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28 血に染まるとき

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 体育館に入り、きれいに並べられた椅子に腰を掛ける人々。私もそれにならって、後方の椅子に腰を掛けた。

 人々は、誰もかれもが目を輝かせて、楽しそうに未来の話をしている。中には私と同じように一人静かに座っている者もいるが、その目は期待に輝いている。

 がたん。大きな音が聞こえたかと思い見れば、体育館の扉を閉めているところだった。
 閉じ込められたと感じたが、そんなことはないと思い直す。でないと怖すぎる。



 卒業式が始まった。
 偉そうな人が壇上に上がり話し始めた。そういう人の話は長い。だから私は聞き流して、会場を見回す。

 会場にいるのは300人程度。しっかりと数えたわけではないが、それくらいだと思う。男女比は、男が多い印象だ。あと若年層が多い。

 会場の飾りつけはシンプルで、壁には紙製の花、床に赤いじゅうたんが敷いてある。

 特に見るものもないし、話しは面白くないとくれば、眠気が襲ってきた。眠ってはいけないと思うのは、常識というもののせいだろうか?でも、寝ていいと思う。だって、話をする人は聞いてもらえるようにもっと努力すべきだ。

 うつらうつらとする私の耳に、偉そうな人の言葉の一つが鮮明に聞こえて、意識がはっきりした。

 楽園は誰も拒まない。

 拒むのは人間だ。

 その言葉は、どこかで聞いたことがある気がする。どこかは思い出せないが、それは何か意味のある言葉だと感じた。

 偉い人の話が終わった。

 短く言えば、不幸からの卒業おめでとう。そう言っていたようだ。
 不幸とは、今の状況であると言っていた。真の幸福を知ったものからすれば、今までの幸せは不幸せだと言うのだ。

 そんなことないとは思うが、黙って私は体育館の外に出た。すでに式は終わっていて、開いた扉から人々が出て行った後だったからだ。

「卒業証書とかなかったな。ま、いらないけど。」
 ただ、偉い人の話を聞いただけだ。集まる意味があったのか、ここでやる意味があったのかとは疑問に思うが、それをぶつける相手もいないので口をつぐんだ。



 外に出れば、人々は談笑を楽しんでいた。近くに立つ学校や植えてある大きな樹の影の下で立ち話をしている。さっそく、先の道に進んだものもいるようで、そこにいたのは50人もいない。

 私は、とりあえず扉から出て正面にあった近くの木の影の下へと行く。

 とりあえず、船が着くであろう反対側の港に行こう。アレスもこの自由時間になったら、そこへ行けと言っていたので、そうすることに決めた。だが、重要なことに気づく。

「そういえば、地図がない。とりあえず、地図がのっているパンフレットとか、看板を探そうかな。」
 周りにいる人は、この楽園に来たばかりの人たちだ。聞いてもわからないだろうと思い、地図がのっているものを探すことにした。

 木の影から出て、来た道とは逆に伸びる道の方へ足を進めたとき、聞きなれた破裂音がした。

「え?」

 学校の影の下で話していた男の一人が倒れた。熱中症かという声も聞こえたが、それは違う。あの破裂音はもう何度も耳にした、銃声だ。

「あーあ。突っ立ってたらあぶねーって、わかんねーの?この音が危険なのは理解してんだろ?」
 聞きなれた声が近くに聞こえ、アレスの声だと判断しながら、その声の方へ顔を向けた。次の瞬間。衝撃と痛みが私を襲った。気づけば倒れていて、ばちっという音と共にさっきとは違った衝撃が襲う。

 薄れゆく意識の中で、地面に赤い液体がしみ込んでいくのを見た。それは、きっと私の血だろう。


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