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87 その目は
しおりを挟むなぜ、逃げない!?
マルトーは、間に合わないと分かっていたが、走り出した。このままでは、サオリが魔物に食い殺される。もちろん、マルトーよりもサオリに近い位置にいたアルクとリテも、青い顔をして走り出していた。
サオリは、目を大きく見開いたまま動けない様子だった。いくら戦えないとは言っても、逃げることくらいはできてほしかった。そうマルトーが舌打ちするも、そんなことで状況は変わらない。
魔物に飛び越えられたルトが振り返る。
魔物は、サオリのもとまで一直線に落ちていく。
サオリは、動かない。
そして、誰もが魔物に食われるサオリを想像したとき、サオリと魔物の間にピンクの影が入った。
エロンは、サオリをかばって魔物に食いつかれる。
「うぅっ・・・」
エロンに食いつき、動きが止まった魔物にアルクが斬りかかった。
魔物はそれをよける。
「エロンっ!」
「・・・これで、おあいこ・・・」
やっと動き出したサオリに、エロンは力なく微笑んだ。
自分自身に治癒を施すエロンを、サオリは顔面蒼白になって見ている。
マルトーは、その場に来て、サオリを殴った。
「お前、いい加減にしろ!なぜ、動かなかったんだ!」
「やめてっ!」
さらに怒鳴りつけようとして、エロンに止められるマルトー。だが、おさまらない怒りが込み上げて、さらに怒鳴る。
「戦わないだけでも邪魔だが、逃げることもできないなんて、話にならない!お前は、仲間を殺す気か!」
「やめてって、言っているでしょう!サオリは、あの魔物に殺されたのよ!怖くて動けるわけがないでしょう!」
エロンの言葉に、あたりは静まり返った。
襲い掛かっていた魔物も、今はおとなしくこちらの様子を見守っている。面白い見世物でも鑑賞している様子だ。
「それは、どういうことですか?サオリ様が、あの魔物に殺された・・・なんて。」
「やめて。」
「サオリ様?」
追求しようとするルトを、頭を抑えたサオリが止める。その表情は苦し気だ。
「頭が痛い・・・エロンの言葉が、聞き取れないの。このままだと、また記憶をなくすかもしれない。その話は私のいないところでして。」
「・・・サオリ様。」
サオリはそれだけ言うと、視線をさまよわせて魔物に目を止めた。
そして、魔物に向かって歩き始める。
「やっと、動ける・・・」
「おい、何をするつもりだ。これ以上勝手なことをするな。」
マルトーがサオリの手をつかむと同時に、魔物が駆けだした。
サオリは、マルトーの手を振り払って、移動魔法を使い魔物を追いかけた。
「おいっ!」
マルトーはすぐに状況を理解して、サオリを追いかける。
「サオリ、マルトー!」
アルクも追いかけようとしたが、マルトーに続いて自分まで抜けることに危機感を感じて足を止めた。
魔物は、岩肌の露出した頂上付近から、麓にある木々が茂る方へと逃げる。
サオリは、それを移動魔法で追いかけ続けて、マルトーはかろうじでそれに追いついていた。
「サオリ、待てっ!深追いはするな、群れがいるかもしれない!」
「・・・マルトーはそこで待っていて。」
マルトーのもとまで移動したサオリは、それだけ言ってまた魔物を追いかけた。
「あいつ、何を考えているんだ。」
こんな所で待つはずもなく、マルトーはサオリを追いかけ、森の中へと入っていた。
しかし、ひらけた岩肌の場所と違い、木々に囲まれた森で移動魔法を使い移動するサオリを追いかけるのは難しく、マルトーはサオリを見失った。
「クソ。」
最後にサオリを見た方向へと走る。しかし、そこから先どう行けばいいのかわからなかった。立ち止まり、頭をかきむしるマルトーに、妙案は浮かばない。
「お困りのご様子ですね。」
「なっ!?」
背後から突如聞こえた男の声に、マルトーは剣を振り抜いた。
男は、シルクハットのつばをつかんで、後ろに飛び去ってその剣をよける。
「とんだご挨拶ですね。」
「お前は、ラスター!」
そこにいたのは、四天王の一人、ラスターだった。
森の中にいるというのに、パーティーから抜け出てきたような盛装をした彼は、余裕の笑みを浮かべている。
「勇者様をお探しなのでしょう?ご案内して差し上げましょう。」
「誰が信じるか!おらを罠にでもはめるつもりか?」
「ご冗談を。罠になどはめなくとも、貴方様程度一捻り・・・ですよ。ですが、信じないのも貴方様の自由です。」
それだけ言って、ラスターはマルトーに背を向けて歩き出す。これについていけば、サオリに会えるのだろう。
マルトーは、自分の力がラスターに遠く及ばないことを理解していた。自分に嘘をつく必要もないほどに、その差は大きい。
「クソ。」
やりきれない思いを吐き出して、マルトーはラスターの後に続いた。
グシュ。
水っぽい、不愉快な音がマルトーの耳に届く。
「おやおや。もう、殺されてしまいましたか。」
「!・・・サオリ!?」
ラスターを追い越して、マルトーは音の方へと駆け出した。
大きな岩の向こう、そこから音は聞こえた。岩に手を置いて、その先の様子をうかがい、力を抜く。
「なんだ・・・」
茂みの中で、ちょうど立ち上がったサオリの後姿を見て、無事を確認した。
しかし、安心したのもつかの間、岩から身を乗り出して、サオリに声をかけようとしたマルトーだが、その足を止める。
血の匂いを嗅ぎ取り、サオリの持つ剣に血が滴っているのを確認した。
どういうことだ?サオリは、戦えないのではなかったのか?訳が分からず、聞くしかないとマルトーが一歩踏み出した時、サオリが振り返った。
無表情。振り返ったサオリの顔に表情はない。だが、マルトーはその目を見て、それが作られた表情であることが分かった。
サオリの目は、マルトーの師匠の目と似ていた。血に狂ってしまった、いや、狂いそうになるのをあらがっていた師匠の目と。
サオリと視線を合わせ固まるマルトーの背後から、何かが通り過ぎた。それは、サオリに剣を突き立て、笑みをこぼすラスターだったということが、その光景を見てわかった。
「どうです?2度殺された感想は?」
「くはっ・・・」
「サオリ!」
血を吐き出して、崩れ落ちようとするサオリを、ラスターが支えて笑みを深めた。愉快で仕方がないというその顔に、マルトーは怒りがこみ上げ剣を抜いた。
「ラスターっ!」
力の差がありすぎる、勝てるわけがない。そんなことは、関係がなかった。
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