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99 正気でなんていられない

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「私は、人を殺すのが好きなの。好きだから殺すの。殺すのが好きなの。だから殺すの。私は好きなの。殺しが。殺すこと自体に喜びを見出すの。だから、だから・・・今、楽しくて仕方がないの。」
 最初、オブルは自分に言っているのかとその言葉を聞いていた。だが、オブルは途中で気づく。サオリは、サオリ自身に言い聞かせているのだ。人殺しが好きだと、言い聞かせているのだ。

「楽しい、楽しくて仕方がない。本当に楽しい。」
 異常な様子のサオリに、オブルはそっと近づいた。気配は完全に消してある。

「楽しい、魔物を殺すのも、魔族を殺すのも、人間を殺すのも・・・全部全部楽しい。生きるものを殺すのは楽しい。」
 サオリの隣、3歩分あけてオブルは立つ。それでもサオリは気づかずに独り言を続ける。そんなサオリの顔を、オブルは覗き込んだ。

「勇・・・者・・・?」
「・・・っ!」
 オブルの存在に気づき、勇者が剣をふるう。オブルはそれを剣で受けようとしたが、その前に勇者が剣を止めた。

「オブル!」
「あぁ・・・お前、大丈夫か?」
 サオリの顔は、恐怖に染まっていた。血の気のない青白い顔、見開く目。どうみても、楽しい者の顔ではない。

「いつから、そこにいたの?」
「・・・森でお前を見かけた。それから追いかけて、お前がその男を殺す場面を見た。とにかく、ここを出よう。」
「・・・」
 サオリは頷いて、オブルの袖をつかんだ。その行動に驚き固まるオブルだが、慰めるべきと判断し、サオリを引き寄せようとした。

「移動魔法。」
「は?」
 変わる景色に、戸惑うオブル。しかし、サオリが移動魔法を使うために、自分の袖をつかんだことに気づき、ごまかす様に明後日の方を見た。

 そして、あたりを見回し、ここが先ほどいた森の中であることに気づく。

「オブルは、何をしていたの?」
「訓練だ。近くにアルクたちもいるぞ。」
「・・・そう。」
「それより、お前は大丈夫か?」
 手をさまよわせたオブルは、サオリの背中に手を回して、その背をなでた。

「大丈夫、怪我はしていないから。していたとしても、治るし。」
「・・・」
「・・・」
 黙って、オブルはサオリの背をなで続けた。サオリは、どうしていいかわからず俯いて、背をなでられ続ける。

「俺は、何も聞かない。いや、話してくれれば聞くが、俺はお前が無事かどうか、それしか聞かない。」
「・・・そう。なら、もう私は行くね。」
「それはだめだ。」
 オブルから離れようとするサオリを、オブルはその肩を掴んで止める。

「お前は大丈夫じゃない。だから、まだ俺の傍を離れるな。」
「・・・大丈夫だよ。」
「そんな青い顔をして何を言っている?それに、お前はさっき俺の気配に気が付かなかった。今、お前は無防備な状態だと俺は判断する。そんなお前から離れるわけにはいかない。俺は、お前の護衛だ。」
「もう、大丈夫だから。さっきは確かに気が抜けていたけど。」
「それで死んだら、どうするつもりだった?俺じゃなかったら、お前は殺されていたかもしれないんだぞ?」
「それは・・・」
 何も言い返せないと、サオリは俯いて黙る。

「俺がお前から離れているのは、護衛なのに離れているのは・・・お前なら自分自身の身を守れると判断したからだ。だが、今日その認識が間違っていたと思った。だから、これからはお前の傍を離れない。」
「・・・移動魔法がある私から離れないなんて、無理だよ。諦めて。」
 そう言って、肩の手をどかそうとするサオリの手を、オブルは掴む。

「離さない。」
「・・・はぁ。もう、好きにすれば。」
「あぁ、好きにさせてもらう。」
 なぜか笑うオブルに、ため息をついたサオリ。2人は、他の3人と合流することにした。



 夜。

「おかえりなさいませ、女王様。」
 いつものように移動魔法を使って、ゼールの屋敷を訪れたサオリに、ひざまずく・・・いや、すでにひざまずいていたゼール。それを無視して、サオリはソファに腰を掛ける。
 一緒についてきたオブルは、サオリの背後に控えた。

「今日は馬鹿騎士ではないのですね。その男を信用なさったのですか?」
「・・・もう、いろいろと諦めた。」
「おや、お疲れのご様子。今日は話はやめましょうか。紅茶を入れますので、くつろいでください。」
 手早く準備をするゼールの背を、サオリは黙って見つめた。

「ふふっ。熱い視線、ありがとうございます。」
 こちらを振り向くことなく言うゼール。サオリは、その言葉に何も返さず黙って見つめた。

「はい、どうぞ。本当にお疲れなのですね。」
「・・・」
「サオリさん。」
 サオリの隣に座ったゼールは、机に用意してあったクッキーを一つ手に取って、サオリの口に運んだ。
 しかし、サオリの口に届く前にオブルがわきからそのクッキーを奪い取り、匂いを嗅いで食べた。

「変なものは入れていませんよ。」
「そのようだな。」
 オブルは頷いた後、紅茶も同じように匂いを嗅ぎ、飲んだ。

「・・・満足いたしましたか?」
「あぁ。勇者、毒は入っていない。」
「毒なんて、私にきかないよ。」
「・・・私は、サオリさんに毒など盛りませんよ。それより、サオリさん・・・いつ、倒しに行くのでしょうか?」
 その言葉に、サオリの肩が揺れる。

「クグルマ・・・トリィは倒しました。次は、ラスターかルドルフです。2人同時に相手にする可能性もありますけどね。先日も言った通り、居場所は突き止めています。」
「わかってる。」
 サオリは、すぐにでも四天王を倒し、魔王を倒さなければならないと思っていた。だが、四天王を倒す、そのことを躊躇している。

「やはり、あの男は殺せませんか?」
 低い声で、ゼールは問う。

 あの男、それを指すのは一人だ。

 最初にサオリに手を貸してくれた人物、ルドルフ。敵であるはずの彼を、サオリは殺せる気がしなかった。そして、ラスターでさえも。

 ラスターに、私は恨みを持っている。その、ラスターを殺してしまえば、もう自分自身をだませない。

 そう考えて、サオリは2人を殺すことをためらっていた。
 でも、それをゼールは許さなかった。

「サオリさん、わかっているのでしょう?」
 使命のために、魔王を倒すために、仲間を欠けさせない為に・・・四天王は倒さなければいけない。

 なんで、私は勇者なのだろう。なんで、彼は魔族なのだろう。

 なんで、人類を救わないといけないのだろう。

 なんで、魔王を倒さないといけない使命があるのだろう。



 いっそ、狂ってしまおうか。
 そうすれば、もう怖くない。


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