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18 望みは最高のもの
しおりを挟む気を失ったカメリアを懐に入れて、俺は宿に戻った。
部屋に入ると、カメリアをベッドに寝かせて、俺は椅子に腰を掛けてため息をついた。
自己嫌悪。
おそらくカメリアは、ただ気を失っているだけ。それだけだと思う。それでも、俺はもう少し考えて行動するべきだった。
「そうだ。怠惰のスキルは、文字化けがひどくて、いかにもおかしなスキルだった。危険があるという可能性を考えるべきだったのに。」
前回カメリアが倒れたのは、極度の緊張の疲れのためだと思っていた。たいして強くもないカメリアが、鎧武者という強者を相手にしたのだ。当然のごとく死にかけたし、その時のストレスは相当のものだったと思う。
そう勝手に思っていた。実際は、スキルを使った反動だったのに。だが、反動が気を失う程度でよかった。
「実験して正解だったかもしれない。」
アッタクルーズを使用すると、反動がある。それだけが知れた。でも、それは大事なことだ。
このスキルを使えば気を失う。それを知らなければ、いざ使ったときに命の危険があった可能性が高い。
それでも、予測はしておくべきだったことは変わらない。
「怠惰のスキルは・・・封印しよう。いや、大罪スキルはすべて封印するべきか。」
俺の憤怒と嫉妬は、いまだに取得すらしていない。色々あって忘れていたのだ。
本当なら、取得して実験してから使うかどうか、決めたいところだ。しかし、俺に何かあって困るのはカメリア。そう思えば、危険は避けるべきだ。
ベッドの方を見れば、カメリアはいまだに動かない。
俺の目的は、彼女を育てること。
なぜなら、俺は彼女のおかげで満たされたから。
ずっと、仲間というものに憧れていた。テレビや本で見る、素晴らしい友情。それは憧れだ。
もちろん、異世界に行く前の俺は、仲のいい友達がいたが、いざというときに助けてくれる、素晴らしい友達なのかは疑問だった。だって、そんないざというときはなかったから。
当たり前だ。平和な国で、学生としてただ勉強をしているだけなのだから。魔物もいない。犯罪は少なく、治安がいい。
そんな場所でいざという出来事は起きなかった。それでも、その国から出なければ、仲のいい友達は、仲間だったのかもしれない。
変わってしまったのは、もちろん異世界に来たせい・・・召喚されたせいだ。
平和とは言えない、命の危険がある世界で、その世界に平和をもたらす勇者として召喚された。そこで得た仲間は、本物だった。
まさに俺の望んだ仲間。
命をかけた戦いでもお互いを助け合い、仲間のためなら命も捨てられる。そんな仲間たち。
だけど、世界を平和にした俺は、気づいたのだ。仲間なのは仲間たちだけ。俺は、しょせん別世界の人間。よそ者だと。
元の世界へ帰る俺を止める者は誰もイナカッタ。
元の世界に戻った俺は、友達を仲間とは思えなかった。いつの間にか、俺は友達内で浮き始めて、自然に疎遠となる。喧嘩をしたわけではないが、だからこそ輪の中に戻ることもできなかった。
喧嘩をしたなら、謝って、元に戻れる。でも、自然にそうなってしまったものは、どうしようもないのだ。
だから、もう一度。
もう一度、異世界に行きたかった。今度は本当の仲間を手に入れるために。
俺がよそ者ではなく、仲間になれる仲間を探すために。
そして、出会ったのは妖精という存在。
俺の案内人。俺のためだけにいる妖精。
俺から絶対離れない存在ができたとき、俺は満たされた。これで本当の仲間ができると。お互い助け合って、俺がどこへ行くにもついていく。見送ったりなんてしない。ずっとともにいる存在。
満たされた俺は、満たしてくれたカメリアも満たしてやりたいと思った。
カメリアを選んだのは、俺の目に似た目を持っていたから。諦めた目は、陰っていたので、それに光を取り戻し、希望に満ちた目にさせたいと思った。
もともと妖精を育てるつもりだったが、カメリアの願いに気づいてからは、より一層その思いが強くなり、俺の目的となる。
これは、恩返しではない。ただの罪滅ぼしだ。
俺の欲を満たすために、旅に連れてきた罪滅ぼし。
「望みは、できるだけ叶える。だけど、もう少し我慢して欲しい。」
俺には、何もかもが足りない。
力も知識も金も・・・足りない。
魔王を倒した力も、全てが使えるわけではなく、大幅に戦力ダウンしていた。そして、知識はもちろんゼロに等しい。言葉だってわからない、というありさまだ。金もない。
いつか、どんな敵の相手にも不安を抱かない力を手に入れて、世界のありとあらゆる知識を手にし、好きなものを好きなだけ買える程度の金を手に入れる。
そして、一番の願い。強さをカメリアに与える。
だから・・・
「セキ・・・ミヤ?」
小さな声が聞こえた。カメリアが目覚めたのだ。
「大丈夫か、カメリア。悪かった。俺が実験なんかしたせいで、スキルの反動で気を失ったようだ。悪い。」
俺が視線を落とすと、くすくすと笑う声が聞こえて、視線を上げた。そこには、怒っている様子が全く感じられないカメリア。怒りやすいはずなのに、この件には怒っていないようだ。
「怒らないんだな。」
カメリアは笑って頷いた。そして、元気だとアピールするように飛んで、俺の周りをくるくると飛び回る。
「わかったよ。元気でよかった。カメリア・・・」
俺は手のひらを上に向けて、カメリアを呼ぶ。彼女はすぐにその意図が分かったようで、俺の掌の上に腰を掛けた。柔らかい。
「不甲斐ない俺だけど、これからもよろしくな。」
格好悪いと自覚するが、俺についてこいと、強く言えるほど自分に自信はない。どちらにせよ、カメリアに選択肢はないので、彼女は苦笑いして答えた。
「当たり前じゃない。」そんな風に聞こえた。実際はわからないが。
コンコン。
「・・・」
なんだろう、昨日も同じことがあった気がする。誰かが部屋をノックした。
俺は、何のために早起きをしたのか。いまさら思い出しても、もう遅い。
「はぁ。仕方がないか。」
俺は覚悟を決めた。
「どうぞ、鍵は開いています。」
俺がそう答えれば、すぐに扉は開かれた。中に入ってきた人物は、予想通りだ。
「昨日ぶりですね。カーターさんにモリさん。」
「あぁ。早く、話す、望む。」
「こんにちは。そこ、座る、いい?」
「どうぞ、狭いところですが、お好きなところに腰をおかけください。」
そう言えば、2人は並んでベッドに腰を掛けた。俺は椅子、カメリアは机の上にいる。
「では、早速本題ですが・・・初めに言っておきます。私は今の生活に満足しており、記憶を取り戻したいだとか、記憶を失う前の関係を続けたいだとかは、思っておりません。ですので、正直昔話をされても迷惑です。なので、この一回で終わらせてください。」
一気にまくしたてれば、2人は驚いた様子だった。ま、顔は仮面に隠れているのでわからないが、なんとなく雰囲気でわかるのだ。
「・・・そう、明確、言われる、辛い。」
「では、まず、話す、前、これ、見る。」
そう言って、モリは仮面を外した。いつも明るい笑顔をしていた顔は、少し悲しげだった。それでも、口元は微笑んでいる。
「こんなことを言われても困ると思うけど、また会えてうれしいよ。セキミヤ、改めてウチはモリ。あなたの仲間だったアサシン、モリだよ!お月様!」
流ちょうに話し始めた、モリは無理に笑っていた。俺と会えたことが嬉しいと言っていたが、本当なのだろうか?嬉しいなら、なぜ普通に笑わないのか?
モリに続いて、カーターが仮面を外す。
「・・・カーターだ。覚えてないのか?」
こちらは笑うことなく、悲しげだった。
「何度も言いますが、全く覚えがありませんね。満足ですか?」
突き放すように言えば、カーターが怒鳴った。立ち上がって、俺に迫るその顔に浮かぶのは怒りだ。
「俺たち仲間だろ!?なんで思い出せねーんだよ!」
仲間?その言葉に、俺の心臓が大きく音を鳴らす。それは、怒りによるものだ。誰がどの口で仲間などと言ったのか?俺を引き留めなかったくせに。
「やめなよ!カーター!ごめん、2人とも本当に仲が良かったから、ショックが大きかったみたい。・・・それは、ウチも同じだけどね。」
俺とカーターの間に入り、モリは悲しそうに言う。
なんで、そんなに悲しそうなんだよ。悲しいのは、お前たちじゃない。俺だ!
「もう、よろしいですか?」
「セキミヤ・・・」
「顔を見せてもだめだったかー、ははっ。」
諦めた様子を見せた2人に、俺の胸は少し痛んだ。こんなことで諦めるのか。俺はその程度だったのだと。
どうやら俺は、いまだにカーターたちに何かを期待していたらしい。馬鹿だよな、全く。
そして、わがままだ。
「どうやら話は終わりのようですね。お気をつけてお帰りください。」
俺はそう言ったが、2人は動かない。そんな2人に俺はため息をついた。
「まだな何か?思い出の一つくらいなら聞いてもいいですが、手短にお願いします。」
「・・・」
「セッキー・・・思い出話はいいわ。」
「モリ?」
「そうですか、なら。」
お帰りを。そう促そうとした俺の言葉を遮って、モリは言った。
「ウチらと、一つだけでいいの!依頼を受けてっ!」
「はぁ?」
「モリ!それはいいな!一緒に行動すれば、思い出すかもしれない!」
思い出すも何も、忘れてないけどな。
にしても、それは面倒だ。だが、それで納得するのなら、ありかもしれない。
「わかりました。依頼は適当に見繕ってください。ちなみに、私のランクは銅ですので、お気を付けください。」
「銅っ!?セキミヤが!?」
「セッキー・・・まさか、力まで。」
想像力豊かだな。どうやら俺が力まで失ったと思っているようだ。間違いではないが。
「わかった。なら、明日の・・・今日と同じ時間に迎えに来る。ここで待っていて欲しい。」
「仕方がないですね。ですが、明日で最後にしてください。迷惑なので。」
俺の言葉は、2人の胸をえぐったようだ。どちらも力なく返事をして、やっと部屋から出て行ってくれた。
「やっと行った。でも、また明日会うのか。」
憂鬱だな。
そういえば、あの仮面は何だったのか?
あの仮面を取った後、カーターたちの言葉は片言ではなくなった。呪いでもかかっているのか、あの仮面。なら、なぜあの仮面をつけるのか?
なぞだったが、俺は明日聞けばいいかと、考えることをやめた。
視線を感じて目を合わせ、俺はカメリアに言葉をかけた。
「騒がしくして悪かったな。でも、明日で最後だ。もう少しの辛抱だから我慢してくれ。」
カメリアは首を振って、俺の手に手を重ねた。何事か言うが、全くわからない。
「どうした?嫌か?」
それにも首を振る。
「なら、なんだ?」
「セキミヤ・・・」
いいの?と問われた気がした。
気のせいかもしれないが、俺は答える。
「昔の話だよ。だから、もう終わったことだから。」
俺の言葉を聞いたカメリアは、それ以上何も言わなかった。でも、心配そうな目をこちらに向けてきて、俺の心は温かくなる。
「俺には、カメリアがいる。あなただけでいいんだ、俺は。」
仲間はカメリア一人で十分。他に仲間を入れて、本当の仲間になれなかったら、俺が苦しむだけだ。なら、本当の仲間のカメリアだけでいい。
多くは望まない。だから、最高を望む。
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