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34 助言

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 きらびやかなパーティーの様子を俯瞰視点から眺めていた。探す人物がいないことを確認して、胸をなでおろす。
 彼女がいるはずない。そうわかっているのに、確認しないと不安で仕方がないのだ。

「何やってんだ?」
 ノックもせずに入ってきた男は、黒髪赤目のよく知っている人物だ。

「あー・・・また探してたのか。歌姫がお前を呼んでいるんだが・・・」
「かまいませんよ。もう確認は終わりましたので。」
「ならよかった。お前もお姫様も機嫌を損ねると面倒だからな。」
「僕の機嫌は、あなたの顔を見たときから損なっていますよ。それにしても、遅かったですね?あなたらしくもない。」
「まぁな。」
「・・・」
 僕は男を真正面に見据えた。怪しんでいると彼にも伝わったのだろう、挑発するように彼は笑った。

「あなた、まさか・・・」
 まさかとは思う。まさか、今回も、と。でも、その考えを頭から追い出した。監視カメラから見る映像に彼女の姿はなかった。それに、彼女は誰も知らないところに、出られないように閉じ込めている。だから、大丈夫だ。

「からかっているのですか?まぁ、いいでしょう。歌姫を待たせるわけにはいきません・・・」
 彼の横を通り過ぎた僕は、眉を寄せた。

「さっさと、シャワーでも浴びてきたらどうですか?」
 鉄臭い。黒い服なのでわかりにくかったが、彼の服には血がついていた。珍しいと思う。彼が返り血を浴びるなんて。

「別に返り血じゃねーぞ。ちょっと、死体運びをやっただけだ。」
 そんな彼をもう一度観察した。

「ナイフ、どうしたんですか?」
 僕の目線の先には、空のナイフホルダー。

「落とした。ま、誰か後で届けてくれるだろ。」
 にやりと笑う彼の意地の悪そうな顔を一瞥し、僕は部屋を出た。



 歌姫の居場所を聞けば、甲板にいると聞き、僕はそこへ向かった。

 すると、歌が聞こえた。前に進むごとに大きくなる歌声。何度も聞いたその歌声は、確かに美しいが、どこか不安を感じるものだった。

扉を開けて甲板に出れば、クリアになる歌声。でも、それはすぐに終わった。風になびく長い黒髪の隙間から、青い瞳がこちらをとらえる。

「おまたせしました。」
「いいのよ。私が勝手に呼び出したのだから。」
 にっこりと笑う彼女に近づき、2,3メートルの間隔を保ったまま立ち止まる。

「それで、何の御用でしょうか?」
「・・・アレスのことだけれど、もう少し彼の話をよく聞いた方がいいと思うわよ。」
「アレスの?」
「あなたが彼の知らない彼のことを知っているように、彼もあなたの知らないあなたのことを知っているわ。」
 アレスの知らないアレスのこと。それには思い当たることがあった。でも、僕の知らない僕のこととは何だろうか?

「思い当たることもないようね。ま、当然よね。」
「あなたは、ご存じなんですか?その、僕の知らない何かについて。」
「もちろん。でも、私からあなたに教える気はないわ。だから、アレスに聞くことをお勧めするの。」
 彼女はそう言って、こちらに足を踏み出した。

 すぐ横を通り過ぎる彼女を見ると、目が合う。
 青い瞳には、深い悲しみの色があるように見えた。

「ごめんなさい。」

 そう言って、彼女は中へと入っていく。そんな彼女に何も言えずにいる僕は、音をたてて閉まる扉をただ見つめた。

 なぜ、歌姫が謝ったのか?理解できなかったが、深くは考えないことにした。それよりも、僕のことだ。
 僕の知らない僕のこと。それは、アレスの知らないアレスのことと同じではないか?そう思うと、背筋がゾクリとした。

 僕は、海を眺めて、目をつぶった。

 波の音を聞きながら、僕は思い出す。


 初めて人を殺したときのことを。


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