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33 不幸を知っている
しおりを挟む響く破裂音に、震える膝と足を無理に動かして走った。
息が上がって、のどが痛くて、視界が歪んで。きっと、もう助からない。なんでこんなことになってしまったのだろう。
やっと幸せをつかんだはずなのに。もう、幸せにふるまわなくたって、幸せになることを拒まなくたって、誰も責めない。そんな楽園に、やっとたどり着いたのに。
笑い声が響き渡る。
可哀そうで、不幸な私をあざ笑う声。
たしなめる声が聞こえる。
嘆く私に、私は運が良かったのだと、言い聞かせる声。
冷たい声が聞こえる。
私が死ななかったことに対する、怒りの声。
やだ、もう聞きたくない。なんで、こんなことを言われなければならないの?なぜ、不幸を笑われなければならない?私が不幸を感じて何が悪い?私が生きて何が悪い?
もう嫌だ。どこか、誰も私のことを知らない場所に、連れて行って。
破裂音が響き渡る。
何が起こったのかわからないが、私は倒れた。走っていた私は勢いよく倒れ、全身を地面に打ち付け、口には砂利が入る。
最悪。最低・・・
そんな人生だった。でも、それも終わり。
体から力が抜ける。体が冷えて行くような感じがした。血の匂いが濃くなる。
優しい声が聞こえる。
それは、私を甘やかす声。
涙が流れた。その声を聞くだけで、その手に触れられるだけで、その顔を見られるだけで、少しだけ幸せを感じた。今までの不幸が頭をよぎるけど、その小さな幸せが、私の支え。
すると、動けない私に近づく者がいた。最後の力を振り絞って見た。その顔は望んだ彼の顔ではなかったけれど、私の頬は自然と緩む。
怖い人だと思っていた。でも、この人も優しい人だ。
その顔は、私の死を悲しんでいるように見えた。
顔にかかる黒髪を気にもせず、彼は赤い瞳でこちらを見下ろす。
「こんなところで、終わるのか。今までと違う・・・いや、今までが運が良すぎたんだ。こんなことになるなら、俺が・・・」
ジジジ・・・
音が拾えない。視界が闇に覆われていく。
感覚がない。
怖い。怖い、怖い、誰か。お願い誰か。アレス・・・
違う。本当は、アレスではない。助けて欲しいのは、あなただけ。私を、助けて・・・
優しい声が聞こえる。
その声は待ち望んでいた、助けを求めた相手の声。
「ごめんね。僕のせいだ。ごめん、ごめん。」
そんな言葉は聞きたくない。
こんな悲しい声は聞きたくない。最後だって、わかってしまうから。もう、わかってしまったから。だから、いつもの優しい声で、私を救って。最後に、いつもの声で・・・
私の願いもむなしく、優しい声は聞こえなくなった。
お前の名は
お前の好きなものは
お前の嫌いなものは
お前は・・・
「はっ・・・はっくしゅんっ!」
目覚めると同時に、ほこりを吸い込んで大きなくしゃみをする。まずいと思い、口を押えて辺りをうかがった。
ここは、廃ビル。山を越えた先にあったのは町だった。前の町は、田舎の町と言った感じだったが、こちらの町は近代的でビルが多い。そのうちの一つ、6階建てのビルを私は寝床にした。
ビルは、一つの階段と非常口くらいしか逃げる道がない。エレベーターはあるが、止まっていた。殺人鬼が来たらと思うと、2つの道しか選べないのは怖い。それに、階段を一気に駆け降りるのもきついだろうと思い、飛び降りることもできる2階で寝ることにした。
窓にそっと近づいて、外をうかがったが、人影ひとつない。
「よかった。」
窓から離れると、ざっと室内を見回した。
ここは何かの展示場だったらしく、展示物のない今は殺風景な部屋だ。あるのは、仕切りと折り畳みの机くらい。でも、ここはカーペットが敷いてあるので、寝るのに最適だったと思う。それもあってここにしたのだ。
「日も昇っているし、そろそろ行くべきかな。」
そうは思うのだが、なかなか行動に移せない。外に出るのは怖い。ここなら安全ではないか?ここにずっといればいい・・・そんな、甘い考えが頭をよぎる。
「でも、食料は残り少ない。水だって調達しないと。」
食料は、シリアルバーが何本か。アレスからもらったバックに入っていた。水は一本だけ。それはそうだ、何本もバックに入れていたら逃げられない。
重いものは他にも入っている・・・からね。
「そうだ、食事をするのを忘れてた。あぶないあぶない。食べてからここを出ればいいよね。」
バックからシリアルバーを一本取り出し、封を開ける。
咀嚼しながら、考えたのは夢のこと。鮮明に思い出していく夢の意味を、考えなくてはいけないのかもしれない。
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