは変わらない。

 役目を果たせなかった小鳥は、自由を手にした。そして、すべてを忘れることにする。

 鳥かごであったことは、彼にはどうしようもできない。ただ、願うばかりだ。

 手紙が届くことを。脱出前に書いた、その手紙が届いて、彼が繰り返しを終わらせてくれるのを、願うばかりだ。


 小さな無人島という新たな巣で、彼らは寄り添って生きていくことを決めた。


しおりを挟む

処理中です...