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111 お菓子がすでに悪戯になってしまった
しおりを挟む完璧。全て完璧にそろえるはずだった。
今年こそは・・・
1年目。よくわからず、振り回されてばかりのハロウィン。お菓子をもらって、悪戯で返すというわけのわからないものだった。
しかも悪戯まで考えてもらって、完全に用意されたものに参加だけした形。申し訳ないと思って次は準備しようと決意した。
2年目。ルトが訪れる10分前にハロウィンだと気づき、仮装はした。いたずらも自分で用意した。
しかし、ルトの天然がさく裂し、途中で理性が飛んだ私・・・いたずらというより欲望を満たしただけだ。いや、欲望を満たすのがハロウィンなのかもしれない!
それはいいとして、2年目はお菓子を用意できなかったのが問題だ。お菓子を用意して、いたずらしようと考えていたのだから!
で、3度目。つまり今日!
早朝にハロウィンだと気づいた私は、遂にお菓子を用意してハロウィンに望める・・・と思っていた。
「え、固くて食べられないんだけど」
問題が発生した。
自分で作ったクッキーが硬くて食べられないという問題が。
見た目は問題ない。ただ、固くて食べられないのだ。
私は、漫画のようなべたはやらかさない。隠し味入り「クソマズクッキー」や、もはや炭「ダークマタークッキー」など作らない。手の込んだことはせず、基本に忠実なお手軽クッキーを作って、無難なものを用意するつもりだったのに・・・
「はむっ・・・かたっ・・・」
やはり食べられない。
「やってしまった・・・これはよくある、見た目は大丈夫だけど難あり、トラップクッキーだ!」
漫画のようなべたをやらかしてしまった。
馬鹿だ。普段クッキーなんて作らないのに、なぜ挑戦しようと思った?馬鹿だからだ。
「ごめん、材料たち・・・次は誰かにしっかりレシピを聞いてきます」
食べれないものを作るのは、食べ物への冒涜だと思っているのに・・・
卵さん、バターさん、砂糖さん、白い粉さん・・・犠牲になった材料たちに謝って、私は気持ちを切り替える。
「そろそろルトが来る時間だし、今年もあきらめるしかないよね」
お菓子を用意してハロウィンを迎える。こんな簡単なことが達成できないなんて、本当に駄目だな。ルト達は毎年しっかり用意してくれるのに。
とりあえずクッキーを袋にしまって片付ける。あとで砕いて食べよう。
「サオリ様」
「はっ!ルト・・・いつからいたの?」
クッキーの入った袋を背中に隠して、いつの間にか部屋にいたルトに向き直る。
「今来たところですが・・・いい匂いがしますね、サオリ様。とても甘い、おいしそうな匂いが」
「いや・・・その、おいしいとかそういう次元ではないというか」
「サオリ様。今年は、お菓子を期待してもよろしいのでしょうか?」
ルトのきらきらと光る視線が痛い。
「・・・ごめん。お菓子用意したかったけど、用意できなかったの」
「では、その隠しているものは何ですか?僕の鼻はごまかせませんよ?」
「食べられない何かだよ」
「サオリ様」
「本当に、食べられないの。固すぎて・・・ルトみたいに、おいしいケーキが焼けたらよかったんだけど、そんなの無理だってわかってたからクッキーにしたのに・・・それすらもできなくて」
「ケーキなら僕が焼きます。それに、ご自身で作りたいとおっしゃるなら、僕は喜んでお手伝いします。だから、そんな悲しいお顔をなさらないでください」
「ルト、ありがとう」
落ち込んではいられないよね。こういうイベントは楽しんだもの勝ちだし!
今はイベントを楽しんで、落ち込むのは後にしよう。
「では、サオリ様。トリックオアトリート・・・お菓子をくれなきゃ、いたずら・・・してしまいますよ?」
ルトがゆっくりと近づいてきた。いつもより近い距離。私を見上げることが多いルトが、私を見下ろしている。
そうだ、私よりも背が高いのに、ルトは私が主人だからだと私を見上げる立ち位置にいることが多いのだ。
いつもと違うせいか落ち着かない。
それに、前回のハロウィンの恒例では私が耳を噛むのだけど、今回は何かが違った。そうだ、お菓子をあげないと、いたずらされる・・・ルトが悪戯をすると言ったのだ。
いつもは悪戯して欲しいと頼んでいたのに。
「ルト?」
なぜか不安になって、ルトの名を呼ぶ。
ルトは少しうれしそうな顔をしてから、小首をかしげた。
「お菓子、頂けないのですか?」
「これは、固くて食べられないから」
「それなら仕方がありません」
ルトの顔が迫る。金の瞳が怪しく光った。
いつも犬のように思えたルトが、今は狼のように見えた。そういえば、ゼールはいつもルトのことを狼と表現していたな。
「いたずら、しますね?」
金の目がスッと細められて、私の脳裏には去年のハロウィンに感じた身の危険がよぎった。
ゼールに感じた身の危険を、何でルトに?
気づけば、身体が自然と動いてた。
ルトに押し付けるよう形で、私はクッキーの入った袋を差し出していた。
「あ・・・」
「ふふっ・・・嬉しいです、サオリ様。ありがたく頂戴いたします」
私の手を離れるクッキー。ルトは迷いなくクッキーを袋から取り出して口に入れる。
「ばぎっ!」
「だ、大丈夫!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」
「何その間!?ねぇ、本当に大丈夫!?」
「大丈夫ですよ。本当に大丈夫か各部位を確認していただけです。大丈夫でした」
「それならいいけど」
「サオリ様、おいしいですよ。確かに少々かたいですが、味はおいしいです!」
「本当!?よかった・・・固くて食べられないから、味は確認できていなくって」
でも、固さは少々ではないと思う。そこは自分で確認したし、割れた時にバキという音を立てるものはかなり固い部類だ。
「あ、僕お菓子を忘れてきました。ちょっととってきます」
ルトは大事そうにクッキーの入った袋を抱えながら、部屋を出ようとして立ち止まった。
くるりと振り返るルト。
「本当は、悪戯もしたかったのですが、今回は諦めますね。でも、次は我慢できるかわかりませんので、その時は受け入れて欲しいと思っています」
細められた金の瞳は、やはり犬ではなく狼に思える。そうだ、ルトはオオカミの獣人だ。
あんなに可愛くて、狐か犬の獣人と間違えるようなルトだったのに、今は大きくなって・・・狼の獣人に見えるようになってきた。
なんで気づかなかったのだろう。
去っていたルトとの先ほどのやり取りを思い出す。
身の危険を感じたのは、何でだろう。ルトが私を害すことなんて、ありえないのに。
今まで、オオカミだと思わなかったのはなぜだろう。あんなにも成長しているのに。
「それは、あざと狼が必死に悟られまいとしていたからですよ、サオリさん」
「なっ!?ぜ、ゼール!?いつからそこにいたの!?」
あれ、今日こんなことばかりだな。
先ほどのルトと同じく、いつの間にか部屋にいたゼールに同じことを聞く。
「今ですが・・・」
「そう」
去年感じた身の危険のことを踏まえて、ゼールから距離をとる。
それに気づいたゼールは頬を染める。
「避けられてる・・・っ・・・これはこれで」
「ねぇ、年々ひどくなってきてない?」
「新たな扉をサオリさんが開いているだけです」
「気色悪い」
「はぁ・・・」
ものすごくうれしそうだ。
相手をするのも面倒なので、私はさっさとハロウィンを済ませることにした。
「はいこれ。ハロウィンのやつね。はい、終わり」
「随分とぞんざいな扱いですね。あの狼とはイチャイチャとしていたのに」
ゼール用に分けておいたクッキーを机に置いて、さらに距離をとった。
ルトに食べさせるのは申し訳ないと思ったが、ゼールならいいかと思い分けておいたのだ。
「日頃の行いの違いだよ」
「別にかまいませんが・・・もちろん、悪戯もさせてくださいね、サオリさん」
「は?」
「お菓子を渡してきたということは、悪戯してくださいと言っているようなものでしょう?」
「何言ってるの!?お菓子をあげるから悪戯しないでって意味でしょ!」
「一般的にはそうでしょうが、私達の場合は違うでしょう?1年目、2年目・・・いたずらされるのは、お菓子を渡した人でしたよね?」
「は・・・!」
「今年は、逃がしませんよ」
すかさず移動魔法を使うが、なぜか発動しない。
おそらく、ゼールが何かの魔道具を使ったのだろう。どこで手に入れたのか気になるところだが、今はそれどころではない。
ゼールの魔の手が私に迫った。
不本意ではあるが、これしかないだろう。
殴る。
「ぐはっ!・・・はぁ、はぁはぁ」
とてもうれしそうだ。
「喜ぶから嫌なんだけど、自分の身を守るためなら仕方ない」
これだから変態は嫌だと思いながらも、どこか楽しんでいる自分を感じながら私はゼールに痛みを与えた。
それから、ルトからケーキをもらって、ルトの耳にいつものいたずらをして、今年も楽しいハロウィンを過ごした。
合法的にルトの耳を噛みつけるハロウィンは、最高だね。
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