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41 愚かな修道女
しおりを挟む陽の光に色を付けて、素朴な床に色どりを添えるステンドグラス。
この世界でもっとも信仰されている女神の像の前で、祈りをささげる修道女がいた。
ここは、ウォーム王国のとある町の教会。
ピンクの髪と瞳を持つ彼女は、この世界で最も信仰深く、祈りをささげる女神に認識されているほどだ。人々が知ることはないが、彼女は最も女神に愛されし者だ。
だが、その祈りはただ願いを叶えたいがための祈りであり、純粋なものではない。それでも、彼女を女神は気に入ったのだ。
どうか。どうか願いをお聞き届けください。
いつものように願う彼女は知らない。彼女の願いがすでに叶えられていたことを。
そんな彼女の耳に、勇者召喚が行われ、成功したことが伝えられた。別の世界から召喚されたと聞き、彼女は興味を持つ。話をしてくれた修道女は、彼女が興味を示したことに気をよくして話し出す。
「勇者様の名前は、サオリ様というそうよ。」
「サオリ様!?」
「どうしたの、そんなに驚いて?」
「いいえ、素敵な名前だと。」
「そうね。」
勇者サオリ。
どのような人だろうか?
彼女はいつもどおり、女神の像の前で祈りをささげた。
女神様、これは罰でしょうか。
彼女は、旅支度を始めた。より多くの人を救うため、旅に出ると言って、教会を後にした。
彼女は、人を助ける傍ら、勇者の噂を集めた。
そして、その噂は彼女を苦しめたが、これは罰なのだと受け入れた。
勇者は、死神だと言われていた。それは、勇者を召喚したクリュエル王国が、いや城の人間が勇者を残して全滅したからだ。まさか、さすがにそれはないだろう。噂には尾ひれがつくものだと、彼女は信じていなかったが、他の民は違う。それが苦しかった。
勇者は死を呼ぶ。だから、死神だ。
死の世界から召喚されたのだ。
そんな話を何度か聞いて、哀れに思った。そして、罪悪感にさいなまれる。
「私のせい・・・いいえ、まだわからないわ。」
彼女が噂を集めているうちに、勇者がついに魔王討伐の旅に出た。それを聞いて、彼女もクリュエル王国へ向かうことにした。
勇者様をこの目で見なければ。そして、確かめなければ。
それが、女神に願い続けた、私の務め。義務。
なにより、力になりたい。
クリュエル王国へ向かいながらも、勇者の噂を集めていた彼女は、またしても苦しめられた。
役立たず。
それが、勇者の評価だった。
どうやら、ともに旅する仲間に魔物を退治させ、自分は馬車の中にこもっているようだと。こんなことで魔王など倒せるのかと嘲笑される始末。
嘲笑している人間だって、魔王討伐隊に組み込まれれば、同じことになるだろう。勇者はおそらく剣も持ったことがない人物だと予想ができる。だって、あの世界から来たのだから。
平和。安全が保障され、食べるのにも困らない。病気をしたって、大抵は治せる。魔法はないが科学があり、生活水準はこの世界の比にもならない。夢のような世界だ。
なにより、魔王がいないのだから。
魔王討伐隊の中に、味方がいればいいのだが、いないかもしれない。だとしたら、勇者は今孤独だろう。彼女は急いだ。急いでも早く会えるとは限らないが、それでも急いだ。
私が、勇者様の味方になる。たとえ私が望んだ人物でなくても、たとえ心を荒ませて人類の敵になろうとも、味方になろう。
そして、彼女はウォーム王国の最南の町にたどり着いた。
クリュエル王国に向かうとしたら、必ずこの町を通るはずだ。しかし、勇者が通ったという話を聞かなかったので、彼女はここで待つことに決めた。
この町の領主は、あまりいいうわさを聞かない貴族だが、それでも勇者と早く会いたいという思いで、この町にとどまることを決める。
滞在は少なくても数日、長くて数週間だろうと考えた彼女は、宿を決めると日用品の買い出しに出かけた。
修道女として、質素倹約を好む彼女だったが、女性でもあるので身だしなみには気を遣っている。野宿を続けたせいで、ぱさぱさになってしまった髪を気にした彼女は、ちょっとお高めのシャンプーを手に取った。
高いとは言っても、その容器は質の悪いガラスで、中はあまり見えない。貼ってあるラベルには、そのシャンプーの香りが書かれていた。それは、彼女の親友が好きだった香り。
彼女はそれを買うことに決めたが、自分で使うつもりはなかった。だって、これは彼女の香りだから。だから、自分はどれにしようかと、別の瓶を手に取って眺める。
だが、彼女は瓶のラベルを読む前に、顔を上げてその瓶を落としてしまった。
「サオリ」
百合の香りが辺りに広がったが、彼女はそんなことには気を留めず、目の前で倒れてしまった、赤いコートの少女を見つめた。
彼女はそれを見て、懺悔した。
私は、なんて愚かだったのだろうか。なんてことを願ってしまったのかと。
彼女は、自分の願いが聞き届けられたことを、この時初めて知ったのだ。
そして、それを深く後悔すると同時に、どうしようもない喜びがあふれた。
それがまた、罪悪感を生むが、それでも喜びは押さえられなかった。
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