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37 いつもの危機

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 重いバックを肩にかけて、歩く。この町で休むことに決めたが、港に近い場所で休もうと思い進んだ。もうすぐ目的地の港だ。少し休んだら港まで行って、船に乗る。そしたら、彼とまた会える。それで、終わる。

 疲れ切って重くなった足も、そう考えれば少し軽くなった気がする。

 彼は、今どうしているのだろうか?そういえば、彼はなんのために船に乗ったのか。彼は、アレスのようにギフトという呼び名がある。そう考えれば、彼の役目が分かったような気がしたが、そんなわけないと首を振った。

 次に考えたのは、黒髪赤目の青年、アレスのこと。アレスも今頃どうしているのだろうかと、ついでに思った。



 同時刻、船の上。

 部屋のベッドに座り、缶コーヒーを飲みながら外を眺めるが、海しか見えないのでもう見飽きた。なんとなく腰のあたりにある、空のナイフホルダーを見て、女のために用意した水のことを考えた。

「気づけばいいが。ま、気づかなくても、いいか。水ぐらい自分で調達すればいいことだし、問題ないだろう。」
 缶を口に持っていき傾けるが、何も口に入ってこない。いつの間にか空になっていたようだ。

 コンコン。缶を机に置いたところで、ノックされる。返事をすれば、難しい顔をしたギフトが無言で入ってきた。これはまずいかもしれないと、ひそかに用意しておいた小瓶を握る。

「なんだ?俺も暇じゃないんだが。」
「暇でしょう?あなたが船の上ですることなんて、何もないのですから。少し話をしたいと思いまして、いいですか?」
 そう聞きながら、ギフトは椅子に座る。

「決定事項かよ。てか、お前に話すことなんてねーんだけど?」
「僕の知らない僕のこと。知っていることは教えてください。」
 気づいたのか。その言葉に驚きながら、人の話を聞かないやつだとため息をつく。

「歌姫に言われたのですよ。僕があなたの知らないあなたのことを知っているように、あなたも僕のことを知っていると・・・」
「自分で気づいたわけではないのか。」
「気づく?」
「ま、普通は気づくわけないよな、自分自身のことなんて。それは俺も同じようだけど。」
 ギフトの言った俺自身のことも多少は興味あるが、俺はあえて聞かないことにした。俺よりも、こいつの時間の方が無いからな。長くてあと1日、短くてあと数時間だ。

「なんとなく、わかっているんじゃないか?お前は頭いいからな。」
「・・・」
「認めたくない気持ちはわかるけどな。それにしても、歌姫がね。元凶がネタ晴らしをするなんて、笑える。どの面さらして言うんだか。」
「それは、どういうことですか?」
「俺の口からは言えないな。てか、お前も気づけ・・・るわけないか。なら、ヒントだ。なぜ、お前の女は生まれたと思う?」
「僕の女とは、彼女のことですよね?・・・僕は望んでいません。だから、あなたが望んだのではないですか?アレス。」
 非難するような目で言うギフトを、俺は笑った。

「俺が望んだ?お前はそう思ったのか。俺が望むのは、人殺しの権利だけだ。確かにあの女を殺したいとは思うが、そのために人間を生み出すなんて馬鹿な真似はしねーよ。そんなアホみたいな想像してないで、もっと有益なことに頭を働かせてみたらどうだ?」
「頭がいいと言っておきながら、アホ呼ばわりですか?そうは言いますが、あなた自身気づいていないだけで、彼女に心を奪われているのではないかと、僕は思いますよ。」
 その言葉に笑う。
頭はいいはずなのに、恋をした弊害だろうか?

「仮に、俺があの女に惚れてたとして、お前がすべきことなんて何もないだろう。」
「全力で引きはがす。」
「あぁ、そうかよ。」
 半眼でギフトを見れば、睨みつけられた。話の持って行き方を間違えたようだと、深くため息をつき、仕切り直した。

「もう、こんなこと・・・こんな無意味なことは終わらせるべきだと思うぜ。」
 口を引き結び、ふざけた様子もなく言えば、やっとギフトは頭を働かせる気になったようだ。青い瞳が理性的に輝いた。

「まだ、信じられませんが・・・」
「おい。」
「終わらせるとして、どうすれば終わらせることができますか?」
 抗議の声を無視されたのは面白くなかったが、俺に意見を求めるギフトに目を丸くした。

「なんですか、その目は。」
「いや、お前が俺に意見を求めるとはな。俺のことなんて、殺人大好きの脳筋だと思っているんじゃないか?」
「脳筋ですか・・・思っていませんよ。殺人大好きの異常者とは思っていますが。」
「ま、否定はしないけど。へー、俺のこと認めてるのかー、意外だな。」
「・・・はー。認めていますよ。というか、普通にわかりますよ。あなたの頭がいいことくらいは。でなければ、ここまで生きていませんよね。殺される側だって馬鹿ではないのですから。」
「それもそうだな。」
 殺される側とは、つまり楽園を求めて船に乗った者たちのことだ。俺の役割は、そいつらを楽園に送ること・・・つまり、殺すことだ。あいつらだって、生きたいと願い、頭を働かせる。文字通り死に物狂いで。

 そんな彼らに殺す側が殺されることは、よくある話だった。

 ま、そんな話は今関係ないか。認められたことは、思わず嬉しくなってしまったので、後で思い返してしまうだろうが・・・

「これから、お前がどの道を選ぶのかは知らない。ま、お前は一度選んだがな。あの女を楽園に送り、自分が残るという選択肢を。もう一度これを選ぶのなら、お前にはまだ時間があるな・・・っと、話がそれた。」
 俺はギフトを見る。何度も見た。同じような状況にも、何度もあった。そして、いつも握っているのも同じものだ。

 小さな小瓶は、俺の体温で暖かくなっていた。今回は使うかもしれないな、2回目だし。そう思うと少し笑う。この小瓶を使う事態になったら、俺はこの目の前の男をどうするのだろうか?

 今考えても仕方がない。俺は話を続けた。

「考えろ。いや、想像しろ。あの女と手を取って、全てのしがらみから解放されたお前を。そして、考えろ。この繰り返しを終わらせるすべを・・・俺から言えることは、これくらいだな。あとは、どうするか・・・お前次第だ。」
 何度も繰り返した同じような出来事だが、こんなことを言ったのは初めてだ。彼らが、俺にこんなことを聞いてきたことはなかったから。いつもお前たちは、俺抜きに勝手に進めて、勝手に選んで・・・それぞれの選択の結末を迎えるから。



 場所は戻り、島の西。港に近い町で、私の心臓は凍り付いていた。すぐにドクドクと嫌な音を大きく立て始めたが・・・

 油断をしていた。今まで危険がなかったことで、どこか軽く見ていた。

「ひっ・・・」
 情けない声が口の端から洩れる。

 目の前にいるのは、ライフルを背負った男だった。頭に浮かんだのは、殺人鬼という言葉。次に、逃げろ、という生存本能から命令。

 走った。


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