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41 私の欠けたモノ

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 長い道のり。遠くの方に見える海まで、港まではどれくらいで着くのだろうか。舗装された道を堂々と歩く私は、立ち止まって持っていた水を飲み干した。

「日が暮れてきた。ちょっと休みすぎたかもしれない。」
 重たい体にカバン。頭も重くて、もう動きたくない。それでも、進まなければ、人を殺してまで生き延びた意味がない。

 重すぎる罪を背負うのは覚悟していたが、思ったよりも動揺しなかったのは知識があったからだろうか?人を殺したという罪悪感よりも、生き残ったと言う安堵の方が大きい。

 ひどい人間だと思う。

 長い道をゆっくり、けれど確実に進む。できるのならば、このまま彼に会いたくないと思った。昔の私たちの記憶が蘇らなければ、そんなことは思わなかった。きっと、早く彼に会って、また彼と楽しい日々を送りたいと感じただろう。
 でも、今は違う。彼が、どうしようもなく憎いと感じた。裏切られた気分だ。

 彼が、本当に一緒に暮らしたいと思っていたのは、どの私だろうか?それとも、どの私でもないのだろうか?ただ、罪悪感から私たちに優しく接していたのか?

 反吐が出る。何も嬉しくない、そんなやさしさ。

 でも、彼には恩があるのも事実。だから、彼とは会いたくない。会えば、憎しみをぶつけてしまう、恩を忘れて。そんなのは嫌だった。

「でも、生きないと。」
 生きるためには、彼と会わなければならない。このような場所では、いつ死んでもおかしくないのだから。
 ただでさえ、衣食住をそろえるのは大変なのに、ここにはさらに敵がいる。殺人鬼という名の、武器を持った命を脅かす敵。

 ここでは暮らせない。だから、前に進むしかない。





「どうかしたのかしら?」
 甲板から島を眺めていたギフトに、後ろから声をかけたのは歌姫だ。もうすぐ彼女は、その素晴らしい歌声を披露する。そのために着ているきらびやかなドレスが、夕日の赤を反射している。

 目を細めて振り返ったギフトは、愛想笑いを浮かべた。

「いいえ、何でもございません。それよりも、よくお似合いですよ。」
「ありがとう。でも、心にもないことを言われたって、嬉しくないわ。私のことなんて、なんとも思っていない、という事はわかっているのよ?」
「あはは。確かに、あなたのことは、よき仕事仲間としか思っていません。ですが、その衣装はお似合いだと思います。あなたの瞳と同色のドレスですので、色味も合いますし、清楚な感じがなお引き立っています。今は夕日と混ざった青が紫のように見えて、少し妖艶ですけどね。」
 いつもと違い、すこしからかうように笑ったギフトに、歌姫はそっぽを向いた。その頬が赤くなっていることに、ギフトは気づかない。夕日のせいだと思ったのだ。

「それは、ありがとう。でも、これは私の色ではないの、おあいにく様。」
 そう言って、一度だけギフトと目を合わせた歌姫は、悲しそうに笑うと去っていった。

「変わった人だ。いつものことだけど。」
 歌姫が何の用で来たのかも、歌姫のドレスが誰の色なのかもわからなかったギフトだが、全く気にせずもう別のことを考えていた。歌姫の言った通り、彼にとって歌姫はどうでもいい存在なのだ。

「やるべきことはやりました。」
 邪魔者の動きは封じた。これから行われるイベントの準備も終わった。そして、とある人物への手紙も書き終わり、後は運命に任せるだけ。
 彼女に任せるだけ。

「もうすぐかな。」
 彼女がもうすぐここに来る。本当なら迎えに行きたかったが、行き違いになったりする可能性があり、ギフト自身にもやらなければならないことがあったので、ここで待つことにしたのだ。

 彼女が島に来ている可能性は、ギフト自身考えていた。それは、前の彼女がアレスに連れられて、この島に来ていたから。

 その時の彼女は、銅の人々の中にまぎれていた。なので、船での移動中はこの島までくる間ずっと、銅の人々を見ていた。でも、彼女の姿は見つけられず、一時安堵したのだ。

 この島に船が着いてからは、金の人々を見ていた。それでも、彼女は見つけられなかった。だから、この島に彼女は来ていないと思ったのだが、アレスがどうにもおかしな行動をとるので、怪しく感じて島の監視カメラを見ることにした。それで彼女を見つけたのだ。

 島の監視カメラは、様々な場所に設置されているが、その用途は監視ではなく鑑賞に使用される場合が多い。金持ちの道楽というやつだ。
 殺人鬼に追いかけられ、必死に逃げ惑う人々を、ワイン片手に干渉するという物好きもいるのだ。そんな物好きが好むのは、開幕の殺しで、多くの人間が何もわからず殺されるというものだ。それを過ぎれば、運よく生き残ったものを追いかけて殺すという、観賞側からはインパクトが足りないものが続く。そうなってくると、もう彼らは映像に見向きもしなくなる。まれに、それこそ醍醐味だという者もいるが、今回はいなかった。

 そんな名前だけの監視カメラのおかげで、彼女は誰にも気づかれることなく港まで来て、この船にたどり着くことができるはずだ。前の彼女はたどり着けず、ギフトに再会できなかった。けれど、今回は違う。

「もう、失いたくありません。ですから、どうか早く・・・帰ってきてください、僕のもとに。そして、また楽しい日々を過ごしましょう。」


 彼は、前の彼女の時のことを思い出した。
 彼女が不幸のただなかにあると知った時、彼は彼女を幸せにすることを誓った。それは、罪悪感から来るものが大きかったが、彼女に幸せになって欲しいという思いからも来ている。

 楽園に彼女を招待し、できる限り彼女の願いを叶えた。それでも、彼女が受けた傷は癒えなかったが、いつの日かその傷を癒せると信じ、彼女に尽くした。
 そんな日々が終わりを告げたのは、やはりこの島に彼女が来てしまったからだ。ギフトが船に乗り込むのを見てしまい、それを追いかけるために、アレスの力を借りてこの島に着た彼女は、開幕の殺しであっけなく死んでしまった。

 でも、今回は違う。彼女は生き残った。そして、彼の元までもうすぐたどり着く。合流さえすれば、助けることができる。

 今度こそ守る。いや、今度こそ守らなければならない。なぜなら、今の彼女が生まれてしまったのは、おそらくギフトが原因だからだ。

「まさか、僕の願いまで叶えるとは思いませんでした。銀の僕の願いを。」
 楽園島では幸せに暮らしてもらうため、ある程度の願いを叶えてくれる。だが、それは金と銅のカードを持つ人間に対してだ。銀は逆に彼らの願いを叶える存在なのだから。
願いを叶えるとは言っても、それは不完全なものが多い。今回もそうだ。

 彼が願ったのは、彼女を生き返らせて欲しいだとか、時間を巻き戻して欲しいだとかだ。もちろん、そんなことは出来ない。楽園島を運営しているのは、神でも悪魔でもない。ただの人間だ。
 しかし、楽園島で幸せに暮らしてもらうには、死をなかったことにしなければならないこともある。身近な者の死を受け入れられず、幸福とは言えない日々を送る者はいる。そして、そんなものの願いを叶えるのが、楽園島の役目だ。

 できないものは出来ない。ならば、夢が叶ったと錯覚させるしかない。

 そうして、置き換えが行われる。死者の黄泉がえりを願う者の傍に、死者と同じ顔、声、体をした、死者の記憶を持つ存在をその者に贈るのだ。

 それが、ギフトにも贈られた。ただし、一つだけ彼女には欠けている物があった。それは、彼との記憶。彼と楽園島で過ごした記憶は消えていた。だから、彼は出会いをやり直した。

 なぜ、楽園島で過ごした日々の記憶を消したのかはわからない。だが、その影響か、彼女にはとある事件にかかわる記憶が消えていた。もしかしたら、それを消した弊害で、楽園島での日々を忘れたのかもしれない。

 どちらも、彼が大きくかかわった記憶だから。

 事件の記憶は、彼女を不幸にする。だから、その記憶がないことはいいことだと思った。それを証明するように、今の彼女は幸せに笑うから。

 彼にとっては、事件の記憶も楽園島での記憶も大切なものだ。覚えていてくれたら嬉しい気持ちにもなるが、彼女の幸せにはかえられない。

「どうか、思い出さないでください。あなたの不幸な姿は、もう見たくありません。」
 その願いがもう叶わないことを知らずに、そう願う。


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