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79 やばい肩書
しおりを挟むアルクは、勇者の血を引くとあってか、すぐに移動魔法に慣れて、移動魔法を使った直後に丸太を攻撃することができるようになった。
「もう、この際アルクが勇者でいいと思うよ。」
丸太を真っ二つにしたアルクにそう呟けば、アルクは顔を青ざめて横に首を振った。
「勘弁してくれ!俺は今の騎士って立場に満足してるんだ。サオリには協力を惜しまない。だから、俺を勇者にするなんて、冗談でもやめてくれ。」
「すごく嫌がるね。なんで?」
「・・・俺が初代セキミヤの血を引いているからだよ。ほら、他にセキミヤって別にいただろ?あっちのセキミヤの血を引いている奴に、俺の存在を把握されたくないんだよ。」
「もしかして、本当の勇者の血筋は俺たちだーって、襲い掛かってきたりするの?」
物語によくある話だ。流派同士の争いのような感じだろうか?
「逆なんだよ。初代セキミヤこそ、本当の勇者って、崇め奉っているんだよ・・・俺、そんなたいそうなものでもないし、尊敬のまなざしが辛い。」
「それは・・・わかる。過度な期待って、辛いよね。」
「わかってくれるか。そうだよな、お前も過度に期待されて、力を持っていないってわかったら、牢屋にぶち込まれたんだもんな。俺とは違う意味だけど、辛かったよな。」
頭をなでられてた。
それから、ゼールの方をちらりと見て、私にぎりぎり聞こえる声量で聞く。
「3つ目の力は、魔王を倒すときに使うのか?」
3つ目の力、戦闘能力のことだろう。
「必要に迫られればね。でも、魔王を倒す際は、私の移動魔法とみんなの力を使うつもり。」
「そうか。なんとなく、訓練の内容でどう倒すのかはわかるが、これは仲間にも話しておいた方がいいんじゃないか?」
「もう少し後になったら話すよ。魔王の手先がいないとも限らないし・・・あ。」
そういえば、アルクにはとっておきの能力があった。それを使えば、仲間が魔王の手先かどうか確認ができる。
「いや、俺の能力だと、魔王の手先かどうか判断はできないぞ?」
「え、そうなの?」
「あぁ。そういうのが分かるのは肩書だが、肩書は取得条件がいまいちよくわからなくて・・・ま、エロンは確実に魔王の手先ではないってことはわかる。女神の寵愛を受けているからな。」
「・・・そっか。一番怪しいと思っていたよ。申し訳ないことをしたな。」
「そう思うなら、明日お茶にでも誘ったらどうだ?」
「そうする。」
「あとは・・・リテは違うと思う。プティとマルトーも大丈夫だとは思うが、プティの方は、王族だからな。国のためなら仲間も裏切るだろうから、そこは注意した方がいい。」
「そっか。わかった、ありがとう。」
「ま、俺の考えだから・・・たいしたことは教えてないけどな。ゼールにも相談したらどうだ?あいつは商人だから、人の本質を見抜くのは得意なはずだ。」
「・・・アルクは、ゼールを信用しているの?」
「・・・まぁな。あいつの肩書に、やばいもんがあるからな。」
「やばいもの?」
アルクは逡巡して、私とゼールを交互に見て、顔を近づけて小声で言った。
「従属ってのがあって、その対象がサオリだった。」
「・・・」
「ちなみに、ルトは奴隷で、所有者がサオリ・・・もう、奴隷じゃないはずなんだがな。」
「・・・」
「リテは・・・」
「いや、やめて。これ以上はさすがに。」
顔を青くした私に、アルクは噴出した。
「ははっ!大丈夫だ、あいつは騎士だったよ。からかって悪かったな。」
「な、なんだ・・・」
ほっと息をついたが、何も問題は解決していなかったことに気づく。
ゼールはともかく、ルトまでおかしなことになってしまった。なぜこうなったのか。
「マイナス感情よりは、マシだけど。将来が心配だな・・・」
「ま、こうなったら一生養ってやれよ。サオリも貴族なんだから、ルト一人養う金はあるだろ?あ、もちろん俺とリテのことも捨てないでくれよ?」
「わー・・・魔王倒してからも大変だね。」
口ではそういったが、魔王を倒してからもみんなといられることが少しうれしかった。頑張って、男3人を養うとしよう。ゼールは・・・勝手に生きると思う。
プティやエロン、マルトーとも、たまにお茶をするくらいの仲にはなりたいな。そう考えて、まずは明日エロンを招待して、明後日も誰かを誘おうと計画を立てた。
魔王を倒したら、平和になった世界で幸せに暮らせる。
そんなこと、思っていなかったはずなのに、なぜか今は自然とそう思えた。
夜中。ゼールは一人、執務室で書類に目を通していた。その中に、ウォームからの報告があり、それに目を通して鼻で笑った。
「なかなか、面白いことになっていますね。」
勇者に裁きを。民衆の怒り、頂点に達する。
「まったく愚かな。でも、とてもいい流れですね。あの国に縛られる必要など、ないのですから。」
立ち上がって、外を眺める。
大きな月が、夜の庭園を照らし幻想的な景色が広がっていた。
「明日も良い天気になりそうですね。お茶は庭ですることにしましょうか。明日来るのは、エロンさんでしたか。・・・ところで、あなたも参加なさるのですか?」
「・・・気づいていたのか。」
「はい。」
ゼールの前に、黒装束の男オブルが現れた。
「何か、私に御用ですか?」
「お前は、何者だ?」
「・・・ゼール、商人ですが?扱うものは日用品から贅沢品、動物から人間まで。お客様のニーズに応えるための幅広い品ぞろえの、商会の主ですが?」
「お前の過去がつかめなかった。5年前、お前は唐突にウォーム王都に現れ、商会の主の養子となり、2年後商会を引き継いだ。それしか、わからなかった。」
「左様ですか。確かに、私は王都の人間ではありません。でも、よくある話ではないですか?王都に憧れた若者が、田舎から出てくるという話は。それですよ。」
「・・・確かにそうだな。だが、お前の故郷を周りのものが一切知らないのは、おかしいだろう?家族構成すら、周りのものは知らない。」
「話す必要性を感じなかったもので。」
「なら、教えてもらおう。お前の素性をはっきりさせておきたい。」
「・・・嫌です。あなたに話す必要性は感じませんね。私は、王女やあなたの信用が欲しいわけではありませんから。」
「なら、お前の身元がはっきりしないことを、勇者に伝えるとしよう。」
勇者を出せば、ゼールは素性を話すだろうとふんで、オブルはそういったのだが、ゼールは余裕の笑みで答えた。
「お好きにどうぞ。」
「・・・では、好きにさせてもらう。」
口ではそういったが、オブルはこの件について諦めることにした。サオリの信が厚いのがどちらかなんて、わかり切っていることだ。
オブルがゼールを怪しいと言っても、勇者は信じないだろう。
オブルが諦めたことを感じて、ゼールは内心ほっとした。
サオリは、疑わしいものには心を開かない。せっかくいい方向へと進んでいると感じた関係が崩れるのを、ゼールは恐れていた。
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