【完結】見世物見世物少女の転移逆転記

製作する黒猫

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 あったかいお湯に首までつかり、体を温めます。

 彼がマーレイフィ様に会っている間、私はお風呂を済ませることにしました。



「お湯につかることなんて・・・風呂に入ることなんて、前の世界ではありませんでしたがもう慣れました。というより、お気に入りです。気持ちいい~」



 前の世界では、身体を拭いたり、水を浴びることで汚れを落としていました。当然お湯などなく、石鹸や入浴後に塗るクリームというものもありません。

 前の生活には戻れそうにありませんね。



 乳白色に染まった湯をすくって観察します。手ですくった湯は透明なので不思議です。



「戻る・・・ですか。」



 すくった水がこぼれ落ちて、私の手の中は何もありません。湯舟が前の世界で、私の手がこの世界だとしたら、この湯のように私も前の世界に戻ってしまうのでしょうか?

 なぜ、この世界に来たのかもわからないのです。いつか戻るのか、それともずっとこの世界にいるのか・・・わかりません。ただ、戻るとしたら、あの日と同じように唐突に戻るのでしょうね。



「嫌ですね。」



 こぼれた言葉に、自分自身が驚きました。

 嫌だなんて。どうやら私は、前の世界に戻りたくないようです。確かに、風呂の問題一つとっても、前の生活には戻れないとは思いましたが、それとは何か違うような気がします。



 ふいに、彼の後姿を思い出しました。マーレイフィ様の元へ行く、彼の背中を。



「もう、出ましょう。マーレイフィ様も、もう帰ったでしょうし。」



 前の世界に戻ってしまうかどうかもわからないのに、戻るのが嫌だなんて思っても仕方がありません。そんなことに悩んでいる時間がもったいないです。







 先ほどの部屋に戻ると、彼がソファに座って難しい顔をして腕を組んでいました。マーレイフィ様と何かあったのでしょうか?

 声を掛けようと口を開いたところで、彼から声を掛けられました。



「リリ、少し聞きたいことがある。」

「はい。」

「この紙なんだが・・・俺の名前を書いたのはお前か?」



 テーブルに置きっぱなしになっていた紙を、彼は私の前に差し出します。私はそれを見て、お風呂に入る前に彼の名前を知りたくて、覚えていた彼の名前の文字を書いたことを思い出しました。

 なんだか恥ずかしいですね。



「はい。確かにそれは私が書きました。・・・いけないことでしたか?」

「・・・いや。そうだな、他に何か書いてもらっていいか?」

「?・・・わかりました。」



 彼の名前が書かれた紙の余白に、「リリ」と自分の名前を書きました。書き終わったのを見計らった様子で、彼は紙を手に取って私が書いた字を穴が開くほど見ました。

 何か変だったのでしょうか?



「・・・次は、歴史、池、国と書いてくれ。」

「・・・あの、何か間違っていましたか?」

「いや、文字自体は合っている。書いてくれるか?」

「・・・はい。」



 彼の様子がおかしい理由は、私の文字にあるようです。ですが、理由はわかりません。不安ですが、言われたことはやりましょう。

 私の名前の横に、歴史、池、国と書いて彼に見せました。彼は、わずかに目を見開いてから口を開きます。



「確か、歴史書を読んだと言っていたな。どの歴史書だ?」

「どのといわれても・・・片っ端から読んだので・・・」

「・・・なら、字の練習をした本は?」

「それなら・・・あ、これです。」



 まだ字に不安があったので持ち歩いている本を、彼に渡しました。すると彼は、その本と私が字を書いた紙を見比べて納得した様子で頷きました。



「お前は面白いな。・・・ちょっと待っていろ。」

「?」



 彼は部屋を出て、すぐに白い封筒を持って帰ってきました。それは、手紙のようで、広げて見せられた内容は季節の挨拶から始まっています。



「私に見せても大丈夫なんですか?」

「かまわない。この最初の3行くらい書いてみてくれ。」

「わかりました。」



 季節の挨拶の部分だけを紙に書いて、彼に渡します。



「速いな。・・・字も完璧だ。」

「ありがとうございます。・・・あの、それで一体何なんですか?」

「・・・何だと思う?」

「わからないから、聞いています。」

「そうだろうな。なら、この紙に書いてある俺の名前や歴史などの単語と、手紙の字の違いは分かるか?」

「・・・」



 彼の名前、歴史、池、国という単語、手紙の文字を見比べます。全く違う文字列なので、どこもかしこも違うのが当たり前・・・



「あ。」



 手紙の中にも池という単語があります。ですが、私が紙に最初に書いた池は、なんだか力強い感じがします。逆に後から書いた池は、儚いような、女性らしい感じがする気がしました。



「わかったか?字というのは、個性がでるんだ。俺が書いた字は、筆圧が強く丸みが少ない字だが、こっちの手紙は筆圧が弱く丸みの多い字・・・人それぞれこういう癖があるんだが、お前にはどうやらないようだ。」



 私が書いた字は、彼と私の名前が力強く書かれていて、単語も細部は違っていますが力強く書かれています。手紙の季節の挨拶を抜き出して書いたものは儚い様子で書かれていて、同じ人が書いたとは思えない様子になっていました。



「俺のサインはお前に代筆してもらおうかな。まぁ、このことは・・・他人の筆跡をまねできることは絶対に話すなよ。」

「わかりました。・・・人間にはできないことなんですか?」

「そういうわけじゃないが、できると何かあった時疑いの目が真っ先に行く・・・まぁ、深く考えるな。ところで、この手紙の筆跡で自分の名前を書くことはできるか?」

「やってみます。」



 見事、手紙の筆跡で自分の名前を書くことができました。それから、他の単語や文章を手紙の筆跡で書くことができるのを彼は確認して、これからこの筆跡を使うようにと私に言いました。



「それにしても、お前は本当に面白いな。この能力はいろいろと役に立つし・・・俺の仕事がたまった時は頼んだぞ。」

「え・・・?はい?」

「ふっ・・・本気だからな。本気で頼んだ。」



 彼は私の頭をなでると、上機嫌で就寝の挨拶をして部屋を出て行きました。

 どうやら、彼の役に立てることができたようです。



 それは、すごく嬉しいことで、まだ役に立てていないのに、その場にとどまっているのが難しくて、なんだか動いていないと落ち着かないような・・・そんな嬉しさがありました。





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