41 / 50
41 私の欠けたモノ
しおりを挟む長い道のり。遠くの方に見える海まで、港まではどれくらいで着くのだろうか。舗装された道を堂々と歩く私は、立ち止まって持っていた水を飲み干した。
「日が暮れてきた。ちょっと休みすぎたかもしれない。」
重たい体にカバン。頭も重くて、もう動きたくない。それでも、進まなければ、人を殺してまで生き延びた意味がない。
重すぎる罪を背負うのは覚悟していたが、思ったよりも動揺しなかったのは知識があったからだろうか?人を殺したという罪悪感よりも、生き残ったと言う安堵の方が大きい。
ひどい人間だと思う。
長い道をゆっくり、けれど確実に進む。できるのならば、このまま彼に会いたくないと思った。昔の私たちの記憶が蘇らなければ、そんなことは思わなかった。きっと、早く彼に会って、また彼と楽しい日々を送りたいと感じただろう。
でも、今は違う。彼が、どうしようもなく憎いと感じた。裏切られた気分だ。
彼が、本当に一緒に暮らしたいと思っていたのは、どの私だろうか?それとも、どの私でもないのだろうか?ただ、罪悪感から私たちに優しく接していたのか?
反吐が出る。何も嬉しくない、そんなやさしさ。
でも、彼には恩があるのも事実。だから、彼とは会いたくない。会えば、憎しみをぶつけてしまう、恩を忘れて。そんなのは嫌だった。
「でも、生きないと。」
生きるためには、彼と会わなければならない。このような場所では、いつ死んでもおかしくないのだから。
ただでさえ、衣食住をそろえるのは大変なのに、ここにはさらに敵がいる。殺人鬼という名の、武器を持った命を脅かす敵。
ここでは暮らせない。だから、前に進むしかない。
「どうかしたのかしら?」
甲板から島を眺めていたギフトに、後ろから声をかけたのは歌姫だ。もうすぐ彼女は、その素晴らしい歌声を披露する。そのために着ているきらびやかなドレスが、夕日の赤を反射している。
目を細めて振り返ったギフトは、愛想笑いを浮かべた。
「いいえ、何でもございません。それよりも、よくお似合いですよ。」
「ありがとう。でも、心にもないことを言われたって、嬉しくないわ。私のことなんて、なんとも思っていない、という事はわかっているのよ?」
「あはは。確かに、あなたのことは、よき仕事仲間としか思っていません。ですが、その衣装はお似合いだと思います。あなたの瞳と同色のドレスですので、色味も合いますし、清楚な感じがなお引き立っています。今は夕日と混ざった青が紫のように見えて、少し妖艶ですけどね。」
いつもと違い、すこしからかうように笑ったギフトに、歌姫はそっぽを向いた。その頬が赤くなっていることに、ギフトは気づかない。夕日のせいだと思ったのだ。
「それは、ありがとう。でも、これは私の色ではないの、おあいにく様。」
そう言って、一度だけギフトと目を合わせた歌姫は、悲しそうに笑うと去っていった。
「変わった人だ。いつものことだけど。」
歌姫が何の用で来たのかも、歌姫のドレスが誰の色なのかもわからなかったギフトだが、全く気にせずもう別のことを考えていた。歌姫の言った通り、彼にとって歌姫はどうでもいい存在なのだ。
「やるべきことはやりました。」
邪魔者の動きは封じた。これから行われるイベントの準備も終わった。そして、とある人物への手紙も書き終わり、後は運命に任せるだけ。
彼女に任せるだけ。
「もうすぐかな。」
彼女がもうすぐここに来る。本当なら迎えに行きたかったが、行き違いになったりする可能性があり、ギフト自身にもやらなければならないことがあったので、ここで待つことにしたのだ。
彼女が島に来ている可能性は、ギフト自身考えていた。それは、前の彼女がアレスに連れられて、この島に来ていたから。
その時の彼女は、銅の人々の中にまぎれていた。なので、船での移動中はこの島までくる間ずっと、銅の人々を見ていた。でも、彼女の姿は見つけられず、一時安堵したのだ。
この島に船が着いてからは、金の人々を見ていた。それでも、彼女は見つけられなかった。だから、この島に彼女は来ていないと思ったのだが、アレスがどうにもおかしな行動をとるので、怪しく感じて島の監視カメラを見ることにした。それで彼女を見つけたのだ。
島の監視カメラは、様々な場所に設置されているが、その用途は監視ではなく鑑賞に使用される場合が多い。金持ちの道楽というやつだ。
殺人鬼に追いかけられ、必死に逃げ惑う人々を、ワイン片手に干渉するという物好きもいるのだ。そんな物好きが好むのは、開幕の殺しで、多くの人間が何もわからず殺されるというものだ。それを過ぎれば、運よく生き残ったものを追いかけて殺すという、観賞側からはインパクトが足りないものが続く。そうなってくると、もう彼らは映像に見向きもしなくなる。まれに、それこそ醍醐味だという者もいるが、今回はいなかった。
そんな名前だけの監視カメラのおかげで、彼女は誰にも気づかれることなく港まで来て、この船にたどり着くことができるはずだ。前の彼女はたどり着けず、ギフトに再会できなかった。けれど、今回は違う。
「もう、失いたくありません。ですから、どうか早く・・・帰ってきてください、僕のもとに。そして、また楽しい日々を過ごしましょう。」
彼は、前の彼女の時のことを思い出した。
彼女が不幸のただなかにあると知った時、彼は彼女を幸せにすることを誓った。それは、罪悪感から来るものが大きかったが、彼女に幸せになって欲しいという思いからも来ている。
楽園に彼女を招待し、できる限り彼女の願いを叶えた。それでも、彼女が受けた傷は癒えなかったが、いつの日かその傷を癒せると信じ、彼女に尽くした。
そんな日々が終わりを告げたのは、やはりこの島に彼女が来てしまったからだ。ギフトが船に乗り込むのを見てしまい、それを追いかけるために、アレスの力を借りてこの島に着た彼女は、開幕の殺しであっけなく死んでしまった。
でも、今回は違う。彼女は生き残った。そして、彼の元までもうすぐたどり着く。合流さえすれば、助けることができる。
今度こそ守る。いや、今度こそ守らなければならない。なぜなら、今の彼女が生まれてしまったのは、おそらくギフトが原因だからだ。
「まさか、僕の願いまで叶えるとは思いませんでした。銀の僕の願いを。」
楽園島では幸せに暮らしてもらうため、ある程度の願いを叶えてくれる。だが、それは金と銅のカードを持つ人間に対してだ。銀は逆に彼らの願いを叶える存在なのだから。
願いを叶えるとは言っても、それは不完全なものが多い。今回もそうだ。
彼が願ったのは、彼女を生き返らせて欲しいだとか、時間を巻き戻して欲しいだとかだ。もちろん、そんなことは出来ない。楽園島を運営しているのは、神でも悪魔でもない。ただの人間だ。
しかし、楽園島で幸せに暮らしてもらうには、死をなかったことにしなければならないこともある。身近な者の死を受け入れられず、幸福とは言えない日々を送る者はいる。そして、そんなものの願いを叶えるのが、楽園島の役目だ。
できないものは出来ない。ならば、夢が叶ったと錯覚させるしかない。
そうして、置き換えが行われる。死者の黄泉がえりを願う者の傍に、死者と同じ顔、声、体をした、死者の記憶を持つ存在をその者に贈るのだ。
それが、ギフトにも贈られた。ただし、一つだけ彼女には欠けている物があった。それは、彼との記憶。彼と楽園島で過ごした記憶は消えていた。だから、彼は出会いをやり直した。
なぜ、楽園島で過ごした日々の記憶を消したのかはわからない。だが、その影響か、彼女にはとある事件にかかわる記憶が消えていた。もしかしたら、それを消した弊害で、楽園島での日々を忘れたのかもしれない。
どちらも、彼が大きくかかわった記憶だから。
事件の記憶は、彼女を不幸にする。だから、その記憶がないことはいいことだと思った。それを証明するように、今の彼女は幸せに笑うから。
彼にとっては、事件の記憶も楽園島での記憶も大切なものだ。覚えていてくれたら嬉しい気持ちにもなるが、彼女の幸せにはかえられない。
「どうか、思い出さないでください。あなたの不幸な姿は、もう見たくありません。」
その願いがもう叶わないことを知らずに、そう願う。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
継母の心得
トール
恋愛
【本編第一部完結済、2023/10〜第二部スタート ☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定☆】
※継母というテーマですが、ドロドロではありません。ほっこり可愛いを中心に展開されるお話ですので、ドロドロ重い、が苦手の方にもお読みいただけます。
山崎 美咲(35)は、癌治療で子供の作れない身体となった。生涯独身だと諦めていたが、やはり子供は欲しかったとじわじわ後悔が募っていく。
治療の甲斐なくこの世を去った美咲が目を覚ますと、なんと生前読んでいたマンガの世界に転生していた。
不遇な幼少期を過ごした主人公が、ライバルである皇太子とヒロインを巡り争い、最後は見事ヒロインを射止めるというテンプレもののマンガ。その不遇な幼少期で主人公を虐待する悪辣な継母がまさかの私!?
前世の記憶を取り戻したのは、主人公の父親との結婚式前日だった!
突然3才児の母親になった主人公が、良い継母になれるよう子育てに奮闘していたら、いつの間にか父子に溺愛されて……。
オタクの知識を使って、子育て頑張ります!!
子育てに関する道具が揃っていない世界で、玩具や食器、子供用品を作り出していく、オタクが行う異世界育児ファンタジー開幕です!
番外編は10/7〜別ページに移動いたしました。
可愛いあの子は。
ましろ
恋愛
本当に好きだった。貴方に相応しい令嬢になる為にずっと努力してきたのにっ…!
第三王子であるディーン様とは政略的な婚約だったけれど、穏やかに少しずつ思いを重ねて来たつもりでした。
一人の転入生の存在がすべてを変えていくとは思わなかったのです…。
(11月5日、タグを少し変更しました)
✻ゆるふわ設定です。
お気軽にお読みいただけると嬉しいです。
【完結】本当の悪役令嬢とは
仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。
甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。
『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も
公爵家の本気というものを。
※HOT最高1位!ありがとうございます!
婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。
棗
恋愛
セラティーナ=プラティーヌには婚約者がいる。灰色の髪と瞳の美しい青年シュヴァルツ=グリージョが。だが、彼が愛しているのは聖女様。幼少期から両想いの二人を引き裂く悪女と社交界では嘲笑われ、両親には魔法の才能があるだけで嫌われ、妹にも馬鹿にされる日々を送る。
そんなセラティーナには前世の記憶がある。そのお陰で悲惨な日々をあまり気にせず暮らしていたが嘗ての夫に会いたくなり、家を、王国を去る決意をするが意外にも近く王国に来るという情報を得る。
前世の夫に一目でも良いから会いたい。会ったら、王国を去ろうとセラティーナが嬉々と準備をしていると今まで聖女に夢中だったシュヴァルツがセラティーナを気にしだした。
【完結】わたしの欲しい言葉
彩華(あやはな)
恋愛
わたしはいらない子。
双子の妹は聖女。生まれた時から、両親は妹を可愛がった。
はじめての旅行でわたしは置いて行かれた。
わたしは・・・。
数年後、王太子と結婚した聖女たちの前に現れた帝国の使者。彼女は一足の靴を彼らの前にさしだしたー。
*ドロッとしています。
念のためティッシュをご用意ください。
元婚約者は、ずっと努力してきた私よりも妹を選んだようです
法華
恋愛
貴族ライルは、婚約者アイーダに婚約破棄を宣告し、アイーダの妹であるメイと婚約する道を選ぶ。
だが、アイーダが彼のためにずっと努力してきたことをライルは知らず、没落の道をたどることに。
一方アイーダの元には、これまで手が出せずにいた他の貴族たちから、たくさんのアプローチが贈られるのであった。
※三話完結
公爵令嬢ルナベルはもう一度人生をやり直す
金峯蓮華
恋愛
卒業パーティーで婚約破棄され、国外追放された公爵令嬢ルナベルは、国外に向かう途中に破落戸達に汚されそうになり、自害した。
今度生まれ変わったら、普通に恋をし、普通に結婚して幸せになりたい。
死の間際にそう臨んだが、気がついたら7歳の自分だった。
しかも、すでに王太子とは婚約済。
どうにかして王太子から逃げたい。王太子から逃げるために奮闘努力するルナベルの前に現れたのは……。
ルナベルはのぞみどおり普通に恋をし、普通に結婚して幸せになることができるのか?
作者の脳内妄想の世界が舞台のお話です。
同期の御曹司様は浮気がお嫌い
秋葉なな
恋愛
付き合っている恋人が他の女と結婚して、相手がまさかの妊娠!?
不倫扱いされて会社に居場所がなくなり、ボロボロになった私を助けてくれたのは同期入社の御曹司様。
「君が辛そうなのは見ていられない。俺が守るから、そばで笑ってほしい」
強引に同居が始まって甘やかされています。
人生ボロボロOL × 財閥御曹司
甘い生活に突然元カレ不倫男が現れて心が乱される生活に逆戻り。
「俺と浮気して。二番目の男でもいいから君が欲しい」
表紙イラスト
ノーコピーライトガール様 @nocopyrightgirl
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる