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37 壁
しおりを挟む「そろそろ休憩にしましょうか。」
馬車の中、リテの提案に異を唱える者はいない。
今日の御者である、マルトーに声を掛けて、休憩することが決まった。
本当は、いまだあの町にとどまる予定だったのだが、私は弱ったふりをしているだけで本当は大丈夫なので、先に進むことにしたのだ。別に弱ってなくても私は戦わないしね。
馬車が止まり、プティはさっさと降りて行った。なので私はそのまま立って降りようとしたが、リテが体を支えるようにしてきた。
「リテさん、大丈夫ですよ?」
「だめです。無理は禁物ですよ。」
いや、元気なの知ってるよね!?この人何考てるんだろう?どこで見られているかわからないから、気を付けろってことかな?
「そうだぞ、サオリ。俺なんかは鍛えているから大丈夫だが、普通は治癒魔法を使ったって、あの傷では3日は動けないだろう・・・」
「・・・あぁ、うん。そうだねー。」
あれ?もしかして、アルクは私の自動治癒に気づいていない?リテが治したと思っているのか?
リテの方を見れば、微笑まれた。
「サオリ様、僕は冷たい水を汲んできますね!」
「うん。気を付けてね。」
「はい!」
元気よく飛び降りたルトを見て、獣人の運動能力はすごいなと感心しながら、私はのろのろと馬車を降りた。
草原の中、清潔な布が敷かれた場所に腰を下ろした。そこへ、ルトが冷たい水をコップに移し、私に手渡す。
「ありがとう。」
「大丈夫ですか?その、傷はまだ痛みますか?」
「大丈夫。傷の痛みは」
「まだ数日は痛むでしょうね。」
もう痛くないと言おうとしたら、リテが答えた。おそらく、リテの治癒魔法では、そういう感じなのだろう。
「無理はしないでくださいね。」
そう言って、ルトは2人の分の水をコップに注ぎ始めた。
「・・・わかってるよ。」
申し訳ない気持ちになる。別に私は大丈夫なのに、弱ったふりをして世話を焼いてもらうなんて・・・ルトだけにでも、話しておきたい。ついでに、私の能力についても。
「サオリ、今大丈夫か?」
荒い足音を立てて、マルトーが私たちに近づいて声を掛けたが、私が何か言う前にリテが返事をした。
「今日のところはご遠慮ください。あなたも御者をして疲れているでしょう?今のうちにしっかりと休むことをお勧めしますよ。」
「お前には聞いていない。サオリ、どうなんだ?」
「・・・大丈夫。それで、何?」
「たいしたことじゃない。このまま旅を続けるつもりなら、自分の身は自分で守れ。でなければ、お前は仲間を失うことになるぞ。自分のせいでな。」
マルトーは至極当然のことを言った。でも、私はそれに答えることは出来ない。私は器用ではないので、一度剣を振るうと決めてしまえば、護身程度ではおさまらないだろう。
「サオリさんは僕たちが守ります。ですから、あなたには関係のないことです。」
「それは、俺たちが仲間だと認めていないということか?」
「・・・仲間というには、信頼がありません。ですから、一緒に旅をしている同業者とでも思っていればいいではないですか。」
「リテ?」
流石にそれはないだろうと、声を上げる。確かに、マルトーもプティも信用できない。いや、いまだに私は奴隷でないアルクもリテも心から信用できない。でも、だからといって仲間ではないなんて言ってはダメだろう。
「こんなことで、魔王が倒せるのかよ。おい、勇者っ!」
怒鳴られたことに驚き、マルトーを見る。その顔は苛立っていた。
「お前、戦えないわ、仲間の絆は結べないわ・・・いったい何をしに来た?何のために召喚されたんだ?」
「黙れ、マルトー!召喚したのはこっちの勝手だろ!?サオリが勇者らしくないからって、それを怒る権利はこっちにねーだろ!」
マルトーの言葉より、アルクの言葉の方が私を傷つけた。それに言ってから気づいたのだろう、アルクは私を見て小さく謝って、視線を外した。
「だからといって、恩恵だけ受けるのはおかしいのではなくって?」
険悪な輪の中に、さらに悪感情を乗せた声が投げかけられた。プティだ。
「サオリ、あなたは貴族となった。その恩恵をあなたは受けたはずよ、それはこれからも受け続けるもの。では、その代価を払うのは当然ではないかしら?」
「それが、人に大けがを負わせた者の態度ですか?」
「あら、私だけのせいだと言いたいの?もちろん、責任は感じているわ。でもね、私だけのせいにしてもらっては困るの。サオリ、アルク、リテ・・・あなたたちのせいでもあるわ。」
私が強くなかったから。アルクとリテが、私を強くしようとしなかったから。そう言いたいのだろう。
「もう、黙ってくれる。」
出した声は、驚くほど冷たい声になった。プティも驚いたようにこちらを見ていて、少し後悔した。守られているだけの者の声ではないなと。
「ごめん、ひとり・・・ルトと2人にして。ルト、悪いけど連れて行って。」
「はい。」
「サオリさん、僕も行きます。」
「俺も。」
「ごめん、2人は来ないで。その、マルトーたちともう少し仲よくした方がいいよ、2人は。一緒に戦うことにもなるだろうし。」
「サオリさん・・・」
「あなたは、仲を良くしようと思わないのかしら?」
眉間にしわを寄せたプティと目を合わせて、うつむいた。
「悪いけど、もう人の悪意にはこりごりなの。でも、私を悪く思うなって言うのは無理だということは理解できるから、お互い干渉しなければいいと思うよ。」
私はそう言って、のろのろとその場を離れた。誰も、私たちについては来ない。それでいい。
「サオリ様、この先は森ですが・・・」
「森の中に用があるの。」
「しかし・・・」
「ルト、私が奴隷を欲した理由はね、隠れて強くなるためなんだ。」
「え?」
ルトが足を止めようとしたので、私は引っ張るように進む。それに驚きながらも、ルトは再び歩き出す。
「サオリ様、傷は・・・」
「もう完全に治ってる。リテが私の傷を治したって言うのは、嘘だよ。」
「嘘・・・でも、いや・・・どういうことなのでしょうか?」
「私が移動魔法を使えるのは知っているよね。それは、神に与えられた力なんだけど、私はそれ以外に2つの能力を与えられたの。その能力のおかげで、傷は完治したよ。」
「・・・サオリ様、それは本当のことだと、僕は思います。・・・いいえ。実は、知っていました。」
ルトの言葉に、今度は私が立ち止まる番だった。ルトは、そんな私に合わせて立ち止まってくれたが、私は歩き出した。まだ森に入っていない。
アルクたちから距離はだいぶ開けたが、だからといって安心して話せる状況ではない。
「ゼールから聞きました。」
「ゼールが?」
「どうやら、クリュエル城に実験・・・そういう資料があったようで。サオリ様の能力とそのせいで受けた仕打ちが書かれていたそうです。」
「・・・そっか。後でゼールに詳しく聞くよ。それにしても、ルトにそんなことを話すなんて・・・どこまで聞いたの?」
「それは・・・あまりサオリ様も思い出したくないことでしょう。おそらく、全てだと思います。」
「そっか。ま、その話はいいよ。本題は別だし。」
「まだ何かあるのですか?」
「だから、奴隷が欲しかった理由だよ。なんで能力を隠したいのかは、わかってくれるよね?」
「同じ道をたどりたくはない、ということですね。」
「そうそう。」
そのとき、こちらに向かって駆けてくる音が聞こえて、私たちは振り返る。こちらに向かってきているのは、マルトーだった。
「お前ら何してんだ!森は危険だって、昨日わかっただろ!」
「だから何ですか?」
「お前っ!」
マルトーが私に向かって手を出そうとして、素早く後ろにさがった。ルトがマルトーに向けて剣を振るったからだ。
「ルト、てめー」
「サオリ様に何をしようというのですか!」
「この馬鹿を止めるんだよ!この体で森に行くなんて、自殺行為だ!」
「別にそれでもかまわないでしょ?」
「このっ!」
「私がいるせいで、魔王討伐隊の仲がうまくいっていない。なら、私がいなくなることは、いいことじゃない?」
自嘲気味に笑えば、マルトーは顔を赤くして怒っていた。
「お前、おらたちがそんなことを思うやつだと思っているのか!」
「いや、別に。ただ、普通に考えたらそうかなと思っただけ。」
「・・・さっきは、あぁ言ったが、おらは別にサオリが勇者だということは認めている。」
「え?いや、どこにそんな勇者だと思える要素があったの?」
「昨日、お前はアルクを背にかばっただろう。何の力もないお前が、仲間を助けようとした。これが勇気のある者ではなくて、何なんだ?」
確かに、昨日よそ見をしていたアルクを背にはかばったが、別にそれだけだ。後はリテとマルトーに任せたし。それに、私にはあの魔物をどうにかできる力があった。別に命がけで守ったわけではない。
「買いかぶりすぎだよ。」
「いいや、おらはそこだけは認める。だから、残念だ。お前が弱いのが。お前が努力をしないのが。」
「もう、黙ってください!」
そう叫んだのは、隣にいたルトだ。
「サオリ様がここに来て、どれくらいだと思いますか?1年も経っていません・・・あなた、唐突に別の世界に連れてこられて、今日からお前は王様とか言われて、王の仕事ができますか?王のくせに、言葉遣いがだめだとか、頭が悪いだとか、そう言っているのと同じですよ、あなたがしていることは!」
「・・・だが、努力はする。」
「なら、明日からこの国の法律をそらんじれるほどの勉強をしてください。そしたら話を聞いてあげましょう。」
「げ、法律とか・・・そんなの覚えても意味ないだろ。」
「意味があるかないかではなくて、人に求めるなら自分がまずやってみるべきでは?」
「うぅ・・・とにかく、森には行くなよ。」
捨て台詞を置いて、マルトーは走り去った。
「ルト、結構言うね。」
「サオリ様を守るためなら、僕はどんなことだってします。」
「・・・ありがとう。」
なぜここまでしてくれるのか?やはり、私が主人だからだろうか。
それだけだと悲しいので、いつかこころから尊敬されるようになって、心で従ってくれると嬉しいな。
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